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第58話:硬い機人と柔らかい機人

 今日は穏やかな朝だ。

 セバスさんが用意してくれた朝食を食べ終え、まったりと窓からの景色を眺めながら、俺はそう思った。

 皆も食べ終えたようだ。

 クレアが部屋から出ていこうとしているのが目に入ったので、呼び止める。


「あ、クレア。ギルさんって今日忙しそうか分かる? 他人事でごめんね」

「我が主に話しかけてもらえたから……ギルに感謝しなくちゃいけない。……ギルは今日、特に用事はないって言ってた」

「それは良かった! 追加でさらに悪いんだけど、昼ご飯の後、魔機研の裏に来て欲しいって伝えてくれないかな」

「うん、分かった」


 昨日、機人に力センシング機能を追加したことで、ギルさんに密かに準備してもらっている計画の実行が一気に近づいた。

 しかしまだ少し足りない。

 ギルさんと合流する前に、技術をもう一つ確立しておく必要がある。


 俺はレティに声をかけ、魔機研の裏手に向かった。


 ◇


「さて、今日は何をやるか予想ついてるかな?」

「はい! 昨日、ドコウさんは、機人さんが硬いのを何とかするって言ってました! だからきっと、何とかするんだと思います!」

「何とか……ま、正解!」


 もしかすると、俺はレティに甘いのかもしれない。


 レティの言う通り、今日の目標は硬い機人を柔らかくすること。

 と言っても、クレアのように魔岩を本当に柔らかくする訳ではない。

 柔らかく制御するのだ。


 何はともあれ、教えるには機人が必要になる。

 俺は昨日と同じ小さなアーム型の機人を、二体生成した。

 一体は昨日と同じように肘を上に挙げたような姿勢を保っている。

 ところが、もう一体は生成した時からずっと、力なく地面に倒れている。

 関節に力が入らない、グニャグニャ人間のようだ。

 まあ、実際に関節に力が入ってないんだけど。


「あ、あれ!? こっちの機人さんはどうしちゃったんですか?」


 機人を心配する優しいレティ。

 俺はその後方、魔機研の方から、男が二人近づいていることに気づいた。

 ギルさんと、オズさんだ。


「おお! これが機人ですか! 目にするのは初めてです!」

「あれ? オズさんも来てくれたんですね。……それにお願いした時間より随分と早いような?」

「も、もしかしてご迷惑でしたか!? ちょうどオズさんと私は時間が空いていましたので! なるべく長くドコウ様とお話したく!」

「……ギルさん、緊張が悪化してない?」


 慌ててハンカチを取り出し、汗を拭くギルさん。

 ……そこまで緊張しなくても……。

 俺怖いかな?


 魔機研からやってきた二人は、そんな俺とのやり取りの間も、チラチラと機人を見ていた。

 うんうん、関心を持ってくれるのは素直に嬉しい。


「おや? こちらの方は、どこか具合でも悪いのでしょうか?」

「あ! そうなんですオズさん! ドコウさんが作った時からこんな様子で……」


 関節に力が入っていない機人のことだ。

 ……ちょうどいい機会だし、二人にも話を聞いてもらうか。


「その機人はね、関節に力が入ってないだけなんだ。……力を抜いて楽にしている、と言ってもいいかもしれないね」

「えっと……ということは、こっちの機人さんはずっと頑張ってるんですか……?」

「レティは本当に、機人に優しいねえ。大丈夫、そっちの機人も同じように、力を入れずに楽にしてるんだよ」

「え?」


 今説明した通り、様子の異なる機人は、どちらも同じように力を抜いている。

 三人への説明を始める前に、俺は二体の機人の材質を変えた。

 この後の説明を考えると、軽くしておいた方が良いからだ。

 耐久性はそこそこで十分。


「さて、ちょっと軽い材質に変えたけど、これは本質的じゃないので気にしなくていい。……そうだな……んじゃ、ギルさん。ぐったりしてない方の機人の手とか肘とかを、グッと押してみてくれないかな?」

「お、お安い御用です!」

「……リラックスしてね」

「はい……」


 ギルさんはどこかぎこちない動作で機人に近づき、腰ほどの高さに上げられた肘を押した。

 ……そこそこの力を込めているようだが、機人はビクともしない。


「ド、ドコウ様! これ! 私には動かせそうにありません!……すみません……せっかく任せていただいたのに……」

「あ! いいんだよ! 別に動かして欲しかったんじゃないんだ。……まさに今のように、ちょっとやそっとじゃ動かないってことを確認して欲しかったんだよ。だから完璧」


 俺の説明に、ギルさんはホッと胸を撫で下ろした。

 ……今日は結構長い時間を共に過ごせそうなので、ついでに慣れて欲しいものだ。


「楽にしてるのに、押せないのは、やっぱり硬いってことなんですか?」

「お、そうだねレティ。ぐったりしていない方は、関節が硬いんだ。厳密なことを言うと単に硬いって訳じゃないんだけど、その説明はまた今度にしよう。……少なくとも、外から押しても変化しないって意味で、硬いことには間違いないよ」


 実は、ぐったりしていない機人、硬い機人の関節には、遊星歯車機構ゆうせいはぐるまきこうを用いた工夫を入れてある。

 これが見かけ上、関節が硬い理由になっているのだが、今日のところは制御の話に集中しよう。

 ……クレアが居ないところで遊星歯車機構ゆうせいはぐるまきこうの話をしたら、後で怒られそうだし。

 ……怒られるだけじゃ済まないな。

 怒られた上で、じっくり説明することになりそうだ。

 二度手間は避けたい。


「ということは、こっちは硬くないってことですか?」

「話が早いねレティ。……ということなので、ギルさん。悪いんだけど、ぐったりしてる方の機人を起こすようなイメージで、持ち上げてみてくれないかな?」

「はい!」


 ギルさんが持ち上げると、機人は素直に持ち上がった。

 軽くはなさそうだが、硬くもなさそうだ。

 ……よしよし、狙い通りになっているようだな。


「おお! こちらは動かすことが出来ます!」


 それを見ているレティは、何やら考えている様子だ。

 いいぞいいぞ、考えてくれ。


「……うーん、ドコウさん、これが『柔らかい』ってことなんでしょうか?」

「そう、これもある意味で柔らかいって言えるね。……ただ、見ての通りこのままじゃ困る。ただぐったりして、されるがままだ。……ということで、少し書き込んでみよう」


 俺はギルさんが持ち上げていた機人を降ろしてもらい、魔力プログラミングを開始した。

 今回書き込む内容は、非常にシンプルだ。


「よし、それじゃ機人。起動!」


 俺の指令を受けた機人はムクリと起き上がるように、もう片方の機人と同じく肘を上げた姿勢を取った。


「さて、今この機人は関節に力を入れて姿勢を維持してる訳なんだけど、ここでさっきみたいに押してみたらどうなるかな? ……ギルさん、よろしく」

「はい!」


 早速ギルさんが肘を押すと、肘は押された方向に移動した。

 しかし、ただ動くだけではない。

 まるでバネのように、押せば押すほど抵抗力が強まっていることが、ギルさんの表情から見て取れる。


「凄く不思議な感じです! まるで柔らかく、ブニブニしたものを押しているみたいな反発を感じます」

「わ、私も押してみたいです!」

「ドコウ様! 私もいいでしょうか!?」

「もちろん。念の為、一人ずつ触って、他の人は少し離れてね」


 レティとオズさんが押しても、やはり機人は押されるほどに抵抗力を増した。

 手を離せば元の姿勢に戻る。


「そうだよ、レティ。触ってもらった通りで、押されれば押されるほど力を強めるようにしてある。……ここで重要なのが、この機人はこれまでと違って、『関節にどのくらいの力を入れるか?』を考えて動いてること」

「力加減を決めてるんですね……」

「そそ! ……そして、その力の大きさを、『元の姿勢からどのくらい動いたか?』に基づいて決めているってこと」

「……バネみたい……」

「流石レティ! よく今の説明だけで分かったね!」


 レティはどんどん理解してきているようだ。

 オズさんとギルさんは、かなり難しそうな顔をしている。

 まあ無理もない。

 二人はそれぞれ、魔力神経や筋肉などの専門家と、義肢の専門家だ。

 ……よし、二人も興味を持ちやすそうな話題を挟んでみるか。


「ここで一度、俺達人間のことを考えてみよう。普段は無意識だけど、俺達も全く力を入れなかったら、倒れちゃうよね」

「……あ! そうですね! 筋肉は無意識に力を出して姿勢を保っています!」

「オズさんの言う通り。……なので、以前オズさんに話したように、もし人の構造を真似て機人を作ったら、こっちの硬くない機人っぽいものが出来るだろうね」

「なるほど……。人間に近い機人でしょうか……うーむ」


 ちょっとそれは言いすぎな気がするが、オズさんの思考を否定するほどの意見では……ないかな?

 ……しばらく静かなギルさんも、何やら難しい顔をしたままブツブツ呟いている。


 二人が色々考え中のようなので、こちらは機人の制御の話に戻ろう。


「さて、どうかなレティ? これで機人は柔らかくなったかな?」

「はい、そう思います! ……こっちの機人さんには申し訳ないですけど、近くで一緒に過ごすなら、こっちの柔らかい機人さんの方がいいと思います……」


 そうだろう、そうだろう。

 まさに理想的な感想だ。

 それが伝わったことで今日の目標の一つは達成したと言える。


 しかし、今日の技術はこれだけでは終わらない。

 むしろここからが、面白いところだ。

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