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第57話:センサフィードバック

「はい、それでは時間になりましたので、授業を始めます」

「はい! ドコウ先生! 質問があります!」


 いきなり質問かい!

 おふざけテンションで始めた流れを、さらに上書きされてしまった。

 むむむレティ……恐ろしい弟子。


 俺とレティは魔機研の裏手にある開けたスペースで、俺が作った岩の椅子に腰掛けている。

 ロボティクスの技術を教える際には頻繁にゴーレムを生成するので、今のところここが丁度いい。

 その岩の椅子に姿勢良く座ったレティが、まっすぐに手を挙げている。


「な、何かな? レティ」

「あの……昨日、正門で作業していてちょっと不便だなって思ったことがあって……」

「お、いいね。どんなこと?」

「はい。……その、ゴーレム……いえ、機人さんの手を地面に付けた時、どうしても少し地面をえぐっちゃうんです。手を下げ過ぎなのかな? って思って調整すると、今度はちょっと浮いちゃって……。やっぱり浮いてると、乗せる時にちょっと不安に思う作業員さんも居たので、何度もやってみたんですが……上手くいかなくて……」

「……いいねえ」

「え……っと……? そ、それで、アドバイスというか、ヒントを貰えないかなって」


 こりゃまた随分と丁度いい題材が降ってきたもんだ。

 今日教えたかった内容にぴったりだ。


「よーし、レティ。ズバリその問題の解決手段を教えよう。……ちょうどそれが、今日の内容だったんだよね」

「本当ですか! とっても知りたいです!」

「んじゃ、まず最初に、どうして機人は地面にめり込み過ぎちゃったり、浮き過ぎちゃったりするんだと思う? ……もう既に色々考えたようだから最初から少しヒントを出すと、どうしてレティが狙った場所ピッタリに手を動かしてくれないんだろう?」


 今日レティに理解して欲しいことは、大きく三段階に分けられる。

 まず最初は、問題の根底に潜んでいる、本当の原因を理解する段階。

 今回の場合、それはレティ自身の中にある思い込みを理解することを意味する。


「う、うーん……。機人さんは私が書き込んだ指令通りに動いてくれてるんです。ちゃんと石材を落とさずに持ち上げて、正門上の作業員さん達に渡してくれますし……。うーん……」

「うんうん。……よし、次のヒントだ。レティが望んでいる状態、つまり『地面を全くえぐらず、かつ全く浮いていない状態』ってのは、どういう状態なんだろう?」

「えっと……機人さんの手の高さと、地面の高さがピッタリ一致した状態……でしょうか……?」

「そうだね。じゃあ、その『ピッタリ』ってのを言い換えてごらん? どうなれば『ピッタリ』なのかな?」

「ピッタリ……」


 難しそうな顔で悩み続けていたレティが、ここでハッと何かに気がついた。

 お、突破口が見えたかな?


「あ! もしかして、ほんとのほんとに高さの差がゼロじゃないといけなくって……でもそれって……。あれ……なんだかとっても難しいことなような……」

「お! いいね! その通りだ。整理して教えよう……」


 そこからは、地面に図も書きながらの説明を開始した。

 まず、教えるのは、今の機人にどうやって指令を送っているのか。

 レティがどこまで意識しているかは分からないが、今は『関節をどのくらい曲げるか』を指令している。

 つまり、機人にとっては、『指令通りに関節を曲げること』が目的であり、石材を持ち上げることや地面に手を置くことは重要ではないのだ。

 それらは関節を曲げた結果でしかない。


 そして、次に教えるのが『誤差』の概念。

 何にでも完璧はあり得ない。

 それは、機人が関節を曲げる行為においても言えることだ。

 つまり、どんなに頑張っても、関節を曲げた角度と指令した角度の間には、ちょっとした差が生じる。

 この差を、『誤差』と呼ぶ。

 誤差の発生は、避けようのないことなのだ。

 そもそも、指令すれば寸分違わず動いてくれる、なんて思う方が不自然なのである。


「……そっか……。確かに私、機人さんは完璧に動いてるはずだって思ってました……」

「そう。その思い込みは、誰でも陥りやすい罠なんだ。……そもそも完璧はあり得ない。狙った通りに動かなくて当然だと考える。……これが、まず最初にレティに理解して欲しかったことだね」


 誤差を理解できた後は、今の機人の動かし方だと、誤差がどんな影響を及ぼすのか考えてみる。

 これはレティには簡単な作業だった。

 そりゃそうだ。

 目の当たりにしてるんだから。


 手が上がりすぎる場合は、考えるまでもないだろう。

 地面と手が触れる前に、機人は目的を達成したと思い込み、動きを止める。


 逆に、誤差が生じた結果、ちょっとでも手が下がりすぎる場合。

 当然、手と地面が接触し、地面から手に向かって、動きを妨げようとする力が生じる。

 しかし、機人の目的は、あくまでも関節を曲げること。

 そのための障害には、全力で抵抗するのだ。

 結果、機人の手は地面をえぐり、ちょっとだけ下がりすぎて止まる。


「……という訳だ。伝わったかな?」

「はい! ちょっと難しかったですけど……。私がやろうとしたように、地面をえぐらず、それでいて浮きもしない位置に手を移動するのって、凄く難しいことだったんですね」

「そういうこと」

「……でも、私達は普段からそういうことをやってますよね……? あれ……? どうして私達は、そんな難しいことを簡単に出来るんでしょう……?」

「良い着眼点だ!」


 突然の大声にビクッとするレティ。

 互いに苦笑いを交わす。


「ごめんごめん。……俺達がどうやって? という問いには、俺も明確な答えを用意できない。ただ、どうすれば機人でも出来るか? については、いくつか候補を提供することが出来る」

「えっと……。んん……? ……えーっと……。機人さんの、別の動かし方ってことですか?」

「そうそう。ごめん、紛らわしい言い方だったね。……ここで今日教えたい動かし方の登場だ。……ズバリ、『関節を曲げる』とは違う目的を、機人に与えればいい。……あ! 一つずつ説明するからね! 泣きそうな顔にならないでレティ!」

「は、はい……。……すみません、お願いします!」


 さて、ここからが本番だが、レティの様子を見るとやはり、一番シンプルな方法から教えていく方が良さそうだ。

 一番シンプルな方法。

 それは、『触れたら止まる』という目的を追加することだ。


「……え? そんな当たり前な……?」

「そう。当たり前な方法から始めよう。……でも、この当たり前を実現するためには、何が必要だと思う?」

「触れたことを感じて、止めるだけ……ですよね……」

「果たして機人は、『触れたこと』を感じられるのかな……?」

「……あ!」


 そういうことだ。

 これまでの機人は、ただ目的の動きを行うことしか出来ない。

 触れたことを感じることもないし、景色を見ることもないのだ。

 ……いや、少なくとも頭部が音声を聞き取っているようだし、もしかするとあの光っている眼で何か見えているのかもしれないが……。

 これは要調査だ。


 とにかく、『触れて止まる』には、まず『触れる』ことを感じられるようにしなければならない。

 ここで、先日スゥの研究報告をきっかけに発見した、力センサの出番である!

 機人は、かかった力に応じて魔力の信号を発することが可能なのだ。

 既に力センサは内臓されていることになる。

 したがって、これを考慮した指令を魔力プログラミングで書き込めば、早くも問題解決だ!


「分かりました!! 早速やってみてもいいですか!?」

「もちろん! 魔力の信号を読み取るノウハウはまだ少ないから、ここに注意だね」

「はい!! やってみます!」

「じゃ、機人を生成するよ」


 形は何でもいいのだが、せっかくなので昨日レティが操作したのと同じ形状にしよう。

 ショベルカーのような姿勢の、アーム型機人だ。

 流石に正門サイズは必要ないので、かなり可愛らしいサイズに小型化した。

 上に曲げた肘の高さが、レティの鳩尾(みぞおち)と同じくらいだ。


 レティは待ち切れない様子で、早速頭部に向かって魔力プログラミングを始めた。

 何度か中断し、手を懸命に押してみたり、引いてみたりしては、また書き込みを再開する、という作業を繰り返している。

 狙いはよく分かる。

 まずは力を感知した時の魔力の信号を確認したいのだろう。

 非常に素晴らしい進め方だが、どうやら難航しているようだ。


 あ、困った顔でこっちに向かってきた。


「ド、ドコウさん……。すみません、機人さんの手を押してもらえませんか? 私じゃ弱いのかもしれなくて……」

「うん、いいよ」


 正直、予想していたので最初から手伝ってあげても良かったのだが……。

 こういうのは自分で気付くことが大事だったりする。

 早速手伝ってみると、レティの表情がみるみる明るくなった。


「いけそうです! ありがとうございます! ドコウさん!」

「お! 良かった。んじゃ、少し離れてるね?」

「はい!」


 レティは再び魔力プログラミングで書き込みを行い、数歩下がった。

 いよいよのようだ。


「いきます! 機人さん! 手を地面につけてください!」


 機人はレティの指示に従い、手を下げ始めた。

 最初はそこそこのスピードで、地面の近くになるとゆっくりした動きに変わった。

 流石はレティ、細かい設定が施されている。

 機人はそのままゆっくりと手を下げ続け、地面と触れた直後に止まった。

 地面にはほとんど跡が付いていない。


「わ! 出来ましたねドコウさん!」

「おお、凄いねレティ!」


 レティが俺の方へ走ってくる。

 俺は手のひらをレティに向けるようにして、軽く片手を挙げた。


「えへへ!」


 レティは勢い良くジャンプしながら、俺の手にハイタッチした。

 実際に直面した問題を自分で解決したのだ。

 これまでとはちょっと違う喜びだろう。


「あ、そうだ。せっかくだし……」


 俺はレティに、思い付いたことを説明する。

 次に教えたいことへの伏線を作れそうだ。

 レティはすぐに理解し、再び機人に書き込みを始めた。

 俺も機人に近づいておく。


「では、機人さんも! ハイタッチ!」


 レティの指令に従って、機人が手のひらを俺に向け、ゆっくりと近づけてくる。

 俺はその手のひらをバシンと叩いた。

 機人は想定通り、叩かれた直後に停止した。


「おお! どうですか?」

「はははっ! いやー、硬いね! 岩だし!」

「やっぱり!」

「明日はこれを何とかする方法を教えよう」

「 わ! 楽しみです!」


 今日の内容は、きっとかなり難しかっただろう。

 俺とレティは頭で消費したエネルギーを補給するため、家に向かって歩き出した。

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