第56話:夜更かし
俺は岩バイクをマギアキジアの正門で止めた。
元々はもっと家の近くにある門から街に入るつもりだったが、通りがかりに気がついたのだ。
役目を終えた機人を片付ける必要があることに。
「……本当に一日で終わらせちゃうとはね……」
俺が見る限り、正門は完成していた。
少なくとも、地上に積まれていた石材は一切なくなっている。
きっと張り切ったんだろう……。
弟子の様子を思い浮かべながら、俺は機人を地面に還した。
◇
俺が家に着いたのは夜も更けた頃。
……なのだが、あちこちの窓から灯りが漏れている。
……皆、夜更かしか……?
そんなことを思いながら扉に手を伸ばすと、扉は勝手にこちらに向かってきた。
咄嗟に避ける俺。
開いた扉から、室内の灯りと共に、もっと明るい笑顔が飛び出してきた。
「やっぱりドコウさん! おかえりなさい!」
「お、おお……。レティ、ただいま」
家の中にはレティ以外にも、ニナさん、スゥ、クレアの姿が見える。
彼女らの姿を見て、俺は少しぎょっとした。
寝間着姿なのだ。
……別に、はだけているとか、そういうことはない。
しかしなぜか、見てはいけない気持ちになってくる。
「えっと……とにかく寒いだろうから、中に入ろう。……皆、薄着のようだし」
「レティがドコウさんを待つと言うので。」
「物音を確認したらニナ殿とレティがおってな」
「……話し声が聞こえて……」
中に入りながら彼女らの言葉を聞き、だいたいの事情は理解した。
何となく案内された食堂には、マグカップが四つ。
その周囲を囲うように、加熱魔岩が何個か置かれていた。
それぞれの加熱魔岩の傍には魔力保存用の魔岩が置かれ、魔岩糸で繋がれている。
ついさっきまで座っていたであろう椅子には、それぞれ布がかけられていた。
加熱魔岩を暖房に使い、開発したばかりの温かくなる魔岩布も活用したか……。
当たり前のように魔工学を生活に取り入れている。
……結構快適そうじゃん……。
何にせよ、身体は冷やしてないようで安心した。
「察したようじゃが、ちゃんと防寒対策はしておったぞ」
「はい! ……その……なんだかドコウさんが心配で……」
「ただドルフィーネに行っただけなんだから、ちょっと大袈裟だけど……。まあでも、ありがとう。レティ、皆」
元の椅子に座り直す彼女達。
マグカップの中身を飲みきってから寝るようだ。
俺はどうしようかな……?
「何か食べますか? ……スープなら用意できます。」
「おお! 是非! 昼も夜も食べ損ねててね」
「え! それはいけません! ニナ姉様、私も一緒に何か探します」
「ええ。」
ニナさんとレティが奥の部屋に入っていった。
スゥとクレアは、俺の話し相手になってくれるようだ。
「それにしても、早速役に立ってるね。魔工学の成果」
「うむ。灯りになりつつ暖も取れるので、想像以上に便利じゃ。……じゃが……ちょうど先程話しておったのじゃが、寒くなってきた今は丁度良いが、暑い時期には熱は要らぬな」
「そう……。灯りだけの機能を実現できたら……便利。……きっと安全だし」
「灯りだけ……つまり魔力を光に変換するのか……」
確かに、それが実現できると色々な発展が期待できる。
加熱魔岩は、魔力を伝達する際、エネルギーの一部が熱となって放出される現象を利用したものだ。
光を放つとなると、全く違う原理が必要になる。
ただ……加熱魔岩の原理が、電子回路における抵抗器の発熱の原理に似ているのなら、同じように発光ダイオード……つまりはLEDに似た原理で光を発することも、あり得るのかもしれない。
それには半導体に相当するものが必要になるが……。
……うーん、上手く説明できる気がしない。
とりあえず、弟子達だけで色々考えてくれてるようだし、このまま様子を見守ってみよう。
サイレント丸投げである。
「どうじゃろう?」
「え? いや……かなり良い着想だなって。ただ、具体的なアイデアは、今ひとつまとまらないね……」
「それは大丈夫じゃ」
「ボク達で考えてみたい……」
「……なるほど。じゃあ、俺は期待して待ってようかな!」
全然サイレントじゃなくなった気がするが、細かいことは気にしないことにしよう。
そうこうしているうちに、奥の部屋からとても良い香りが漂ってきた。
それまで息を潜めていた空腹感が目を覚まし、俺の意識を支配し始める。
「お待たせしました! ……と言っても、作ったのはニナ姉様ですけど……」
「野菜のスープです。セバスさんのように上手ではないですが。」
「いやいや、凄く嬉しいよ!」
レティから器を受け取り、早速一口すする。
……はぁ……野菜スープって、なんでこんなにホッとするんだろう。
身体が温まるのは、スープなので当然だ。
しかしそれ以上に、こう……ほっこりしている。
ふとスープから意識を戻すと、彼女らが俺を見ていることに気がついた。
ニナさんとレティも加わり、四人に見られている。
食べてるところをじっと見られるのも落ち着かないし、彼女らの服装にも落ち着かない。
せめて視線を外すため、提供する話題を必死で考えた。
「……そういえば、正門の様子を見たよ、レティ。お疲れ様。石材を全部運び終えたようだったから、機人は片付けちゃったんだけど……良かったかな?」
「はい! 大丈夫です! ……実は、機人が見えなくなったことに気づいて、もしかしてドコウさんが……って思ったんです!」
「レティの言う通りじゃったな」
なるほどね。
てっきり、ニナさんが皆に言ったのかと思ったが、違うようだ。
ニナさんはいつもと変わらない表情で飲み物を飲んでいる。
……いつも表情は変わらないのだが。
とにかく、俺の気配が分かることを、皆に言うつもりはないようだ。
「……レティ、機人の操作の感想、ボクにも教えて欲しい……」
「そうですねえ……クレアさん。まだまだ始めたばかりですけど、何とか出来てる……って感じです! 昨日と今日で何度も同じ操作を繰り返したので、それだけは慣れたと思います」
「……いいね……。今日の作業、少し見てたけど、レティは本当に凄い。……ちょっと羨ましい……本当は、ボクも教わりたい……」
絶対に言うと思っていた。
これだけ俺の研究を理解したがっているクレアが、レティだけに教えている状況に何も思わない訳が無い。
むしろよく我慢している。
「きっとクレアさんにも出来ると思います! ……どうやら基本は、魔力を保存するときの感覚と似てるみたいなんです。それだけは……私が一番慣れてるって言っても良いのかなって……。でも! 皆さんにも出来ることは分かってますし!」
「うん。俺もレティに同意だね。俺もまだ他人に教えるノウハウが分かってない。最初は近い技術に慣れているレティに学んでもらいつつ、俺も経験を積めば、いずれはクレアにも教えられると思うよ」
「ほ、本当ですね我が主! ボ、ボク楽しみにしてる……!」
少しヒートアップしかけたが、自然と我慢したようだ。
……クレアがマグカップを持っててくれて助かった。
流石に、寝間着姿で近寄られるのは良くない。
俺はスープを食べ終わり、皆も飲み物を飲み終わったようだ。
もうかなり夜が更けている。
結果的に、彼女らの夜更かしを助長……というか、その原因になってしまった。
「よし、もうかなり遅いし、皆も早く寝よう。今日は俺のせいで夜更かしになっちゃってごめんね」
「あ、いえ! 私が待ってようって言い出したので……」
「んじゃ、レティのお陰でスープにありつけたってことだね。感謝しないと」
「ええ。」
「そ、そうなりますかね……?」
いつまでも話し続けてしまいそうな場を切り上げ、俺達は各自の部屋に戻った。
ただ、俺は一瞬だけ自室に滞在し、すぐに部屋を出た。
……そう、大浴場に向かうのだ!
風呂で旅の疲れを取り、温まって寝れば、さぞ気持ち良いことだろう!
明日も早い。
色々やりたいこともあるし、レティに次のロボット技術を教えたい。
俺は極上の安眠のため、足音を立てないように気をつけつつ、大浴場へと急いだ。




