第53話:共生
微かに、金属を叩く音が聞こえる。
金床、金槌、そして素材……これらが完璧に調和していることを示す、美しい響き。
俺は、魔機研に作られたバルドの工房……その扉の前に立っている。
バルドには朝食の際にアイコンタクトしておいた。
たぶん伝わっていると思う。
しかし、作業の邪魔はしたくない。
俺はいつまでも聞いていたくなるその音色を、最後まで堪能した。
◇
「ちーっす、バルドー」
「……旦那……それ続けるつもりか……?」
「……いや、もう止めようかな。……それより、作業の邪魔じゃなかったかな?」
「ちょうど終わったとこだぜ。……ひょっとして、待ってたのか?」
「どうだろう?」
金床には既に何もない。
どこかにしまったようだ。
さっきまで作っていた物も気になるが、まずは用件を済ませよう。
「……それで……今日来た目的なんだけど……」
「ああ、分かってるぜ。ちょっと待っててくれ」
そう言ってバルドは、工房の奥にある棚の陰に消えた。
ガサゴソと音が聞こえる。
重い物を持ってきそうな雰囲気だ。
……やはり伝わっているようだな。
「旦那……これだろ? つい先日仕上がった。見てみてくれ」
「凄いね、まさか形になってるとは……どれどれ……」
バルドが持ってきたのは、一本の剣。
独特な白銀色の刀身を見ると、思わず息が漏れる。
バルドが作ったのだから言うまでもないことだが、一級品……いや、それ以上の逸品だ。
「おいおいバルド……。こりゃ見るからに凄いじゃないか……。まだヴァルさんには見せてないよね?」
「おいおい旦那……。当たり前じゃねえか。これは、旦那から渡さねえとな?」
バルドと開発中の新素材を使った剣だ。
魔岩の魔力伝達率を極限まで残しつつ、金属としての特性を持たせることで、バルドが鍛えられるようにした。
「性能の方はどんな感じ?」
「俺が見た限りになっちまうが、まず物理的な特性は悪くない。最高とまではいかねえが、並大抵の剣よりは圧倒的に上だ。……魔法的な特性も良いと思うが……これは達人達の意見を聞きてえところだな」
「うーん……ニナさんに頼んでみるかな……」
ニナさんとはこの後、果樹園を見せてもらう約束をしている。
今日はレティにロボティクスを教える予定もあるし……なかなかに過密だ。
「いつ渡すつもりなんだ?」
「正門完成後の式典があるよね。それまでに……。出来れば、前日には渡したいよね」
「なるほどな。……正門は確か、再来週に完成って聞いたぜ」
「……あれ? 結構近いな……」
先日のスゥと見た様子から、もう少し先かと思っていたが……。
かなりの人数が作業に当たって、急ピッチで進めてくれているのだろう。
あとでもう一度、街をぐるっと見といた方が良さそうだ。
「もしかして聞いてねえのか? 既に支援してくれた国々にも連絡済みで、お偉方を接待する準備を進めてるとか……」
「……はっはっは!」
「おいおい旦那……」
「……聞いてないね……」
……そうか……確かにそりゃそうなるよね。
あれだけの支援金を受け取って、都市を作り、そのお披露目をするのだから……。
誰も招待しないはずがない。
たぶんヴァルさん達、運営三人衆が一手に引き受けてくれてるのだろう。
後で顔を出さなければ。
「……よし、となれば、ヴァルさんはますます頑張りどころなんだろう。家では普段通りだけど」
「そうだな。言うまでもねえが、忙しくしてるようだぜ」
「無理をして欲しい訳じゃないけど……この剣は、出来るだけ早く渡そう」
「おう! 実はそうしたくてウズウズしてるんだ! ……旦那の弟子のお嬢ちゃん達……。旦那から髪留めをもらってからの張り切り様は、そりゃ凄かったぜ」
それなら、送った俺としても嬉しい限りだ。
ヴァルさんには普段からお世話になりっぱなし。
お礼はしっかりすべきだと思う。
誰でも、自分のしたことを認められれば、やる気が出る。
「んじゃ、早速ニナさんを呼んでくるよ」
◇
「このような武器は、見たことがありません。」
「……ニナさん、それはつまり……?」
「はい。魔法的な特性も非常に高いです。」
「おお! やったなバルド!」
「おう!」
俺とバルドは軽く拳を突き合わせた。
ニナさんにバルドの工房まで来てもらい、早速、剣を見てもらったのだ。
ニナさんのお墨付きが出たのなら、何も心配は要らない。
「性能の評価がひとまず出来た訳だけど、バルドとしてはどう? 現状の満足度は」
「間違いなく大きな一歩だな。それは確実だが……もっと先がある気がするぜ。これは総合してみれば最高だが、物理的、魔法的な特性のそれぞれだけで見れば最高じゃねえ」
「なるほど……。欲張りだね!」
「当然だぜ!」
「じゃあ……どう進めたい? これはバルドの野望だ。バルドに合わせるよ」
「ああ。俺はしばらく同じ製法でいくつか作ってみるつもりだ。それで何か見えてくるかもしれねえ」
なるほど。
頭で考えても分からない時こそ、手は止めない。
手を止めない限り、新しいヒントは着実に増えるのだ。
「これはヴァルさんにですね?」
「そうそう。前にニナさんが言ってたように、剣や盾に喜んでくれそうだからさ」
「そうですね。きっと。」
よし、これでヴァルさんに渡す準備はほぼ整った。
バルドに確認したところ、鞘などもこだわりたいらしい。
流石は超一流の職人。
細部まで手を抜かない。
俺は仕上げをバルドに任せ、ニナさんと果樹園に向かうことにした。
◇
魔機研の裏手のさらに先、マギアキジアの端に、ニナさんの果樹園予定地はあった。
周りには何も建物がない。
まだ開発されていない地域だ。
「ここがニナさんが使っている場所?」
「はい。ヴァルさんにお願いして、少し頂きました。」
「ちょっと遠すぎない?」
「遠いですが、その方が良いです。」
マギアキジアはこれから発展して賑やかになるかもしれない。
確かに、そういった喧騒から離れられる場所は欲しいかも。
……あれ?
「……昨日は、ここから俺達のことが見えたの?」
「いえ。帰り道です。」
「あ、そうか。流石にね……」
果樹園予定地のここからでも、魔機研の建物はしっかり見える。
しかし、その扉などはかなり小さい。
出てきた人の様子までは分からないだろう。
「……気を悪くしたらすみません。」
「ん?」
「実は、ドコウさんの居場所は、ここからでもある程度分かります。」
「え? 俺だけ?」
「はい。ドコウさんの気配は、少し特殊です。それを感知できます。」
「気配……」
うーん、何だろう?
他の皆と俺のはっきりした違い……。
珍しい種族であること……もしくは……転生者であること。
「覗き見るようですみません。」
「いやいや、ニナさんが謝ることじゃないし、別に悪い気もしないよ」
いずれ、自分が転生者であることは皆に話そうと思っている。
しかしその前に、もう少し調査が必要だ。
今は、ここに来た目的に戻ろう。
俺の目の前には、木の柵で覆われた広いスペースがある。
この柵内がニナさんの果樹園になるそうだ。
……『果樹園にする』と言っても、何をするんだろう?
ニナさんなら、木魔法で果物の木を生やすことが出来る。
出会ってすぐの頃、よくそうやって果物を用意してくれていた。
「ここに、木を生やすの?」
「はい。苗木から育てます」
「あ、木魔法で一気に生やすのとは違うんだ」
「ええ。時間をかけて育てると、より良く育ちます。木魔法で魔力を注入するのとは違う作用が、大地から得られるようです。」
「なるほどねえ……。それは時間がかかりそうだ」
木が育ってから実が成るまで……と思うと、数年がかりだろうか?
「木魔法は補助に使います。すべて大地に任せるよりは、早く育ちます。」
「……なるほど……。魔法と自然を、両方使うって訳だ」
「はい。これがエルフ族に伝わる方法です。」
ニナさんの里は隠れ里だった。
このことから、一部のエルフ族は他種族との交流をほとんど行わないのだと推測できる。
つまり、里だけで生活が成り立っているのだ。
その自給自足の秘訣がコレか……。
「これからもちょくちょく来ても良いかな?」
「良いんですか?」
「うん。研究はね、散歩とかの息抜きを挟んだ方が良いんだ。それが自然の中で出来るなら、最高なんだよ」
「……では、是非。」
ニナさんはもう少し作業していくらしい。
俺はレティとの約束があることを伝え、魔機研への道を歩き始めた。
ゴーレムの動かし方……ロボットの制御……。
どこから教えようかな。




