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第50話:コラボレーション

 ……ゴクリ。


 俺の目の前には、開けたことのない扉がある。

 魔工機人研究所……魔機研の裏口……。

 正面入口は大会議室工事のため、使用禁止だ。


 ついにこの扉を開ける時が来たのか……。

 緊張が走る。


「……我が主、緊張してる……?」

「そ、そりゃそうだろう……」

「では、そなたから入るが良い」

「そうですね!」

「よ、よし……」


 俺は頑丈そうな扉を開け、建物の中に入った。


 白を基調とした清潔感のある廊下。

 大きな窓から差し込む自然光のお陰で、より一層明るい印象だ。

 窓の外にはちょっとした中庭があり、緑が目に優しい。

 窓の対面側には、いくつかの扉が見える。

 それぞれの扉の先には、実験室があるのだろう。

 全部の扉を開けて回りたい。


「感想はどうじゃ?」

「……上手く表現できないな……。……凄い」

「言葉出なくなっちゃいますよね! ……ここが私達の居場所なんですよ……!」

「実験室も凄い……。……我が主、ボク達が今使ってる部屋に案内する……」


 クレアの後に続き、部屋の一つに入る

 よく整理された実験室だ。

 中央には大きな作業台があり、今は拳大の魔岩が一つと、コンロ型の魔岩が二つ置かれている。


「ここは私の実験室としていただいた場所です! 立派すぎて最初は落ち着かなかったんですけど……。最近の研究はスゥさん、クレアさんと一緒にやってるので、皆で過ごしているうちに慣れてきました!」

「そうか……。いいね。実際に使ってみてどうかな? 使い勝手とか」

「……まだまだ本格的に使えてない……でも、とても良いと思います。……前の、ボクの研究所で……もっとこうしたらって思ってた……ところも改善されてる」

「なるほど。クレアの意見に感謝だね」

「……へへ……へへへ……スーッ……ハーッ」


 あ、今暴走しかけて自制したな。


「……よし、じゃあ早速、研究成果を教えてもらおうかな」

「はい! 最初は私です! この魔岩を使って説明しますね」


 レティが示したのは、作業台に乗せられた魔岩の一つ。

 拳大の普通の魔岩だ。


「前に、魔岩の表面をスゥさんに加工してもらって、魔力保存量を増やす話はしたと思うんですけど、今回はそれをやってないものです。……なので、ただの魔岩です。……そういえば、ドコウさんに会った頃は魔岩ってだけで珍しく思ってたのに、『ただの魔岩』だなんて……不思議ですね」

「ははっ! 確かに! それだけたくさん魔岩に触れて、たくさん研究したってことだね」

「そうですね! ……それで、今日見せたいのは、ここに溜める魔力の種類です。……見ててくださいね……!」


 そう言って、レティは魔岩に魔力を込め始めた。

 魔岩はいつも通り、白っぽいクリスタルのような色合いから、少し黄みがかった色へと変化していく。

 レティは普段から、魔岩に中級水魔法の『ウォーターブラスト』を想定した魔力を込め、魔法の即時発動に利用している。

 なので、レティが魔岩に魔力を込める姿は何度も見てきたのだが……今回は何か違う気がする。

 込められた魔力に透明感があると言うか……純粋と言うか……あれ!?


「……ふぅ。終わりました。……どうですか? ドコウさん」

「……もしかして、今込めた魔力って……何も魔法のイメージを乗せてない……?」

「その通りです! やっぱりドコウさんは凄いですね……。本当に見ただけで分かっちゃった!」

「いやいや、予備知識なしでは分からなかったと思う。いつもと違うな……ってとこから予想しただけだよ」


 これまで、魔岩に溜められる魔力は、何かの魔法のイメージを込めたものだけだった。

 これは、水魔法を参考にして魔力を溜める技術を開発したことに起因している。

 水魔法では、まず空気中の水分を集めて水球を作り、次にその水球に魔力を溜める。

 そしてその魔力を使って、水球を勢いよく射出するのだ。

 この『水球に魔力を溜める』という工程を、『魔岩に魔力を溜める』に置き換えたのがレティの技術だ。


 つまり、溜める魔力は『水球を射出するための魔力』だったのだ。

 俺は以前、この技術を応用し、『岩を操作するための魔力』を込めることに成功していた。

 ゴーレムの腕を飛ばすのに使った技術だ。

 しかし、これもやはり何かの魔法を発動するための魔力には変わりない。


 純粋な魔力の放出自体は、難しいことではない。

 俺の拳術だってそうだ。

 しかし、拳術の魔力放出は対象を砕く。

 魔力を乱暴にぶつけてしまうと、魔岩は魔力を溜めることなく、砕けてしまうのだ。


「どうやったんだろう……? 俺の理解では、かなり難しい技術だと思うんだけど……」

「実は、今回もスゥさんにアドバイスをもらったんです!」

「スゥに?」

「うむ。……以前、そなたが解明した炎魔法の原理。まだ覚えておるかの?」

「もちろん」


 炎魔法は、文字通り炎を生み出して操る魔法……と考えられてきた。

 しかし、俺とスゥの見解は、これまでの考えと違う。

 俺達は、術者は膨大な魔力を放出しているだけであり、炎の発生は使い切れなかった魔力のエネルギーを消費するための、副次的な効果だと考えている。

 この考えに基づいて開発したのが、加熱魔岩と呼ばれている装置だ。

 ……あ。


「……もしかして、加熱魔岩……で良いのかな? あれを使う経験がヒントに……?」

「そうじゃ。呼び名も、加熱魔岩(かねつまがん)に統一しようかと思っておる。料理屋でいつの間にかそう呼ばれておったのじゃが、もう定着しておるようじゃしの。……そなたも開発者じゃから意見を聞きたいが……」

「うん、俺は良いと思うよ。勝手にそう呼ばれてたんなら、広まりやすい名前なのかもしれない」

「承知した。……それでじゃ……その料理屋で加熱魔岩の使い方を教えておるうちに、純粋な魔力の放出量を調整するコツが分かってきたのじゃ」

「それを私に教えてもらったんです!」


 そういうことか……。

 いやはや……弟子達の連携に驚くばかりだ。


「……でも、成果にはまだちょっと続きがあるんです!」

「……え? もう凄すぎてビックリしてるんだけど、まだ続いちゃうの?」

「はい! 続いちゃいます! ……実は、この『ただの魔岩』だと、純粋な魔力を込めるのはやっぱりちょっと難しいんです。試しにスゥさんにやってもらったんですけど、ダメでした」

「そうなの? スゥの方が、魔力放出の圧倒的な経験があるのに」

「そうなのじゃ」


 むむ……?

 そこは魔力を込めるイメージが多少必要ということなのか……?


「それで、やっぱり今回も魔岩の表面から抜けちゃってるのかなって考えたんです! 魔力はちゃんと放出できてるはずなので、溜まってないなら抜けてるしかないかなって」

「……うーん、鋭い。じゃあ、今回もスゥに加工を?」

「はい! でも、加熱魔岩と同じ加工じゃダメだと思いました。それだと加熱魔岩を普通に使うのと同じなので、表面が熱くなるだけです。……それで、加熱魔岩よりも高い魔力伝達抵抗の材質で、表面を覆うように加工してもらいました!」

「……」

「そしたらですね! スゥさんだけじゃなくて、料理屋で働いてる皆さんでも純粋な魔力を溜められるようになったんです!」

「……」

「……あ、あれ……? ……ドコウさん、どうですか……?」


 どこまで凄いんだ、このレティって子は……いや、もうそろそろ子って呼ぶのは失礼か。

 自分でどんどんアイデアを出し、仮説を立て、検証してまたアイデアを出す……。

 理想的な研究サイクルを、純粋に楽しみながら体現している。


「ご、ごめん。感動しちゃって……。実際、溜めた魔力は色々な用途に使えたのかな……? ……なんかまた成果が出てきそうで質問するの怖いんだけど」

「出来ます! ……えっと……やっぱりちょっと工夫があって……」

「……お手柔らかに……」

「スゥさんの加工は、なるべく全体を覆えた方が効果がありました。これはイメージ通りです。だけど、魔力を込めるための入口……それは魔力を使うときの出口になるんですけど、そんな出入口は魔力を通しやすくないとダメです。……そこで! クレアさんが開発した魔岩糸(まがんし)を使いました!」

「……うん。実はボクも手伝ってるんだ……へへ……」


 弟子達の華麗な連携も、ここまで来るともはや怖い。

 足が震えてきた。


「魔岩糸を介して魔力を込められますし、そのまま握って水魔法の即時発動も出来ました! あと、魔力を溜めた魔岩に繋いだ魔岩糸を加熱魔岩にチョンって付けると……いつも通り発熱しました!」


 ……俺、魔岩糸の使い方も誰にも言ってないよね……?

 レティは当然、魔岩の性質をよく理解している。

 作られた魔岩糸を見て、考えたんだろう。

 他の人の成果にも興味を持って、理解し、自分の研究に活かしている……。

 完璧だ。


「……あれ……研究成果って、一度にこんなに摂取して大丈夫だったっけ……?」

「おぬし……今日は三人おる、ということを忘れないようにの。レティは一人目じゃぞ」

「……マジか……」


 研究成果の過剰摂取(オーバードーズ)

 明日の朝日は、見られないかもしれない。

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