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第5話:交易都市

 村中から一人前のドワーフと認められた次の日、俺は母に連れられて小高い丘に登っていた。


 ここに来るのは初めてだ。

 三歳の割に足腰はしっかりしているので、登ること自体に問題はない。

 この体力と筋力は拳術や鍛冶の訓練のお陰か、ドワーフ族の特性だろう。

 ……が! とにかく手足が短い!

 一歩一歩の歩幅が小さく、登り切るのに時間がかかりそうだったので、これまでは登ろうと思わなかった。

 今日は母に誘われ、朝からゆっくり、トコトコと時間をかけて登ってきた。

 ようやく頂上にたどり着きそうだ。


「さあ、ここよ。ここから見える景色を見せたかったの」


 俺には前世の記憶があるので、当然、世界が広いということは知っている。

 しかし、この丘から見える景色は、前世で見たどんな景色より、広大だった。


「どう? 村の外ってとっても広いのよ?」

「うん、すごい……」


 視界の大半は、どこまでも続く森と平原だった。

 森の少し手前に、かなり立派な都市のようなものが見える。

 遠すぎて細かくは分からないが、中世のような……まさにファンタジーという感じの雰囲気だ。

 前世では、幼い頃に憧れたファンタジーの世界。ゲームの世界だ。

 それが幻想なんかじゃないことを、この景色が実感させてくれた。

 今の俺には、ここが現実の世界なのだ。


「母さん、あの森の手前にあるものは何?」


 三歳児のドコウは都市を見るのも初めてのはずなので、演技をする。


「ああ、あれは町よ。名前はドルフィーネ。交易が盛んで、村で作った武器はあそこで買い取ってもらっているの。あ、買い取ってもらうっていうのはお金と交換してもらうってことで、えっと、お金っていうのは…………コホンッ。とにかく、あそこにはとってもたくさんの人がいて、とっても色んなものがあるの」


 確かにお金の概念を、絵もなく口頭で伝えるのは大変だ。

 あとで教えてくれるのだろう。

 ……ドルフィーネ、町というには大きい。交易都市といったところか……。

 もう少し成長すれば自分の足でも行けそうな気がする。


 そんなことを考える俺の様子を見ていた母が、意を決したように言った。


「ドコウ、あの町に行ってみない? あそこには色々なことを教えてくれる『学校』というところがあるの。……お母さんはあなたに色々なことを知ってほしいと思っているわ。お父さんもよ。あなたが初めてドワーフの技術を見たときの目の輝きは、凄かったもの……」


 願ってもない。

 しかし、通えるような距離とは思えない。


「行ってみたい。でも、かなり遠いように見えるけど……」

「ええ、そうね。もし学校に行くなら、しばらくあの町で暮らすことになるわ。お父さんとお母さんはドコウと離れることになっちゃうけど。……それでも、きっとドコウにとって良い経験になると思うわ。どうかしら?」


 やっぱりそうか……、かなりの決断だったろう。

 俺も父や母と離れるのは寂しいが、もっとたくさん学ぶ必要がある。

 夢に挑戦すると決めたのだから。


「……分かった。ありがとう、母さん。俺はもっともっと色んなことを知って、やってみたい。だから、学校ってところに行ってみたい!」

「……分かったぞドコウ!! ワシに任せろ!!」


 素直な気持ちを伝えると、背後からでかい声で返事が聞こえた。父だ。


「母さんすまんな! ワシでは上手く説明できねェから……」

「いいのよ、私が直接ドコウに話したいって言ったでしょ? ……ドコウ、分かったわ。準備はお母さんたちに任せて頂戴!」


 どうやらすでに二人でじっくり話し合ったようだ。

 いつもの泣き顔ではない。

 不安を感じさせない、頼もしい笑顔だった。


 ◇


 その日から、学校に行く準備が始まった。

 真っ先に父は手紙を書いた。

 父が文字を書くところを見るのは初めてだ。

 チラッと覗いてみたが、読めない。

 父の字が綺麗とか汚いとか以前の話で、全く知らない文字だ。

 どうやら、読み書きを習得するのは最優先事項のようだ……これでは本も読めない。


 母は、村の外に出る前に最低限知っておくべきことを、色々教えてくれた。

 まず、世界にはドワーフ族とは違う種族の人類がたくさんいる、ということ。

 これは前世の知識から予想してたが、確かに教わってないし、会ったこともない。

 その中でも、エルフ族とは昔から仲が悪いので気をつけるように言われた。

 ドワーフとエルフの仲が悪いというのも定番だけど、ちょっと残念だった。

 前世では個人を見て判断するのが俺のポリシーだったし、せっかくの異世界なのだから色んな人と交流してみたいと思っている。

 話す前から種族間の溝があるというのは、好ましくなかった。


 次に、モンスターのこと。

 ……やっぱいるよねえ……。

 拳術などの戦闘技術があるのだから、いるだろうと思っていたし、戦うイメトレもしていた。

 言葉が通じず、本能で人類を襲ってくる生き物。

 それがモンスターらしい。

 非常に様々な種類の中には、生態が分かっていないものも多いため、モンスター研究を生業(なりわい)にする人もいるのだそうだ。


「だからお父さんはすぐに拳術を教えたんだと思うわ。私が土魔法を教えたのも同じ。きっとモンスターから身を守るのに役立つはずよ」


 最後に、食べ物のこと。

 実は、俺は食べることが結構好きだ。

 前世でも研究に行き詰まったときは、美味しいものを食べてストレス発散していた。

 ドワーフ村のあたりには『ビッグラビット』というモンスターがよく出るので、主にこれを食べてたのだそうだ。

 あの美味しい大きなウサギ、モンスターだったのか……。

 しかし村の外では、木から取れる瑞々しい食べ物(果物だろう)や、色々な味がする草やその根っこ(野菜だな)、水中に生息する美味しいモンスター(魚介だ!)なんかも食べるらしい。

 ドワーフの味覚が前世と同じかは分からないが、母の口調からすると味に期待はできそうだ……!

 これは、楽しみが増えてしまったな!


『豪快にいけ』と父に言われてから、本当にこの世界そのものを楽しめている気がする。


 ◇◇◇


 父が手紙を書いてから数日が経ち、荷物の準備も整った頃、村の外から人がやってきた。

 人数は五人。いわゆる普通の人間っぽく見える。

 俺にとってはこの世界で初めての異種族だが、新鮮さはあまりなかった。


「おお、ジーナス! すまねェなァ、わざわざ来てもらっちまって!」

「いえいえ、ドワーフ族の族長に恩を売るチャンスはなかなか無いですから。急いで来てしまいました」


 父と訪問者のリーダーらしき男性が笑いながら言葉を交わす。

 かなり気心のしれた仲のようだ。

 母もにこやかに挨拶している。

 ジーナスと呼ばれた人は、おじさんと言って良さそうな外見で、他の4人より上等そうな服を着ている。


「こちらが手紙にあったご自慢の息子さんですね……。ドコウくんですね。私はジーナスと言います。お父さんとは昔からのお友達なんですよ。よろしくお願いしますね」

「ジーナスさん、ドコウです。よろしくお願いします。」

「おお、これはご丁寧に。」


「ドコウ! おめェのことはこのジーナスに頼んどいた! こいつァあの町じゃ有名人なんだ! ……んじゃァ、ジーナス! くれぐれも頼むぜ!」

「私からも改めてお願いします」

「ええ、二人とも。任せてください。……ではドコウさん、早速出発しようと思いますが、準備は良いですか? しばらく会いにくくなりますから、挨拶はしっかりしといた方がいいですよ」


 ジーナスさんたちが町まで連れて行ってくれるようだ。

 しばらく会えないと言っても一応目で見える距離だ、寂しがりすぎることはないし、寂しい思いをさせすぎる必要もない。


「はい。では父さん、母さん、準備ありがとう! 学校、頑張ってくる! 村のみんなもありがとう! いってきます!!」


 俺はなるべくさっぱりと挨拶をした。

 父は必死に涙を堪えていたが、母の頬は少し光っていた。

 ……だが、村人全員、笑顔で送り出してくれた。


 

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