第49話:入門
コンコンコンッ……
「……はーい!」
「レティ? 俺だけど……」
「あ!」
マギアキジアに建てられた大きな家の、一室。
俺はレティの部屋の前に来ていた。
……女性の部屋の扉を叩くのは緊張するな……。
「ドコウさん、おはようございます! ……と言っても、今日はお寝坊さんでしたね!」
「おはよう。そうなんだよね……。お風呂とベッドが気持ち良すぎて、つい……」
もう昼前と言ってもいい時刻だ。
本来であれば、皆と一緒に朝食を食べ、その場でレティと軽く会話するつもりだった。
しかし、それは叶わなかった。
「どうぞ入ってください!」
「いやー……そういう訳には……」
扉を開けたレティの後ろに見える部屋は、いかにもレティらしく、可愛らしい部屋だった。
気安く入ってはいけない……。
俺の直感がそう告げていた。
「あんまり男性を気軽に入れない方がいいと思うよ」
「あ。す、すみません! それじゃ……一階の食堂に行きましょうか! ドコウさんはまだ行ったことないですよね」
「お、いいね!」
◇
レティに案内された食堂は、これまた立派だった……。
大きな木のダイニングテーブルが部屋の中央にあり、控えめなデザインの施された椅子が並んでいる。
外が見える大きな窓を、セバスさんが拭いていた。
「これはドコウ様。おはようございます」
「あ、セバスさん。おはよう。……ごめん、朝寝坊しちゃって……」
「いえ。ゆっくりお休みになられたようで何よりです。お部屋の方はいかがでしたか?」
「そりゃもう最高だよ」
ここでレティと少し話すことを伝えると、セバスさんは軽食を作ると申し出てくれた。
とてもありがたい。
昼食まではまだ少し時間がある。
「……さて、それで話ってのは? また何か出来たとか?」
「あ、研究成果も話したいんですけど、それは後にしようかと……。スゥさんたちにも声をかけてるので、皆で魔機研に行きましょう!」
「おお! 俺初めて入るよ!」
「まだ全部は見れないんですけど、楽しみにしててください! 凄いんですよ!」
「それは期待しちゃうなー……。んじゃ、ここで話したいことってなんだろう?」
セバスさんが軽食と紅茶を持ってきてくれた。
パンにチーズとハムをはさんだ……クロックムッシュのようなものだった。
最高に美味そう。
レティは、俺がセバスさんに礼を言うのを待ってから、話し始めた。
ちょっと緊張しているように見える。
「えっと……。……その……。……あれ、話す順番、ちゃんと考えてたはずなんですけど……」
「……リラックスして、思い浮かんだままに話してくれればいいよ」
「はい! あ、ドコウさんも是非食べながらリラックスして聞いてください!」
そうさせてもらおう。
俺はセバスさん特製クロックムッシュをかじる。
……期待を超える美味しさだ……。
意識を飛ばしてレティの話を聞き漏らすことのないよう、注意しないと。
「それじゃ、その……。実は、ドコウさんにお願いがあるんです」
「……お願い?」
「はい。……私に、ゴーレムさんの動かし方を教えてもらえませんか!?」
……ちょっと待ってね。
今ちょうど一口かじってしまったので、すぐに返事できない。
ゴーレムの動かし方……なるほど……。
教えられるもんなのかな?
ゴーレム自体は土魔法。
ドワーフにしか使えないと言われている魔法だ。
しかしよく考えると……土魔法っぽいのは作る時だけ。
操作する時……つまり、魔力でプログラミングする時は違うような気がする。
自分の中で構築した制御則のイメージを魔力で表現して、ゴーレムの頭部に込める……。
……あれ……ひょっとしてレティが研究してきた、魔力を溜める工程と似てるんじゃ……?
……と、具体的な話に入る前に……。
「……うん、まずは理由を聞いてもいいかな?」
「はい! あの……私はずっと、魔力を溜める方法を研究してました……あ、ドコウさんはもちろん知ってますね、えと……」
「大丈夫大丈夫。続けて?」
「は、はい! それで……この溜める技術を使えば、魔力を上手く使えない人でも魔法……みたいなことが出来る……そんな未来にならないかな……って考えて……」
「うんうん」
「そう思ったら、今のままじゃダメだなって! 今の魔蔵ブレスレットは、私が魔法を使った時に補助してくれるだけです。魔法は使えないといけないままなんです。……それで、魔法を使わなくても、言葉で伝えれば魔力を使ってくれるゴーレムさんなら……って」
「なるほど……それで使い方を……」
「はい! でも、それだけじゃなくて! ……その、色々考えてたら、私が考えてたことを、もっと色々できるようにしたのが、ドコウさんの言ってた『ロボット』なんだ……! って思ったんです」
相変わらず鋭いな……。
元々、俺はレティの魔力を溜める技術を、ロボットに使おうと考えていた。
ゴーレムに魔力採集の機能を持たせる目処が立たないので、その代わりだ。
……レティだけじゃなく、まだ誰にもハッキリとは話してなかったと思うけど……。
「間違ってますか……?」
レティが不安気に俺の顔色を窺っている。
こんなに真面目な話を、食べながら聞いてしまって申し訳ない。
しかし熱々を食べなかったら、今度はセバスさんに申し訳ない。
俺はクロックムッシュの最後の一口を食べ終えた。
「いや、驚くほど俺の考えと近いよ。……それで結局、レティはゴーレム……いや、ロボットの動かし方に興味を持ってくれたんだね」
「は、はい! ……でも、やっぱり私には無理でしょうか……? ドコウさんの魔法って、凄く特殊ですよね……」
「うーん、やってみないと分からないけど……。ゴーレムを作るのは難しいかもしれない」
「……そうですか……」
「でも、ゴーレムを動かすことは出来るかもしれない」
「ほんとですか!?」
「うん。一緒に挑戦してみようか!」
「はい!」
ようやくレティに笑顔が戻った。
俺は冷静を装っているが、正直踊り出したい気分だ。
これまでも、レティ、スゥ、クレアは弟子だった。
しかしそれは、魔法学……もしくは魔工学の弟子だった……と俺は思っている。
今、レティが申し出てくれたのは、ロボティクスの弟子宣言。
俺にはそう聞こえた。
「……確認だけど、レティはゴーレムの動かし方を学んで、ロボットだけじゃなく、魔法を使う装置を動かすのにも使いたい……ってことかな?」
「その通りです! ああ、良かった……伝えられた……」
「はははっ! そんなに気負わなくても……。上手に説明できてたよ」
ドルフィーネの近くに居ると忘れてしまいそうになるが、上手く魔力を使えるというのは、当たり前のことではない。
昨晩スゥと行った料理屋では、魔岩を使って調理された料理が出てきた。
これが可能な従業員を簡単に集められるのは、ドルフィーネの基盤学校で、基本的な魔法の使い方を教わるからである。
ドルフィーネでは、魔法を教わった経験のある料理人……という、ちょっと特殊な人がたくさん居るのだ。
なるほどねえ……。
レティの考えは、とても刺激的だった。
そっか……人間の代わりに魔力を使う……。
「とっても素晴らしい考えだと思うな……。俺も勉強になったよ」
「え!? そ、そんな……。でも……嬉しいです!」
笑うレティの頭には、髪飾り。
心做しか、誇らしげに輝いているように見える。
「じゃあ……動かし方を教えるのは明日からになるかな? 今日はこの後、皆の成果を見せてもらえるんだよね」
「そうですね! お願いします! ……ホッとしたら、なんだか喉が乾いちゃいました」
「セバスさんが用意してくれた紅茶、まだポットにあるけど……飲む? だいぶ冷めちゃってるけど」
「あ、いただきます!……確かこの辺りにカップがあるって……。……あ! ありました!」
レティは部屋に置かれた木製の棚の中から、ティーカップを取り出した。
二人で紅茶を飲む。
ゴーレム……いや、ロボットの制御を教える、か……。
母の協力のお陰で、状況に応じた複雑なルール……つまり制御則を組み込むことは可能になった。
しかし、現状はまだ出来ることが少ない。
より高度な制御則を実行するために必要な、大事な要素がまだないのだ。
一刻も早く、この問題は解決しないとな……。
俺が考えを巡らせていると、食堂の扉が開き、スゥとクレアが入ってきた。
「やはりここじゃったか。どうじゃレティ? まだ早かったかの?」
「いえ! ぴったりです!」
「……じゃあ、行こう……我が主」
「そっか。いよいよってことだね」
弟子三人組に誘われ、俺はついに、魔機研に向かって歩き出した。




