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第48話:加熱魔岩

 肉が焼ける、香ばしい匂い……。


(ここが前に話した料理屋じゃ。調理に魔岩を……)


 直火で焼いた肉も美味い。

 しかしこれは『火加減』というものを調整し、ワンランク上の料理にした匂い……。


(……という訳での、魔力の加減で瞬時に火力を調整できるのじゃ。それが……)


 肉だけじゃない。

 野菜を炒めた匂いも感じ取れる。

 前世で初めて鉄のフライパンを使った時、ただの野菜炒めに感動したのを思い出す。

 火加減を御するというのは、料理を根底から変えてしまうのだ。


「……おい! そなた! 聞いておるのか!?」

「……え?」

「……はぁ。まあ、それも称賛と受け取っておくかの。……しばし待て。店主に席がないか聞いてくる」


 スゥが店に入るとすぐに、客や店員がスゥの名前を呼ぶ声が聞こえる。

 すごい慕われようだ。

 師匠として、ハナが高い……あれ? ハラだっけ? ああ、そうだそうだ。ハラヘッタ。


 ◇


「これは美味い……」


 目の前に広がる、料理の数々。

 肉料理が多いが、野菜、魚もある。

 加熱調理したものがメインだ。

 それがこの店のウリなのだ。


「腕の良い料理人が協力してくれたお陰じゃの……。魔岩の加熱器を巧みに使いこなしておる」

「本当だね。どれも絶妙な火加減だ……」

「どれ、妾も頂こうかの」

「そういえば、スゥと二人だけでの食事は、初めてだね」

「そ、そうじゃの」


 皆で食べる食事はもちろん最高だ。

 でも、こうしてゆっくり話しながら食べるのも、また最高だな……。


「こちらホクホクイモの魔岩焼きでーす」

「おお、これも美味しそう……」

「……あの、スゥ様。もしかしてこの方って……?」


 料理を運んでくれた女性の店員さんが、スゥに話しかける。

 やはりスゥはこの店の従業員と親しいようだ。

 それどころか、客の大半はスゥをよく知っているように感じる。

 ……それだけ頻繁に、この店の様子を見に来ているのだろう。


「ん? おお、もしや見たことがないかの? ドコウ殿じゃ」

「やっぱり!」


 店内の騒々しさが増した。


(なんだって!?)

(俺初めて見るよ……!)

(……筋肉……!)


 客たちの視線が俺に集まっているのを感じる。

 客の半数以上は、マギアキジアの都市開発に何らかの形で関わっている作業者のようだ。


「……あれ? そういえば建設を手伝ってくれてる人達とか、移住してきた人達って、俺をどう認識してるのかな……?」

「そうじゃな……。かなり人それぞれじゃが、一言で言えば『黒幕』じゃな」

「なんだそりゃ!」


 黒幕……?

 なんも悪いことした記憶はないぞ!


「あの……私達はお見かけしたことがないのに……運営のヴァレンティン様達も、研究所のスゥ様達も慕ってる人だって……」


 店員さんが緊張した様子で教えてくれる。

 ……今の説明には、否定するところがない。

 確かに、都市建設が本格化した時、俺とニナさんは遠出していた。

 そして、店員さんの説明から連想されるイメージは……確かに『黒幕』だ……。


「スゥ様が誰かと一緒にご飯食べてるところなんて、見たことなかったので……もしかしてと思って……。ご、ごめんなさい! お邪魔しちゃって!」

「いやいや、大丈夫。……スゥは皆に慕われてるようだね」

「はい! それはもう!」

「そっか。さっきファン一号、二号が誕生したばかりだけど、ここにもスゥのファンがたくさん居るんだね」


 僅かに空気が変わった。


「……ファン一号、二号……ですか?」

「うん、ついさっき——」

「じゃあ私が三号ですっ!」

「いや! 俺だッ!」

「何言ってる! 俺の方が先だ!!」


 ……あれ……?

 辺りからファン第三号を主張する声が上がる。

 すぐに店員も客も関係のない口論が始まってしまった。

 その勢いはあっという間に店中に広がり、どんどんエスカレートしている。


「もしかして……火種を放り込んじゃった……?」

「妾もどう反応すべきか分からぬ……」


 店内はもはや乱闘寸前の状態だ。

 ……うーん、皆さんには申し訳ないけど、怪我人が出る前に、丁重に鎮圧するか……。

 俺が腰を上げようとしたその時、厨房の扉が勢い良く開いた!


「アンタら煩いよ! 料理を食べないやつは出ていきな!」


 厨房から出てきた女性の迫力ある声に、店内は静かになった。


「おお、マチルダ」

「知り合い……だよね、そりゃ」

「うむ。この店の女主人じゃ」


 マチルダさんは客たちをかき分け、俺とスゥのテーブルまでやって来る。


「誰が三号だって構わないけどね。そのファンクラブの(かしら)はアタシだよ!!」


 ……今この人、油注いだ?

 しかし意外にも、異議を唱えるものは居なかった。

 マチルダさんなら仕方ない……そんな雰囲気だ。


「ドコウ様。挨拶が遅くなってすまなかったね。アタシはマチルダ。スゥ様に協力してもらってこの店をやらせてもらってるものさ。よろしく頼むよ」

「これはどうも。よろしく。……ってことは、魔工学を使って料理屋をやりたいって言い出したのが……?」

「そう、アタシさ。それをスゥ様がここまで形にしてくれたってわけさ!」

「い、いや、妾は手伝っただけじゃぞ……」


 どうやら今日は、皆でスゥを褒めまくる日のようだな。

 スゥはそれだけのことをしてる。

 今日はきっかけがあっただけだ。


「何言ってんだいスゥ様。この店の一押し料理は全部、スゥ様が開発した加熱魔岩(かねつまがん)がないと作れないんだからね! ……ドコウ様と協力して作ったって聞いたよ。ドコウ様にもお礼をしないとね」

「俺こそ、マギアキジアを盛り上げてくれて感謝してるよ。……一通り食べ終わったら、厨房を見せてもらえないかな? 魔工学がどう活かされてるのか見てみたくて」

「お安い御用さ! じっくり味わってから、来てくんな! ……じゃあアタシは厨房に戻って料理人達にも伝えておこうかね。急にドコウ様が来たら皆ビックリしそうだ。……あ、お二人は気にせずにどんどん注文しておくれよ!」


 マチルダさんは厨房に戻っていった。

 店内は、いつの間にか元の程良い騒々しさに戻っている。


「ごめんなさい。ドコウ様、スゥ様……」


 最初に話しかけてくれた店員さんが、申し訳なさそうな表情で近くに立っていた。


「いやいや、ある意味いい光景を見せてもらったよ。……ついでに、注文させてもらおうかな」

「はい!」


 店員さんは追加の注文を聞き、厨房に入っていった。

 もう相当な量を頼んでいるが、美味しいのでまだ食べられそうだ。


「……落ち着いたようじゃし、妾達も続きを食べようかの」

「そうだね!」


 ◇


 食事を終えた帰り道。

 俺とスゥは、来る時とは違う道を見るため、少し散歩しながら帰ることにした。


 ちなみに、厨房はちゃんと食後に見せてもらった。

 営業中に邪魔をする訳にもいかないので、今回はざっとだ。

 綺麗に魔岩のコンロが並ぶ様子には、他の店にはない近未来感があった。

 近未来といっても、前世で想像するソレとは違う。

 あくまでこの世界の近未来……魔工学が基盤を支える未来。……俺達が創る未来だ。


「凄いね……俺達の街」

「そうじゃな……。不思議なことに、まだ来てさほど経ってないはずじゃが、もう居心地が良い」

「俺も来たばっかだけど、そう感じてるよ」

「ふふっ……それは何よりじゃな! ……自室はどうであった?」


 セバスさんに案内してもらった俺の部屋……、それはもう、最高に決まっていた。

 程よく広い空間に、品の良い木製の家具。

 そして、何より、気持ち良さそうなベッド……。

 帰ったばかりだったので、まだ寝心地は確認していない。

 今晩の楽しみの一つだ。


「最高……以外の表現がパッと出てこないね」

「そうかそうか。気に入ったようじゃの。きっと、大浴場も気に入ると思うぞ」

「それなんだよ! 楽しみだ……」


 あの家の目玉の一つ、大浴場。

 浴槽に浸かること自体、この世界に来てから始めてだ。

 ……旅から帰り、美味しい物を食べ、風呂で温まって、上質なベッドで寝る……。

 フルコンボ。

 明日、起きられるだろうか……。


「明日はレティの話を聞きに行くのじゃろう?」

「そそ。その後はスゥだね」

「うむ。……料理屋の他にも、成果があるのじゃ。楽しみにしておくが良い!」


 お?

 素直に誇らしげな表情と仕草。

 皆で褒め倒した効果はあったようだぞ。


「……あ、もしかしてあの家で皆と一緒に過ごして思い付いた案とか……?」

「その通りじゃ。……時間を忘れて話し込んでしまったわ……」

「夜更かしはダメだぞ? ……と言いたい気持ちはあるけど、夢中になってる時間って最高なんだよね……」

「まさにそうじゃ! 毎日が楽しくてのぅ……。明日からは、もっと楽しくなりそうじゃ!」


 俺の少し前を歩いていたスゥが振り返り、いっぱいの笑顔を見せた。

 髪飾りが街灯の光を反射してキラリと輝く。

 その後ろには、俺達の家が見えていた。

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