第44話:剣聖
「おばあちゃん。また来ます。」
「おお……。ニナ、いつでもおいで」
ジゼルさんの家で一泊した朝。
出発の時間だ。
「ジゼルさん、色々ありがとうございました」
「……これからも、ニナをよろしく頼むよ」
「もちろんです」
俺を見るジゼルさんの表情は真剣。
真剣に、家族のことを心配しながら、応援している。
俺がドワーフ村を発つ時の父と母の表情に、似ている気がした。
俺との挨拶が済むと、ジゼルさんはゆっくりと目を瞑った。
「……星と共にあらんことを」
「……おばあちゃん?」
「古い挨拶さね」
そう言ってジゼルさんは、ニナさんと軽くハグをした。
ニナさんは来た時と同じように、背の高い草木が多く生える方へと歩き出す。
今日も里は静かだ。
「里の出入り口は一つしかありません。」
「分かった。森さえ抜けられれば、岩で何か乗り物を作るよ」
「……予定より長くなってしまいそうですね。すみません。」
「ん?……ああ、この後のこと?」
「はい。」
「大丈夫。マギアキジアの方は皆が居るんだし。きっと建設、進んでると思うよ」
「……そうですね。帰るのが楽しみです。」
「俺もだ」
ジンロウさんが居るのは、恵みの森の北東。
俺とニナさんが出会った場所の、さらにその先。
ゼフィリアを取り囲む山脈の中で、ひっそりと暮らしているらしい。
俺とニナさんはまた、森の中を歩き出した。
◇◇◇
「ドコウッッ!!」
「あれ? と——」
ガバっと抱きしめられて俺の言葉が途切れる。
エルフの里を出た後、森を抜けるのに時間がかかった。
来る時と同じで、道なき道を歩いたからだ。
……たぶん、ニナさんが居なかったらもっと大変……というか、森から出られなかったと思う。
森を抜けてからは岩バイクを使ったが、山道では速度をあまり出せない。
モータースポーツの真似をしてみようかと思ったが、俺には経験がない。
ましてや二人乗り。
もし挑戦するような者がいれば、それは愚かだと言えよう。
……決して、岩にぶつかり、吹っ飛んだりはしていない。
……一緒に乗っていたのがニナさんで良かった……。
そんな訳で、結構大変な旅だったが、それだけだ。
特に問題になるようなこともなく、ニナさんと楽しく話しながらここまで来た。
到着したのは、山の中腹にポツンと建つ小屋。
ニナさんの案内が正しければ、ジンロウさんの家のはずだ。
しかし、その扉を開けた俺は、なぜか父に抱きしめられていた。
「ホッホッホッ……。ドーム。そやつがおぬしの息子か?」
「師匠。」
「ああ、ニナ。元気かな?」
「はい。」
「ホッホッ……」
ニナさんの師匠、ジンロウさんだ。
……たぶん。
今の俺は父に抱きしめられているので、視界ほぼゼロ。
いや、正確には、茶色一色だ。
声しか聴けない。
「とっ、父さん。そろそろ放してもらっても……」
「あァ! すまねェ!」
ようやく解放された。
父と会うのは、各地を巡る旅に出る時以来。
とても久しぶりだ。
会いたかった。
「父さん、久しぶり! 会いたかったよ」
「……!」
「……父さん?」
「まあ入りなさい。気絶してるやつは放っといて良い」
「……おォィッ!」
父はすぐに意識を取り戻した。
◇
ジンロウさんの家に入ると、ニナさんが事情を説明してくれた。
ジゼルさんに会い、ここに来るように言われた。
ざっくり言えばそんな内容だ。
「……ふむ。なるほどのぅ……」
「改めて、ドコウと言います。……俺には戦闘の技量を高める必要があります。突然ですが、どうか協力していただけないでしょうか?」
俺は頭を下げる。
「……ふむ。突然、という訳でもないのじゃよ」
「……え?」
「もう何ヶ月も、こやつに頼まれておる」
そう言ってジンロウさんが目で示したのは、父だ。
……なぜ?
「ジンロウはな、剣術の達人。剣聖と呼ばれてる! ドコウに刃舞を教えてくれねェか頼んでたとこだ!」
「……ばぶ?」
「あァッ! 懐かしいぜェ……。それはおめェが最初に喋った言葉だ!」
………………あ。
俺は思い出した。
転生して間もない頃。
赤ちゃん流ため息とか、ふざけたことを思いながら発した声。
それを聞いて騒ぐ父と母が、そんなことを言っていた気がする。
「そろそろ頃合いだと思ってな! 俺が勝ったらドコウに稽古をつけるって約束で勝負してんだ!」
「ホッホッホッ……もう何ヶ月か経ってしまったがのぅ」
南の平野を一人で護り続けてきた父でも敵わない相手。
もうジンロウさんの凄さが伝わってくる。
……まあ、ニナさんの師匠って時点でほとんど振り切れてるけど。
「師匠。私からもお願いします。」
「ホッホッ……可愛い愛弟子からの、初めての頼み事か……」
ジンロウさんは俺を、頭から足先まで一通り眺めた。
何かを確認されているようだ。
「……ふぅむ……」
ジンロウさんは聞いていた通り、獣人。
恐らく、犬系……狼か何かの獣人だろう。
身体の大きさはむしろ小柄で、顔にはシワと髭がある。
まさに、ザ・剣豪。という雰囲気だ。
「では、少し条件を緩めてやるとしよう。……ドコウと言ったな?」
「はい。そのままドコウと呼んでもらえれば」
「うむ。……ドコウよ。儂の剣を防いでみせよ」
「……分かりました」
……定番のパターンだ。
ここに来た時点で、覚悟していた。
◇
ジンロウさんの家の裏には、開けたスペースがあった。
……元々は平らに整地された訓練場だったのだろう。
今はボコボコだ。
たぶん、父のせいで……。
「儂は一度しか攻撃せん。それを防いでみせよ」
俺の前に立ったジンロウさんが言う。
手にはジンロウさんの背丈と同じくらいの木の棒。
……うーん……。
普通の人からすれば、訓練用の木の棒にしか見えないだろう。
しかしジンロウさんは、杖で斬って戦うニナさんの師匠。
当たっても大丈夫、なんて考えないほうが良いだろう。
「準備は良いかの?」
「はい」
対して俺は武器を持たない。
いつも通りの拳と土魔法スタイルだ。
「ではゆくぞ」
静かに言ったジンロウさんの姿がボヤけて消えた……。
ヒュッ……
俺はギリギリで、右上から迫る棒に気付くことが出来た!
咄嗟に岩の盾を生成する。
何とか間に合いそうだが、このままじゃたぶん、盾ごと斬られる。
棒と盾が接触するまでの間、可能な限り鍛冶魔法で盾を強化だ。
しかし——!
棒は盾に触れることなく軌道を変え、斜め右下から俺に向かってくる!
ええ!? 剣閃って曲がるもんなのか!?
迫る切っ先に勢いは感じない。
ただ何かに流されるように……それが必然のように俺に迫ってくる。
もう盾を作るのは間に合わない。
……仕方ない!
パァンッ!!
「ホホッ」
ジンロウさんが持つ剣……いや、木の棒の半分ほどが粉々になった。
「……おォ! やるじゃねェかドコウ」
「……。」
少し離れたところで見ていた父の声が聞こえる。
俺の目の前に立っているジンロウさんは、柔らかい笑顔だ。
……最初から殺気などは感じなかった。
より正確には、何も感じなかった。
ただ静かに、俺は負けるところだった。
「やはりおぬし、全身から魔力を放出できるようじゃの」
「ええ……。拳に比べると上手く扱えませんが……」
「……ふむ。しかし、儂の剣を砕く程度には収斂できるようじゃな」
「すみません……。武器壊しちゃって」
ジンロウさんの説明のとおり。
俺は棒が当たりそうな場所から、魔力を放出した。
拳術で拳から放出するのと同じ要領だ。
そもそも、元々は拳から放つことに特別な意味はない。
ただ何度も訓練した結果、『拳に魔力を伝達して放つ』という行程の練度が高まっただけである。
訓練さえすれば、原理的には身体のどこからでも、拳術を使えるはずなのだ。
「気にすることはない。ただの棒じゃ。……ああ、儂の相棒……。ドコウよ。おぬしは魔力放出量に優れるドワーフの特徴と、魔力のコントロールに優れるエルフの特徴を、程よく受け継いでおるようじゃ」
……途中でボソッと聞こえた言葉が気になって、よく頭に入ってこなかった。
俺にエルフの血が流れてる?
そういえば、母がエルフとドワーフのハーフということは、当たり前なのか。
……あれ?
「流石ですね。ドコウさん。」
「ありがとう、ニナさん。それより、俺のことって……」
「はい。最初に見た時に気づきました。」
「あ、やっぱりね」
だからニナさんは、俺をすぐに信じたのか。
「ガッハッハ! どうだジンロウ! ドコウは凄いだろ!」
「ホッホッホッ……まるで自分が勝ったように興奮しておるのぅ」
「細けェことは気にするな! 同じようなもんだろ!」
「ホッホッ……」
ジンロウさんは俺に視線を戻す。
「ドコウが今から刃舞を習得するには時間がかかる。仮に習得したとしても、ニナは超えられんじゃろう。……うう、儂の相棒……。……しかし、おぬしの特性を活かす工夫が出来れば、短期間で強くなれるやもしれぬ。……やってみるかの?」
「……ぜ、ぜひ……」
「ふむ。では稽古は明日からじゃな。……おお、儂の相棒……」
「…………あの……もし良ければお詫びとお礼を兼ねて、作りましょうか……? 武器……」
「おお! 気にしなくて良いと言うのに! しかしせっかくの申し出を断るのもなんじゃ! 頼むとしようかの!」
そう言うとジンロウさんは、持っていた棒をポイッと投げ捨て、上機嫌で家に帰っていった。
「……武器を作るってのはよォ。ジンロウがワシに勝った時に、って話だったんだぜ……」
「……え……?」
「やられましたね。ドコウさん。」
こうして俺は、狼の獣人、剣聖ジンロウに弟子入りすることとなった。




