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第43話:祖母

 エルフの隠れ里にある、最長老ジゼルさんの家。

 ニナさんはまず、これまでの旅のことをジゼルさんに話した。

 恵みの森で俺と出会い、ステラマーレ、レグナムグラディ、ボレアリス、トニトルモンテ、ゼフィリア、と巡り、今はドルフィーネに滞在していること。

 そして、ドルフィーネの南東に新しい都市……マギアキジアを建設中であること。


 ジゼルさんは優しい目でニナさんを見つめながら、静かに話を聞いていた。


「その新しい都市の建設中に、壁画を見つけました。エルフと、ドワーフが描かれたものです。」

「……そうかい」

「そこに描かれていたエルフは、黒い髪をしていました。」

「……」

一際(ひときわ)大きく、茶色の髪をしたエルフも描かれていました。……おばあちゃん。何か知りませんか?」


 ジゼルさんはゆっくりとお茶を飲んだ。


「ニナの仲間は、どんな人達なんだい?」

「……?……良い人達です。もうすぐ一緒に暮らす予定です。」

「……そうかい」


 ジゼルさんは目を閉じ、沈黙した。

 外からは、木々が風に揺れる音が聞こえる。

 無数の葉が奏でるその旋律は、心地良いものだった。


「……エルフに伝わる言い伝えだよ。その昔、エルフの英雄が髪を茶色に輝かせ、我々を護ったそうだ」

「……英雄。」

「ニナがそうしたようにね」


 やはりあの壁画は、英雄を称えるものだったのか。

 しかし腑に落ちない。


「ニナさんから、髪が茶色に輝く技を禁止されていると聞きました。……貴女から。理由を聞かせてもらえませんか?」


 俺は我慢できなくなり、尋ねた。


「……ドコウと言ったね?」

「はい」

「あんたは、なぜそれを知りたいんだい?」


 ジゼルさんが、真っ直ぐ俺の目を視る。


「はっきり言えば、ニナさんが心配だからです。……技を使った後、数日の間、髪は茶色のままでした。身体に変化がある、という事実は、慎重に見るべきだと思います」

「……ニナの話では、あんたは研究者なんだってね」

「……はい。少なくとも自分では、そう思っています」

「……」


 また沈黙。

 お茶を飲むジゼルさんにつられて、俺とニナさんもお茶を飲んだ。


「……茶色くなった髪は、数日安静にすれば元に戻る。心配しすぎることは、ないのさ」

「しかし貴女は、それを禁じた……」

「あんたと似た考えさね。身体に影響がある技を、むやみに使うもんじゃない。だからワシは、ニナをジンロウのところへやったんだ」

「ジンロウ……さん?」

「私の師です。ドコウさん。」


 なるほど……。

 あの技を使わなくても良いように、技量を高めさせた、ってとこか……。

 ……もう少し質問したい。


「……ということは、茶色く変化する理由は……」

「詳しいことはワシも知らん。……魔力の放出量が一時的に大幅に増える。その代わりに髪が茶色になる。それは数日で元に戻る。……それくらいさね」

「うーん……」

「エルフにとっては、この技は神秘なのさ。理由を考えようなんて思うやつは居なかった。……あんたは違いそうだがね」

「……研究者なもんで……」


 今は、ここまでしか分からないか……。

 髪が茶色く変化する現象が、ニナさん以外にも起きることだというのは分かった。

 伝承では、それをポジティブに捉えているということも。

 ……しかし、断片的な情報に過ぎない。


「……あんたとは気が合いそうだね」

「そうですね。俺もそう感じてます」

「ふん。しかし、あんたはちと弱いね」

「……やっぱりそうですよね」

「……。」


 先日のリザードマン戦で明白になった。

 俺には技量が足りない。

 思い返せば、俺が戦闘技術を学んだのは、ドルフィーネの基盤学校に通う前。

 子供の頃だ。

 以降は全て、独学である。


「ニナ、こいつをジンロウのとこに連れてきな」

「……はい。」

「ニナさんのお師匠さん?」

「ああそうだ」


 おお……!

 それは嬉しい。

 ニナさんの戦闘技術は、ずば抜けている。

 その師匠に会えるなんて!


「それは、是非会ってみたいです」

「精々しごかれてきな。ジンロウがその気になるか次第だけどね」


 どうやら次の目的地は、ジンロウさんのところになったようだ。

 マギアキジアに帰るのが遅くなるが、まだ大丈夫だろう。

 ……これでお開きの雰囲気になったが、俺にはもう一つ訊きたいことがある。


「すみません、もう一つ訊いてもいいですか?」

「なんだい?」

「ニナさんの髪が黒い理由です。祖母である貴女は何か知ってるんじゃないですか? 遺伝とか……」

「……」


 空気が少し重くなった。

 ジゼルさんはお茶をまた一口。

 湯呑みを見たまま、口を開いた。


「……ワシとニナは、血の繋がった家族じゃないのさ」

「……え? そ、それは失礼を……」

「いや、勘違いも当然さね。……ニナはね、森で見つけた子だよ。花に囲まれて、一人で寝ていたのさ」

「……。」

「ご、ごめんニナさん……」

「いえ。先に話すべきでした。」


 ……つまり、ニナさんは親も分からない……?


「ワシを『おばあちゃん』と呼ぶもんだからね。それなら、義祖母(そぼ)になってやろう、って訳さ」

「……。」


 ジゼルさんは目線を俺に戻す。


「血の繋がりなんてどうでもいいさね。ニナはワシの家族だよ」

「……突っ込んだ話を訊いてしまい、すみません」

「さっきも言ったじゃないか、あんたの疑問はもっともだ。……次謝ったらコレいくよ?」


 そう言って杖の先を持ち上げるジゼルさん。

 ありがたい。

 少し考えれば予想できることだった。

 反省しよう。


「……おばあちゃん。もう一つ。」

「ん? なんだい、ニナ」

「ドコウさんのこと、何か知ってる?」


 ……え?


「……初対面だよ」

「違う。」

「……ふぅ。……リリーナとドームの子供ってことは知ってるよ」

「え!? 父と母の知り合いなんですか!?」

「そうさね。伊達に長生きしとらんよ」


 ……言われてみれば確かに。

 父も母も長命だ。

 母の年齢は闇に包まれて不明だが。

 恐らく、ジゼルさんも相当長い年月を生きている。

 面識が無い方が不自然だ。


「おばあちゃんは、私が旅立つ時、ドワーフ族とあまり関わらないように言った。」

「そうだよ」

「え? そうなの?」

「あんたはちょっと黙っときな」

「……す、すみません」


 そうだった。

 口を挟みすぎだ。

 まずはニナさんの話を待つつもりだったじゃないか。


「……もうリリーナとドームにも会ったのかい?」

「リリーナさんには。」

「どうだった?」

「良い人です。」

「なら、ワシが言ったことは忘れな」

「……はい。」


 ……。

 ……終わりですか?

 俺はニナさんと出会った時、母が『エルフとドワーフの仲が悪い』と言ったことを気にしていた。

 元々、俺自身は先入観を持ちたくなかったので、一瞬で払拭されたが。

 ニナさんも同じだったってことか。


「今後もドコウさんに付いていっていいですか?」

「ワシに許可なんて取るんじゃないよ。ニナの好きにしな」

「……ありがとう。お祖母ちゃん。」


 ニナさんはホッとしたように小さく息を吐いた。


「……ん? もしかしてニナさんが俺をお義祖母さんに会わせたかった理由って……?」

「……? 許可を取るためです。」

「……なるほど」


 元々ニナさんの目的を確認してなかった。

 ジゼルさんから何かを聞き出せるとは、期待してなかったのかもしれない。

 だとすれば、今日の話を聞けたのはラッキーだ。

 まだ結論までは至らない。

 しかし、間違いなく情報は増えた。


「訊きたいことは終わりかい?」

「ええ。ありがとう。おばあちゃん。」

「なら、晩ご飯の支度にしようかね。今日は泊まっていけるんだろう?」

「……良ければ。」

「……あ、俺は場所がなければその辺に小屋を建てるよ」

「バカ言うんじゃないよ! 寝床の一つや二つくらいあるさね!」


 結論から言うと、泊めてもらって良かった。

 俺はニナさんが作る木小屋で寝るのが好きだ。

 しかし、ジゼルさんの家で借りたベッドは、さらに上等だった。

 絶妙なバランスの木の香りと花の香りが、心を休ませてくれる。


 明日はジンロウさんのところに旅立つ。

 詳しい場所はまだ訊いていない。

 ニナさんの師匠……どんな人だろう……。


 このベッドで、考え事は長く保たない。

 俺は意識することもなく、深い眠りに落ちた。

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