第42話:隠れ里
日曜日ですが、研究(勤労)大好きな主人公たちから、感謝を込めて特別投稿です。
三連休のお供になれば幸いです。
「旦那、ありがとうございましたニャ」
ミミカは俺に深く頭を下げた。
「いや……それは俺じゃなくてニナさんに……」
「もちろんもう済んでるニャ!」
俺は今ジーナス邸の玄関に居る。
一週間の自由時間はあっという間に過ぎた。
この間に、皆には俺とニナさんが少し出掛けることを伝えておいた。
玄関には、主要なメンバーが集まっている。
わざわざ見送りに来てくれたようだ。
クレアとの用事を済ませ、ギルさんと少し話をした後、俺は大半の時間を一人で過ごした。
出発までに作っておきたいものがあったのだ。
それは昨日、ギリギリで完成した。
「ニナさん! 私もとっても楽しかったです!」
「私もです。レティ、ミミカ。」
「良かった……! ドコウさん! 私、やる気いっぱいです!」
「それは頼もしいな! ……レティ、レグナムグラディじゃなくて、このまま魔機研で研究するってことで良いのかな?」
「え……ダメ……ですか……?」
「いやいや! 残ってくれるなら、渡したいものがあるんだよね」
俺は昨夜完成したばかりの物をレティに手渡す。
「ドコウさん、これ……?」
「髪留めというか、髪飾りというか……。魔機研を代表する研究者、俺の弟子の証として作ってみたんだけど……どうかな?」
「そんな……! すっっごく嬉しいです!! 作業もしやすくなりそうです!」
「良かった!」
手渡した物は、少し大きめのヘアピン……のつもりで作った。
弟子の証がシンプルすぎるのもどうかと思ったので、レティに合う装飾を少しつけた結果、やや大振りになってしまった。
……俺は転生前も転生後もデザインセンスに欠ける。
デザインを決めるために、果てしない試行錯誤が必要だった……。
「で、でも私だけ貰う訳には……」
レティは優しいなあ……。
「大丈夫。一番弟子の次は、スゥだね」
「わ、妾にも……?」
「当然! ……スゥはいつも髪飾りを付けてるよね。浮かないように、それに少し寄せてみたんだけど……。どうだろう……?」
「これは……。……大切に、使わせてもらうぞ」
スゥが大事そうに受け取ってくれた髪留めは、レティのものより少し長いデザインにした。
全体の雰囲気は、レティの物と統一している。
「クレアは髪を短くしてるから、髪留めを使うか分からなかったんで……邪魔になりにくいように少し小振りにしてみた。……どう?」
「セセセセッセバスッ!」
「なんでしょう?」
「ボボボボクを支えてて! 心の準備しようとしたけど無理だった! 神がボクのために考えて作られた物を賜るなんてっ、ボクきっと倒れる!」
「……お嬢様……。倒れてしまっては、せっかくドコウ様から頂くこの瞬間を、記憶しておけませんよ?」
「たったたた確かに……」
クレアは深呼吸した。
「わ、我が主……出来ればボクが……倒れないようにゆっくり、渡して欲しい……」
「お、おう。分かった」
……クレアの中での俺の神格化が、日に日にエスカレートしてるのは気のせいだろうか……。
研究者として非常に頼りになるクレアだが、心配になる面も多い。
どうにか、髪留めを渡すことが出来た。
レティの物とほぼ同じだが、少しだけシンプルなデザインだ。
……どうやら意識はあるみたいだ。
「本当はヴァルさんにも何か渡そうと思ってたんだけど……。準備に時間がかかりそうだから、もう少し待って欲しい」
俺はバルドと目を合わせる。
バルドはニッと笑った。
「何? 私もか? 弟子ではないぞ?」
「ヴァルさんは少し意味合いが違うかな。簡単に言えば、魔機研を代表する騎士の証として」
「そうか……。それは楽しみにせずにはいられんな!」
弟子三人組は早速髪留めを身に付け、互いに褒め合っている。
ちゃんと喜んでもらえたようだ。
「さて、じゃあそろそろ出発するよ。そんなに遠くないらしいけど……よろしく」
「うむ。そちらもよろしくな」
俺とヴァルさんは意味深に視線を交わす。
今回の旅の目的を詳しく知っているのは、まだヴァルさんだけだ。
ニナさんの髪について、今は良いか悪いかも分かっていない。
きっとこの旅の後で、皆に説明できるだろう。
俺とニナさんは、皆に見送られながら出発した。
ニナさんのお祖母さんが居るという、エルフの隠れ里へ。
◇◇◇
俺とニナさんは恵みの森を歩いている。
交易ルートからかなり離れた獣道。
いや、獣道ですらない。
「これは……案内がないと無理だね」
「はい。」
「人が通った跡もないようだけど……」
「木魔法を使って草木の痕跡を消しています。」
「もしかして今も?」
「はい。」
「おお、それはありがとう」
実のところ、エルフの隠れ里はマギアキジア予定地から、あまり離れていないらしい。
しかし道が整備されていないので、時間はかかる。
「エルフの里の中央は避け、直接祖母……最長老の家に向かいます。」
「……分かった」
「……。」
避ける理由を聞く必要はないだろう。
俺がドワーフであること、それだけで十分だ。
◇
森を進み続けて数日が経過した。
端から見たら、遭難しているようにしか見えないだろう。
しかし、ニナさんは足を止めた。
「ここです。」
なんの変哲もない、森の中。
目の前には、やや大きめの木があるだけだ。
その木にニナさんが魔力を込める。
ズズッ……
木の太い根が僅かに持ち上がった。
根があった場所には、人が通れそうな穴が開いている。
ここに入るようだ。
ニナさんに続いて穴に入ると、背後で根が元に戻り、陽の光が遮られた。
かなり暗いが、歩けないほどではない。
ニナさんに続いて暗闇を進む。
目を凝らすと、前方に小さく光が見えることに気づいた。
出口……いや、入口のようだ。
穴の先に見えたのは当然、森だ。
しかし、その森を見て俺は息を呑んだ。
よく手入れされた大きな木々。
その隙間から差し込む、陽の光のカーテン。
木々の中程には複数の家と、それらを繋ぐ橋がかかっている。
ファンタジー世界のイメージ絵にピッタリな、幻想的な光景だ。
流石エルフ。
期待を裏切らない。
俺は一人、コレだよコレコレ感を味わった。
「ドコウさん?」
「あ、ごめん」
「……こっちです。」
ニナさんは目の前の道ではなく、背の高い草木が生えている方へ歩いていく。
俺はそれに続いた。
草木の隙間から見える里の様子は、とても静かだ。
人の気配はするが、外を歩く人は見かけない。
しばらく進むと、雰囲気の違う家が見えてきた。
古く、少し立派だ。
何より違うのは、建てられた場所。
地の上に建っている。
ニナさんは草木に隠れるのをやめ、その家の扉の前に立った。
「おばあちゃん。ただいま。」
いつもより少しだけ柔らかい響き。
その響きを、俺はドワーフ村で聞いたことがある。
ガシャンッ! パリンッ! ……ドンッ! …………
「なんか凄い音しない?」
「ええ……。」
「……静かになっちゃったけど……」
「……来ます。」
バァンッ!!
「ニナ! ニナかえ!?」
「おばあちゃん。ただいま。」
「おうおう……おかえりおかえり」
勢いよく開かれた扉から出てきたのは、一人の老婆。
白髪で小柄、耳はしっかり尖っている。
長い木の杖を持っているが、宝玉は付いていないようだ。
ニナさんのお祖母さん。
ニナさんとハグを交わしたお祖母さんは、俺をジロリと睨みつけた。
……あまり好意的ではないようだが、それは覚悟の上だ。
「初めまして。ドコウと言います。ニナさんと旅をさせてもらって——」
「入りな」
そう言ってお祖母さんは、ニナさんの手を引いて家に入っていった。
残された俺に、空気が刺さる。
針のようだ。
……これは厳しい戦いになりそうだ……。
俺は一歩、足を踏み出した。
◇
「ジゼルだよ」
扉が閉まるのとほぼ同時に、お祖母さんは名乗った。
……名前を教えてくれる程度には、信用してくれた……と受け取ってもいいだろうか。
「ドワーフだね?」
「その通りです」
「なら身体は頑丈だね?」
「え?……ええ、まあ……」
「背が高いね……。ちょっとそこに座りな」
ジゼルさんが指した『そこ』は床だった。
逆らえる空気ではない。
俺は指定された場所に正座した。
「よし、少し我慢しな」
「はい?」
「こんのたわけがぁぁぁあああッッ!!!」
ジゼルさんは手に持った杖で俺を叩き始めた!
……柄の太い方ではなく、細い方だ。
そんなに痛くない。
というか、ドワーフは頑丈なので、全く痛くない。
「ニナに! 無理を! させおってッ!」
「お、おばあちゃん。ドコウさんは悪くない。」
……なるほど。
この杖は受けるべきものだ。
俺はジゼルさんの気が済むまで、杖を受けることにした。
……しかし意外にも、杖が振られたのは数回だけだった。
ジゼルさんは息を整え、俺に手を伸ばす。
「……悪かったね。黙って受けてくれてありがとうよ」
「いえ、俺には叩かれる理由があります」
俺はジゼルさんの手に自分の手を乗せる……が、引っ張る訳にはいかない。
自分の力で立ち上がった。
「茶を淹れるから楽にして待ってな」
そう言って、ジゼルさんは家の奥に行ってしまった。
「……ドコウさん。すみません。」
「いやいや、気にしないで。……大事にされてるんだね」
「……互いに唯一の家族です。」
「……なるほど」
「手伝ってきます。」
「うん」
ニナさんも奥に行ってしまった。
すぐに楽しげな会話が聞こえてくる。
手持ち無沙汰になってしまった俺は、部屋をぐるっと見回した。
質素だが、綺麗に整えられた部屋だ。
最も目立っているのは、大きな本棚。
壁と一体化したそれには、ギッシリと魔法書が詰まっている。
……不思議と落ち着いた気持ちになる、いい家だ。
「待たせたね」
「いえいえ、お気遣いなく……」
「ドコウさん。おばあちゃんが一番良いお茶を淹れてくれましたよ。」
「え? そんな……」
「ニナと仲良くしてくれてることは、ニナを見れば分かるさね。これはその礼だよ」
怒るとこは怒り、感謝するとこは感謝する。
面白い人だ。
分かりやすくて良い。
「……さて、ニナ。わざわざ帰ってきたってことは、何か話があるんだろ?」
「ええ。」
……実は、ニナさんが俺とお祖母さんを会わせたがっていた理由を、俺は訊いていない。
リザードマンを倒したあの時。
あの時、ニナさんは理由を話さなかった。
だったら、訊かなくていいと思った。
俺は一口お茶を飲む。
……あ、美味いなコレ。
かすかな花の香りが、気持ちを落ち着かせる。
そう、落ち着こう。
俺にも訊きたいことは山程ある。
壁画のこと、遺跡のこと、そして何より、ニナさんの髪のこと。
しかしまずは、落ち着いてニナさんの話を待とう。
俺はもう一口、ゆっくりとお茶を飲んだ。




