第41話:信頼
オズさんの部屋でギルさんと話していたら、クレアがやってきた。
それまでとは違った、少しピリッとした空気が漂っている。
「我が主……オズ、ギルと話を?」
「うん。ちょっと彼らの分野について知りたかったし——」
「ええ、ええ! ただちょっと我々のお話を聞いていただいてたんですよクレアさん!」
「そうですクレア様! 私達の説明、まだ十分じゃなかったんで!」
……?
オズさんとギルさんの様子がおかしいような気が……。
「……我が主から何かアイデア……聞いた?」
「いえ——」
「おお、まさに今、その話をするところだったんだよ。さっきまではオズさんとロボット研究に絡めた話をしててね。盛り上がってたんだ……け……ど……?」
俺が喋ったことで、空気が一気に張り詰めたのを感じた。
「ああ……ドコウ様……」
「今日は説教だ……」
オズさんとギルさんが落胆しながらつぶやいた。
説教……?
「オズ。……ボクが前に言ったこと……」
「ええ、クレアさん、覚えてますよ!」
「そう……。じゃあ、なんでボクを呼ばなかったの……?」
「ウッ……!」
オズさんはオロオロしている。
しかし、ゆっくりと深呼吸をし、急に清々しい表情になった。
何かを諦めた顔だ。
「ギル」
「な、なんでしょう? クレア様……」
「ギルはまだ……話を聞いてない?」
「そうです! ちょうどこれからのようで、クレア様を呼ぼうかと!」
「……ギルはいつから居たの?」
「ウグッ……。オズさんに呼ばれて……途中から……」
「なんでその時に、ボクを呼ばなかったの……?」
「……」
ギルさんはがっくりと項垂れてしまった。
「えっと……どういう状況……?」
「二人にはちゃんと説明したはず……。我が主のお言葉はとてもありがたいもの……。完璧に理解するために必ずボクと一緒に天啓を受けるって……」
「え……?」
俺はオズさんとギルさんを見る。
「そんな約束を……?」
「はい……。ドルフィーネに着いて間もない頃……半日ほどドコウ様の素晴らしさを説かれた後に……朦朧とする意識の中で、そのような約束をした……ようです……」
「……二人は、まだ我が主の素晴らしさを理解ってない。……後でもう一度、教える必要がある……」
……あれれー?
頭脳はおっさんの俺は、犯人の供述に矛盾を見つけてしまった。
真犯人は、本当の目的を隠している。
「よし分かった……。ちょっといいかな?」
「もちろん……。我が主……」
「クレアは、俺のアイデアを聞き漏らしたくないってことなんだよね?」
「そうです……! 我が主の考えを、全て理解して力になりたい……です」
「そこまで賛同してくれることには、素直に感謝するよ。とても心強い」
クレアは嬉しそうな表情だ。
こんなに熱狂的に支持されるとはね……。
慣れないけど、何も悪いことじゃない。
……嘘を吐かなければ。
「……ただ、何故三人一緒に、ではなく、クレアと一緒に、なのかな?」
「う……」
「話を聞いた感じ、オズさんもギルさんも、互いの研究をよく理解している。三人いれば、もっと聞き漏らしにくくなるんじゃない?」
「それは……」
クレアはシュンとしてしまった。
頭の良いクレアのことだ。
これだけで十分過ぎるほど伝わっただろう。
「……クレア。この後、一緒に出掛けられるかな? 付いてきて欲しいとこがあるんだ」
「え?……い、行きます!」
「ありがとう。……この用事は、クレアにしか頼めないことだ。クレアの研究だってそうだ」
「……うん」
「仲間を信じることも大事なことだよ」
「分かった……」
「あと、俺と話したい時は、いつでも直接来ればいい」
「……!……はいっ!!」
要は、クレアは俺と研究の話をする機会を、なるべく増やそうとしたんだろう。
物凄くありがたいことだが、それではクレアの時間がいくらあっても足りない。
クレアもスゥと同じで、無理をすれば何とかなると考えがちだ。
しかし、それでは継続できない。
俺は皆と、良い協力関係を続けたい。
そしてもう一つ、クレアに学んで欲しいことがある。
人と協力する……そのやり方だ。
全部自分がやるのではなく、適材適所を見極めて、時に任せ、時に任されて個々の最大限を引き出す。
平たく言えば、仲間を信じること。
対等な協力のためには、大事な考え方だと思う。
「さて……。ギルさん、さっきの話が途中になっちゃったけど……なんだか疲れちゃったようだね」
「……その通りです」
「もし良かったらまた今度にしようか?」
「ギル、そうしていただきなさい。今の状態では、ドコウ様のアイデアがもたらす、雷の如き衝撃に耐えられないでしょう」
「……オズは少し理解ったみたい……嬉しい」
「では……ドコウ様、お言葉に甘えまして……。もちろん、私から伺いますので!」
もはや大げさなやり取りには触れず、俺はギルさんと明日の待ち合わせ時刻を調整した。
◇
カランカランッ……
「いらっしゃい!……あ! ドコウの旦那! ……それとあんた!!」
「店主さん、久しぶりですね」
「このお店……運命の場所……」
俺とクレアはドルフィーネの雑貨屋に来た。
遊星歯車機構を置かせてもらった、あの店だ。
「あんた旦那の装置を買ってくれた人だよな!? 旦那と知り合いだったのか!?」
「ボクは……我が主の眷属……」
「けん……なんだって?」
「えーっと…… 彼女はクレア。旅の途中で知り合って、今は研究仲間です」
店主は俺に、クレアが装置を買った時のことを話してくれた。
かなり興奮気味だったが、内容はクレアから聞いたのと同じ。
金貨10枚で売っていたら、突如現れたクレアが、金貨31枚を置いて買っていったということだ。
「……とにかく旦那の装置と、クレアさんのお陰でとても助かりました。今、妻は実家にいます。里帰り出産、というやつです」
「そうだったんですね。力になれて良かった。……ところで『旦那』って……?」
「実は、俺達もマギアキジアに移住するつもりなんです。……あの都市は旦那の都市でしょう? だから俺が敬語を使うのが自然です! 旦那は敬語をやめてください!」
「え! 来てくれるんですか? それはありがたいけど……敬語はちょっと……。あ、じゃあお互いに敬語なしってことで」
「まあ……そう言ってくれるなら……」
そっか。来てくれるのか。
ここに来た目的がほとんど達成されてしまった。
今日は、この店のマギアキジア移転をお願いしたくて来たのだ。
「妻が実家に帰ってゆっくりする費用も、その間の店のやりくりも、そしてマギアキジアへの移住費も、全てクレアさんのお陰で心配ない! 本当にありがとな!」
「ボクは……情報へのお礼をしただけ……」
クレアのこういう律儀なところが、部下から慕われるのだろう。
「マギアキジアへの移住費って……もう何かかかった?」
「いや、まだだが……。店を移すんだ。使い回せる物はあるが、新しく建てるくらいの費用は見積もってる」
「良かった、これからなんだね。ヴァル……ヴァレンティンさんのとこには行った?」
「へへ……それがバタバタしちまってまだ……」
無理もない。
奥さんが居ない中、一人で店を開きながら準備しているのだ。
「実は、マギアキジアへの移住費は、ある程度こちらで負担してるんだ。特に、店を営んでくれる人は一緒に都市を作ってくれるようなものだ。自己負担はほぼ無くなるようにしている」
「本当か!?」
「うん、俺からも伝えておくから、明日にでも行ったほうが良い」
「分かった! ありがとな!」
もちろん誰でも、という訳ではない。
ヴァルさん、ジーナスさん、セバスさんの運営三人衆が事前に話を聞き、判断してくれている。
そこから、スゥの技術を使った料理屋の話が出たのだ。
判断基準は、マギアキジアの発展に繋がるかどうか。
「マギアキジアでは、どんなお店を開くつもり?」
「まあ……やっぱり雑貨屋だな……。クレアさんが買ってくれたような装置を置きたいと思ってる」
「ふむ……それは好都合」
「どういうことだ?」
この店に遊星歯車機構を持ってきたことは、予想以上の結果を招いたようだ。
店主と奥さん、ついでに旅立つ前の俺に感謝したい。
「マギアキジアの中心には、研究所が建つことは知ってる?」
「ああ、魔機研って言うんだろ?」
「そうそう。そこでは、前の装置のようなものや、さらに魔力も利用する装置なんかが開発される予定だ」
「魔力も……面白そうだな」
「その開発された装置を大衆向けに売る、最前線を担ってもらえないかな?」
「え!?……それって……」
「研究所公式の販売店ってところかな……。もちろん、これまで通りの雑貨屋の傍らで構わない。装置を開発するのはこれからだしね。将来的な話として考えてもらえると嬉しい」
いくら研究したところで普及しなければ、基盤技術は創れない。
料理屋などへの展開、研究所での説明……これらも重要だが、魔工学にあまり興味ない人には届きにくいだろう。
もっと気軽に手に取れる機会が必要だと思う。
「い、いいのか……? うちで……?」
「俺はそう思ってる。クレアはどう思う? この店を客として知っているのはクレアだけだ」
クレアの人を見る目にも期待している。
良い協力者を見分けるセンスがあることは、オズさんやギルさんで立証済みだ。
「ボクは賛成……です。……ボクが来た時……店主さんは装置の素晴らしさを、理解ってた……」
「……という訳だ。あとはヴァレンティンさんやジーナスさん達と詰めてもらえれば、問題ないと思う」
「……凄いことになった……。……旦那! 頑張らせてもらうぜ!」
俺は店主さんと固く握手した。
これで、ニナさんと出発するまでに済ませておきたかったことは、ほぼ完了だ。
皆のお陰で、きっと凄い研究所と都市が出来るだろう。
クレアに教えたかった、仲間のありがたさ。
それを自分自身で噛み締めつつ、俺はクレアと帰路についた。




