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第40話:生物模倣

 さーて、今日も予定が一杯だ。

 自由時間の二日目、俺はドルフィーネの医療機関を訪れていた。

 今日、話をしたいのはここで場所を借りている二人。


「オズさん、今大丈夫かな?」

「おお、ドコウ様。わざわざ来て下さったんですか? 言っていただければ良かったのに……」

「用があるのは、俺の方だしね」


 俺はオズさんの部屋に入る。

 オズさんはクレアの共同研究者で、医師だ。

 これまであまり時間を取れずにいたが、話したいことがある。


「それで、御用というのは何でしょう?」

「ズバリ、オズさんの専門性についてだ」

「……なるほど」


 はっきり言うと、俺はこの世界の医療が何をしているのかよく分かっていない。

 この世界には治癒魔法がある。

 大抵のことは治癒魔法で治るのだ。


「そうですね……では、まず始めに医師の仕事の、一般的な内容についてお話しましょう」

「是非」

「ドコウ様もご存知のように、小さな怪我や毒などは治癒魔法で治せます。魔法を使えない者は多くおりますが、それでも治癒魔法を使える者がそれなりに居ます。ですので、医師が怪我の治療をする機会は、実は多くありません」

「……では、小さくない怪我は?」

「それがまさに、我々医師の仕事です。治癒魔法は、基本的に本人の自然治癒能力を魔力で補助するものです。四肢や臓器を欠損してしまった際など、自然治癒で治りきらない場合には、我々による医療行為が必要です。……元に戻せるという意味ではありませんが」


 なるほど……。

 可能な限り、命を繋ぐ仕事か。

 文明レベルが低く、危険な肉体労働も多い上、モンスターもいるこの世界だ。

 欠かせない仕事だろう。


「また、病気の類も治癒魔法では治せませんので、我々が薬草などを調合して提供します。……これについてはドコウ様もご経験があるでしょうが」

「……へ?」

「え?」


 病気……、病気?

 そういえば、この世界に来てから、かかった記憶がないな……。


「……ドワーフ族やエルフ族などは、病気にかかりにくいと聞いたことがあります。それも長命である理由の一つだとか……。いや、実際に目の前にすると驚いてしまいますな」

「そ、そうなんだ……」

「私がもし薬草の研究者だったら、ドコウ様には無縁だったかもしれませんね!」

「オズさんの専門は、怪我の方だよね」

「はい。特に、魔法に関する機能損傷について調べています」


 クレアとの研究も、そういった内容だった。

 前世にはない医療分野だ。


「魔法の機能損傷って、どんな時にするんだろう?」

「一番多いのは、過大な魔力を使用した時です。余程のことでないと、損傷までは至りませんが……。そのため、患者数はあまり多くないのです。……ですから私は、神経や筋肉についても研究しています。魔力ではなく物理的な力に対して、似たような機能を担いますので」

「なるほど……」


 本命の対象と少しズレたことも研究対象にするというのは、よくあることだ。

 意外と、片方での発見がもう片方の研究に役立ったりする。


「いかがでしょう? ドコウ様の知りたかったことを、説明できたでしょうか?」

「うん。ありがとう。とても分かりやすかったよ」

「クレアさんから、ドコウ様の次の研究はロボットという自動人形の開発だと聞きました。何か私もお役に立てると良いのですが……」

「お役にだなんて……。そんな風に考える必要はないんだけど、実は協力して欲しいことがあるんだ」

「おお、何でしょう?」


 前世のロボティクスには、『生物模倣』と呼ばれる研究アプローチがある。

 簡単に説明すると、優れた身体能力を有する生物の構造などを『模倣』することで、ロボットにその能力を取り入れようとするやり方だ。


「まだしばらく先の話なんだけど、人間の筋肉や魔力伝達の構造を人工的に再現して、ロボットを作ってみようと思ってる」

「!!! なんと! ……ちょっと待ってくださいドコウ様! 電撃が走りました!!」

「はははっ! その感覚は俺にも分かるよ! 光栄だね」


 オズさんはしばらく眉間をツンツンしていたが、やがてゆっくりと顔をこちらに向けた。


「……落ち着いた?」

「え、ええ。続きを窺っても?」

「もちろん。……ところで、人間の魔力伝達を担っている構造には何か名前が付いてるのかな?」

「はい。『魔力神経』と、一般には呼ばれています」

「おお、分かりやすいね」


 生物模倣には、ロボットの性能向上の他に、もう一つ面白い側面がある。

 生物の構造を人工的に再現する……ということは、再現した人工物を使って様々な実験や分析が出来る……ということだ。

 つまり、生物の構造が本当に狙った能力に役立っているのか? そしてそれはどんな仕組みなのか? といったことをより深く理解することが出来る。

 こういった考え方を、広く『構成論的アプローチ』などとも呼ぶ。


「たぶんだけど、人間の筋肉や魔力神経はかなり複雑なんじゃないかな?」

「……その通りです」

「完全には解明できていないんじゃ?」

「……その通りです」

「部分的にロボットとして再現するってことは……」

「ってことは……?」

「再現した構造の効果や仕組みを、ロボットを使って調べられるかもしれない」


 オズさんはため息を一つ。


「……はぁ……、ドコウ様……私は倒れてしまいそうです」

「え!? 大丈夫!? お医者さーんッ!?」

「……私です」


 定番ネタをやってしまった。

 ……このように魅力の多い生物模倣のアプローチだが、大前提がある。

 対象の構造を再現できるだけの、高い技術力がないと始まらないのだ。

 完全に再現する必要はないにしても、簡単な話ではない。

 しかし、もう俺達は惜しいところまで来ていると思う。


「どうだろう? 俺としては、まだ具体的に定まっていないロボットの構造のヒントとして、人間の洗練された構造を参考に出来るメリットがある。……そして、上手くいけば、という条件が付いちゃうけど、オズさんの研究にとっても魅力はあるかな、と……」

「魅力しかありませんよ! 是非協力させてください! ……ああ……クレアさんが心酔する理由が、よく分かりましたよ……」

「それは良かった! ありがとう!」

「いえ、こちらこそ、ご提案頂いてありがとうございます! よろしくお願いいたします!」

「うん。よろしく!」


 とりあえず、現時点でオズさんと進められる話はここまでだ。

 オズさんは、改めて人間の筋肉や神経、魔力神経などについての資料を整理しておくと言ってくれた。

 詳しいことは魔機研が完成してからになるだろう。


「さて、次はギルさんだ」

「なんと、ギルにも面白いお話を?」

「うんまあ……ギルさんが興味を持ってくれるか次第かな。ギルさんが借りている部屋はどっちだっけ?」

「とんでもない! すぐ呼び出しますので、ここでお待ちください」


 ◇


 オズさんが施設内の連絡手段を用いてから数分後。

 ここは医療施設なので、基本的に走ってはいけない。

 彼はどうだろうか?

 走ってない……とギリギリ主張できるかどうかの歩き方で、ギルさんが来た。

 その顔はなぜか強張って汗だくである。


「す、すみませんドコウ様! 大変お待たせしてしまって!」

「いや、俺が急に来たんだから気にしなくていいんだけど……」


 初対面の時、ギルさんはもっと落ち着いた印象だった。

 今は何だろう……勢いのある若い研究者って感じかな。


「……緊張してる?」

「!……そ、それはそうです!」

「いやいや、そんな必要はないよ。それに、最初の挨拶ではもっと落ち着いてたでしょ。あの調子で大丈夫だよ」

「い、いえ……あれは……」


 横に居たオズさんが、(こら)えきれなくなったように少し笑った。


「ギルはあの日のやり取りを、何度も何度も練習していたんですよ」

「ええ?」

「オズさん! それは言わない約束で……」

「もう隠すのは無理でしょう。……ドコウ様からお声がかかる今日までに、対策できなかったんですから」

「そ、それは……」


 なるほどね……。

 ギルさんはやはり、オズさんに比べて若い。

 たぶんクレアなどの例外を除けば、比較的若い研究者だろう。

 ギルさんにとって俺は、師の師だ。

 確かに、挨拶は一大イベントかもしれない。


「ギルさん、真面目なんだね……」

「いや、その……何とお答えすれば良いか……」


 ギルさんの汗が止まらなくなってしまった。


「えっと……、やっぱりそんなに緊張する必要はないよ。……と言っても、ギルさんも緊張したくてしてる訳じゃないと思うけど」

「は、はい……。ありがとうございます」

「今日は、ギルさんの専門について教えて欲しくて来たんだ。義肢の開発というのはゼフィリアで説明してもらったけど、もっと根源的というか……ギルさんの野望というか。……もし良かったら教えて欲しい」


 研究内容が同じでも、その動機は人それぞれだ。

 特に義肢開発では、医療と工学が融合する。

 込める想いは十人十色だろう。


「それは……興味を持っていただけてとても光栄です。……私は……身体(からだ)が理由で何かを諦める人を、減らしたいんです」

「……興味深いね。もう少し詳しくお願いできるかな?」

「ありがとうございます! もちろんです」


 その後、ギルさんが説明してくれた話は、とても面白かった。

 自動化なんてほとんど進んでいないこの世界では、力仕事などの肉体労働がどうしても必要になる場合が多い。

 しかし、誰でもそういった作業が得意とは限らない。

 何かで四肢を欠損した人、普段は別の仕事をしていて筋肉が足りない人、老人など……。

 本人がいくら望んでも、本人が満足するだけの働きが出来ない場合がある。

 とても悔しい思いをするそうだ。


「……でも、そうした人たちの想いって、凄く大切だと思うんです! せっかく行動まで起こしてくれたなら……皆で気持ちよく働きたいじゃないですか!」


 ギルさんの言葉にどんどん熱がこもる。


「よく理解できるよ。……それで義肢なんだね」

「はい! 患者さんだって、望んで四肢を失った訳じゃないんです。……むしろ、熱心に働いていた人が、不慮の事故で……というケースがほとんどです。そんなのは悔しすぎる! 本人がやりたいように働いて、生きがいを感じるべきだ!」

「……ギル。今日も熱くなってますよ」

「あ、すみません!!……いつもこうなっちゃって……」

「いやいや! 気持ちが良く伝わるよ!」


 なんというか……師であるクレアに似ているな。

 それにしても、クレアは人を見る目がある。

 こんなに真っ直ぐな研究者は、なかなか見つからんぞ。

 ……ちょうどいい。

 後でクレアに頼み事をしてみても良いかも知れない。


「ありがとう、ギルさん。よく理解できたよ」

「い、いえ。聞いていただいてありがとうございます」

「そんなギルさんに、今度は俺から話したいことがあるんだけど。……ギルさんはクレアからロボットの話は聞いてるかな?」

「はい。自動で動く人形を作り、人のパートナーとする神の所業だ、と力説されました」

「……クレア……」

「違うんですか?」

「いや……驚くほどよく理解してくれてるんだけど、表現がね……。まあ今はそれは置いておこう。……実はね……」

「あれ……我が主?」


 部屋の入口から、女性の声がした。

 クレアだ。

 そういえばクレアも、この建物に部屋を借りているんだったっけ?


 クレアは静かに部屋に入ってくる。


 ……その時、俺は気づいていなかった。

 オズさんとギルさんが、急にそわそわし始めたことに。

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