第39話:身に付けていた物
一週間の自由時間が与えられた。
ニナさんと一緒に、お祖母さんに会いに行く約束をしているのだが……そのニナさんはミミカに捕まった。
ニナさんも普段からミミカやレティとの時間を楽しんでいるようだし、一週間をたっぷり満喫して欲しい。
さて、自由時間と言っても、研究に没頭できる時間があるかは……不明だ。
話したい相手がたくさんいる。
俺は、まずヴァルさんの部屋に来ていた。
マギアキジアに住めるようになるまでの間、ジーナスさんに借りている部屋だ。
護衛の皆さんが居住している建物の部屋を二つ借り、片方をこの仕事部屋にしている。
コンコンコンッ
「ヴァルさん、ドコウだけど」
「おお! 入ってくれ!」
部屋にはヴァルさんだけのようだ。
良かった。
今日の話は、ヴァルさん以外にはまだ話せない。
「後回しになっちゃってたけど、リザードマンについて、少し話したい」
「……うむ。飲み物を用意しようか?」
「うーん、いや、いいよ」
俺はヴァルさんに、武装したリザードマンのことを説明した。
ドワーフ村やマギアキジアの南に広がる平野で遭遇し、すぐに戦闘になったこと。
リザードマンは、やはり倒した後に魔力になったが、武具は残ったこと。
「……これが、リザードマンが身に付けていた装備」
「これは……何で出来ているのだ……? 見たこともない……」
「そうか、ヴァルさんはヒルタートルを知らなかったね。……この鎧は、ニナさんでも皮膚すら斬れない亀のようなモンスターの、一番硬い部位……甲羅から作られたものだ」
「なッ……!? それでは、ニナ殿では倒せないということか!?」
「いや、ある意味正しいけど、それについては順を追って話すよ。それと……こっちの剣については、俺にも分からない」
「ふぅむ……」
リザードマンが持っていた装備は、とてつもない性能だった。
しかし、それよりも報告しなければならないこと——
「装備は確かに凄い。でも、驚異的だったのは、これらを使いこなす技量だ。……俺とニナさんの二人同時で互角か、劣勢だった」
「なんだと!?」
ヴァルさんは勢いよく立ち上がりながら大声をあげた。
少しの間を置いて、座り直す。
「……す、すまない。……では、どうやって倒したのだ……?」
「ニナさんが斬った」
「ニナ殿が……? 鎧は斬れないのではなかったのか?」
「リザードマンが力を溜めた跳躍で俺に迫った時、ニナさんが『奥の手』を使ってくれたんだ。……正直、あの時は危なかったと思う。……これが、ニナさんが斬った敵の鎧だ」
俺は残していた武具を見せる。
両断された籠手。
「綺麗な断面だ……。一切の抵抗なく、斬ったのだろう」
「うん、一瞬だった。そのまま、ニナさんがリザードマンの首を刎ねて終わった」
「そうか……。ニナ殿はそのような技を残していたのだな」
「ヴァルさんしか居ない時を選んだのは、この奥の手について話すためだ。……技を使った後、ニナさんの髪は、茶色に変化した」
「それは! あの壁画のようではないか!」
「そう」
マギアキジア予定地の端で見つかった壁画。
あのことを知っているのは俺、ニナさん、ヴァルさんだけだ。
今はヴァルさんの判断で、状態を保存するために立入禁止になっているらしい。
後で岩で塞ごうと思っている。
「髪の色が変わったことに、ニナさんは驚いていない様子だった。前にも経験したことがあるらしい。……でも、どうやら一族の人から禁止されていたそうだ」
「禁止……」
「昨日ヴァルさんも見た通り、今、ニナさんの髪は元通りだ。ドワーフ村で数日休んだらすぐ戻った。……でも、俺は気になってる。髪が茶色く変化したことが、良いことなのか悪いことなのか分からない」
「ふむ……。私は壁画を見て、茶色い髪のエルフは英雄なのだと思った」
「俺もだ。でも、じゃあなぜ禁止するんだ……? ニナさんが目立つからとか?」
「それはあり得るな。ただでさえ珍しい黒髪のエルフなのだ。さらに目立った時、悪い方に転ぶ可能性の方が高いだろう。我々が初めて会った時のように。……人は分からないものを恐れる生き物だ」
懐かしい話だ。
ステラマーレの門番はニナさんの黒い髪に驚き、隊長であったヴァルさんを呼んだ。
「そうだね……。ま、今報告できることはこれだけかな」
「分かった。すぐには飲み込み切れんな」
「だよね。……それで、俺とニナさんは、ニナさんのお祖母さんに会ってみようと思ってる。ニナさんの提案なんだ」
「ニナ殿の? 何か知っているのだろうか」
ニナさんは、禁止の理由を訊いても何も教えてもらえなかったと言っていた。
ましてやドワーフの俺に、とは思うが……。
「分からない。ニナさんの話を聞く限りは、何か聞き出せる可能性は低そうだけど……。それでもニナさんの考えに従って、行ってくるよ」
「分かった。こっちのことは任せて欲しい」
「いつも悪いね」
「ふっ、それはお互い様というやつだ」
これでヴァルさんに話すべきことは全て話したと思う。
俺はこの武具をバルドに見せることを伝え、ヴァルさんの部屋を後にした。
バルドはジーナス邸の庭に俺が作った、即席の工房に居るはずだ。
◇
「ちーっす、バルドー」
「……なんだ旦那か……。どうした? らしくないノリでよ」
「ごめんごめん。……真面目な話をしすぎて、ちょっとね」
「へぇ、旦那でも疲れたりすんだな」
「……バルドは俺を何だと思って……? いや、いいや。昨日言った土産を持ってきたよ」
「おう! 待ってたぜ!」
俺は早速、持ってきたリザードマンの武具を見せる。
最初の一つを出した時から、バルドは取り出す度に『おいおい』と『旦那……』しか言わないマシーンとなってしまった。
「この剣で全部だ」
「おいおい旦那……」
「……バルド、意識ある?」
「かろうじて、な。こいつぁヒルタートルで間違いねえな?」
「おお、流石だね。間違いない。俺が倒したのと同じだ」
「……待て旦那。ヒルタートルを倒したのか!?」
「そ、そうだけど……」
「……いや、もう驚いてたら身が持たねえ」
バルドは知識が豊富な分、リアクションが大きい。
「……こっちの剣は分かる? これは俺も分からないんだ」
「……すまねえが、俺も分からねえ。恐らく未確認のモンスターの牙だな……。御伽噺に出てくる、ドラゴンとかだったりしてな!」
「結構当たってるかもしれないから、笑えないな……」
言われてみれば、ファンタジーを代表するモンスター……ドラゴンの話を一切聞かない。
未開の地には居るのかもしれないな……。
ファンタジーファンとしては一度見てみたいが、モンスターなら、やはり敵対することになるだろう。
そう思うと複雑である。
「……さて、それで、だ。……バルド。この武具をどう見る?」
「そうだな……。言いたくはねえが、ヒト族が作る武具の上位互換だな。加工技術は大した事ねえが……素材の違いが圧倒的すぎる」
「つまり、物理的な特性に優れているってことだね」
「ああ。魔法的な特性は……俺よりも旦那の方が詳しいんじゃねえか? 俺が見たところ、この武具には魔力が一切通らなそうだ」
「同意見だね。その辺はニナさんにも意見を求めたいとこだけど」
この分析結果は、モンスターが戦闘に魔力を使っていない、ということを示唆する。
先日のリザードマンも筋力を武器にしていた。
「……旦那。やっぱり前に頼んでたアレを急いじゃくれねえか? 俺はこいつを超えてえ」
「そう言うと思ったよ。……実は少しだけ形になった物ならある」
「本当か!? 見せてくれ!!」
俺は武具を入れていた袋を手に取り、その一番底に残していた塊を取り出す。
魔岩のキラキラした白っぽさとも、金属の白銀色とも似た色をした物質。
「おお!!」
「まだ喜ぶには早いかもしれないけど、ひとまずこれで試してみて欲しい」
「いや、俺には分かるぜ。これは確かに、魔岩の魔力伝達性と、金属の特性を併せ持った物質だ。ちゃんとミスリルよりも魔力寄りになってそうだぜ」
そう、俺とバルドは密かに新物質の開発を進めている。
狙うのは、バルドが加工できるギリギリのラインで金属としての性質を持ち、かつ魔岩の魔力伝達効率を可能な限り残した物質。
「次はこいつの金属としての特性を、俺がどこまで引き出せるかだな! 燃えるぜ……」
「とりあえず試すための合格ラインは超えたってことで、いくつか生成していくよ。俺はまた少し旅に出る予定だけど、帰ったらまた改善点とか教えて欲しい」
「ああ! 分かったぜ!!」
さて、これでバルドと話しておきたいことも済んだ。
次は——
バァンッッ!!
「旦那ッ! ここに居たニャ!? こっち来るニャ!!」
「え?」
「またな、旦那」
全く驚いていないバルドに見送られつつ、俺はミミカに連行された。
◇
俺はジーナス邸の庭を走っている。
いや、引っ張られている、という方が正しいか。
「ミミカ! 今日はニナさんの着物の仕上げじゃなかった?」
「それはもう終わったニャ! ニナ様が美しすぎてほとんど仕上げは不要だったニャ!」
ミミカは猫の獣人らしく、俊敏だ。
付いていくのは結構大変である。
「そ、そうか。……それでなぜ俺を?」
「ニャ? そんなの決まってるニャ。旦那に見せるためニャ!」
庭、玄関、廊下を駆け抜け、ジーナス本邸内に借りているミミカの作業部屋に到着した。
「外に出る前に、旦那に見てもらわないとダメだニャ」
その部屋にニナさんは居た。
こちらを振り返る。
「……ドコウさん。」
黒を基調とした、比較的シンプルな和装。
着物をベースにはしているが、動きやすさも考慮されている。
なるほど、履物はブーツか。
これならニナさんの動きにも耐えられるだろう。
機能性は十分に見える。
そして何より——
「とても綺麗だ」
「……。」
ニナさんの凛とした雰囲気を、よく引き立てていると感じる。
「ごめん。デザインの知識が乏しくて、在り来りな表現しかできないけど……」
「いえ。」
「ニャッフッフッフ……。旦那も気に入ったようだニャ!?」
「うん。流石だね、ミミカ」
「まだまだだニャー! これは始まりに過ぎないのニャ。これを着た色々なニナ様を観察し、さらなるインスピレーションを得るのニャーッ!」
尽きることのない向上心。
見習うべき姿勢である。
「それでお出かけってことか」
「そうだニャ! 昨日遅くまでレティと練った計画では涙を飲んで保留にした案も、仕上げ時間短縮により実現可能だニャ! 急いでレティに報せニャいと! じゃ、行ってくるニャ!」
声を掛ける間もなく、ミミカは行ってしまった。
部屋には俺とニナさんだけが残る。
「外出は明日からだそうです。」
「そっか。……気づけばもう暗くなってるね」
「はい。」
「その服は旅にも耐えられるのかな?」
「ミミカはそう言っていました。今まで着ていた服以上の耐久性があるそうです」
「本当に凄いなミミカ……」
「ええ。」
「せっかくだし、ローブも新調する? もし良ければ一緒に探しに行こうか?」
「……すみません。ローブもミミカが作ってくれました」
「あ、そりゃそうか」
「……。」
うーん、何かないかな……。
「……今日は、ヴァルさんやバルドにリザードマンのことを報告してたんだ」
「はい。」
「改めて、あの時はありがとう。……それで、何かお礼をしたかったんだけど、ミミカに先を越されちゃったな」
「……では……。」
そう言ってニナさんは懐から何かを取り出した。
「あれ、これって……」
「はい。最初に頂いた魔岩です。……これを身に付けられるようにしたいのですが。」
俺がニナさんに会ってすぐ、魔岩の生成を説明する際にあげたものだ。
「それなら、改めて何か生成するよ?」
「いえ。これを使いたいのです。」
「そっか。……魔岩は壊れやすいから、何かで保護した方がいいね。どこに付ける?」
「……では、腕で。」
「分かった。……あ、それならせっかくだし……」
イメージが固まってしまえば、作るのはすぐだ。
さっきの魔岩を宝石のように扱ってみよう。
基本は細めのブレスレット。
そこに細い爪で魔岩を固定する。
石付きの指輪だと、石座って呼ぶんだっけか。
我ながら、なかなか上品に仕上げられた。
キラキラと白く輝く魔岩付きのブレスレットだ。
「どう?」
「ありがとうございます。……この素材は初めて見ます。」
「それはね、開発中のオリジナル金属」
「それは……嬉しいです。」
ニナさんはブレスレットを両手で受け取ると、左腕に通した。
うん、よく似合ってる。
シンプルなデザインにしておいて良かった。
「……これで私とミミカだけが、褒美をもらってしまいましたね。」
「そういうことに……なるかな?」
「レティやスゥ、クレアも研究を頑張っています。」
「気が合うねえ。実はあの三人にも何かあげたいと思ってるんだ。魔機研を代表する研究者の証も兼ねてね」
「素敵です。」
「本当は全員に何かあげたいけどね……。皆マギアキジアのために頑張ってくれてる。ヴァルさんとか特に」
「ヴァルさんは剣や盾に喜びそうです。」
「……ナイスアイデアかも」
またバルドのところへ行かなくては。
今日はもう遅くなってしまった。
オズさんとギルさんのとこに行くのは、明日にしよう。
「ニナさん、この後の予定は?」
「特にありません。」
「じゃ、ご飯どうかな?」
「はい。」
俺とニナさんは久々に二人で夕飯に行くことにした。
二人だけで、というのはステラマーレ以来だ。
いつかまた、魚料理を食べに行きたい。




