第38話:建設計画
玄関で長話をし過ぎた俺達は、ジーナスさんの待つ部屋へ移動することになった。
部屋に全員は入り切らないので、一部を残してそれぞれの居場所に戻るようだ。
「あ、バルド、明日にでも時間もらえるかな? 土産があるんだ」
「おいおい旦那、そいつぁ期待しちまうぜ?」
オズさんとギルさんにも、後日話したい旨を伝えた。
ミミカの提案で一週間の時間が出来たので、この機会に進めておきたいことがある。
結局、部屋に入ったのは俺、ニナさん、ヴァルさん、スゥ、そしてセバスさん。
レティとミミカは、ニナさんと過ごす計画を立てるのに忙しそうだった。
クレアは魔岩糸の実験に行ったのだろう。
「はっはっは。本当に面白いお仲間を集めましたね。ドコウくん」
「いやー……待たせちゃったみたいで……」
ジーナスさんは、アリアナさんと紅茶を飲みながら待っててくれたようだ。
「構いませんよ。……こうなると思っていました。皆さん朝からずっと落ち着かない様子でしたから」
「そうなんですか? 事前に到着時間は伝えてたと思いますけど……」
「ヴァル殿なんかは、二時間前から門に立ってましたね」
「ジーナス殿! 私は……そうだ、警備のため……いやそれはおかしいか……そう! 外の空気を吸って都市開発の計画を……」
たぶん全部正しいのだろう。
つくづく、律儀で、信頼できる人だ。
全員でジーナスさん達と同じ大きなテーブルに着くと、セバスさんが紅茶を用意してくれた。
テーブルの中央には大きな図面が二枚、広げられている。
上にあるのが俺達の住居、下にあるのが、魔機研のものだ。
「それでは、本日は私から説明させていただきます」
「はい、お願いします。セバスさん」
それからセバスさんはまず、魔機研の隣に建設予定の大きな家について、説明を始めた。
ここに住む予定なのは、俺、ニナさん、ヴァルさん、レティ、スゥ、バルド、ミミカ、クレア……。
そしてこの……生活力のなさそうな面々の世話役を買って出てくれた、セバスさんと、その部下の女性の方だ。
……そう、この大きな家は……放っといたら研究か何かに没頭し、他の全てを忘れそうな要注意人物を一纏めにして、管理する施設である。
入居予定者の大多数からは、研究所に生活スペースを作る案が推されたが……
「その場合の皆さんは、何とかして目を盗もうとなさるはずです」
というセバスさんの鋭い一撃によって消え去った。
その時、セバスさんの目は間違いなく、この場に居ない前科持ち……クレアを見ていた。
……実は俺は少数派。
継続的に研究するには体調管理の仕組みは不可欠だ。
研究に限った話ではないが。
「具体的な話を聞く前に、もう一度確認したいんだけど……セバスさんは運営面もやってくれてるのに、執事業もやって大丈夫なの?」
「はい。私は運営の補助役ですので。ヴァル様に比べれば働きが足りません」
「……ヴァルさんも程々にね。都市開発も研究開発も長期戦なんだ。継続できるペースが大事だよ」
「……善処する」
提示された家の設計案は、それはもう素晴らしいものだった。
立派な調理場と、皆で食事出来る広いスペースも目を引くのだが、何より目立つのが大浴場だ。
ちなみに、この世界には一般に風呂の文化がない。
水や湯を浴びて身体を綺麗にする、というのは日常的な行為だが、湯船がないのだ。
しかし、やはりと言うか何と言うか、ボレアリスには風呂の文化があった。
『研究アイデアって、不思議と考え込んでる時よりも、その後リラックスした時に閃くんだよね。だから、そういうリラックスできる場を、習慣の中に入れるのは効果的だと思う』
ということで、俺が湯船を提案したのだが、この時は程々の規模を想像していた。
しかし——
『……そうか……皆と共に入れるのかの……憧れておったのじゃ……』
スゥが小さく漏らしたこの言葉を聞いた時、俺の中でプランの変更が提案され、即時可決された。
そして俺は、人数が多いので女性側は立派にしようと提案した。
我ながら自然な提案だと思ったが、スゥに却下された。
気づかれていたのかもしれない。
……結局、立派な男湯と女湯を作ることになった。
『では、材料となる木は私が用意します。』
ニナさんの助け舟。
このお陰で、大掛かりになった大浴場建設計画は、何の問題もなくスムーズに進んだ。
ちなみに、湯沸かしには例のゴトク型魔岩を使う予定である。
「大浴場の設計に問題はないでしょうか?」
「うん。俺から言うことはないね。女性側もどうかな?」
「妾はこれ以上望めぬ。こんなに立派な……本当に良いのかの……?」
セバスさんの確認に、俺とスゥが応える。
やはりスゥは、自分の発言で大掛かりになったことに気づき、気にしているようだ。
何とか払拭したいが……。
「セバスさんとお話したんですが、この大浴場でノウハウを積み、いずれ大衆向けの公衆浴場を作ろうと考えています。魔工学を活用した独自の施設です。住民の幸福度も上がりますし、経済的にも良い影響を及ぼすでしょう」
とジーナスさん。
流石、運営三人衆の経済担当。
……いや、担当は俺が勝手に思っているだけだが、実質間違っていないだろう。
「なるほど……! とっても良い案だと思います、ジーナスさん。……ちゃっかり巻き込んじゃってますけど、本当に運営面で手伝ってもらっていいんですか?」
「おや? 今更仲間外れにするつもりですか? ドコウくん」
「いや、そういう意味では……。俺はドルフィーネのバランスを崩さないか、少し心配です」
「はっはっは! 冗談ですよ。……そうですね。影響は大きいと思います。しかし、ドコウくんの研究構想はドルフィーネから見ても魅力的です。それならば、内部に居たほうが都合が良い……という打算だと思ってもらえれば」
「そうですか……。そういうことにしておきます。ありがとうございます。ジーナスさん」
「やはりドコウくんは、丁寧ですね」
スゥはホッとしたような表情をしている。
流石ジーナスさんだ。
スゥにも皆にも、これまで出来なかった経験をたくさんして欲しい。
さて、家の話は落ち着いたので、次はいよいよ研究所の話だ。
「続いて、こちらが魔工機人研究所……通称、魔機研の案になります。事前にドコウ様から伺っていた通り、各研究者専用のスペースの他、共同実験用の大きなスペースと、大会議室を作る予定です」
「どれどれ……」
今回の研究所の計画について、俺はそれほど細かく指示を出していない。
ただ、大会議室だけは少し考えがあったので、場所なども指定させてもらった。
「……うん。ちゃんとお願いした通り、大会議室は入口から直で入れる場所にあるね」
「はい。広さも構成員の五倍は入れるようにしてあります」
「凄いね。言うこと無いよ」
「ありがとうございます」
この会議室は、ゼフィリアでの出来事を参考にして考えた。
「ドコウ殿、このように広い会議室は、何に使うのだ?」
「ああ、ヴァルさん。これはね、実はスゥの意見を聞いて考えたんだ」
「妾の?……もしやゼフィリアの件かの?」
「そうそう。あの時みたいに、色々な分野のメンバーで集まる場を設けようと思う。意見交換するんだ。そしてその場を、出来れば研究所の外にも広げていきたい」
ゼフィリアでミミカがクレア達に囲まれている時に、スゥが言った一言がきっかけだ。
そして魔機研を中心とする都市、マギアキジアになることで、その輪はもっと広がる。
「ふむ……それでこの位置なのだな」
「うん。何かまとまった成果が出た時の、技術発表会もここで出来ると思うよ。もし大きさが足りなくなったら、その時はまた、専用の施設を考えようと思う」
「なるほど……住民に近い研究所になりそうだな……」
「流石ヴァルさん! そうなって欲しいと願ってる。都市全体で、研究するんだ」
この狙いは、想像以上に順調に進んでいる。
元々は、研究所側から住民に了承を得て、都市内で実証実験する……その程度のイメージだった。
しかし、既に住民側から、魔工学の積極的な利用の提案が出てきている。
「壮大な話じゃな……」
「何言ってるの。 スゥは早速体現しようとしてるじゃないか」
「む? ……そうか……料理屋のことじゃな」
「うん。……ということで、料理屋に転用してみて上手くいったとことか、新しく見えてきた課題とか、そういうフィードバック、期待してるよ」
「ふふ……抜け目ないのじゃな」
「まあね。特に課題の方が欲しいな」
「変わっておるように聞こえるが……分かる気がするぞ」
俺とスゥは互いにニヤリとしてみせた。
皆の頑張りがどんどん繋がっていく。
研究都市マギアキジア。
そのイメージが、はっきりと見えてきた。




