第36話:母
ドワーフ村の入口には、母が立っていた。
「ご苦労さま、ドコウ」
武装したリザードマンと戦った場所からは岩バイクで数刻。
俺達より早く報せが来ることはない。
やはり、感知していたようだ。
「ただいま、母さん。ずっと待ってたの?」
「いいえ。到着に合わせたのよ。……どうやって移動しているのかと思ったら……。ドコウは、いくつになってもお母さんをビックリさせるのね」
……なんだろう。
優しい母らしさはそのままだが、少し違う雰囲気を感じる。
何か隠すのをやめたような。
「……貴女が、ニナさんね。私はリリーナ。ドコウの母よ」
「はい。ニナです。よろしくお願いします。」
母はニナさんを見つめる。
優しい目だ。
「えっと、母さん。前にも話したと思うけど、ニナさんはエルフで……」
「大丈夫よ。……立ち話は悪いわ。お家に来て頂戴」
「あ、その前にドルフィーネに報せを送らないと」
「それも大丈夫。もう送ってあるわ」
……それはそうか。
討伐したことを感知してすぐに、報告してくれたのだろう。
◇
「改めて、リザードマンの討伐、ご苦労さま。お父さんが留守だから困っちゃったわ」
「なんとか倒せて良かったよ。倒したのはニナさんだけど」
「そう……」
「……。」
母は、俺とニナさんにお茶を出してくれた。
温かいお茶をすすりながらのお喋りタイムだ。
「そういえば母さん。母さんは広範囲を感知できるんだよね?」
「ええ、そうよ」
「その技って俺にも使えるかな?」
土魔法はマスターしたと思っていた。
これからマギアキジアを守るためにも役立ちそうだし、是非習得したい。
「ごめんなさい。こればっかりはドコウにも教えられないわ。私だけの特別なの」
「うーん、それは残念——」
「——それは……。」
ニナさんが被せるように言葉を発したが、一瞬言い淀む。
母はニナさんに優しく頷いた。
「……貴女が、ドワーフとエルフのハーフだからですか?」
「……ええ。そうよ」
……え?
……あれ、確かにばっちり特徴ある……。
……でも、ドワーフとエルフが仲悪いって言ってたのは母のはずじゃ……?
「えっ……と……初耳なんだけど……」
「ふふっ、言ってないもの」
母は口を手で隠して笑っている。
「……。」
「ニナさん、貴女……本当は髪が黒いのよね?」
「「!?」」
今、ニナさんの髪は一時的に茶色くなっている。
「母さん、黒い髪のこと知ってるんだね!?」
「ええ」
「……教えてもらえませんか? なぜ、私だけ黒いのか……知りたいのです。」
ニナさんの言葉に力がこもっている。
「……本当にごめんなさいね。私から教えることは出来ないわ」
「……そうですか……。」
ニナさんが椅子に座り直す。
「何か理由があるってこと?」
「そうよ。ニナさんは、私のことがすぐ分かったんでしょう?」
「はい。」
「ね。だから話したの。……でも、出来る限り貴方達自身で、知ってほしいの。……ドコウ。お母さんは、今でも貴方に色々なことを知ってほしいと思っているわ」
……前にも聞いた言葉だ。
随分昔……村を出るよりも前に。
「お詫びになるかは分からないけど……ニナさん、イヤーカフを作って今度届けるわね。一つ足りないでしょう?」
「……そのようです。ありがとうございます。お話も。」
「ドコウが出会ったエルフが、貴女で良かったわ。……ドコウのこと、よろしくね」
「……はい。」
女性同士の会話のテンポに置いてかれてしまった。
どういうことだ?
確かにニナさんがいつも着けているイヤーカフが、一つ無くなっている。
なぜそれを母が分かる?
分からないことだらけだが、恐らくこれ以上訊いても教えてくれないだろう。
「ドコウ、数日休んでいきなさい。ニナさんの髪が戻るまで」
「……数日で戻るの?」
「たぶんね。……どうかしら? ニナさん」
「はい。私もそう思います。」
もうダメだ! この母、謎すぎる!
俺は諦めて母の指示に従うことにした。
母は、強かった。
……この場合、母かどうかはあまり関係ない気もするが。
それから、母はニナさんに旅のことを尋ね、ニナさんはそれに答えている。
……仲良さそうだし、もう何でもいっか!
◇
その晩、母は張り切った。
そう……ご馳走だ!
「この肉三昧も、凄く懐かしいなあ」
「どんどん食べなさいね!」
「……リリーナさん、こんなに食べきれません。」
「あら? ちゃんと食べないとダメよ?」
「いや、その量は多いでしょ……」
例え魚だったとしても、食べきれないだろう。
ニナさんは手元の飲み物を飲む。
……あ! それってもしかして!
「……母さん、ニナさんが飲んでるのって……」
「水よ?」
ドワーフ族にとっての『水』。
「ニナさんに確認したんだよね?」
「もちろん!」
「……ニナさん、大丈夫?」
「はい。美味しいです。」
確かにニナさんは、イケる方だ。
しかし、『水』は飲みやすく、強めだ。
「それは良かった……。でも、その一杯だけにしとこう」
「……? はい。」
◇
夕食を食べ終えた俺は、村の丘に登っていた。
初めてドルフィーネを見た、あの丘だ。
食後、母とニナさんがまた楽しそうに話し始めたので、少し抜けてきたのだ。
あの頃は随分遠いと思っていた丘だが、実際は家からそんなに離れていなかった。
大きくなったものだ。
俺は木の根本に座り、遠くに見えるドルフィーネの灯りを眺める。
マギアキジアはここから見えないが、まだ何もないので真っ暗だろう。
ドルフィーネの灯りの中には、俺の仲間達が居る。
不思議な気持ちだ。
「……ここに居たんですね。ドコウさん。」
「あ、ニナさん。よく分かったね?」
「リリーナさんから、ここじゃないかって。」
「なるほど」
ニナさんが俺の隣に座り、凭れ掛かってくる。
鼓動が早くなるが、紳士ドコウ、冷静な対処。
「ニ、ニナさん?」
「ドコウさん、私、楽しいです。」
「……それは何よりだけど……酔ってる?」
「そうですね……少し、勇気が出せそうです。」
ニナさんはリラックスしている様子だ。
せっかくだし、ゆっくり話そう。
「風が気持ち良い……。」
「そうだね」
「……ドコウさん、まだまだ分からないことが一杯ですね。」
「うん……。でも、少し進展があったと思ってるよ」
「私もです。……時間がかかっても私は大丈夫です。ドコウさん。」
ニナさんの言う通り。
まだまだ謎だらけ。
これからもコツコツ調べていくことになるのだろう。
「確かに時間はかかりそうだ。……これからもよろしくね、ニナさん」
今日は星が綺麗な夜だ。
ここからの景色は本当に壮大で、美しい。
「……ドコウさん、私……分かりません。」
「ん? ……そうだね。でも、焦ることはないよ。……マギアキジアにあったような遺跡が、他にもあるかも知れない。それこそ、未開の地と呼ばれている場所なんか怪しいよね。……ロボットが出来て、探索が進んで、遺跡が見つかったりしたら、凄く順調って感じで…………ニナさん?」
ニナさんは、俺に凭れたまま眠ってしまったらしい。
人前で眠る姿を見るのは初めてだ。
心地良さそうな表情で、静かに寝息をたてている。
「……綺麗だな……」
……透き通るような夜に包まれた、穏やかな世界。
そよ風の音だけが聞こえる。
俺は、そのまま少しの間、美しいこの世界を眺めた。
◇
「あら、ちゃんと眠ったようね」
「……もしかして、これが母さんの狙い?」
「ふふっ、バレちゃったわね。……よく眠ったほうが良いわ」
俺はニナさんを抱えて戻った。
そのまま、寝床にそっと置く。
「……ところで、父さんがどこ行ったかって、やっぱり教えてもらえない?」
「そうね……。私は教えてもいいと思うんだけど、お父さんが内緒だって言ったのよ」
「……内緒の多い両親だなあ」
「ふふふっ、ミステリアスでしょ?」
全くだ。
……今日は岩バイクで走り、リザードマンと戦い、またここまで岩バイクで走った。
流石に、ドワーフの俺もヘトヘトだ。
久々の実家で、ゆっくり、寝ることにしよう……。




