第35話:茶
「武装した蜥蜴人だと!?」
遺跡の外で待っていた駐在兵が、事情を説明してくれた。
彼の仕事はこのマギアキジア予定地の警備だ。
しかし、まだ仮の小屋が数軒あるだけなので、連絡係も兼任してくれている。
ヴァルさんの説明によると、蜥蜴人というのは南半球の大陸に生息しているモンスターらしい。
南半球はほとんど調査できていないため、詳しい生態は不明とのこと。
数少ない発見事例から、人間のように二本足で立ち、素早く動くことが分かっている。
……武具を身に付けている姿なんて、目撃されていない。
今回発見されたのは一体。
マギアキジア予定地から南南西の方角にある、広大な平野で見つかったそうだ。
「よく見つけたね」
「うむ。ドワーフ村から連絡があり、早馬に乗った斥候が確認したそうだ」
「ドワーフ村が?」
「ああ。ドコウ殿の母上殿が感知したらしい。……しかし今、父上殿は不在。それでドルフィーネとマギアキジアに対応の依頼が来た、ということだ」
「なるほど……」
そう。
今、父はドワーフ村に居ない。
俺はドルフィーネに帰ってすぐ挨拶しに行ったのだが、実家には母しか居なかった。
母から、父は知人に会うために数ヶ月前から出掛けていると聞いた。
これまでドワーフ村の南に広がる平野は、父と母が護ってきたそうだ。
母がいち早く感知し、父が殲滅する、という連携でやってきたらしい。
それでヒルタートルの討伐には、気軽に出向けなかったのだと腑に落ちた。
一人でモンスターを倒してきた父の強さにも驚いたが、母も母で、広大な範囲の感知とは……土魔法の一種だろうか。
まだまだ奥が深い。
「……どうする?」
「強いんだよね」
「ああ……。普通のリザードマンだとしても、太刀打ちできる人間は少ない。それが武装しているとなると……明らかに異様だ。恐らく、先日ドコウ殿が言っていた半魚人のリーダーのように、特殊な個体だろう」
確かにあのボスマーマンは、他の個体よりも頭一つ抜けて強かった。
今回はそれ以上かもしれない。
「……俺とニナさんだけで行こう」
「はい。」
「……それがいいだろう。力になれなくて申し訳ない……」
「いやいや、ヴァルさんには、マギアキジアやドルフィーネの指揮をお願いしたい。……念の為、避難の準備もしておいた方がいいと思う」
「……それは……!……いや、承知した」
俺は魔岩の生成と整形を始める。
今回はスピード重視。
イメージした通り、浮遊する岩バイクが完成した。
なかなかカッコよく出来たと思う。
「ニナさんは俺の後ろに。こうやって跨るようにして、俺にしっかり掴まって。かなりスピード出るよ」
「はい。」
「じゃ、ヴァルさん。四日経っても連絡がなかったら、よろしく」
「……分かった」
岩バイクは一気に速度を上げた。
◇
広大な平野を一筋の土煙が疾走る。
ドワーフ村の南に広がる平野には木々が少なく、ほとんど地面が剥き出しだ。
「もう少し左です。」
「……! ニナさん、分かるの?」
「はい、恐らく。異様な気配をかすかに感じます。」
「助かる……!」
風に負けないよう、ニナさんが耳元で方向を指示してくれる。
壁画を見ていた時と違い、今は落ち着いているようだ。
集中しているのだろう。
◇
「あれです。」
「!」
マギアキジア予定地を発って数刻、問題のリザードマンを発見した。
辺りを見渡す素振りもなく、真っ直ぐに歩みを進めている。
ドルフィーネに向けて。
前回のマーマンはトニトルモンテを目指していた。
今回はドルフィーネのようだ。
「……ニナさん、あの装備って……」
「はい。ヒルタートルの甲羅を使っているようです。」
「困ったな……」
そのリザードマンは、全身にヒルタートルの甲羅で作った鎧を纏っていた。
手には剣のような物を持っている。
こちらも、何かのモンスターの牙か何かから作ったのだろうが、詳細は分からない。
こうなると、ニナさんの攻撃はあまり通用しないだろう。
俺の土魔法もちょっと怪しい。
少なくとも、ヒルタートルに石柱を当てて転倒させた時は、傷一つ入ってなかった。
腹の面は、比較的柔らかいはずなのに、だ。
「鎧がない部位を狙いますが、相手の技量次第です。」
「分かった。何とか拳を当ててみるよ」
「お願いします。」
リザードマンはとっくにこちらに気づき、真っ直ぐ歩いてきている。
足を止めた。
最初に動いたのはニナさん!
素早くリザードマンに接近したかと思うと一瞬、姿が見えなくなった。
次の瞬間、リザードマンの側面からニナさんの斬撃が襲う!
ガッ!!
「……!」
リザードマンはニナさんの斬撃を籠手で受け、そのまま力で払い除けた。
その隙に俺がリザードマンの懐に入り、胴を突く!
——しかし、これは滑らかな動きで躱された。
リザードマンは離れた間を跳躍して詰めると同時に、俺に向けて剣を振り下ろした! 速いッ!
俺は盾を生成しつつ、回避する!
ズバッ!!
俺が生成した盾は簡単に両断された。
……あの盾はただの岩ではない。
鍛冶魔法で硬度を上げた物だ。
リザードマンの鎧から、ポロポロと礫が落ちる。
回避と同時に鉄の礫を射出したのだが、微妙に着弾点をズラされ、鎧で防がれてしまった。
……鎧を上手く使った高度な戦闘技術……二人がかりで互角か、むしろ劣勢?
——突如、地面から無数の枝が伸び、リザードマンを襲う!
ニナさんの木魔法!
リザードマンは大きく後ろに飛び退き、これを躱した。
……?
今の攻撃は、杖を使った斬撃よりも威力が低い。
なぜ鎧で受けなかったのだろう……。
どうやら、全て見切られている訳では無いようだ。
しかし、その後も厳しい攻防が続いた。
ニナさんは杖で斬りかかる度に鎧で受けられ、力任せに飛ばされる。
俺の拳は当たらず、他の攻撃は鎧で防がれてしまう。
……一つ、気がついたことがある。
リザードマンは俺にしか剣を振らない。
戦闘中もほぼ俺のことを見ている。
俺の拳を警戒しているのか……?
ググッ……!
リザードマンが両脚に力を込めた。
筋肉が収縮し、骨の軋む音が、聞こえる程に。
地を蹴る爆音。
リザードマンの、姿が消える——!
——迫る、刃。
その切っ先が狙うのは、俺の首。
スッ
腕が飛んだ。
「ギェッ!!————ッ!?」
鱗で覆われた腕が地面に落ちるよりも早く、リザードマンはその場に倒れた。
その身体に首はない。
俺の横に、転がっている。
一瞬の出来事。
「ニナ……さん……?」
「怪我はないですか? ドコウさん。」
「え、ええ。だけど……」
ニナさんが持つ杖の宝玉が、輝いている。
……髪と同じように。
「良かった……。」
ニナさんの髪は、金茶色に淡く、輝いていた。
壁画で見た、あの色だ。
◇
……マタ、マケタ……
………
……
…
◇
リザードマンの死体は、やはりキラキラと輝いて消えてしまった。
しかし、鎧と剣は残っている。
持ち帰れば、バルドが喜ぶだろう。
驚異的な性能の武具だ。俺も興味がある。
籠手の片方は、ニナさんによって真っ二つだが……。
「ニナさんは、体調とか、大丈夫なの?」
「ええ。」
俺は地面に突き刺さった剣を抜きながら尋ねる。
「でも、髪が……」
「いずれ戻ります。」
ニナさんの髪はもう輝いてはいないが、茶色のままだ。
「……。」
「ん?」
「この色では、綺麗ではない……でしょうか?」
「え!? いやいや、そうじゃなくて、心配というか……。慣れた様子だけど、経験があるってこと?」
「……はい。以前に一度。」
そこで俺は、あることを思い出した。
「あ! ヒルタートルに使おうとしてたのって……」
「はい。この技です。斬撃の威力を上げることが出来ますが、祖母に禁じられています。」
「……理由は?」
「教えてもらえませんでした。」
……分からんなー。
壁画では、茶色く髪を輝かせるエルフを救世主のように……称えるように描いていると感じた。
しかし、禁じるくらいだから、やっぱり悪い影響があるのか?
うーん……。
「……ドコウさん。祖母に会ってもらえませんか?」
「え!?」
あ、ご存命でしたか!
これは失礼。
「いいのかな?」
「はい。是非。」
マギアキジアが形になるまで、まだ時間はかかる。
その間に行けるだろう。
「よし、じゃあとりあえず戻ろうか。歩く?」
「……いえ。先程の乗り物で。早く報告しないと、皆が避難してしまいます。」
「あ、そうだった」
俺は再び岩バイクを生成し、ニナさんと共に出発した。
ここから一番近いのは、ドワーフ村だ。




