第34話:着工
魔工機人研究所……通称、魔機研。
この世界で広く使われている魔法の技術を活用し、人の役に立つロボットを研究開発する施設だ。
研究過程で生まれた技術はロボットとしてだけでなく、様々な形で世界に貢献する。
……だろう。
完成すれば。
俺は、その研究所が建設される予定の土地にいた。
「だいぶ整地が進んできたね。ヴァルさん」
「そうだな。計画が壮大になったため、着工が遅れてしまった」
「壮大……まさしく……」
元々、研究所はそれなりに大きな物が必要だと考えていた。
構成員の専門分野が多岐に渡り、それぞれに部屋が必要だからだ。
ちょうどいい機会なので、一度整理してみよう。
まず、全体の研究を説明する上で重要な役割を果たす、魔岩。
魔岩は魔力を固めたような物質で、土魔法の高等技術で作り出すことが出来る。
天然物も入手できるが、純度は土魔法で作った物の方が高い。
一番弟子のレティは、魔岩に魔力を溜めて保存する技術を研究中だ。
この技術は、ロボットの魔力供給源を作るのに役立つと考えている。
人間は、周囲から魔力を採集して使う。
しかし今のところ、ロボットに魔力を採集をさせられる技術の目処は立っていない。
仕組みの分からない魔力採集より、保存して利用する方が近道になりそうだ。
……ところで、レティとヴァルさんは、レグナムグラディに帰らなくても大丈夫なのかな?
訊きたいのだが、一歩間違えると泣かせてしまうかもしれない。
慎重に慎重を重ねなければ。
二人目の弟子、スゥは魔岩の魔力伝達率を調整する技術を研究している。
この技術の始まりは、炎魔法の再現だった。
魔岩の抵抗を絶妙に調整し、エネルギー損失時の発熱を利用することが出来る。
ロボットへの応用として、当面は魔力消費量の調整を目指している。
上手くいけば、他にも色んなことに役立つ技術になるだろう。
……スゥはかなりの努力家だ。
気がつくと夜遅くまで没頭しているので、要注意である。
良い研究をし続けるには、体調管理も大切だ。
三人目の弟子クレアは、魔岩の物性を変える技術を研究している。
出会った時には、魔岩を柔らかくする技術を確立済みだった。
現在は伸縮性を与える方法を模索中だ。
これが上手くいけば、人工筋肉を作れるんじゃないかと思っている。
……クレアは……俺を神格化している節がある。
いつも俺が作った遊星歯車機構を抱き枕にして寝ているらしい。
いや……説明用だから、油とかさしてないので良いけどね?
せめて、もう少しまともな代替品を用意しようと思う。
裁縫職人のミミカ。
俺の弟子ではなく、とにかくニナさんに最高の着物を着せたくて付いてきた。
しかし、現在はクレアと共同で、魔岩を原材料とする糸……魔岩糸の作成に取り組んでいる。
明るく元気な、猫の獣人だ。
以前から研究所を運営していたクレアには他にも共同研究者が居る。
医師のオズワルド、通称オズさん。
オズさんは、事故などにより、魔法面の機能を損傷した患者を治療する技術を研究している。
クレアが軟化させた魔岩を使い、人の魔力伝達機能の回復に成功した実績がある。
ギルバートさんは若い義肢研究者だ。
皆からはギルさんと呼ばれている。
クレアの技術の応用を試みていたギルさんだが、義肢はロボットとの関連が強く、他のメンバーともよく議論している。
そして、俺は弟子と認めていないが、本人は弟子のようなもんだと言い張っている男。
鍛冶師のバルド。
名工バルドリック。
金属加工において、右に出るものはいない。
なんと彫金などのデザインセンスもあるのだ!
ロボットのボディ製作に協力してもらおうかと思っている。
一方で、俺はバルドの野望……究極の武具づくりに協力している。
物理的にも魔法的にも最高の武具、が目標だ。
……こうして整理してみると、随分と大規模になったし、面白いことが出来そうなメンバーだ。
ともかく、全員の研究スペースを確保しようと思うと、大きな建物が必要になる。
しかしそれでも、研究所はドルフィーネ内に建てる予定だった。
建設費用や当面の運営費用は、クレアの研究所の運営費だったものと、ヴァルさんとジーナスさんからの寄付を合算したもので工面する予定だった。
寄付については何度も何度も断ったのだが、あの二人は一度出すと決めたものを引っ込めない。
結局、ありがたく受け取ることにした。
だが、これが、ややこしくなる原因だった。
ヴァルさんのお金の動きを察知したレグナムグラディから、巨額の支援金が届いたのだ。
……そういえば、レティの件で礼をしたがっている、と聞いたものの、ずっと機会がないままだった。
俺としては、あの国には船を貸してもらった恩があるので、受け取りにくかったのだが……。
なんと、レグナムグラディに呼応するようにして、トニトルモンテからも巨額の支援金が届いてしまった。
いつぞやのモンスター退治の礼という名目だった。
こうなると、もう収拾がつかない。
……ちなみに、ヴァルさん、セバスさん、ジーナスさんの運営三人衆と俺しか知らないことだが、ボレアリスの皇帝からも支援を受けた。
国としてではなく、個人としてだった。
スゥに言うかどうかは、かなり悩んでいる。
彼女をあれ以上頑張らせてはいけない。
結局、四人で出した結論は、保留だ。
そんな訳で、もうどこの支援を断るとか、そういう話ではなくなってしまったし、そもそもドルフィーネ内に建てるのもマズイという話になってしまった。
各国からドルフィーネへの支援、という形になってしまうからだ。
それまで立てていた計画を一旦白紙に戻し、何度も何度も話し合った結果……。
ドルフィーネから南東に数日歩いた先、恵みの森に少し差し掛かる場所に、新たな都市を作ることになった!
都市の名前は、『マギアキジア』。
今度は運営三人衆の発案だ。
……また任されなくて本当に良かった。
マギアキジアとドワーフ村の距離も、歩いて数日ほどになる。
ドルフィーネとドワーフ村、マギアキジアがちょうど三角形を結ぶ予定だ。
マギアキジアとドワーフ村の間には、元々ドルフィーネとステラマーレを結ぶ遠回りの交易ルートが通っている。
これからは、マギアキジアを経由するルートに変わるだろう、とジーナスさんは言っていた。
「マギアキジアに住んでくれる人は集まりそうかな?」
都市を作るとなると、研究者だけでなく、様々な人が必要になる。
ドルフィーネに近いとは言え、ある程度の生活基盤を築かないといけない。
「問題なさそうだ。ジーナス殿からは、結構な数の希望者がいると聞いている。基盤学校を卒業し、魔工学を扱う職につきたい者も多いそうだぞ」
『魔工学』というのは、魔法学と工学をくっつけた造語だ。
魔機研で研究開発する技術の総称として使う予定である。
「研究者志望ってこと?」
「いや、どちらかというと、魔工学を活用して何か営みたい、という者たちらしい」
「…………それは面白い」
「そうだろう? 私もそう思い、似た者をさらに募ってはどうかと提言した」
魔工学に基づく都市生活基盤……それって、俺の夢の実現に凄く近いんじゃないか?
基盤技術として、魔工学に期待してくれている人がいる……。
俺は嬉しくなった。
きっとまだ、機人……つまりロボットの理解は浸透していないだろう。
これから広まっていくよう、頑張らねばならない。
「ヴァレンティン様! ドコウ様!」
俺が決意を新たにしていると、整地作業を行っていた作業者の一人が走ってきた。
「ん、どうした?」
「都市の端になる予定の土地を工事していたら……入口のようなものが見つかりまして……」
「入口だと?」
「はい。地下に続く階段のようなものが……」
「分かった。行ってみよう。ひとまずその付近の作業は中断し、他にあたってくれ」
入口? 地下?
それって……異世界あるあるの一つ、遺跡ってやつじゃ?
「ドコウ殿も……行くだろう?」
「もちろん」
俺は遠くに手を振る。
ニナさんだ。
今日は俺、ニナさん、ヴァルさんの三人で工事の様子を見に来ている。
「……どうしました?」
「作業中、地下に続く階段のようなものが見つかったらしい。……遺跡かもしれない。一緒に行こう」
「……!」
◇
そこはまさに遺跡だった。
三人それぞれが持つランプの灯りに照らされる壁面は、どう見ても人工的に加工されたものだ。
……この壁は、ほぼ間違いなく、ドワーフ族が土魔法と鍛冶魔法を使って作ったものだろう。
遺跡が見つかった場所には、元々大きな木が生えていた。
この辺りは恵みの森の端なので、何も違和感はなかった。
しかし、地下に硬い遺跡があり、根を張りにくい場所に、大きな木が自然と生えるものだろうか?
森に生える他の木々と同じように?
階段を降りた先には、アーチがあった。
恐らく、元々は扉があったのだろう。
朽ちた……ということだ。
全員でアーチをくぐる。
「……広い空間だが、他に続く道はないようだな」
ヴァルさんが四隅を確認してくれた。
俺はアーチの造りを調べる。
やはり、つなぎ目が不自然に少ない。
土魔法によるものだ。
入って正面に進んだニナさんは、立ち止まって何かを見ている。
「……ドコウさん。」
「何かあった?」
「……これを。」
ニナさんが灯りで照らした壁には、絵が描かれていた。
壁画。
所々が掠れているが、保存状態は良さそうだ。
壁画には、ドワーフ族の姿が描かれていた。
ガタイが良く、肌は褐色。
瞳には黄色が使われ、髪は赤茶色に塗られている。
まるで父のようだ。
……そして、壁画に描かれているもう一つの種族。
「…………。」
尖った耳に白い肌の人々。
瞳の色は様々、髪は……黒い。
全員、黒だ。
「黒髪……。」
「……そうだね……。……ニナさん、大丈夫?」
暗くてよく見えないが、動揺していることは分かる。
「……ええ。ドコウさん。」
「分かった。……じゃあ、もう少し見てみようか」
「はい。」
ドワーフ族とエルフ族は、敵対しているようには見えない。
むしろ、協力し合っているようだ。
俺は、壁画のさらに高い位置を照らすようにランプを掲げた。
そこには、一人のエルフが、一際目立つように描かれていた。
「あれ、茶色……?」
「……!」
そのエルフの髪は、輝く茶色で表現されていた。
確かこんな色を、金茶色と言ったと思う。
「ドワーフ族の色を間違えて使ったのだろうか?」
ヴァルさんも静かに壁画を観察している。
「どうかな? 黒く塗りたかったのなら、上から塗り直せるはずだけど」
「ええ……。これは間違いではありません。この色を、私は知っています。」
ニナさんは考えている様子だ。
俺が尋ねようとした時——
「皆様! 緊急です!! 急いでお戻りください!!」
遺跡の入口から、緊迫した声が響いた。




