第33話:起結
ガタゴトガタゴトと音を立て、六台の馬車が進む。
馬車……馬が引く車に人が乗る、乗り物。
馬車……ある程度整備された道であれば、短時間で目的地に到達できる、乗り物。
馬車……楽。
「……ヴァルさん。俺達ってなんで、岩で飛ぶか、地道に歩くか、の極端な二択しかなかったんだろう……?」
「……分からん」
「旅の最初からずっと、当たり前でしたもんね。……あ! 私は体力が付くので、歩くの好きでした!」
「ありがとう……レティ」
トニトルモンテからゼフィリアは、かなり距離があった。
あの時すでに八人。
岩車は流石にキツかったので、延々と延々と歩いたのだ。
あの苦労は何だったのか。
クレアの研究所での騒ぎの後、引っ越し準備に数週間がかかった。
研究室の引越しというのは、そういうものだ。
装置一つ一つの梱包も、確かに大変だが……。
それ以上に手間がかかるのが、物を捨てる作業。
研究では、成果を出した後も証拠として残しておくべき物が多い。
つまり、運営期間が長くなる程、必ず物は増えていくのだ。
疲れ果てたクレア研究所の研究者は全員、他の馬車で寝ている。
馬車を操る御者には、セバスさんとその部下の皆さん、バルドと、ヴァルさんが名乗り出てくれた。
六台の先頭を務めるのが、ヴァルさんが操るこの馬車だ。
「この辺りまで来ると、懐かしさを感じるな……」
「ドコウ殿に馴染みがあるということは、もうすぐルートか?」
「うん、そろそろ合流できるはず」
今、俺達は恵みの森の縁を沿うように進んでいる。
ゼフィリアとドルフィーネを結ぶ交易ルートはない。
一応、道はあるので馬車で通れないことはないが、速度が出せない。
そのため、少し迂回してステラマーレとの交易ルートに合流し、より整備された道で速度を上げる予定だ。
「三日後くらいには、星曜湖の畔に出そうだね」
「そうだな」
「……早いね」
「……そうだな」
「……」
「む……。辺り一帯の木々が倒れているのだが……何かあったのか?」
この辺りは、ヒルタートルと戦った場所に近い。
交易ルートから少し外れた広い範囲に、大量の倒木が放置されている。
「ドコウさんです。」
「どういうことだ? ニナ殿」
「いやいや、それは語弊があるなあ」
「ドコウさんが山のようなモンスターを倒し、木々が倒れました。」
「……語弊、ないなあ……」
「ドコウ殿……」
「……。」
ガタゴトガタゴトと音を立て、六台の馬車が進む。
◇
馬車は、ご飯事情も変えてくれる。
保存が利く食べ物を積めるのだ。
……野菜スープ、美味しい。
「ドルフィーネに到着したら、まずジーナス殿を訪ねるのだったな」
「そうそう。もう随分前にゼフィリアから手紙を出しておいた」
「ジーナス殿か……不思議な縁だ」
ヴァルさんはジーナスさんを知っていた。
知っているどころか、ジーナスさんの息子さんは、ステラマーレでヴァルさんの隊の副隊長を務めていたらしい。
俺達がステラマーレに居た頃は、レグナムグラディで修行に励んでいたそうだ。
……ということは、レグナムグラディで俺達を見ていたかもしれない。
直接の面識はないので、互いに気づけないのは自然だ。
俺はレグナムグラディで目立ってないはずだし。
スープを一口飲み、ヴァルさんが続ける。
「私はジーナス殿と、研究所の運営について話し合いたいと思っている。当然、話がまとまり次第、ドコウ殿に確認してもらうつもりなのだが……やらせてもらえるだろうか?」
ヴァルさんなりの考えがあるのだろう。
特に政治や金銭面は、任せたほうが良いと思う。
「もちろん。その間に、研究計画を再検討させてもらおうかな」
「何か修正するのか?」
「修正ってほどじゃないけど、メンバーが増えて、選択肢は増えたからね」
「常に更新、という訳だな」
「そういうこと」
この旅の人数は19人。
かなりの大所帯だ。
前にこの辺りを通った時は、独りだった。
あちこちで会話に花を咲かせる仲間達を眺めながら、俺はスープを啜った。
◇◇◇
旅は極めて順調に進み、無事、ドルフィーネへ到着した。
途中、何度もモンスターに遭遇したが、レティ、スゥ、クレアの弟子三人組が率先して撃破した。
戦闘の連携も随分良くなったし、それ以外でもかなり仲良くなったようだ。
年齢的にはスゥ、クレア、レティの順らしいが、ほとんど差はないと言っていた。
仲良くしてもらえると師匠としても助かる。
師匠……何もしてない気がするけど。
今俺達がいるのは、ジーナス邸の敷地内。
ジーナスさんは顧客対応用に馬車を停めるスペースを確保している。
「おお! ドコウくん!」
「ジーナスさん!!」
久しぶりの顔は、とても元気そうな笑顔で溢れていた。
「お元気そうで……! アリアナさんと皆さんは?」
「中で食事の準備をしてくれてますよ。ドコウくんこそお元気そうで。それに……」
ジーナスさんは馬車と仲間達をぐるっと見渡し、
「……随分と人気者になりましたね。手紙を読んで驚きましたよ」
「学校に通っていた頃とは大違いでしょ?」
「はっはっは! あれは私のお願いのせいでしたね。尾を引かなくて本当に良かった」
このドルフィーネにある基盤学校に通っていた頃、俺は目立たないように友達一人作らず過ごしていた。
ジーナスさんは、さぞビックリしたことだろう。
「ジーナス殿。ご無沙汰しております」
「おお、ヴァレンティン殿。息子がお世話になっています」
ジーナスさんとヴァルさんが握手を交わす。
この二人に面識があったのは、もはや運命としか言いようがない。
そのお陰で今後もスムーズに進むことだろう。
◇
流石にこの人数が入る部屋はない。
その日の夕食は、屋外でのパーティとなった。
あちこちに綺麗にセッティングされたテーブルが用意されている。
燭台に立てられたキャンドルの灯りが、幻想的で美しい。
……ここは、懐かしい場所だ。
ほこたてトレーニングと称してモンスター像を作っては壊していた頃が、随分と昔に感じる。
一通りの紹介を終え、今ジーナスさんはヴァルさん、セバスさんと話し込んでいる。
早速、研究所のことを話しているのかも知れない。
周囲はとても賑やかだ。
「旦那がジーナス殿と知り合いだと聞いた時は驚いたぜ」
「全くじゃ」
「バルドとスゥもジーナスさんを知ってたんだね」
「武具に関わってればそりゃ、な」
「ジーナス殿は、各地の状況に応じて、ドワーフ製の武具とヒト製の武具の流通量を調整している有名人じゃ」
「ああ。それぞれに欲しがる人が違うからな」
「……ジーナスさん、そんな凄いことを……」
ニナさんやヴァルさんのように、魔力を通わせる達人にはドワーフ製の武具が好まれる。
しかし、単体の切れ味や耐久性はヒト製の武具の方が上なので、大抵の人はヒト製を好むのだ。
その需要に応じて武具の流通を管理する……それはつまり、ジーナスさんは世界各地の剣士達の熟練度を把握しているってことじゃないか……?
想像を絶する。
一緒に暮らしていた時にその辺りを訊かなかったことを、少し後悔した。
「ところでじゃ、ドコウ殿」
「ん?」
「研究所の名前は、何とするのかの?」
「………なま……え……?」
「そうじゃ。名前は要るじゃろう?」
「俺が決めるの……?」
「当たり前じゃ! そなたの研究所じゃろ」
え……?
俺が……?
「皆さん! 何の話してるんですか?」
「おお、一番弟子からも訊いてやってくれぬか。研究所の名じゃ」
「あ! ずっと楽しみでワクワクしてたんです! 私にも教えて下さい!」
「えっと……」
汗が吹き出る。
そんな重要な名前を、俺が?
「ボクは……ドコウ神殿が相応しい……と思ったけど……」
「それはちょっと……。あ、じゃあ皆で考えるってのは……?」
「ダメじゃ」
「ダメです!」
「ダメ……。やっぱり、我が主が決めた名じゃないと……」
互いに頷き、結束を固める弟子三人組。
やらない訳には、いかないようだ。
……うーん……『ロボット』は入れられないんだよなあ……。
この世界には当然、『ロボット』なんて言葉はない。
つまり、ほとんどの人にとって意味の分からない記号なのだ。
俺の周りに人が集まっているのに気づき、ヴァルさん、セバスさん、ジーナスさんもやってきた。
すぐにスゥ達が状況説明を始めてくれる。
少し解放された今が考えるチャンスだ。
皆から少しだけ離れるように一歩下がると、ふわっと風が吹いた。
「……先日見た森の近く……あの場所で私はドコウさんと出会いました。」
「うん。そうだね」
ニナさんが静かに話し始めた。
音もなく、風と共に隣に来た。
「ステラマーレやボレアリスでは、魔法学の知らなかった一面を知りました。」
「かなり理解が深まったね……」
「はい。……トニトルモンテで見たドコウさんの機械も……自動で動く岩の人形も……私には初めて触れる世界でした。」
「初めての世界か……」
「きっと、これからも新しい世界に出会うのでしょうね。」
「……それは、必ず」
ニナさんとの、約束のためにも。
魔法……今考えているロボットの実現には欠かせない。
次に機械……今後、魔法と組み合わせるのは機械だけじゃないはずだ。
前世で培った制御工学や情報工学の知識なんかも、活用する必要があるだろう。
さらに、ゼフィリアで注目を浴びたミミカの裁縫技術も、忘れてはいけない。
これは工芸と言った方が正しいだろうか。
そして……ロボット。
……人形……機械人形……。
より自律的なニュアンスを強調して……機人。
少しは意味が通じるか?
「……魔工機人研究所……通称、魔機研……とか……」
一瞬、静けさが訪れた。
「ドコウ殿……。既に良い名を考えていたんじゃないか! 流石だな!」
ヴァルさんの声を皮切りに、辺りが一気に騒がしくなった!
「魔機研……そこが妾達の新しい居場所になるのじゃな……」
「そうですね! もう待ち切れないです!」
「さ、流石は我が主っ、……すばっ…素晴らしムグッ!」
弟子三人組がじゃれ合っている。
……名前、受け入れてくれたようだ。
「……ドコウ様」
「あ、セバスさん」
「お嬢様に居場所を与えていただき、ありがとうございます」
「え? クレアは元々自分の研究所を持ってたけど……」
「あの場所は……お嬢様にとっては形だけの居場所でした。……ゼフィリアでは、研究者同士の競争が激化していることはご存知でしょうか?」
「……そうらしいね」
「はい。……お嬢様の才覚……そして周りを気にせず夢中になる、研究の化身のようなお姿を、疎ましく思う者は少なくありません」
「……」
「……私はお嬢様に長く仕えてきましたが、あのようなご様子を、見たことがありません」
クレアは少し離れたところで、スゥ、レティと楽しそうに話している。
……若く、才能ある者を妬む気持ちは分かる。
俺も似たようなもの……いや、同じだった。
「今後とも、よろしくお願いいたします」
セバスさんはお辞儀をし、再びヴァルさん達の方へ向かっていった。
すぐに話の輪に入る。
名前が決まったことで、さらに盛り上がっているようだ。
魔機研はすでに、動き出している。
皆の役に立つ基盤技術の創出が、本格的に始まったのだ。
この日、パーティは俺達の決起集会となり、皆の熱はなかなか冷めなかった。
……さて。
俺は、辺りを見渡す。
……居た居た。
少し離れて皆を見ているニナさんの隣に立ち、並んで皆を見る。
たくさんの仲間。
……確かに、始まりの場所は、森のはずれだった。
「ニナさん、ありがとう」
「いえ。旅を思い出していただけです。」
「そっか」
かすかな風に、キャンドルの火が揺らめく。
心地の良い風だ。
「……色々な世界を見てきました。」
「……そうだね」
「いつも、感謝しています。」
「俺の方こそ、いつも助けてもらってるよ」
「私のは些細なものです。足りません。」
「そうかな……」
「……。」
「……」
そんなことはない。
ニナさんとは、出会った時からずっと——
「……もし、先程ので、その差が埋まったのなら——」
凛とした声の主を、俺は見る。
キャンドルに照らされた白い肌と、桔梗色の瞳。
その瞳には、俺が映っている。
「——これで、お相子ですね。」




