第32話:異分野融合
山々に囲まれた国、ゼフィリア。
ついつい研究のイメージを持っていたが、到着後の第一印象は芸術の国だった。
あちこちに作品らしきものが展示されているし、アトリエも多い。
行き交う人の多くは、個性的な衣服を着ている。
その他は実用重視、という感じ。
恐らく、実用重視の人たちの何割かが、研究者だろう。
「随分と変わった服装の人が多いね……」
「そうだニャ。皆それぞれに自分がデザインした服を着てるのニャ」
「お、流石。詳しいね」
「当たり前ニャ」
「ミミカは、ああいう人たちと交流したりするの?」
「しないニャ。何度か話したことはあるけど、合わなかったニャ」
ミミカの店では色々な服が売られていたが、やはり着物が多かった。
好みがこの国とは違うのかもしれない。
それに、たぶんミミカは天才肌……というやつだ。
その独特な感性を本当に理解できる人は、少ないのかもしれない。
「ミミカちゃんが作った服、私も着れるかな?」
「ウチは着物が好きなんニャけど、レティは洋服も似合いそうだニャ! どっちもウチに任せるニャ!」
「え! 嬉しい!」
おお?
いつの間にか、ミミカがニナさん以外にも服を作る気になってる。
そして、ますますレティと仲良くなってる。
……ということは……あ、やっぱり目頭押さえてる。
ヴァルさんはそっとしておいて、クレアに今後のことを訊いてみよう。
「クレア。研究所の他に寄るところとかある?」
「ない……です。この国は食べ物もあんまりだし……。皆に希望がなければ、真っ直ぐ研究所に行くのが……いいです」
皆に異論はないようだ。
俺達は真っ直ぐ、クレアの研究所に向かった。
◇
クレアの研究所は、立派だった。
尋ねたところ、元々良い家の生まれだそうだが、この研究所の建設資金はほぼ、研究を支援する寄付で賄われたらしい。
……そんなところを引っ越しちゃっていいのか?
「おかえりなさいませ。お嬢様」
「あ……セバス」
研究所の玄関に近づくと、一人の紳士が出迎えてくれた。
年齢はヴァルさんと同じか、少し上くらいに見える。
若いが落ち着いていて、端正な顔立ちがクールイケメンという感じだ。
……名前からして絶対に執事だ。
本名は絶対セバスチャンだ。
「セバス。こちら……手紙に書いた皆さん」
「皆様のことは手紙にて存じ上げております。私はセルバトリスと申します」
そう言ってセルバトリスさんは美しくお辞儀した。
……セバスチャンじゃなかった。
どうやら、クレアは一度トニトルモンテに戻った時に、手紙を出してくれたようだ。
「貴方がドコウ様ですね。お嬢様が大変お世話になりました」
「いえいえ! こちらも助かってます。えっと、セルバトリスさんはクレアさんの……」
「身の回りのお世話と、研究のお手伝いをしております。執事兼助手……といったところです。ご迷惑でなければ、私もお嬢様と共に、皆様に同行させていただきたいと考えております」
「おお! それはありがたい!」
「ありがとうございます。私のことは、セバス、とお呼びください」
セバスさんは再び、深くお辞儀した。
こちらも応える。
「我が主。他にも……紹介したい人がいます。……セバス」
「はい。皆さん作業中のようですので、応接間にお呼びします」
「あ、もし差し支えなければ、作業している部屋でもいいですよ。その方が研究内容の説明も聞きやすいでしょうし」
「ボクも……それがいいと思う。どうせ隠すつもり……ないし」
「承知しました。では、その旨を伝えて参りますので、応接間にて少々お待ちください」
◇
その後、大きな実験室で10名の紹介を聞いた。
3名はセバスさんの部下として、研究所運営から家事全般まで行っている方々。
4名はクレアの例の論文……事故で魔法が使えなくなった患者を治療した研究で、施術を担当した医師グループ。
3名は義肢の研究開発を行っているグループ。
これもやはりクレアの例の論文がきっかけとなり、結成されたのだそうだ。
それぞれのグループ長として、二人が詳しい自己紹介をしてくれた。
「私は医師グループのオズワルドと申します。オズ、とお呼びください。貴方がたのことはクレアさんから聞き及んでいます。……特に、ドコウ様。貴方の作品の素晴らしさには私も感動しました。ご本人にお会いできて光栄です」
「ご丁寧にありがとうございます。ちょっと恥ずかしいですね」
遊星歯車機構は俺のオリジナルではないので、これは本心だ。
正確には、恥ずかしいというより、気まずいというか……。
「手紙によると、さらに壮大な計画をお持ちだとか……。詳しいことは書かれておりませんでしたが、是非どこかの機会でお聞きしたいものです」
「それはもちろん。……ということはオズさんも?」
「はい。ここに居る者は全員、クレアさんと共に研究所ごと引越しを決めた者たちです」
……ん?
「私はギルバート、ギルと言います。お初にお目にかかります。クレア様の研究に感銘を受け、ここで義肢開発をやらせてもらっています。……貴方があの装置を作ったドコウ様……是非、握手させてください」
「ああ! 私も」
ギルさん、オズさんと握手をしながら、俺はさっきの言葉を思い返していた。
10人全員?
何人か付いてきてくれて、他の方は挨拶……じゃなくて???
「セバス。他の皆は……?」
「他の方々も付いて行きたがっておりましたが、家庭を持つ者もおりますので。すぐに引越しは難しい、と悔しがっておりました。本日は皆様への紹介を優先し、席を外してもらっています」
「そう……残念。……でも仕方ない」
「明日、お嬢様に挨拶したいそうです」
「分かった」
ここまでのやり取りから、クレアの人望の厚さが窺える。
オズさんはセバスさんと同年代か少し上、ギルさんは若いが、それでも20歳は超えていそうだ。
二人とも、そして他の皆も、クレアを尊敬してここに居る。
やはりクレアは凄い研究者なのだ。
「……ヴァルさん、10人だって……」
「うむ。研究所らしくなりそうだな」
「いや、大勢の生活を支えないといけないってことで……」
「はっはっは! ドコウ殿にはそんなことを気にしないで欲しいな! ……私に任せてくれ。……セバス殿。私はヴァレンティン。研究は出来ないが、ドコウ殿に賛同するものだ。新しい研究所の運営で、協力してほしい」
そう言ってヴァルさんはセバスさんに右手を差し出す。
セバスさんはそれをすぐに握り、
「レグナムグラディの騎士ヴァレンティン様にお会いできるとは……。光栄です。よろしくお願いいたします」
なんか丸く収まってる。
突然、規模の大きな話になり、俺は正直驚いている。
だが、皆がいれば何も問題ない気がしてきた。
「……我が主。次はボクの研究も……見てほしい」
「妾も是非見たい」
「私も!」
「うん。……皆こっち」
◇
クレアは俺達を別の実験室に案内した。
部屋の中央には台座があり、その上には拳サイズの魔岩が置かれている。
他は机があるだけ。
「……じゃあ、見てて」
そう言うとクレアは分厚い手袋をはめ、魔岩の上に手を置いた。
クレアが集中し、魔力を行使すると……魔岩がグニャリと変形し、潰れてしまった!
「え!?」
俺は思わず台座を覗き込む。
魔岩は完全に潰れた訳では無かった。
しかし、まるで柔らかくなったかのように重力に負け、変形している。
「ボクは……魔岩を柔らかくできる」
「マジか! 詳しく教えてほしい!」
思わず俺が興奮すると、クレアはキラキラした目を俺に向けた!
「やはり我が主にはこれが分かりますよねこれは魔岩を構成する小さな要素を魔力で操作して結合を少し弱め——」
「ちょ、ちょっと待った! 今、追いつくからちょっと待ってね……」
「あ……ご、ごめんなさい……」
そうか……。
雷魔法に長けたクレアは、電子という非常に小さなものに魔力で干渉できる。
それに比べれば、魔岩を構成する分子に干渉することは、さほど難しくないのかも知れない。
ここまでミクロな話になってくると、もはや俺の専門領域の外なので詳しいことは分からない。
もしかすると、分子の操作と同時に、多少の変質も行われているのかも……。
……ん? もしかして?
「ニナさん」
「はい。」
「クレアの種族って……」
「はい。ヒト族ですが、ドワーフの血を引いているようです。」
「やっぱり、瞳の色が……」
「そうですね。ドコウさんの瞳と同系色です。」
「なるほど……ありがとう」
クレアの抜群の魔法学のセンスと、技術への探究心、そして僅かなドワーフの血……これらが上手く組み合わさって、この技術が出来た可能性は高い。
「飲み込めてきたよ……。クレアはこの状態の魔岩を加工するんだね?」
「そ、そうです! これを細く引き伸ばして、人体に埋め込んでも問題ない……形にしました」
「クレアさんには魔岩の柔軟化と引き伸ばすところまでを担当していただき、医学的な加工や施術は我々が担当します」
オズさんが補足する。
「でも……加工には限界がある……同じ太さで、均一に細くするのが難しい……です」
「糸車とか、糸を紡ぐ道具を使うのはどうニャ? 見たところ糸に出来そうな気がするニャ。ある程度の強度もあるなら糸を撚って強くできそうニャし、編んだり織ったりも出来そうだニャ。それで布にして……なんニャ? ……皆ウチを見て……」
その場に居た全員が、ミミカを凝視していた。
……こりゃ……凄いチームが出来てしまったかもな……。
グワッと研究者達がミミカに詰め寄った!
先頭にいるクレアを始め、もはや何を言っているのか聞き取れない。
「なんだニャ!? 一人ずつ喋るニャ!?」
あちらこちらでも、数人ずつの研究者が、あーでもないこーでもない、と議論を始めている。
……俺も参加したいが、あの輪に入っても無駄だろう。
ミミカのアイデアは無限と言ってもいい可能性を秘めている。
ロボット応用だと、シンプルにケーブルとして使えるだろうし、もう少し工夫すれば人工筋肉を作れるかもしれない。
そうなれば、ロボットの構成は一変する。
「私も混ざりたいんですけど……ちょっと難しいですよね」
「そうだね、レティはただヘトヘトになって帰ってきそうだ」
「妾もじゃ。……こうした意見交換の場を、定期的に設けてはどうかの?」
「確かに……。全体での場か……」
それはもう、小規模な学会のようになりそうだ。
ミミカは四方八方からの質問に必死に答えている。
ああ見えて、真面目なのだ。
技術に関しては特に。
それにしても、あのミミカが圧倒されているところなんて、滅多に見れない。
俺は職人ミミカの奮闘を、遠くから見守った。




