第3話:宝物
私が二歳になるまでの話を続けよう。
次は生後半年が過ぎた頃のことだ。
私はもっと色々なものを見てみたかったので、早く歩けるようになりたかった。
前世の経験をフル活用し、歩くまでに必要な首座りやハイハイなどの過程も頑張った。
父母の目を盗んで練習もした。
努力が実り、歩くことに成功したのがこのときだ。
しかし……これは失敗だった……!
父が完全に私を天才だと断定し、拳術の訓練を始めてしまったのだ!
ドワーフ流の拳術は、やはりどっしりとしたスタイルで、相手の攻撃をバチンと弾き、ドカンと一発お見舞いするのだという。
……ちなみに今ので父の『説明』は以上!
あとは実践だった。
父が最初に設定した課題は、直径30 cmほどの岩を素手で砕く、というものだった。
なんでもドワーフ流拳術に入門するものは、皆まずコレに挑むのだそうだ。
……いやいやいや……あなたの息子さん0歳なんですけど?
とても無理だと思ったが、父の顔は真剣そのものだった。
その雰囲気に押され、私は精一杯、生まれて初めてのパンチを繰り出した。
……結果、ペチンとすら言わず、そっと岩に拳が触れただけだった。
しかし、それを見た父はますます真剣に、私の手を取り足を取り、熱心に教え始めた。
息子は絶対にできる!と信じているようだった。
……こんなにまっすぐ期待されて手を抜けるわけがない。
こうして、伝説のボクサー映画のテーマを脳内再生しながら、私の特訓生活は始まった。
◇
バラッ!!!
生後10ヶ月が過ぎる頃、岩が砕けた。
本当にびっくりした。
私の腕は赤ちゃん特有のぷにぷにぼでぃのままで、とても筋肉がついたようには思えない。
しかし岩は私のパンチ(?)で砕け散った。
このときの父は、凄かった。
「ウゥオオオオオオオオオオォォォォ!!!」
雄叫びを上げ、私を両腕で抱きかかえ、村中を走り回った。
なんだなんだと集まる村人たちに、母にも劣らないマシンガントークで息子の偉業を語る強面の目には、涙が溢れていた。
……その様子に私も、ぐっと来てしまい、泣き出してしまった。
するとその瞬間! 母がとんでもないスピードで駆け寄ってきた!
あんな母を見たのは生まれて初めてだった。
……こうして私は、0歳にして岩をも砕く拳術を習得してしまった。
◇◇◇
最後の出来事は、私が岩を砕いた次の日のことだ。
……母が私に土魔法を教えると言い出した。
母の言い分はこうだ。
「ずるいわ。」
要約すると、父ばかり私に技を継承しているのが羨ましい、母も私に伝授したいものがある、昨日まで見守っていたが、次は自分の番、ということだった。
父はこれを認めた。
……あのー……繰り返すようですが息子さんはまだ0歳なんですけど……詰め込み教育はあまり良くないって聞きますよー……。
ここで喋ろうものなら事態の収拾がつかなくなる。
それに正直、魔法にはとても興味があるので、ぐっとこらえて黙っていた。
やっぱり魔法はあるようだ……!
「……あ、あのよォ……ただよォ……ドコウは今、拳術のコツを掴み始めたとこなんだ……だからよォ……できれば拳術の訓練の時間もあった方が……いいと思うんだが……」
威厳はあんまり……なかった。
昨日、駆け寄ってきた時の母の形相は凄かった。
大きな騒ぎにはならなかったが、父には影響があったのかもしれない。
今度は母がこれを認めた。
母が最初に教えてくれたのは、直径5 cmくらいの岩を変形させる、というものだった。
どうやらこの世界の土魔法は、岩に干渉して形を変えることができるらしい。
手本として母が見せてくれた土魔法は、それはもう見事で、ただの岩が細かい装飾の施されたブレスレットに変形した。
茶色い岩製であることに違和感を覚えるほど、精巧なつくりだった。
それを見て私もやってみたのだが、意外にも変形させるだけならすぐに出来てしまった。
いびつで、精巧さのかけらもないが、元の塊とは明らかに違う形だ。
案の定、母は驚き、喜んでくれたが、このときはまだ普通だったと思う。
大変だったのはこの後だ。
喜ぶ母の顔を見上げたとき、その後ろ、壁の高い位置にキラキラと輝く岩があることに気がついた。
ちょっと白っぽいクリスタルのような。
母は私の視線に気づいたようで、
「あら、これが気になるのね? 触ってみる? そーっとね」
といってその輝く岩を取り、渡してくれた。直径は10 cmくらいだ。
間近で見ればみるほど、前世で知る鉱石とは全く違うものだと分かった。
「それは魔岩っていうのよ。キレイでしょう? 我が家の宝物の一つよ。
もちろんドコウ以上の宝物はないけど♪」
なるほど魔岩か……。
成長したらぜひ調べてみたい。
どんな性質を持っているんだろうか……。
そう思いながら母に魔岩を返そうとしたとき——
ゴンッ
パキッ……
机に置いた衝撃で、魔岩は真っ二つになってしまった!
……あ……あばばばばばぶばぶばぶ!!!
やややってしまった!! 気を付けてたはずなのに!
「あら、割れちゃったわね。ケガはなかった?」
そう言いながら母は割れた魔岩に手を伸ばし、元の形に変形させた。
……あれ!? 戻った!!
「すごい顔してるわ。ああ、割れてビックリしちゃったのね」
それもビックリしたけど、今は違うことにもビックリしてます!
「魔岩は純粋な魔力の塊だから、ちょっと不安定で、さっきみたいにすぐ割れちゃうのよ。……といっても分からないわよね」
……魔力の塊!?
笑いながら言う母に、私は大げさに頷いたり目を見開いたりしてみせた。
話の続きを是非どうぞ!
「……あら、興味があるのかしら? そうねえ……じゃあ見てて……?」
母は両手で何かをすくうようなポーズを取り、目を閉じた。両手の中にはなにもない。
……?
母は深呼吸し、魔力をこめ始めた。
……すると、両手の中がわずかに輝いた。
輝きはすぐにまとまっていき、キラキラした小石になった。
魔岩だ。
「練習すればこうやって魔力を魔岩にすることもできるわ。魔力を固めるの。……さっきのみたいに大きなものはなかなかできないけどね。あれは昔、私が一日かけて作ったものなの。土魔法の卒業試験で。卒業記念の宝物ってところよ」
……おお……これは……まさに魔法だ。
変形させる土魔法も十分に魔法だった。
しかし変形という現象は前世でも身近だったし、なんとなく想像の範疇だった。
今のは違う。
何もないところから物体がうまれたのだ!
凄い!! 私にもできるのか!?
私は衝動に駆られ、両手を前に突き出して目を閉じた。
腕が短いので、すくうポーズを続けるのはしんどい。
「あら?……ふふふ、お母さんの真似かしら?」
魔力を放出して固めるイメージ。
魔力の放出は少し分かってきた。
なんとなく、拳術で岩を砕くときの感覚と重なる。
固めるイメージはさっきの変形と近そうな気がする。
岩の形を整えるのと同じ要領で、魔力の形を整えて固めるんじゃないだろうか?
そう思うと、むしろ固めるイメージは掴めた気がしてきた。
放出が足りない気がする。
母でさえ小石サイズだったのだ。私が適当にやったら塵すら出ないだろう。
もっと放出しなければ……! もっともっともっと……っ!!
…
……
………
……うーん、わからん。
なにかこう、ズドンと出来た手応えがない。
思いっきり放出できた感覚もなかった。
私は諦め、ゆっくり目を開けて——
——目の前に、キラキラと輝く魔岩があった。直径30 cmくらいはある。
……母よ。いくら我が子を喜ばせたいからといってこれはやりすぎだ。
大きいのを作るのは大変だって言ってたじゃないか。
どこかに隠してたのを置いたんだろうか?
母を見ると、両手を口にあて、目を大きく見開いて固まっていた。
その目にみるみる涙が溢れてくる。
……あれ……この光景……つい最近見た気がする……もしかして、またなんかやっちゃった……? いやたぶんやっちゃってますねこれは——
「あなたーっっ!!!」
……ドドドドドッ、バーンッ!!!
「どうした!?!?!? …うお!こりゃ魔岩か!?」
父が凄い勢いで飛び込んできた。
「ドコウが…グスッ…すごいのよ……!」
「……! なんてこった……!」
母は我が子の才能に驚き、喜び、感極まってしまった。
そして父も、言葉を失うほど驚いてしまった。
つまりそういうことだろう。なるほどなるほど……。
……いやこの微妙な空気はそんな感じじゃない!
この時、私は好奇心を抑えられなかった自分を反省した。




