第27話:襲撃
今回の航海も極めて順調だった。
かかった日数はポルトヴェントからルビーベイに来た時より少し長い程度。
船員は一部が入れ替わっていたようだ。
彼らの仕事に合わせて調整されたのだろう。
一つ気がかりなのは、ニナさんに釣り竿を教えた船員が見当たらなかったこと。
前回の騒動が原因で降ろされたり……してないよね……?
ちなみに、今回ニナさんは釣りをしていない。
仲間達と話したりして過ごしたようだ。
……もし、またルビートゥーナが釣れたら、悔しいもんね……。
サシミの約束を、いつか果たさねばならない。
そんな訳で、俺達は今、トニトルモンテに居る。
トニトルモンテは大陸の西端に位置する国。
ここから見て西のボレアリスとは水路で、東のゼフィリア、南東のドルフィーネとは陸路で繋がっており、非常に栄えている。
北東にそびえる霊峰モンテ・セレストリアは、この国の信仰の対象だ。
そんなトニトルモンテは、ある特産品で有名である。
氷だ。
モンテ・セレストリアの標高を活かした氷室をいくつも管理しており、安価な日常使いの氷から、上質な高級氷まで、比較的容易に手に入れることができる。
そのため、料理屋の平均レベルが高い。
特に、野菜が美味い。シャキシャキだ。
「魚も肉も勿論いいけど、野菜もいいよねえ……!」
「ええ。」
「ここはレグナムグラディから遠い国なので、なかなか来れないのだが、やはり絶品だな」
「そうですねヴァル兄様。いつも食べてる野菜とは全然違います……!」
新しい都市についたら、まず現地の物を食べるのが習慣づいてきた古参メンバー。
ボレアリス出身の三人にとってはそんなに珍しくもないのか、美味しそうではあるがリアクションは薄めだ。
ゴォーン!……ゴォーン!……
その時、突如大きな鐘の音が鳴り響いた。
あまり穏やかな鳴らし方ではない。
「む!? これは緊急を報せる鐘だ!」
流石のヴァルさん、いち早く意味を読み取り、外に飛び出す。
俺達も慌ててそれに続いた。
……外は騒然としていた。
住民は家に駆け込み、扉や窓を完全に締め切っている。
「モンスターだーッ!!! 住民は家に避難し、絶対に出ないように!!!」
警備兵達が危険を報せに走り回っている。
ヴァルさんがそのうちの一人を捕まえ、短く会話した。
「南門で事情を聞けるそうだ。確実に巻き込まれることになるが、放っておけん。良いか?」
「もちろん」
頷く一同。
俺達は南門に走った。
◇
南門では、警備隊の隊長兼、この国の騎士団長が兵の指揮を執っていた。
この騎士団長はヴァルさんのことを知っていたようで、情報を快く開示してくれた。
その話によると、トニトルモンテの南方に、半魚人の群れが現れたそうだ。
その数は500。
「……ごひゃく……信じられん。マーマンは最近発見された新種のモンスター……発見された一匹を退治するのに、ベテランの騎士が10人がかりだったと聞く……」
「それが500ってことは、ベテラン騎士5,000人と同等ってことか」
「……この国には、そのような数の騎士は常駐していません……」
ヴァルさんが驚きつつも教えてくれた情報に対し、俺は何気なく数字を口にした。
その数字に、騎士団長さんは青ざめてしまった。
改めて整理すると、絶望的な戦力差なのだろう。
しかし退路はない。
「ヴァレンティン様、どうかお力添え頂けませんか? レグナムグラディ最強の騎士である貴方が仲間に加わるとあれば、兵たちの士気も上がります」
「勿論です。それに、私の仲間は手練れ揃いです。お力になれると思います」
俺も頷く。
紹介はされていないが、そんな場合でもないだろう。
「ドコウさん。」
「ん? 何かな、ニナさん」
「騎士の皆さんには、防衛を任せましょう。」
「私もニナ殿に賛成だ。我々が前線を張ろう。……特にドコウ殿、ニナ殿の二人と、騎士達の間には実力の差がありすぎる。足手まといになりかねん」
「……分かった。交渉を頼める?」
「無論だ」
最前線は俺とニナさん、その後ろにヴァルさん、レティ、スゥだ。
バルドとミミカには、門で待機してもらうことにした。
二人はその辺のモンスターくらいなら相手できる程度の実力。
今回は守る対象だ。
「レティ。今回の相手は半魚人らしい。名前からして水に耐性がありそうだけど、どう思う?」
「そうですね……。やはり苦手な可能性は高いと思います。それに、一匹一匹が強いみたいなので、魔蔵ブレスレットも尽きてしまうかもしれません」
「そうだね。……スゥ、レティとコンビを組んで、互いに補助し合ってほしい」
「うむ。任せよ」
スゥが戦えるのかって?
これが意外にも、かなり強かった。
曰く、手当たり次第に色々習得してた時、獣人流の拳術を体得したらしい。
ドワーフ流を剛とすれば、獣人流は柔という感じだ。
舞うような動きから繰り出される投げ技、敵の攻撃をいなして返す技などが見事である。
破壊力は高くないが、身を守る能力が高い。
……スゥは自分を無才といって蔑むが、端からはそう見えない。
ヴァルさんは、彼女は才女だ、と言っていた。
それだけに、炎魔法の話は想像もしていなかったらしく、ショックを受けたそうだ。
……たぶん、スゥは徹底的な努力家なのだと俺は思う。
少なくとも本人は、生まれ持った才能に頼っていない。
さて、やることは明確になった。
マーマンが皆に辿り着く前に、あらかた倒せばいい。
……しかし、俺には一つ気になることがある。
500匹もの群れが、真っ直ぐトニトルモンテに向かっている。
こんなに統率の取れた群れなら、確実にリーダーが居るだろう。
そのリーダーは、他のマーマンと同じ強さだろうか?
◇
トニトルモンテ軍とマーマンの戦場は、トニトルモンテ南方の平野となった。
視界は良い。
最前線に立つ俺からは、すでに群れが見えている。
トニトルモンテの兵たちはかなり後方だ。
巻き込みそうだし、何より、あまり人前で使えない技もある。
「よし、じゃ、一発目はレティの出番かな」
「はい!」
時間に余裕があるうちに、大規模な一撃を放つのが水魔法の基本戦術だ。
レティはかなり大きな水球を作り出し、魔力を行き渡らせる。
「ウォーターバースト!!」
ドッ!!!
水球がマーマンの群れに放たれた!
……土煙が収まると、10から15匹ほどのマーマンが倒れているのが見えた。
凄いなレティ! 今ので騎士、100人分以上の働きだぞ!
しかしまだ全体の3 %程度。
「全然減らないです……!」
「いやいや、十分凄いよ!」
「木魔法を試しますか? 防御力もありそうですが。」
うーん……。
いや、あれを試そう。
「ちょっと俺に任せてもらってもいいかな?」
「ええ。」
鍛冶魔法の特訓の成果は、ボレアリスで、誠に不本意な形で披露することとなった。
ここで、土魔法の特訓の成果をお見せしようじゃないか!!
俺は意識を集中し、地面に大量の魔力を送る。
ズズズッ……
「なッ……!?」
「こ、これはなんじゃ!?」
「大丈夫。俺が作ったゴーレムだから」
母直伝のゴーレム! それを一気に200体!!
母に教わってからこれまで……つまり旅が始まってからずっと、いつか来る日のためにコツコツ練習していたのだ!
使い物にならない高等技術という不名誉な扱いを今! ここで覆す!
……ちなみに、下半身はまだ役に立たないので生成していない。
地面から上半身が生えた形だ。
その上半身も両腕を前に突き出した形で生成している。
手はグーだ。
そう! この構えから繰り出される技は、アレしかあるまい!
「行くぞゴーレム! 放てッッ!」
ロケットのように拳を飛ばす必殺技の名を心の中で叫びつつ、全ゴーレムの両腕を勢いよく射出する!!
ゴゴゴゴゴッッ!!!!!
轟音にかき消され、マーマン達の悲鳴も聞こえない。
倒したマーマンの数は……だいたい350。
400の拳のうち、いくつかは地面に当たったようだ。
残されたのは、100ちょっとに減ったマーマンと、200体のゴーレム。
ゴーレム達は眼に光を灯らせ、次の命令を待っている。
……ごめんよ、もう君たちは手も足も出ない……というか、手も足もないんだ……。
その背中には哀愁が漂っている……。
俺はせめてと思い、ゴーレム達を地面に戻す。
「……滅茶苦茶じゃ……」
「レティ! ドコウ殿と自分を比べては駄目だぞ! いいな!」
「は、はい。ヴァル兄様、ありがとうございます……」
「……。」
おかしいな。
あまり称賛されている気がしない。
ちょっとしょんぼりしそうな俺の横を、ニナさんが凄まじいスピードで駆けていった。
もう敵の陣形はまばらになっている。
ここからは、接近戦の方が良いという判断だろう。
俺も足に生成した岩を操作し、追従する。
皆も付いてきているようだ。
ニナさんの戦いをしっかり見るのは久しぶりだ。
ヒラヒラと舞うように駆け抜けた後に、立っているマーマンはいない。
相変わらず杖で斬る独特なスタイルだ。
俺も負けていられない。
一匹ずつ急接近し、一撃を当てていく。
「ゲギャギャ! ゲギャギャギャ!」
その時、一匹のマーマンが声を上げていることに気がついた。
他のマーマンより一回り以上、身体が大きい。
威嚇や悲鳴というより、他のマーマンに指示を出しているように見える。
……こいつがリーダーで間違いなさそうだ。
ボスマーマンとでも呼ぶことにしよう。
ボスマーマンは何回か指示を出した後、キッと俺の方を睨み、突撃してきた!
勢いに乗せて突かれた爪が鋭い!
ガッ!!
爪を岩で弾き、拳を入れようとしたが、巧い身のこなしで躱されてしまった。
やはり他の個体とは違うようだ。
ジリジリと間合いを調整してくる。
……技量が高い。出し惜しみしてると危なそうだ。
ガガガッ!!!
次の瞬間、複数の鉄の礫がボスマーマンの身体にめり込む!
「グェッ……!?」
ドッッ!!!
間髪入れずに間合いを詰め、放った拳がボスマーマンの鳩尾にめり込んだ。
ボスマーマンはそのまま膝から崩れ落ち、二度と立ち上がらなかった。
「……ふぅ」
「終わったようですね。」
ニナさんが近くまで来ていた。
周囲を見てみると、もう立っているマーマンは居なかった。
ほとんどニナさんが斬り、ヴァルさん、レティ、スゥも複数体を倒したようだ。
凄い面々である。
「最後の技は初めて見ました。」
「ああ、あれは小さい魔岩を複数生成して、全てを鉄に変えてから放っただけだよ」
「……敵は理解できないうちに倒れたでしょうね。」
「それはどうかな……」
そこで不思議なことに気づいた。
倒したマーマン達の身体が、キラキラと輝きながら崩れていくのだ。
「これは……?」
「魔力になっているようです。」
「ほんとだ……」
マーマンは、普段討伐しているモンスターとは違うのだろうか。
「一部の上位モンスターはこうして、絶命してから時間が経つと、消えてしまうことが知られている」
近づいてきたヴァルさんが疑問に答えてくれた。
俺を中心に集まる四人の仲間。
その周囲は、魔力の輝きに包まれた。




