第26話:距離
レティさんが不機嫌だ。
「ウォーターブラスト!!!!」
バシュッッ!!!……ドォンッ!!
「ギェェェ……」
今、俺達がいるのは獣人の森。
ボレアリスからルビーベイに向かう帰り道だ。
レティさんの様子には、スゥが加入した頃から違和感があったが、バルドリックさんとミミカさんが加わって顕著になった。
……モンスターと戦っているうちに、こっそり皆の意見を聞こう。
「……ヴァルさん、レティさんの様子おかしくない?」
「そうだな。まあ原因には察しが付く。すぐに解決するだろう」
「え? そうなの? なんだろう?」
「それは私が話すことではないな」
ヴァルさんはそれ以上教えてくれなかった。
うーん、重大な問題ではないようだけど……。
次に当たろう。
「ニナさん」
「なんでしょう?」
「レティさんの様子、どう思う?」
「普段より落ち着きがないですね。魔力も少し乱れています。」
「心当たりあるかな? 何か困ってるなら手助けしたいけど……」
「同意です。ですが、分かりません。」
「うーん……」
「……。」
二人で考え込む構図になってしまった。
よし、次に当たろう。
「スゥ。レティさんの様子に変化感じる?」
「そうじゃな。最近のレティ殿をよく知っている訳では無いが、今は少しイライラしておるようじゃの」
「何か悩み事かな……」
「わからぬ。時折、妾を見ておるようじゃし、妾に非があるのやもしれぬ……」
「え? そんなことあるかな」
結局、原因が分からないまま、モンスターとの戦闘が終わってしまった。
戦闘を終えたレティさんは、俺とスゥが話していることに気づくと、こちらに近づいてきた。
「レティさん、お疲れ様。ますます使いこなしてきてるね。魔蔵ブレスレットを使った魔法の威力も上がっているようだ」
「ありがとうございます。……ドコウさん。ドコウさんにとって、私は何なんですか?」
「え?」
あまりに唐突な質問に驚く。
どういう文脈の質問だ?
何か怒りのようなものを感じる。
こういう時は、答える前に状況確認が重要だと教わった。誰に? 誰でもいい。
確認しなければ。
「えっと……どういう意味だろう?」
「スゥさんは、ドコウさんの弟子になったんですよね」
「そ、そうじゃが……」
「それで、ドコウさんはスゥさんには『さん』を付けずに呼んでいるんですよね」
「そ、そうだね……」
「なんで私には『さん』付けなんですか!?」
「「え?」」
……ちなみに、先日からスゥのことは皆も呼び捨てか、『さん』付けで呼ぶことになった。
皇女としてここに居るのではないから、ということだ。
一人の人間として見て欲しいのだろう。
呼び捨てが難しい場合はせめて『さん』付け程度にしてほしい、というスゥの希望を皆が受け入れた。
……さて、目の前の問題に戻ろう。
だいぶ言葉足らずだが、これはつまり……。
「えーっと、レティさんも俺の弟子だ、って言いたい……のかな?」
「そうです! その、スゥさんみたいに上手く言えないんですけど、私もドコウさんに憧れて旅に付いてきたんです! だからスゥさんと同じです! なのに、ずっと『さん』付けで、ずっと他人みたいで……その……」
「そういうことじゃったか」
スゥがレティさんの目線の高さに合わせる。
二人の歳はあまり離れてないそうだが、レティさんは小柄な方だ。
身長にはそれなりの差がある。
「妾には姉弟子がおったのじゃな。これは後から来て失礼した」
「いえ、その……」
「……ええい! もう一人も二人も同じだ! これからは弟子として、ビシバシいくよ! レティ!」
何をビシバシいくのかは分からないが、こういうのはノリだ。
「……はい!」
「おう! そういうことなら俺も呼び捨てにしてくれ!」
バルドリックさんが話に加わってきた。
もう展開が予想できる。
「俺も旦那の考えに感銘を受けてここに居るんだ。弟子と変わらねえ。……ましてや、俺は旦那に無理言って同行させてもらってる身だ。かしこまった態度を取られるのはおかしいと思ってたんだ。簡単にバルドでいい」
「あ、ウチも!」
ミミカさんも加わる。
君は違うだろ? ニナさんに惚れたんだろう??
……ま、もうここまで来たら細かいことはどうでもいいか。
「……まあ、そうだな。元々俺の自己満足みたいなもんだったし。皆がそう言うなら、呼び方を改めさせてもらうよ」
こうして、レティ不機嫌事件は解決したかに見えた。
しかし、問題はもう一つ残っていたのだ。
「……それとニナさん」
「……?」
レティが、今度はニナさんに話しかける。
「わ、私も! ニナさんを『ニナ姉様』と呼んでもいいですか!?」
「……???」
あ、ニナさん対応に困ってる。
これは師弟の話ではなさそうだ。
レティは出会った時から、ニナさんを姉のように慕っているようだった。
ヴァルさんの話では、家族は兄ばかりで女性は母親のみ。
これは俺の勝手な推測だが、同性の頼れる人が身近に居て、嬉しいのだろう。
……よし、可愛い弟子のためだ。
助け舟を出してみるか。
「ニナさん、さっき手助けしたい、って言ってたよね?」
「……そうですね。それでレティさんが喜ぶのなら」
「ありがとうございます! あと、ヴァル兄様のように、レティ、って呼んでください!」
「分かりました。レティ」
はわぁ……っ! っとレティの顔が緩む。
心底嬉しそうだ。
レティは非常に賢い。
しかしそれ故に遠慮があり、距離を縮められないことに悩んでいたのか。
「流石……! 我が妹……! ちゃんと気持ちを伝えて……成長したな……!」
木陰で涙を流す騎士の姿を、俺は見逃さなかった。
◇
「……美味しい……。」
「お姉様! この料理もおすすめニャ!」
「わ、私も! これも美味しかったので食べてみてください!」
「二人ともありがとう。一緒に食べましょう。」
ルビーベイのルビートゥーナ専門店。
俺達は町に到着するなり、再びこの店に来ていた。
ヴァルさんは船の方へ報せに走ったが、すぐに戻ってきた。
ルビートゥーナは絶品だ。
ヴァルさんだって食べたいだろう。
「ニナ殿は……魚が好きなのじゃな……」
「そうなんだよ」
「これまでで一番、活力に満ちておらぬか……?」
「間違いないよ。口数も増える」
「来る時は大変だったな。ドコウ殿」
「帰りは気をつけようね。ヴァルさん」
もはや俺とヴァルさんには見慣れた光景だ。
ステラマーレで俺と魚料理を食べてからというもの、ニナさんの魚への執着は増す一方だ。
しかし、食べてる姿は本当に幸せそうで、こっちまで良い気分になってくる。
何も悪いことはない。
「お客さん! また来てくれたんだな! しかも新しいお客まで連れて来てくれちまって! 好きなだけ食べてってくれ!」
「ああ、店主さん。今晩もお願いします」
確かに、行きは四人だったのが今は七人。
賑やかな食事だ。
料理も一段と美味しく感じる。
「船は明日にでも出航できるそうだ。すぐに出るか?」
「そうだね。ルビートゥーナはまた食べに来よう」
ニナさんが強く頷く。
「……ところで、スゥ。前に話してくれた、魔岩を使って人の魔力伝達を補った研究は、ゼフィリアでの研究だったよね?」
「そうじゃ。やはり、行ってみるかの?」
「うん。かなり気になる。次の目的地はゼフィリアでいいかな? トニトルモンテにはあまり長居しないかも」
全員が同意してくれた。
ニナさんの歴史の探求については、手がかりが掴め次第という方針になりつつある。
気長に行こう。
……この時、俺はトニトルモンテでも出会いがあること、そしてその出会いが後に重要になることを、知る由もなかった。




