第25話:職人
ボレアリスに来てから結構な日にちが経った。
模擬戦で炎魔法を分析したところから始まり、魔岩を熱発生器に変える新たな加工法の発見に至った。
そして、頼もしい研究仲間……もとい弟子のスゥの加入。
十分すぎる進展だ。
そろそろ移動する頃合いかもしれない。
「そろそろ、次に行こうか」
俺は集まった四人……ニナさん、ヴァルさん、レティさん、スゥに方針を伝えた。
……やっぱりスゥだけ呼び捨てってのは慣れないな……。
「承知した。……ところで、あの夜の話は覚えているだろうか? 本当に、今後も同行していいのか?」
ヴァルさんとレティさんが俺をじっと見つめる。
一緒にステラマーレを旅立った頃、せめてボレアリスまででも、とお願いされたのだった。
「もちろん。ヴァルさんにとっても満足の行く旅になってれば、だけど」
「はっはっは! 刺激的すぎるくらいだ! ……ありがたい。……では、次はどこに行く? ここに来る前は、グリムホルドに行くかどうかは、後で決めるという話だったが」
グリムホルド。
獣人の血を濃く引く者たちが集まる国らしい。
「グリムホルドか。今の時期は、行かぬ方が良いと思うぞ」
スゥはやや控えめだが装飾のある服装だ。
言葉遣いも元通り。
それでいい。
皇女らしさも彼女らしさなのだ。捨てることはない。
「行かない方がいい、というのは……どうして?」
「うむ……。その……今の時期は、獣人族の血が濃い者にとって、春……なのじゃ。グリムホルドは女性の比率が高くての。常に何人かが獲物を探すようにうろついておる。この時期に他所から男が入れば……狩られる」
「……え……こわ……」
「獣人族の女性は特に、強い男を狙う。ヴァル殿やドコウ殿は、しばらく帰ってこれぬだろうな」
「血の気が多いんだね……」
「それは困るぞ! 私はまだレティを守らねばならん!」
ヴァルさん断固拒否。
俺も長時間拘束されるのは困る。
「それじゃ、魔法学に秀でてることもないようだし、グリムホルドはまた今度にしよう」
「では、一度ルビーベイに戻り、船でトニトルモンテ、だな」
トニトルモンテはボレアリスから見て東に位置する国だが、また海を渡る必要がある。
ルビーベイの名が出てから、ニナさんの視線が刺さってる気がするし、もう旅程は確定だ。
「よし、そうしよう」
「……出国の前に、ちと寄りたいところがあるのじゃが、良いか?」
「……!!」
ああっ! ニナさんの視線が、今度はスゥに突き刺さる!
「寄りたいところ?」
「う、うむ。この国一番の職人の店じゃ。宮廷から遠く、国の南端にあるので、妾も行ったことはないのじゃが」
「……。」
ニナさんから威圧感が消えた。
進路上なのでタイムロスは少ない、と判断したようだ。
手早く用事を済ませて、目的地……ルビートゥーナの専門店に急がなければ。
◇
その職人の店は、人通りのない場所にひっそりと建っていた。
……本当にここに居る?
「変わり者だと聞いておる。腕は確かだそうじゃが、あまり人に興味がないらしい」
「なんか親近感」
「そうなのか? ……ともかく、まず品物を見てみんとな」
「スゥがそのまま入って大丈夫なの?」
「妾は長い事、一切の行事に出ておらぬ。妾のことを知るものなぞおらんよ」
そういうもんなのか?
ま、もし騒ぎになっても問題ないだろう。
ギィ……
俺達は人気のない店内に入る。
……おお、これは……!
「おおお! ドコウ殿! 凄いぞこれは! この剣……! この鎧……! どれも一級品を超えている!」
「わあ! 凄いですこの杖! 素敵です……! 私ももっと頑張って、いつかこんな杖を持ちたいです……!」
「こらこらレティ、杖はその道を修めた者が持つ免許皆伝の証。レティはまだまだ修行中の身だろう。買おう」
ヴァルさんとレティさんのコントが始まってしまった。
二人の言う通り、店内にあるものはどれも逸品中の逸品。
国一番の職人、というのは間違いないようだ。
しかし店の人が見当たらない。
不用心だな。
「……。」
「なんじゃ、ニナ殿は着物が気になるのかの?」
「……ええ。」
この店には剣や盾といった鍛冶製品だけでなく、レティさんがキラキラ眼で見つめている杖や、衣服、着物なんかも置かれている。
随分雑多な感じだが、どれも極上の品なのだから恐ろしい。
「店の者は居ないのか? この店で最も美しい我が妹に似合う杖を、見せてほしいのだが」
その『最も美しい』はどこを修飾してるんだ?
ヴァルさんの声に応えるように、店の奥から店員がやってきた。
「……お待たせして申し訳ないニャ。お客さんが来ているとは思わなかったニャ」
……ニャ?
現れたのは、桃色の髪に猫の耳を生やした少女。
レティさんと同じくらいの歳だろう。
……そして、語尾が、ニャ……。
獣人族だ。絵に描いたような。
「杖が見たい……ニャ……!?」
猫耳の店員さんは、着物の前で談笑するニナさんとスゥを見て固まった。
談笑といっても、ニナさんの表情にほぼ変化はないのだが、あれは談笑だと思う。
……あ、やっぱりスゥに気づいたか? ……いや、もしかしてニナさんの髪の方か!?
「あ……ああ……っ!」
ヨロヨロと二人に近づいていく店員さん。
ニナさんとスゥも気がついたようだ。
「なんて美しいお姿! 見たこともない艷やかな髪! あっ! ウチの服が気になるのかニャ!? どうぞどうぞ! ご自由にお召しください!」
どうしたどうした?
語尾忘れかけてるぞ!
「その黒い髪にはどの色が似合うのかニャ……? 髪と同じく黒!? それとも眼に合わせて紫!? ああ! きっとどれも似合うニャ!」
「……。」
「……はっ!!」
あ、店員さんが帰ってきたようだ。
ニナさんしか居ない世界から。
「し、失礼しましたニャ! まだ店内を見ていかれますかニャ……?」
「ええ。」
店員さんは嬉しそうな顔でニナさんにお辞儀をした後、ヴァルさん達の方へ戻った。
「お客さん、大変失礼しましたニャ」
「いえ、ニナさんは綺麗ですから仕方ありません!」
なぜかドヤるレティさん。
「杖だったニャ? すみませんニャ。それはウチのじゃないのニャ……。今呼ぶから少し待ってほしいニャ。……親方ーっ! お客さんだニャーっ!」
そう言ってまた奥の方へ行ってしまった。
店員さんが騒がしかった分、店内が静かに感じる。
「もしかして今のが、今朝話してた獣人族の暴走?」
「暴走……? ……ああ、そもそもあの話は少なくとも20歳以上の話じゃ。あの子はレティ殿と同じくらいじゃろう」
「ということは素であの勢いなのか……」
ニナさんはまた着物を見ている。
普段のニナさんの服装は、一般的な旅人スタイル。
かなり地味だ。
麻色のローブを常に纏い、今でもよくフードを被っている。
店員さんの言う通り、着物がよく似合うだろう。
「ああ……待たせちまったようだな。すまねえ。杖はあんまり数がなくてな、そこにあるのが……ん?」
奥から表れた大柄な男もまた、店内を見て固まった。
……俺、ニナさん、スゥが居る方を。
なかなか相手してもらえないヴァルさんとレティさんが、ちょっと可哀想。
またニナさんか……? それとも、今度こそスゥに気づいたか……?
「あんたはスゥ様だな。こんなところに何の御用か気になるが、それより……あんた、ドワーフだろ?」
……あ、ヒト族の鍛冶師ってドワーフ族のことを嫌っていたような……。
髭を蓄えたその男は、俺の顔を真っ直ぐ見ている。
「……その通りです」
「ちょっとここで待っててくれ」
そう言うと、男は店の奥の棚から一本のナイフを取り出してきた。
繰り返すが、この店の商品はどれも一級品以上だ。
棚に無造作に置かれた剣の一本に至るまで。
しかしそのナイフは、それらを軽く凌駕していた。
金属の持つポテンシャルを限界まで引き出した一本。
ドワーフ族の鍛冶では真似できない。
ヒト族の鍛冶としても極致ではないか?
「こいつを、どう思う?」
男の眼差しは真剣そのものだ。
本気で作った自分の作品を、本気で見てほしいと望む顔。
懐かしい。
前世の学会で、たくさんの発表者がしていた顔だ。
ここで求められているのは、お世辞ではない。
「金属の特性を限りなく引き出していると思います。その点に関して、ここまで極められた物は見たことがありません。……しかし、ナイフとしてはまだ伸び代があると思います。完全な終着点ではないかもしれません」
「……それは、魔力伝達率か?」
「ええ」
「……ありがとうよ」
男は、ふぅーっと長い息を吐きながら、ナイフを元の棚に戻しに行った。
それと入れ替わるようにして、さっきの猫耳店員さんが飛び出してきた。
なぜか大きな荷物を背負っている。
「やっぱり駄目ニャ! 親方! ウチこのお姉様にふさわしい最高の着物を作りに旅立つニャ! 今までお世話になりましたニャ! 元気でニャ! それじゃ!」
「いやいやいや待て待て待て!」
ガシッ! と店員さんの腕を掴む親方さん。
頑張ってくれ。
俺は全く話が見えていない。
「止める訳じゃねえが、もうちょっと説明してくれ」
「なんだニャ? いくら考えても、お姉様に一番似合う色も柄も分からないのニャ! だから旅立つニャ!」
ため息をつく親方さん。
おい、諦めるな!
まだ全然わからんぞ!
「まあいいさ。俺もちょうど旅に出ようと決めたところだ」
「そうなのかニャ!? それならどこかで会うかもしれないニャ! その時はよろしくニャ!」
「そうじゃなくて! 俺もこの方々に付いていくことにしたんだよ!」
「おお! それは奇遇ニャ!」
……聞き間違いかな? そうだよね?
俺達、まだなーんにも会話に参加してないよ?
君たち二人しか喋ってないよ?
「えっと……話が見えないのですが……」
「ああ、すまねえ、こいつが慌てるから順番が逆になっちまった。おめえさん達は旅のもんだろ? どうか、俺を連れてっちゃくれねえか?」
「なぜそんな急に……まだ俺達の旅について何も話してないけど」
そう、店に入っただけで話が勝手に進んでいる。
きっとみんなも面食らっていることだろう……。
……あれ? なんかヴァルさんとレティさんが納得した顔してる気も……。
「おめえさんのさっきの言葉、あれはつまり、おめえさんはヒトの鍛冶で作ったもんに、ドワーフの鍛冶の良さを乗せられると考えてるってことだろ?」
「……ええまあ」
「そんなことを考えるやつが俺以外にも居るなんてな! ……俺はここにこれ以上居ても駄目だ! 上達しねえ! だが、おめえさんの側なら違う世界が見えそうだ。だからよ、おめえさん……いや、旦那方がどこに行くとか関係なく、俺は旦那方に付いていきてえのよ」
「いや分かったような分からないような……」
俺はスゥを見る。
そもそもここに来たいと言ったのはスゥだ。
何か狙いがあったんじゃ……?
「ふふっ……いや、そなたらのカリスマ性には驚かされるな。しかし良い。狙い通りじゃ。……こやつらはここで腕を持て余しておると噂に聞いておったからの」
「え、そうなの……? ……ヴァルさん、これって大丈夫……?」
「大丈夫ではないな! これでボレアリスの皇女に加え、トップレベルの職人を二人引き抜くことになる」
「元気良く言うことではないような……」
「私は彼らの言い分に共感するところがある。なにより、彼らの目を見れば分かる。考えても無駄だ!」
確かに。
男の方はまだ話せそうだが、少女の方は何を言っても付いてきそうだ。
さっきよりだいぶ落ち着いたようだが、今もニナさんに絡み続けている。
ニナさんも別に嫌そうではない。
レティさんのときにも思ったが、面倒見がいいのだろう。
……ま、スゥは元々勧誘するつもりだったようだし、信じてみるか!
「……分かった。俺としても腕のいい職人が身近に居てくれるのは助かるしね……」
「おお! ありがとうよ旦那! 俺はバルドリック! よろしく頼む!」
「……あ! ウチはミミカだニャ! よろしくニャ!」
慌ただしく、仲間が増えた。
俺を含めて七人。
随分と賑やかになってきたものだ。
俺達はぞろぞろと歩き出し、ボレアリスを後にした。




