第24話:炎龍
次の日の朝、全員が集められた。
俺、ニナさん、ヴァルさん、レティさん、スゥさん、ミヤさんの6人だ。
まずは早速、スゥさんがゴトク型魔岩を使った炎を披露する。
「おおお!!!」
「す、凄いですスゥ様!! 大きな炎です!!」
ヴァルさんとレティさんは大興奮の様子。
……ミヤさんはボロボロと涙を流している。
これは、彼女にとっても希望だったのだろう。
ミヤさんを抱きしめるスゥさんの頬も濡れていた。
「本当におめでとうございます。もしよければ、風魔法について少し助言しても良いでしょうか?」
「おお……是非頼む……!」
ニナさんは表情に出ないので分かりにくいが、祝福してくれているようだ。
ミヤさんの次に練習を見守ってくれていたのは、ニナさんだ。
「さて、次の問題は、これをどうするかだ……」
俺はまたもや腕組みをする。
出せるようになった炎を、どうやって皇帝に見せるか……。
「……そうじゃな。炎を出すことにばかり夢中で、見せ方はまだ考えておらぬ。父上は妾を見ると様子がおかしくなってしまうからの……」
「ふむ。最初に目に入るのが、スゥ殿ではなく、炎でなければならない、ということか」
ヴァルさんも知恵を絞ってくれている。
……うーん。
「……あの。恐れながら、考えがございます」
「おお! なんじゃミヤ! 是非頼む!」
◇
日も暮れた頃、俺は訓練場に居た。
さて、仕事だ。
俺は土魔法を使い、訓練場の一部を隆起させる。
一部、と言っても結構広い範囲だ。
次に角を整え、上面を平らにすれば……あっという間に岩の舞台の出来上がり。
「流石ですね。」
「あ、ニナさん。そっちもお願いしますよ?」
「ええ。」
そう言ってニナさんは事前に決めた場所に木を生やしていく。
俺も次の作業に移ろう。
岩から変質させるのは久々だ。
規模も大きいが、まあいけるだろう。
俺は腰にある小振りのハンマーを手に取り、岩で出来た舞台の材質を、白い岩に変えていく。
石材と言ってもいいかもしれない。
この世界でこれまで見た中で、最も美しかったものを再現してみた。
「少し段差が高いですね。」
「確かに。階段とか?」
「いいですね。」
石材にしてからの変形も難なく成功した。
今更だが、変形している最中だけは、まるで柔らかい物質のようなのだから不思議だ。
柔らかい物質への変質はまだ成功していない。
「整ったようじゃの」
ヴァルさん、レティさんと共に、スゥさんが来た。
いつもとは違う、特別な衣装を着ている。
「ちょうど今ね。そっちの準備は大丈夫?」
「問題ない」
薄暗くてほとんど見えないが、緊張しているようだ。
「恩に着る」
◇
「ミヤよ、このような時間に珍しいな」
「はい。陛下。今宵の夜空が大変美しかったので、お見せしたいと思いまして」
「そうか」
御桟敷への階段を昇る。
握りしめた手に汗が滲む。
暗さでバレていないことを願うばかり。
ここまでは、無事に怪しまれずに連れ出してこれた。
スゥ様、どうか……!
…
……
「これは……」
夜空に、炎の龍が舞っていた。
訓練場の中央に誂えられた石の舞台から、二匹の龍が放たれている。
龍は互いの首を絡ませるように踊り、空に消えては、また生まれる。
繰り返し現れる龍の舞に、陛下と私は見入った。
……龍を操るは炎の精。
深紅の髪と白い肌が、生まれたばかりの龍に照らされ、また闇に消える。
「……スゥ……」
その声で、その名を耳にするのはいつぶりか。
陛下は、夜空を見ていなかった。
炎の龍も。
見ているのは、ただ暗闇の一点のみ。
震えながら、ただ一点を見つめ続けている。
……何かを思い出しているのだろうか。……どうか、思い出してほしい。
一際大きな炎の龍が生み出される。
再誕した二匹の龍は、大きく円を描くように舞い、そして消えていった。
残されたのは炎の実をつけた木々と、その灯りに照らされる炎の精。
……あれが蛍樹……なんと神秘的な……。
「……おお……っ」
陛下は御桟敷を飛び出し、舞台へ駆け寄った。
私はここで見守ろう。
「スゥ……スゥよ……!」
「……! ……父上……」
「見事な炎であった……。実に見事な、炎龍であったぞ……!」
「有難きお言葉……! しかし父上、今のは……」
「良い。炎魔法でなくて良いのだ。……すまなかった……! そなたの龍が、余の眼から曇りを払ったのだ。……スゥよ。愛する我が娘よ。そなたの顔が、よく見えるぞ……!」
「……ちち……うえ……!」
……その晩、父娘は10年の空白を埋めるように語り合い、声を枯らした。
私は二人の声を聞きながら、涙を止めることが出来なかった。
◇
父娘がその場を去った後。
「……消火!!」
「ウォーターショット! ウォーターショット!」
ジュジュッ!!
「はッ!」
ズバッ!!
「……ありがとう。レティさん、ヴァルさん」
黒子に徹していた俺達は、大事な後始末を終えた。
しかし、蛍樹、不思議な木だ。
先端にだけ、油分の多い実をつけるのか……。
「この木は、ある地域で祭事などにも用いられます。」
「なるほど、雰囲気があるわけだ」
「素敵な木です。」
ミヤさんの案は、上手くいったようだ。
見事な炎舞だった。
スゥさんとミヤさんは、今晩は戻ってこないだろう。
明日にでも話を聞かせてもらえればいい。
いや、聞かせてもらえなくてもいい。
やれることはやったはずだ。
石の舞台を元に戻し、俺達は解散した。
◇◇◇
コンコンコンッ
「ドコウ様、失礼いたします」
「はいどうぞー」
扉を開けた先に居たのはミヤさん。
一晩中泣いていたことが、ひと目で分かる。
これが嬉し涙であったことを願うばかりだ。
「少々ご同行願えないでしょうか。スゥ様は今、人前に出にくいお姿でして……」
スゥさんも同じなのだろう。
「全く構いませんよ。他の皆は?」
「既にお声がけしております」
案内されたのは、スゥさんの工房と私室の奥にある、三つ目の部屋だった。
「……ん、畳……?」
その部屋の中央は、小上がり畳になっていた。
やはりボレアリスには、日本に近い文化があるのか。
ニナさん、ヴァルさん、レティさんは既に来ていたようで、小上がりに腰掛けるようにして座っている。
畳の座り方は知らないらしい。
「お呼び立てして申し訳ありません」
隣の部屋……スゥさんの私室から、着物姿の女性が現れた。
……というか、声からして確実にスゥさんだ。
言葉遣いが違う。
それに、皇女らしい飾りは一切なく、着物もシンプルなものだ。
かしこまった雰囲気を感じた。
スゥさんは畳の上で、スッと美しく正座した。
「まず、昨日まで本当にありがとうございました。父上は、元の威厳ある父上に戻りました」
「それは良かった。……えっと……しかしその言葉遣いと格好は……?」
スゥさんは応えず、静かに目を開けてこちらを見る。
「本来ならば礼を尽くしても尽くしきれぬところ、図々しくも、重ねてお願いがございます」
そう言い、深々と頭を下げる。
「ドコウ殿、どうか私を、弟子にして頂けないでしょうか」
「……え?」
スゥさんは頭を上げない。
俺は周りを見る。
ニナさん! ……表情変化なし!
ヴァルさん! 考え中!
レティさん! あたふたしてる!
ミヤさん! 頷いてる!?
「えっと……まず頭を上げてください。……説明していただいても?」
こっちまで敬語になってしまう。
「……これまでの態度、言葉遣いをお詫び致します。私があのように振る舞う資格を持たないことは、重々承知しています。しかし、あれが父上の知る私だったのです。私は、父上が育てた気高き娘として、父上の期待に応える必要がありました」
10年前のスゥさん。
皇帝が心を病み、そのことに落ち込んで寝込む前のスゥさん、ということか。
「……その願いは皆様のお陰で、叶いました。私は父上の娘に戻ることが出来ました。ですが、この国に私の居場所がないことに変わりはありません。父上でも変えられない仕来りなのです」
「……よく話し合った上、だね?」
「はい。例え父上が強権を振るったとしても、丸くは収まらないと結論しました。私が皇女でも何者でもないことは、既に決まったことなのです。……その私が、もし、ただの人間として、生き方を選ぶことを許されるならば……私は私の尊敬する方の下で、自らを高めとうございます。……ドコウ殿。私は、貴殿ほどの御方を他に知りません。……改めて、どうか、私を弟子にしては頂けませんか!」
再び頭を下げるスゥさん。
「まず、やっぱり頭は上げてほしい。……えっと……。今回の成功は、スゥさんの頑張りが決め手だ。だからそこまで俺達、ましてや俺に負い目を感じる必要はないよ。むしろ知らない技術を見せてもらって、俺は何かお礼したいくらいだ。……それに、俺からしても、スゥさんが今後も協力してくれるなら、頼もしい」
スゥさんの表情がパッと明るくなる。
「あと、振る舞いも気にしないでほしい。スゥさんが人を見下すためではなく、自らを高めるために振る舞っていたことは、ちょっと気づいてた。それもスゥさんらしさだと思ってる」
「ありがとうございます!」
またもや頭を下げるスゥさん。
しかし今度はすぐに頭を上げてくれた。
洗練された所作だ。
「……先程、礼をしたいと仰っていましたが……それでは厚顔ながら、さらに一つ……宜しいでしょうか?」
「どうぞ?」
「私のことは、スゥ、とお呼びください。ドコウ殿は私の師ですので」
「……? 今までもスゥさんと呼んで……」
「どうか、スゥ、とお呼びください」
振る舞いの使い分けといい、やはりメリハリをしっかり付けたい性格らしい。
俺は基本的に『さん』付けのポリシーなのだが、強い希望を拒む程のこだわりではない。
「……分かった。スゥ、これからもよろしく!」
「はい……! 宜しくお願い致します!」
その姿には、皇女らしい気高さと、己の才を過信しない謙虚さが同居していた。
どちらも彼女なのだ。
こうして俺に、この世界で初めての弟子が出来た。




