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第23話:炎

 スゥさんの部屋は三つあり、その一つはほとんど工房か、実験室と呼ぶべき場所だった。

 第一皇女として昔から使っていた部屋を、今も使えているようだ。


 あの話から一晩休んだ早朝。

 俺は腕組みをして考え事をしていた。

 同室にはニナさんとスゥさん。

 ヴァルさんとレティさんは、偉い人と会う必要があるらしく、どこかに行ってしまった。

 ……魔力を熱に変換する、魔岩と岩の中間物質。

 これに手を付ける前に、一つ確認しておこう。


「スゥ様、差し支えなければ——」

「過度な敬語はいらぬ。妾とおぬしは今、対等な関係じゃ。部下ではない」


 権力で解決するのではなく、協力して解決することをハッキリさせたいのかな?

 けじめをきっちり付けたいタイプのようだ。


「では失礼して。スゥさん、失礼かもしれないけど、種族を教えてもらえるかな? 外見はヒト族に見えるけど……」

「妾の父上はヒト族、母上は獣人族じゃと聞いておるが……それ以上のことは分からぬ」

「ふむ……。こちらで調べても?」

「構わぬが、調べるとは何じゃ?」

「……ニナさん、分かります?」

「はい。獣人族の血が濃いと思います。外見には出ていませんが、内面的、特に魔法に関する特徴はほぼ獣人族です」


 本当に、ニナさんはこういったことがよく分かる。

 俺には外見的な特徴くらいしか分からないので、今回は意外だった。

 ……ほとんどの人がヒト族の血を引く国で、獣人族の血が濃いスゥさん。

 そのスゥさんが使えない炎魔法……。

 やはりヒト族と炎魔法には深い繋がりがあるのかもしれないな……。


「そうか……妾は獣人族に近いのか……母上似、ということじゃな。……。……これが何か関係あるのかの?」

「いや、まだ仮説とも言えないような段階で分からないけど、今後の考察の役に立つかもしれない」


 ようやく俺は中間物質を手に取る。


「それで、これだけど……。どうやって入手したのかな」

「うむ。こういった物は他の鉱石を採掘する際、稀に出てくるのじゃ。より魔岩に近い物、より岩に近い物、その比率も様々じゃ」

「比率が違っても同じように熱を?」

「いや、手当たり次第に集め、試したが、この比率でないとダメなようじゃ。魔岩に近ければ発熱が弱く、岩に近ければ魔力が通らぬ」

「そうか……こりゃ早速、困ったな」


 俺は再び、腕組みをして考える。


「ドコウさんは作れないのですか?」


 と、ニナさん。

 ごもっともな意見だ。説明しておこう。


「出来たらいいんだけどねえ……。ちょっと見てて」


 俺はスゥさんが持ってきた中間物質と同じくらいの大きさの魔岩を生成する。

 次に、指でチョンッと突付きながら鍛冶魔法を行使した。

 ……その瞬間に、魔岩は完全な岩になった。


「……こうなるんだよね……」

「お、おぬし、一瞬で……!?」

「……。ドコウさんは加減を知らないんですか?」


 悔しい。

 いや、悔しがることはないんだけど。


「その通りだね……。岩への変質は練習しすぎてしまって、もうほぼ無意識に出来てしまう。途中で止める加減が……かなり難しい……」

「なんというか……規格外じゃの……」

「本当に。」


 なぜやれやれ顔なのか! 凄いことなんだぞ!

 ……しかしまあ、他に当てもない。


「……練習してみるよ……」

「おお、頼む!」

「ただ、それだけではスゥさんが持っていた物を複製するだけ。炎を出すには、新しい工夫が要る」

「そうじゃの。そこで、おぬしの整形技術を見て思ったのじゃが……。コレを整形して、熱が一点に集中するようにしてはどうかの?」

「おお! いいね!!」


 ってことは、スゥさんが持ってきた中間物質をいい感じに整形すれば解決か?

 俺が早速取り掛かろうとした時——


「待ってください。」


 ニナさんが俺を止める。


「ドコウさん、その物質に魔力を通わせようとしてますね。」

「そうだけど……?」

「爆発します。」

「え?」

「ドコウさんの魔力放出量は膨大です。発熱するその物質に通わせれば、耐えきれずに爆散します。」


 ……言われてみれば、その可能性はあるかも……。

 魔岩は抵抗が少ないので発熱せず、簡単に整形できる。

 逆に岩などは、魔力が通りにくいので表面を這わせやすく、これまた変形しやすい。

 魔力を通すだけで熱を発してしまうこの物質は、整形しにくいかもしれない。


「むむ……」

「な、なんだかおぬし……凄い扱いじゃの……」

「悲しい」


 つまり、今できることは一つ。

 魔岩をいい感じに整形してから、いい感じに変質させる!

 整形は問題ない。変質の加減の習得が鍵になるな……。


「変質の練習、ということになるかの。比率は妾が確認できるぞ」

「それは助かる……。よし、早速やろう」


 俺は魔岩を生成し、整形を始める。

 三本の細い爪が、見えない玉を掴むような形。

 そう、ガスコンロのゴトクのような形だ!

 ……二人には通じないけど。


「おお! この中央に熱を集めるのか?」

「そうそう。どうかな?」

「良さそうじゃ! 後は変質じゃな」


 指で触れても岩にしてしまう。

 ノータッチだ!

 俺は触れずに、慎重に、鍛冶魔法を行使した。


「……岩じゃな」


 ◇◇◇


 ——数日後。


「これは?」

「岩じゃ」

「こっちは?」

「岩じゃ」

「実はこれが本命なんだよね」

「岩」

「……」


 進捗は芳しくない。

 ……滝で大さじ1/2だけ注ぐような難しさ!!

 一度溢れたら岩!!!

 ……うーん、これまでずっと、威力を高めたり素早く変質させたりする訓練ばかり続けていたので、放出量を絞るのが難しくなってしまったようだ。

 ほこたてトレーニングの弊害か……。

 ずっと横で見ていたニナさんも、今日はこの国の歴史を調べる、と言って出かけてしまった。


「おお! そうじゃ! 良いことを思い付いたぞ!!」

「お! どんな!?」

「岩にこだわる必要はないのではないか? 例えば、ミスリルなんてどうじゃ? 魔法との相性が良いことも知られておる!」

「ははは」

「なんじゃ?」


 旅の間、練習していたことがある。

 ニナさんが釣りをする隣で。

 レティさんがモンスターを倒すその横で。

 ヴァルさんがレティさんをおんぶしようとする、一連のやり取りの裏で。

 ……俺は魔岩を生成、変形させ、鍛冶魔法を行使する。


 一瞬で完璧なミスリルへと変質した。


「……」

「……」

「おぬし! 規格外にも程があるじゃろ!! なんじゃこれは!?」

「ミスリル」

「分かるわ!! こんな大きなミスリルを一瞬で作るやつが、どこにおるんじゃ!?」

「ここに」


 そう。

 俺が秘策としてこっそり練習していたこと。

 瞬時に変質させる物質を、岩よりも高度なものにすること。

 こないだの模擬戦は特殊なケースだったが、今後、岩では通用しない相手が出てくるだろうと思っていた。

 そのときのために練習した結果、これまで見てきた鉱物や金属であれば、大抵は瞬時に変質できるようになってしまった。

 やり方が違うだけで、込める魔力の量はあまり変わらないようだ。


「お茶でも飲まれますか?」


 ミヤさんだ。

 ありがたい。


「魔岩をもっと大きくして、変質に必要な魔力の方を増やしてしまうことも考えられるけど……」

「やめよ。この部屋に収まる気がせぬ。それに、そのように大きな魔岩を使って炎を出したとして、妾が出したようには見えまい」

「そうだよね。見た目の印象って大事だよね」

「そうじゃ」


 物を使う時点で、厳密に炎魔法が使えるようになる訳では無い。

 ただ、スゥさんが炎を出すところを皇帝に見せるのが、とりあえずの目標なのだ。

 大きな岩の横にちょこん、とスゥさんが居て、岩が火を吹くのではダメだろう。

 あくまでも、主体はスゥさんでなければならない。


「まあまだ数日だ。諦めるには早すぎる」

「……すまぬな」

「いやいや! これはもう俺の研究でもある。気にしないでほしい」


 それからも繰り返し挑戦したが、いい成果は出なかった。


 ◇◇◇


 それから数日経ったある日の晩、日付が変わる頃。

 借りている部屋で中間物質への変質を練習していた俺は、慌ただしい足音が近づいていることに気づいた。

 足音が間近まで迫った次の瞬間、扉が勢いよく開けられた!


「失礼するぞドコウ殿! おお、おぬし起きておったか! 丁度よい、来てくれ!!」

「え?」


 スゥさんは俺の手を取り、走り出した。

 俺は理由(わけ)も分からないまま、付いていくしかない。

 スゥさんの表情は笑顔だった。

 久しぶりに見た表情。

 前世の最期の日、あの日も見た表情だ。


 ◇


「まずはこれを見よ!」


 引っ張って連れて来られたのは工房だった。

 スゥさんが示す先には、俺が練習用にたくさん作ったゴトク型の魔岩。

 見たところ、魔岩のままのようだが……いや?


「ん? この爪の先端……」

「そうじゃ!!」


 三本の爪の先端部分だけ、僅かに材質が変わっていた。

 岩ではない。

 どちらかと言えば、ミスリルに近い気がする。


「実はな、おぬしとの作業後、毎日、妾も練習しておったのじゃ。……変質できぬものかと」

「え!?」

「岩にするイメージはさっぱり掴めんかった。それと魔岩の中間なぞ(もっ)ての外じゃ。じゃが、岩ではない何か……魔力を少しだけ通しにくい何かを念じて繰り返しておったら……こうなったのじゃ」


 まさか鍛冶魔法を……?

 ドワーフの秘伝。俺も習得に一年以上は費やしたのに。

 目の前で何度も見たとは言え……岩ではない半端な物質とは言え……凄い。

 才能……と言いたくなるが、それはスゥさんの求める言葉ではない。

 これは炎魔法の才能ではない。


「ど、どう思う!?」

「うん、これは見たことがない。この先端部分だけ、魔岩の表面が別の材質になっているみたいだ。魔岩の白より少しだけ濁ったような……。ということは、魔岩より魔力を通しにくい、抵抗のある物質だと思う」

「や、やはりか……!!」

「これを独学でやったなんて……やっぱりスゥさんは凄いな!」

「あ、あれだけ毎日何度も見ていたからの……」

「……それで、魔力は通わせてみた?」

「それが……怖くての……」


 よく分かる。

 渾身のアイデアが完成に近づくほど、成功への期待と失敗への恐怖が、同時に押し寄せてくる。

 だが、そこで一歩を踏み出すのが大事だ。


「大丈夫。どちらにせよ、手がかりは増える。前進には変わりない」

「……よし、分かった」


 スゥさんはゴトク型の魔岩を手に持ち、魔力を込めた……!


 ポワッ


 三本の爪の間に、光球が生じた。

 ここからでも分かるほどの熱を帯びている。


「……!!」

「スゥさん、その状態で、手から微弱な風魔法を……」


 頷くスゥさん。そして——


 ボゥッッ!!


「うおっ! あちちち!!」

「うわ! 大丈夫かおぬし!!」

「大丈夫大丈夫! 俺の場所が悪かった。つい覗き込んでた」

「そ、そうか……。…………ふふっ…………あははははっ!」


 スゥさんは大きく口を開けて笑い出した。


「出た……! 出たぞ……! 炎じゃ!!」


 スゥさんが初めて出した炎は、立派だった。

 模擬戦で火傷一つしなかった、俺の前髪を焦がすほどに。

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