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第22話:皇女

 スゥさんが出ていった後、部屋に残された俺、ニナさん、ヴァルさん、レティさんと……侍女さん。


「スゥ様はしばらくお戻りにならないと思います」


 侍女さんはそう言うと、お茶を淹れてくれた。

 第一皇女を放っといて大丈夫なのかと尋ねたところ、


「護衛が守護しております。……それに、今付いて行ったら怒られてしまいますから」


 ということだったが……。

 まあ、とりあえず心配ないようで良かった。


「でも、驚きました……。炎魔法が他の魔法と違ったなんて……」


 言いつつ、お茶をすするレティさん。

 最後まで聞き、理解したようだ。

 それはつまり、理解したいという気持ちが強いということだ。

 スゥさんに研究者だと言ったが、レティさんも立派な研究者だと思う。


「しかしこれは……公開できる話ではないな……」


 ヴァルさんは国交の心配をしている。

 無理もない。ボレアリスが信仰する炎魔法を全否定する話だ。

 しかし、スゥさんが同じ結論に至っていたのなら、俺は悪くないのでは?

 ……そんなことないか。

 模擬戦でやっちゃったし。


「ドコウさん、この物質は私にも使えますか?」

「うーん、たぶん。訊いてみないと分からないけど……」

「火打石とどちらが良いでしょう?」

「うーん……もし俺が生成できれば、持ち運ぶ必要がないのでこっちかな」

「荷物が減りますね。」

「生成できれば、ね」

「?」


 そんな会話をしながら一時間ほど経った頃、スゥさんが戻ってきた。

 作業着つなぎから、やや皇女らしく綺麗な服装に変わっている。

 顔の汚れも落としてきたようだ。

 髪にはまだ付いているが、時間がかかりすぎるのだろう。

 さっきの会話で、この汚れは研究の作業中に付いたものだと分かった。

 むしろカッコよく見えてくる。


「長く待たせて申し訳なかった」

「いえ。俺の方こそ、何か無礼をはたらいてしまったようで……」


 俺は立ち上がり、頭を下げる。


「……? 頭を上げよ。妾は何もされておらぬ」


 謝罪に失敗!


「頭を下げるのは妾の方じゃ。……ドコウ殿! 妾に手を貸してくれぬか!」


 バッ!と頭を下げるスゥさん。

 ……もしかして、さっきの物質かな。


「えっと……お話を伺っても?」

「……うむ。先程の炎魔法を使うための物質。アレは未完成なのじゃ……。熱くはなるが……炎は出ぬ。妾は、どうしてもアレを完成させたい」


 つまり、炎が出るように改良したい、と……。

 しかしなぜそんなことを?


「あの物質には非常に興味がありますが……。なぜそのようなものを開発したいのですか? 回りくどく感じるかもしれませんが、俺は研究開発において、動機や目的は最も大事なことだと考えています。目的を十分にすり合わせないまま共同作業をすると、僅かな意識の差が積もり積もって、最後には大きな亀裂になりかねません」

「理解できるぞ」


 スゥさんはそこで一呼吸置いた。


「……妾も、炎魔法が使えぬのじゃ……」


 その一言で、これまでのスゥさんの反応には、合点(がてん)がいった。

 それであれほど熱心に聞いていたのか。

 ……しかしこれは、炎魔法の使用にこだわる理由ではない。

 意を決した一言のようだったが、質問を重ねる必要がある。


「なるほど、そうでしたか……。……もう少し訊かせてください。炎魔法以外の魔法は?」

「基礎は一通り問題ない」

「……何か炎魔法にこだわる理由があるのですか? 俺も、そしてそこに居るニナさんも炎魔法を使えませんが、火を起こすなら別の手段があります。戦闘のためなら、適正のある魔法を磨くのが一般的だと思いますが……」


 そこでスゥさんは沈黙した。

 ……いかん、ストレートすぎたか?


「すみません、言い方に配慮が足りなかったかもしれません」

「いや、構わぬ。そうではないのじゃ。……妾の目的は……。……妾の父上を、元の父上に戻すことじゃ」


 第一皇女であるスゥさんの父親、つまり現皇帝。

 確かヴァルさんの話では、数年前から覇気がないんだったか……。

 しかし唐突だ。


「……やはり全て話すべきじゃな。事情も明かさずに頼み事なぞ、失礼した。……少し長くなるが、聞いてくれるか?」


 頷く一同。

 むしろ話してくれないと気になって眠れなそうだ。

 スゥさんは簡素な椅子に腰掛けた。


「まず、そうじゃな……。炎魔法は、ボレアリスにとってただの魔法ではない。信仰の対象なのじゃ。それ故、頂点たる帝は、炎魔法の使い手でなくてはならぬ」

「では、女帝になるために炎魔法を?」

「いや、そうではない。妾は既に機を逸しておる。……ボレアリスは、ヒト族と獣人族の影響を強く受けた国じゃ。成人は20歳以上、というのはヒト族の文化。そして獣人族の文化では、親は子が10歳になるまでにその才覚を見極め、生き方を示す。ボレアリスにはこの両方の文化があるのじゃ。……妾は炎魔法が使えぬまま、10歳を迎えた。その時に、女帝への道は消えたのじゃ」


 まだ話が見えないが、順を追って話してくれるようだ。待とう。


「全てはこの時……妾が10歳になった、あの日に変わった。……妾の母上は、妾を産んだ際にこの世を去ったそうじゃ。元々身体が弱い方だったと聞いておる。決死の覚悟で、妾を産んでくれたのじゃ。……妾のことは、そこにおるミヤと、父上が付けた様々な師、そして父上自身が育ててくれた」


 スゥさんは侍女さん……ミヤさんに目を向ける。

 ミヤさんも、それを確かめるように頷いた。


「父上は皇帝でありながら、暇を見つけては妾に帝としての振る舞いや、心構えを説うてくれた。……妾は父上に愛されておった。7歳になり、妾に炎魔法の才がないと分かってからも、父上は変わらず妾を愛してくれた。……家臣の連中から、使えぬ娘を構うべきではないと言われても、父上は妾を信じ続けてくれた。いつか炎魔法を使えると。……しかし、何も変わらぬまま、妾の9歳最後の日となった」


 スゥさんは、ミヤさんが淹れたお茶を取ろうとしたが、手が震えている。

 結局、手を戻して話を再開した。


「……その日の夜、妾は物音に目を覚ました。そして、音がした方に向かった。父上の部屋から聞こえたからじゃ。父上の部屋の扉は薄く開いており、中から灯りが漏れておった。ドアの隙間から覗いた父上の部屋は、ひどく荒れておった……。その荒れた部屋の中央で、父上が(たたず)んでおった。妾が慌てて駆け寄り、声をかけると、こう応えた。


『ああ、スゥ。余は何ともない。大丈夫……。……なによりも、お前だ……。スゥよ……。己の誇りを持ち、強く、気高く生きなさい……。余はお前を愛している……。すまない……。本当にすまない……』


 幼かった妾は、大丈夫という言葉に安心し、自室へ戻ってしまった。……翌朝、父上は朝餉(あさげ)に姿を見せなかった。家臣が騒ぐ中、昨晩の様子を思い出した妾は走った。……父上は、昨晩と同じ場所で、同じ姿勢のまま、佇んでおった。すまない、すまない、と、うわ言のように繰り返しながら」


 スゥさんは深呼吸をし、再び湯呑みに手を伸ばす。

 今度はどうにか飲めたようだ。


「……父上はすぐに意識を取り戻した。……しかし、それ以来、父上は妾を見なくなった。……いや、見れなくなったのじゃ。父上は妾を見ると、放心し、すまない、と繰り返すようになった。あの日と同じように。……幼き妾でも流石に分かった。父上は、妾が壊してしまったのじゃと。母上が命をかけて産み、父上が懸命に育てたにも関わらず、無才だった妾が」


 俺は、スゥさんの話を止めるべきかずっと悩んでいる。

 これは共同研究のために聞き出すような話では、決してない。

 しかし、覚悟を決めて話し始めてくれたスゥさんを、俺は止めることもできなかった。


「……10歳で示されるはずだった妾の生き方は、当然示されぬままじゃ。このようなことは前例にない。通常、帝になれぬ者にも、それぞれの生き方が示されるのじゃ。何者でもない者は、妾の他にはおらぬ。次第に、妾を皇女として扱う者はおらなくなった。……それからニ年ほどのことは、あまり覚えておらぬ。起きていたのか、眠っていたのかも分からぬ時間の中で、あの日の父上の顔と声を、思い出しておった」


 お茶をまた一口。

 スゥさんのすぐ側にはミヤさんが居る。

 支えるように。


「……次第に妾は、己が無才でないことを示せば、父上は元に戻るはずじゃと考えるようになった。それからは、あらゆることに必死で取り組んだ。魔法、拳術、作法……。何かを成した際は、ミヤが細心の注意を払って、父上に報せた。ミヤは昔、父上の侍女でもあった。父上が妾を任せるほど、心を許す存在じゃ」


 ミヤさんが目をぎゅっと閉じた。


「……しかし、父上に反応はなかった。ある時、ミヤが報せに赴くと、父上は一言、『炎か?』と言ったそうじゃ。……妾は、目の前がまた暗くなった。妾が考えた通り、父上は妾の才に期待しておる。しかしその才は、炎魔法の才だけじゃった」


 ……やはり止めるべきだ。

 もう十分、炎魔法を求める理由は分かったじゃないか。

 しかし、スゥさんは続けた。


「その時、ミヤがある話を聞いてきた。今から五年前じゃ。遠くゼフィリアの国で、事故により魔法を行使できなくなった者が、魔岩を使った施術を受け、再び魔法を使えるようになった、という研究事例じゃった」


 ……え!?


「衝撃じゃった。行使する魔法を強化する魔道具はあるが、魔法の行使そのものを補うなぞ、考えたことがなかった。それから妾は、研究に没頭した。ゼフィリアでの研究に用いられた魔岩を手がかりに、考え得る可能性を全て調べた。その結果が、アレという訳じゃ」


 机に置かれた、魔岩と岩の中間物質。


「この物質に魔力を通わせると、熱を生じることが分かった。しかし、このことが分かってから一年、大きな進展はない。あと一歩なんじゃが、その一歩が分からぬのだ」

「その一歩を、俺と一緒に考えたい、と?」

「そうじゃ。先程の話を聞き、おぬしであれば、と考えたのじゃ」


 スゥさんは再び頭を下げた。


「これが父上の望む炎かは、分からぬ。しかし他に出来ることはない。どうか、妾に炎を出させてくれぬだろうか」


 俺は右手を出して言った。


「話してくれてありがとうございます。よく分かりました。……是非、協力させてください」

「……感謝する」


 スゥさんは俺の手を握った。

 ……ついやったけど、握手の文化、あったみたい。

 この研究は、絶対に成功させる。

 俺は決意を胸に灯した。

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