第21話:散逸
「勝者、ドコウ氏!」
審判役の宣言を確認し、俺はエンショウさんを覆っていた岩を地面に戻した。
すぐに退場した方がいいだろう。
静まり返る訓練場の中、俺はニナさん達のもとへ急いだ。
「やりすぎでは?」
ウッ……!
開口一番、ニナさんに言われた一言に少し胸が傷んだ。
振り返ると、エンショウさんはまだ地面に座り込み、救助者に話しかけられている。
……外傷も何もないんだけど……。
「ま、まあ、これで条件はクリアだよね?」
「ああ。しかしどうやったのだ?」
ヴァルさんもやれやれ顔で俺に尋ねる。
心外である。
「うーん、ここでは話さない方がいいかな……」
「分かった。部屋に戻ろう」
「ドコウさん! 凄かったです!! 私、少しだけ心配しちゃいました……」
レティさんは良い子だなあ。
俺達が部屋へと歩き出した時——
「おぬし!」
突然、声をかけられた。
「そこのドワーフ族のおぬし! 少し待て!」
駆けてきたのは深紅の髪をした美しい女性。
紅玉色の瞳が白い肌に映える。
高貴な雰囲気を纏っているが……なぜか衣服があまり綺麗ではない。
というか、これ作業着じゃないか?
つなぎのような服を着ている。
「なんでしょう?」
「おお! もしやスゥ殿か!?」
ヴァルさんの知り合いのようだ。
「ヴァル殿、久しいな。それより! 先程のは何じゃ! なぜ炎魔法が消えたのじゃ!?」
「えっと……?」
俺はヴァルさんを見た。
説明求ム。
「ここでは話しにくいそうだ。場所を移させてもらってもいいだろうか?」
「……ふむ。そういうことなら、妾に付いて参れ」
ヴァルさんと親しいようだし、まあ大丈夫だろう。
俺達は突如現れた女性の指示に従うことにした。
◇
「え……? 皇女様?」
「そうだ」
綺麗な部屋に到着すると、ヴァルさんがそれぞれを紹介してくれた。
彼女はこのボレアリスの第一皇女、スゥさんと言うらしい。
正直、信じにくかった。
まず、最初も気になったように、スゥさんは作業着つなぎを着ているし、よく見ると髪や顔にも汚れが付いている。
側近も見たところ、侍女さんが一人しかいない。
この案内された部屋も立派だが、第一皇女の部屋としては物足りないような……。
「それにしても何年ぶりだ? 会談などにも出席されていないので心配していたぞ」
「10年じゃ。このところそういった場には出ていないのでな。まあその話は追々することもあるかもしれぬ。それよりも……」
スゥさんは俺をじっと睨み、
「先程の質問じゃ。炎魔法はなぜ岩の壁なんぞで消えたのじゃ?」
「……この国の方にとっては、不快な話かもしれませんが、いいですか?」
「構わぬ」
「では……。まず答えを言いましょう。炎魔法が消えたのは、その破壊力の源を大気や地面に還したからです」
「……!」
「続けますね。最後に出した壁、あれは当然ながらただの岩の壁ではありません。……あの壁はほぼ魔岩で出来ていました。外見を誤魔化すために表面に薄い岩の層を被せましたが」
「魔岩じゃと……!? そんなことが可能なのか?」
「はい。俺はこのように——」
俺は手のひらサイズの魔岩を生成して見せる。
「それなりの大きさの魔岩を生成することができます。模擬戦では大衆の前で見せない方がいいと思い、隠していました」
「……なんと……」
「では、なぜ炎魔法が魔岩の壁で消えるのか、という話ですが……」
スゥさんは俺の話を真剣に聞き、一言一句聞き逃さないようにしている。
続けて良さそうだ。
「俺が見たところ、炎魔法は魔法ではありません。あの破壊力の正体は、単に魔力をぶつけることによるもの。魔力弾とでも呼ぶべき攻撃です。どちらかと言えば、拳術なんかに近い」
「バ、バカな……!」
ヴァルさんが思わず声を上げる。
スゥさんは黙り、集中したままだ。
「口を挟んですまない。ではなぜ炎が上がるのだ? 実際、炎魔法の攻撃は高熱を帯びているではないか」
「熱の発生は、魔動変換しきれなかった魔力を放出するための、副次的な現象だと思います」
『魔動変換』。
基盤学校で学んだ魔法学の基礎。
そこには、人が魔法を行使するときの過程が示されていた。
まず、大気や地面など、空間中から体内へと魔力を取り込む『魔力採集』。
次に、全身に取り込んだ魔力を使用する場所へ移す『魔力伝達』。
そして、その魔力を使って物理的に作用する『魔動変換』。
「俺は最近、行使される前の、魔力そのものの動きが視えるようになってきました。……レティさんの練習をずっと見ていたからだね」
「私の……あ、魔蔵ブレスレットへの補充……?」
「そそ」
レティさんに笑いかける。
話に付いてきているようだ。本当に賢い子である。
その横には、腕組みをして天井を仰ぐその兄。
……キャパを超えたようだ。
まあ、ヴァルさんは元々魔法学が得意な方ではない。
少しでも興味を持ってくれるだけ、ありがたいことだ。
「……エンショウさんが炎魔法を使う際に採集した魔力は、凄い量でした。それに対して、行使された炎魔法の威力は、むしろ低すぎました。それだけの量の魔力が動いていたんです」
「……。」
ニナさんは静かに聞いている。
直接訊いたことはないが、ニナさんは魔力を感じ取る能力が高いようだ。
たぶん、俺よりもはっきり視えていたんだろう。
「では、その採集された魔力はどこに行ったのか? 人間は魔力を蓄えることができません。採集した分、放出します。炎魔法が発動する際、破壊の他に起こる現象は……」
「高熱の発生、そしてそれによる発火、ということじゃな……」
「そうです。……元々、岩は熱には強いはずなんです。術者の手から離れた魔力弾は、あまり安定していません。そこで、魔岩を使って魔力を地面などに発散させ、熱は岩で防いだ、ということです」
「……おぬしはそれを、あの模擬戦の中で考えたというのか?」
実は、炎魔法の特異さはずっと前から気になっていた。
俺もなぜか使えないし。
そして、よくよく考えてみると、炎魔法は何を操っているのか分からないことに気づいた。
俺の土魔法では、岩などの物質を操る。
ニナさんの木魔法では、木が対象になるだけで、ほぼ同じ。
風魔法は空気そのものを操作していると解釈できる。
レティさんの水魔法は、空気中の水分を操り、集めているようだ。
水弾にした後に放つ過程は、ステラマーレで観察した通り。
そして、基盤学校で習ったもう一つの基本魔法、雷魔法では、恐らく電子を操作しているんだと思う。
さて、では炎魔法は何だ?
炎が生じるために必要なものは、燃える物質、酸素のように条件を満たすガス、そして熱だ。
燃える物質が何なのかは調査不足。断定はできない。
空気中の塵が有力だが、もしかすると魔岩生成のように、魔力から生成された物質を燃やしているのかもしれない。
ガスはやはり酸素だろう。
そして不可欠な、熱。
これだけは、必ず術者が、何とかして用意しなければならない。
「熱の発生原理については、今日の模擬戦でヒントを得ました。その他の大部分は、前から考えていた仮説です。ずっと、炎魔法は他の魔法とは違うのではないか、と考えていました。……実は、俺は炎魔法だけ、使えないんです」
「!!!」
ガタッ!!!
スゥさんが立ち上がり、椅子が倒れた。
驚いた顔をしたまま動かない。
その尋常でない様子に心配になるが、侍女さんが慌てていないので大丈夫なのだろう。
…
……
しばらく待つと、スゥさんが口を開いた。
「……おぬしに、見て欲しいものがある」
そう言い、部屋の奥から何かを持ってきた。
「……これは?」
と俺は言ったが、それは俺がよく知るものだった。
幼児の頃から知っている。
「これは魔岩と岩の中間にあたる物質……そして、炎魔法を使えぬ者が、炎魔法を使うために用いるものじゃ」
……なるほど……!
あえて抵抗を挟み、熱を生むのに使うのか!
ジュール熱と同じ発想だ。
流石は炎魔法の国、当然詳しかったか……。
「この国では昔から使われているんですか?」
「いや………………妾が、発見した」
「え!? ということは炎魔法の原理を解明してたってことですか? それは凄い!! 俺はまだ仮説段階の部分も多く、再現までは……。そうか……。貴女は優れた研究者だったんですね! 是非意見を聞かせてほしいのですが……」
興奮する俺が気づくと、スゥさんはうつむき、肩を震わせていた。
「………しばし待て………」
そう言うと、スゥさんは足早に部屋を出ていった。
……
……あれ……? 久々にやってしまったか……?
俺は自分の言動を反省しながら、その場に立ち尽くした……。




