第20話:炎魔法
ルビーベイの北に広がる獣人の森は、レティさんの言う通りただの森だった。
いや、次々にモンスターが出てくるので、一般人からすればただの森じゃない気がしたが、このメンバーにとっては何でもなかった。
今回、ほとんどのモンスターを倒したのはレティさん。
「レティが経験を積むのに丁度いい」
というヴァルさんの提案によるものだ。
俺もニナさんも以前の話を聞いていたので、その一言で意図を理解した。
実際、この森での経験はレティさんをかなり成長させたと思う。
俺と開発した魔力を貯めるブレスレット(魔蔵ブレスレットと名付けた)を使うのも、上手になった。
ブレスレットに魔力が残っていても、通常通りの水魔法を放てるようだ。
敵との距離に余裕があるときは、普通に高威力の中級水魔法。
距離を詰められても、大した敵じゃなければ下級水魔法。
そして不意を突かれた時や、強敵に距離を詰められた時など、ここぞという時にブレスレットを用いた即時中級水魔法。
並大抵のことでは、レティさんを攻め切れないんじゃないだろうか?
状況判断も冷静。狙いも正確。末恐ろしい子だ。
そんなレティさんの快進撃により、あっという間にボレアリスである。
俺達が門に近づくと、兵の一人が大急ぎで引っ込んでいった。
客が来たことを伝えに行ったのだろう。
俺達が門に着くのとほぼ同時に、人力車に乗った高官が門にやってきた。
「ヴァレンティン様、レティシア様、及びご同行の皆様。お待ちしておりました。宮廷にご案内いたしますので、それぞれ二名ずつ、車にお乗りください」
見ると、高官が乗ってきたものの他に、かなり立派な人力車が2台あった。
ヴァルさんとレティさん、俺とニナさんで乗り込む。
ボレアリスは、俺の感覚ではアジアンテイストな国だった。
人力車から見える景色にどことなく懐かしさを感じる。
特に目を引くのが……
「着物だ……」
「あの衣服のことですか?」
「そうそう」
服屋に展示された美しい衣服は、まさに着物と言うべきものだった。
これまでこの世界で見てきた衣服とは、一線を画す完成度、美しさに思える。
これほどのものはドルフィーネでも見たことがない。
民衆の中にも、ちらほら着物姿の人が居るようだ。
宮廷に近づくほど割合が増えている。
「全員がヒト族の血を引いているようです。獣人族との混血が多く、エルフ族とドワーフ族の血を引く者は見当たりません。」
俺が民衆に注目していると、ニナさんが教えてくれた。
ニナさんは種族を見分けるのが得意だ。
確かに、少し偏った構成に感じる。
ドルフィーネでは、ドワーフ族かエルフ族の血が混ざった人も多かったし、ステラマーレとレグナムグラディでは、エルフ族の血が混ざった人が多かった。
ここボレアリスの近くには獣人族が多く暮らす国があると言うし、その影響はあるはずだ。
別に種族で区別とか差別とかしたい訳では無く、こうした都市ごとの種族構成の違いは、この世界の歴史を知る手がかりになるかもしれない。
少なくともニナさんはそう思って気にしているようだ。
◇
俺とニナさんは案内された宮廷内の部屋で、出されたお茶を飲んでいた。
俺は前世で相当なコーヒー派だったが、このお茶が良いものだということは分かる。
ヴァルさんとレティさんは皇帝に挨拶してくる、と言って高官と共に行ってしまった。
基本的に、政治的な面倒事は任せておけ! ということのようだ。
正直、そういった方面には疎いので、非常に助かる。
……さて、この状況……つい最近、似たような状況があったな……。
あの時はこのすぐ後に、ニナさんと勝負したい、なんて持ちかけられて——
ガチャッ!
「すまない。また手を貸してほしいのだが……」
思いの外、早く戻ってきたヴァルさん。
デジャヴ。
……ニナさん、今回も頑張ってきてね。
俺は心の中でエールを送る。
「分かりました。」
「いや、今回はドコウ殿だ……」
……あれ?
◇
案内された場所は、屋外の訓練場のようだった。
前回は道中でヴァルさんが経緯を説明してくれたのだが、今回は、
「今回は少し面倒かもしれん。申し訳ない」
としか言ってくれなかった。
少し緊張しているようだし、考え事をしているようにも見える。
自国の出来事だった前回とは、勝手が違うのだろう。
訓練場の中央には、見るからに高位の魔法師が一人。
そして訓練場の周囲にはビッシリとギャラリー。
数段高く作られた観覧席らしき場所にも、数人の人影が見える。
ああいう席を、御桟敷と言うんだったかな?
恐らく、あそこに皇帝も居るのだろう。
これは明らかに、事前に準備してあったな……。
最初に案内してくれた高官が近づいてくる。
「ドコウ様ですね? 突然申し訳ありません。 あちらに居る魔法師と、魔法による模擬戦をお願い致します」
「分かりました」
魔法師が見えた時点で薄々分かっていた。
これは俺がドワーフ族……正確には、土魔法と鍛冶魔法の使い手であることが関係しているだろう。
レグナムグラディでニナさんに剣術の話を教えてもらった時から、この懸念はあった。
ヒト族が確立した炉を用いる鍛冶は、俺から見ると凄い技術だ。
金属の性質を活かすその技法は、物理的な性質ならドワーフ製を超えると思っている。
しかし、ニナさんやヴァルさんのような達人にとっては、魔力を通わせやすいドワーフ製の方が圧倒的に性能がいい。
つまり、最強はドワーフ製、という構図になっている。
長い年月をかけて技術を磨いても、自分達では伸ばせない部分が理由で負けるというのは、面白くないだろう。
「……手紙に、魔法学を学ぶドワーフに、ボレアリスの魔法学を知る機会を与えてほしい旨を書いたのだ。すると、条件としてこの模擬戦を持ち出されてしまった。……表には出さずとも、ボレアリスが少なからずドワーフ族を敵対視していることは知っていた。しかし、ここまでとは……私の失敗だ。すまない」
「問題ないよ。これが条件なら、むしろ良い取引だと思う」
ヴァルさんがしょんぼりしているのでフォローしたつもりだ。
……しかし、どうしようかな……。
俺は訓練場の中央に向かって歩きながら、考える。
「これより! 宮廷魔法師長エンショウと、火を使わぬ民ドワーフの、ドコウ氏による模擬魔法戦を開始する!」
……あれ? 敵対心まる出しじゃ?
これは根深いかもしれんぞ……。
勝ったとしても称賛される気がしない。
だが、俺にも父たちから貰ったドワーフ族の誇りがある。
負けるつもりはない。
「……両者準備はよろしいですかな!?」
俺とエンショウさんは、離れた位置にいる審判役に頷いて応えた。
「では……始めッッ!!」
エンショウさんは右手に持った短い杖を俺に向ける。
向けられた先端には、小ぶりだが宝玉が付いているようだ。
……そうだよね、それが正しい持ち方だよね。
「フレイムショット!」
無数の火の玉が放たれた!
俺は地面から土の壁を生やし、これを防ぐ。
ちゃんと覗き穴は開けておいたので、相手の様子はよく見える。
「フレイムボム!!!」
土の壁を予想していたようで、エンショウさんは間髪入れずに次の魔法を放った。
今度は大きめの火球が一つだ。
ゴッ!!!
火球は土の壁を砕いて消えた。
俺にダメージはないが、そんな壁はいつでも壊せるぞ、というエンショウさんからのメッセージは受け取った。
魔岩の生成は控えている。
あれは土魔法の中でも高度な技術で、しかも本来は卒業試験でしか使わないもの。
土魔法にマイナスの印象を持つ大勢の前で、使うべきではないと思う。
そうなると地面の変形が基本になるのだが、問題は攻撃だ。
石柱による攻撃は威力がありすぎる。
どこに当たっても相手が無事に済む気がしない。
そこで、防御に徹し、相手に自身の無力さを感じさせる……と考えたのだが、今の様子ではそれも簡単にはいかなそうだ。
……しかし、さっきの炎魔法、フレイムボムだったかな?
あれを見て少し気になったことがある。
もう一度見せてもらおう。
俺は再び岩の壁を生やす。
「忠告が分からなかったか。ボムレイン!!!」
さっきと同じ大きめの火球、しかし今度はそれが無数に放たれた!
ドドドドッ!!!!!
◇
訓練場に轟音が鳴り響き、土煙が舞った。
会場がざわつく。
「ドコウさん!?」
レティが慌てた様子で声を上げる。
「……。」
ニナは動かない。
ただ静かに、様子を窺っている。
◇
……今のは模擬戦の威力だったか?
俺は土煙の中に立っている。
さっき作った岩の壁は、跡形もなく崩されてしまった。
今、俺の前には別の岩の壁が一枚ある。
「複数枚作れるようだな。では一撃で粉砕してくれる! フレアボム!!!」
特大の火球が放たれる。
しかし、その火球は岩の壁の前でシュンッと小さくなり、炎がホワッと弱々しく当たった。
……今のも模擬戦の威力だったか???
「なッ……!?」
驚くエンショウさん。
自分の渾身の一撃が消えてしまったのだから、無理もない。
……こっちも少しくらいやってもいいか。
俺はゆっくりと、エンショウさんに向かって歩き始めた。
それに呼応するように、岩の壁も前進する。
「……! ……くっ! フレイムボム!!!」
シュンッと消える火球。
何度やっても同じだ。
俺は歩みを進める。
「フレイムランスッ!!」
炎の槍だ。飛んできて消えた。
「な、なんだ!? ファイアガトリング!!」
視界を覆うほどの小さな火球が、全て、消えた。
俺は足を止めない。
エンショウさんとの距離もたいぶ縮まってきた。
……しかし、次から次へと……色んな名前の炎魔法があるんだな。
……いいよなぁ! 色んな技名があって!
思えば、レティさんの水魔法にも名前があったし、ヴァルさんも技名を叫んでいた。
なぜ……なぜ土魔法や拳術には技名がない!?
……はっ!?
ニナさんはどうだ……!?
今まで技名なんて言ってなかったが、無口だから言わないだけかもしれない!
この戦いが終わったら訊いてみよう……!
まあ、もうほとんど終わってると思うけど。
「な、なぜだ!? なぜ発動しない?」
もう小さな声が聞き取れる距離まで近づいている。
エンショウさんの炎魔法は、発動している。
恐らくいつもエンショウさんが使っているように。
だから消える。
「……そういえば、どうしたら勝ちなんだろう?」
俺は自分の前にある岩の壁を変形させ、エンショウさんを覆った。
ヒィッという声が聞こえたが、少しの間だけ辛抱してほしい。
……訓練場は静まり返っている。
俺はチラッと審判役を見た。
「そ……そこまでッ! しょ、勝者、ドコウ氏!」




