表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/75

第2話:状況把握

 私は今、母に抱かれて子守唄を聴いている。最高に心地良い。

 私は土公(どこう)。36歳のロボット研究者だ。

 精神的にはどうか分からないが、少なくとも肉体的には赤子ではなかった。

 こんなに心地良い待遇を、無料(タダ)で享受していい年齢ではなかったはずだ……。

 ……何がどうしてこうなったのか……?

 私はまどろみながら、思い出してみる。

 最近、印象に残った出来事は何だったか——


 ◇


「先生! ロボットが動きました!」

「マジか!」


 ああ……そうだ。

 その日の仕事を始めてすぐ、ノックもせずに司曜(しよう)さんが飛び込んできた。

 輝くような表情と興奮する様子から、実験成功の喜びがすぐに伝わってきたことを覚えている。

 心底嬉しかった。

 久々の感覚だった。


 私がロボットをちゃんと研究し始めたのは、数年前。

 それまでは色々な仕事を転々とし、目の前のことに必死になっていた。

 なんとなく、自分が本当にやりたいことが見つかると予感し、この分野に飛び込んだ。

 幸いにもその予感は的中し、最近になって、自分が生涯をかけてもやりたいこと、つまり自分の夢が何なのか分かってきた。


 どうやら私は、あまりにも便利で凄くて、誰もが利用したくなるような技術……いわゆる『基盤技術』というものを創りたかったようだ。

 そんな技術を創れるのは本当に一握りだけだし、大それた夢であることは分かっている。

 しかし、この夢を意識すると、不思議とやる気が湧いてきた。


 ……夢に気づくと同時に、もっと早くこの夢に気づきたかったな、と思った。

 36歳。若手賞の対象ではなくなる年齢だ。

 周囲には20代のうちから脚光を浴びている研究者がたくさんいる。

 もちろん夢を諦めるつもりはないが、もっと早く気づいていれば、今より軽い足取りで、夢に突き進んでいたかもしれない。

 ……まあ、あくまで可能性の話。

 確実に変わるのは、かける時間の長さくらいだろう。

 結局はコツコツやっていくしかないのだから。


『——司曜(しよう)さんは朝までしっかり休息を取るのがいいでしょう。いい論文を書くには体調を整えることが重要です』


 ……そういえば、こんなメッセージを送った。

 司曜(しよう)さんは幼い頃からロボット研究に強い思い入れがあったらしい。

 まだ20代で若く、賞にも、何にでも挑戦できる。

 大きな研究成果というものは、しょっちゅう得られるものではない。

 しかし、今回の成果は大きな研究成果に違いない。

 司曜(しよう)さんの努力の結晶だ。

 良い論文に仕上げたい。


「……よし、まずはこんなもんかな」


 時刻は20時。コメントを付け終わった。

 椅子から立ち上がり、少し広いスペースに移動する。

 腰痛と肩こり対策のため、一息ついたときには、こうして肩甲骨が動くように、腕を大きく上下するようにしている。


 耳には周囲の雑音を消すイヤホン。

 音楽は何もかけていない。

 夜の大学は静かだが、エアコンや換気扇の音を消すと、さらに集中しやすくなるのだ。


 ドスッ


 突然、イヤホンでは消せない、自分の身体を伝わる音が聞こえた。

 同時に背中を、熱いような、痛いような感覚が襲う。

 あまりの強烈さに意識が遠のいていく。

 ……もしかして、刺された……?

 私はそのまま、あっけなく意識を失った……。


 ◇


 ——そうか、刺されて死んだのか……。

 私はベビーベッド……というか岩? くり抜かれた岩に敷かれた布の上で目を開け、ぼんやりと茶色い天井を眺める。たぶんあれも岩なのだろう。

 刺された、ということは誰かの恨みを買っていたということだ。

 心当たりはないが、自分が知る世界が全てじゃない。

 何か私が知らない事情があり、私を恨む人がいたのかもしれない。


「…………ばぶ」


 私はため息をつく。……赤ちゃん流ため息は今ので良かったか?

 ……赤ちゃんってため息するんだっけ?


(……っ! あなた! ドコウが喋ったわ!! バブって!)


 急に周囲が騒がしくなったが一旦置いておく。

 ……夢、終わってしまったな……見つけてから終わるまで早かった。

 私には家族はいなかったので、そういった未練はない。

 司曜(しよう)さんのことは気になるが、間際に良い成果が出たのは幸運だった。

 あれを発表すれば大丈夫だろう。


(……なにィ!? 刃舞(ばぶ)だと!? そいつァ確か……高等剣技じゃねえか! こやつめ、剣術の才能まであんのか!?)


 親バカの波動を感じるが、やはり一旦無視して考え続ける。

 ……できればもう少し、夢に挑戦してみたかった。

 関連する技術の知識を深め、色々なことを試し、コツコツと理論を創り上げてみたかった。

 それもまあ、死んでしまったのなら仕方がない……。

 …

 ……あれ?

 私は今、生きているのだった。

 土公(どこう)としてではなく、ドコウとして。 新たな生命として。

 いわゆる転生……。

 にわかに信じられないが、これはむしろ、チャンスじゃないか?

 しかもどうやら私はドワーフ族。ドワーフといえば技工に優れた種族というのが定番だ!


 気づきが、確信に変わっていく。

 ……この世界で夢を叶えよう。

 ようやく見つかった一生の夢に、二生(にしょう)をかけて挑むとは滑稽な話だ。

 でも、良いじゃないか!

 どうせよく分からない転生後の人生、好き勝手にやってもいいだろう!


(あなた見て、ドコウの顔……!)

(なんて良い目してやがる……! こんな目をする赤子は見たことがねェ……! ……よォし分かった! ワシに任せておけ!! ……だがすまねェ、ワシが教えられるのは拳術だけだ。しばらくは、それで我慢してくれよ!!)


 生きる気力が湧いてきた……!

 父と母も興奮しているようだ。

 まずはこの世界、そしてこの世界の技術について知らねばならない。

 ドワーフがいるくらいだから魔法だってあるかもしれない。

 きっと前世では考えもしなかった技術体系が広がっているはずだ……!

 私の頭はまだ見ぬ技術への期待でいっぱいになった。


 ◇◇◇


「ドコウ、二歳のお誕生日、おめでとう!」


 手料理を用意してくれた母の声だ。

 テーブルには、もう、とにかく肉。すごい肉。


「かぁさん、あぃがとう」


 母、号泣。


「ドコウ! 祝いだ!」

 コトッ


 小ぶりのハンマーだ。


「とぉさん、あぃがとう」


 泣き崩れる父。

 私、ドコウの両親は親バカだ。 発症から二年、症状は悪化する一方である。

 私が転生してからもう二年が経った。

 ドワーフの成長速度は前の世界の人間と大差ないようで、この2年間は基本的な身体の動かし方などを覚える期間……になるはずだった。

 とにかく私を天才だと信じ切っているこの両親だ。

 今振り返ると、のんびりした子育てをするはずなどないことは、明らかだった。

 誕生日。

 いい機会だ。ざっくりと思い返してみよう……。


 ◇◇◇


 まず生後すぐ、母に抱かれ、全ての村人にたっっっぷり紹介された。

 母はちゃんと挨拶をするにはするのだが、その後の話のボリュームが凄すぎて、挨拶の印象は残らない。

 ドコウはすでに言葉を話せるだとか、ドコウは将来剣聖になるだとか、ドコウのゲップはセンスがあるだとか、もうとにかく止まらない。


 ドワーフのイメージをそのまま形にしたような父とは違い、母はあまりドワーフのイメージと一致しない外見をしている。

 まず父よりもずっと若く見えるし、体型もやや細身だ。

 耳も少し尖っているので、エルフを彷彿とさせるが、しっかり筋肉がある。

 第一印象の通り物腰は柔らかいが、どこか芯のある性格で、あの豪快な父と対等……か、むしろ少し尻に敷いているようだ。

 村人たちからの人望が厚いのも、族長の妻だからというだけでなく、母の個性に依るところが大きいのだろう。


 そういったわけで、永劫に続くとも思われる息子の自慢話にも、皆は嫌な顔一つせず、まるで我が子の話のように興味を持って付き合ってくれた。

 もしかすると本当に、村人全員が私を我が子のように思っているのかもしれない。

 というのも、この村に子どもは私だけなのだ。

 村人の人数は全部で37人、男女比はほぼ均等だが、全員が成人している。

 赤子が珍しく、可愛くて仕方ないのかもしれない。


 村人は全員が筋肉質だ。

 同じドワーフ族なのだから、身体的特徴が似ているのは当たり前なのだろう。

 しかし、父ほどドワーフドワーフしている人はいない。

 特にガタイの良さと声のでかさにおいて、父の右に出るものはいない。さすが族長だ。

 村人は基本的に採掘や鍛冶の仕事をしているようで、この点も私の知るドワーフのイメージにぴったりだった。


 ……さて、なぜ正確に37人と分かるのか? 一日中、何度も何度も数えたからだ。

 村人一人ひとりに母の話が繰り返される間、村の観察くらいしかできることがなかった。

 母の話は終わりそうにない。

 ……母の愛を感じながら、村の観察を続けたところで、私の記憶は途絶えている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ