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第19話:航海

「……この船に乗るの?」

「そうですよ!」


 ここはレグナムグラディの東に位置する、港町ポルトヴェント。

 俺は、停泊する立派な船を前に立ちすくんでいた。

 王族専用船なのだから当たり前なのだが……。


「り、立派だね……」

「はい! 見た目だけじゃなくて、速さも凄いんです! いざというときは戦闘も出来ます!」


 俺はレティさんと並んで船を眺めている。

 ヴァルさんは船の準備に行き、ニナさんは少し離れたところで船員と何か話している。

 ……あ、戻ってきた。


「ドコウさん、魚は海のどの辺りで取れるんでしょうか。」

「さっぱり分かりませんね。それぞれの場所で違う種類の魚が取れるんじゃないでしょうか?」

「そうですか。」


 ……? まさか、ね……。


 ◇◇◇


 無事に出航した船は今、全速力で海原を進んでいる。

 航海は極めて順調だ。

 ……ある一点を除いては。


「……。」


 ニナさんは船室の隅の椅子に座り、船窓(ふなまど)から外を眺めている。

 ……もうしばらく前からあのままだ。


「……。」


 事の発端は、航海の初日——。


 ◇◇◇


 ポルトヴェントを出港し、航海が安定してきた頃……ニナさんは船員さんに話しかけていた。

 二人は短く会話すると、船の端の方へ歩いていく。

 ……なんだろう?

 と思ったらすぐにニナさんが戻ってきた。

 片手に釣り竿を握りしめて。


「えっと……ニナさん、それは……?」

「魚を取る道具だと聞きました。」

「やはり、釣り竿……ですね」

「!……知っていたんですね。ドコウさんに訊けば良かった。」

「いや、俺はちょっと知っているだけで、詳しくないですよ」


 会話をしながらも、釣り糸を垂らすニナさん。


「どんな魚が釣れるんでしょう。」


 語尾に♪マークが付いてる気がするのは、俺だけだろうか。

 ……大丈夫かな……。

 心配だし、他にすることもないので、隣に座って待つことにした。


 …

 ……

 ………


「……。」


 その日は、ボウズだった。


「その……ニナさん、釣りは難しいらしいですから。期待せず、退屈しのぎのつもりで……ね?」

「……はい。」


 そもそも、こんなに高速で運航している船から魚なんて釣れるのだろうか?

 この世界の魚をよく知らないので何とも言えないが……。


 ◇


「はっはっは、ニナ殿。あまり大物は釣らないように頼むぞ。この船では処理できん」

「はい。」


 次の日も、ニナさんは釣りを始めた。

 皆はニナさんが、ただの暇つぶしでやっていると思っているようだ。

 しかし、皆より少し付き合いの長い俺には分かる。

 ニナさんは本気(マジ)だ。


 しかし、その日も、その次の日も、何も釣れない日が続いた。


 ◇◇◇


 航海が始まって一週間以上が経過した。

 ニナさんは今日も釣り糸を垂らしている。

 ……なんか可哀想になってきた。

 誰か何か言ってやってくれ……!

 ——そう思った、その時!


「……!」


 ニナさんが垂らした釣り糸が、ピンッと張った!

 凄い引きだ!


「ドコウさん! かかりました!」


 ……こんなに大きなニナさんの声を、聞いたことがあったか?

 ニナさんはそのまま、勢いよく獲物を釣り上げる!


「こ、これは……!!」

「……!!」


 それは、3 mほどの黒光りする大魚。

 その魚に、俺は見覚えがあった。

 ……クロマグロ……?

 よく見ると細部は違うが、ちょっと似ている。

 騒然となる船内。


「これはルビートゥーナじゃないか!」

「食べられますか?」


 驚くヴァルさんに間髪入れず問うニナさん。


「た、食べられるんだが……」


 泳ぐ目で俺を見るヴァルさん。

 ……ゴクリ。


「ル……ルビートゥーナは、一部の器官に毒を持っている。死後はすぐ、全身に毒が回るため、食べるには、専門技術を持った調理師が、釣り上げてすぐに解体する必要があ——」

「その調理師はどこに。」


 迫るニナさん。

 汗を吹き出すヴァルさん。


「こ、この船にはいない……」

「……………………………………………………………。」


 あっ……ニナさんが泣いちゃう……!


「毒を食べても、死なないかもしれません。」


 杖に手をかけるニナさん。


「ニナさんダメです! ルビートゥーナの毒は猛毒なんです! 死んじゃいます!」


 全身で懸命に止めるレティさん。

 俺が……俺がなんとかしなければ……!!


「ニナさん! 俺とまた来ましょう! 今度は職人たちを連れて! そ、それと! 街で専門店にも行きましょう! きっと極上の料理が食べられます! そのためにも、ここで死ぬわけにはいかないですよ!」

「……………約束ですよ。ドコウさん。」


 ニナさんは俺の目をじっと見つめ、確かめるように、俺の名を口にした。


 ◇◇◇


 ——そして船室。

 ニナさんはそれからずっと、船窓から外を眺めている。


「……ドコウさん。」

「はい!」

「また来ましょうね。」


 ——漁船で。

 俺は続くその言葉を聞いた気がした。


 ◇◇◇


 ボレアリスの南方に位置する港町、ルビーベイ。

 ポルトヴェントと航路で結ばれたその町は、大きくはないが活気のある町だ。

 俺はこの町を愛している。


「……美味しい……」


 ルビートゥーナ専門店がある、この町を。


「ドコウさん、これも美味しいですよ……!」


 順調に航海を終え、大陸に上陸してすぐ、俺とヴァルさんは店探しに走った。

 そうして見つけたのがこの店である。

 かなり当たりの店だ。


「おう! お客さん! 随分とルビートゥーナを気に入ってくれたみてえだな!」


 店主のようだ。

 表情がほぼ変化しないニナさんの反応を読み取るとは、流石プロ。


「そんなお客さんに、とっておきを教えてやるぜ! ルビートゥーナの料理はどれも絶品だが、その中でも一番の、サシミ、って食べ方だ!」


 ……待て。


「こいつぁ、船上でルビートゥーナを捌いた直後、そのまま食べる食べ方なんだが、濃厚な味と、とろける食感がたまんねえ! 旬の時期しか味わえねえし、船に乗らなきゃならねえんで大変だが、お客さんならきっと気に入ると思うぜ!」


 カッ! とニナさんの瞳が俺を捉えた!


「……約束。」


 俺は精一杯力強く、頷いて応えた。

 頷き返すニナさん。


 ……かくして、後にルビートゥーナ事件として語り継がれるその事件は、一度その幕を閉じたのだった……。


 ◇


 その日の晩、明日の予定を確認するため、俺たちは宿屋に併設された酒場の隅に集まった。

 船は港に停泊し、整備しておくそうだ。

 この大陸から出るときにまた乗ることになる。

 まず、レティさんがこの辺りの土地について説明してくれた。


「ボレアリスはここから北の『獣人の森』を抜けた先にあります。この森は昔、名前の通り獣人族の住処(すみか)だったそうなんですが、今はただの森みたいです。……獣人族の皆さんはここから北西の『グリムホルド』という国に移り住んだと言われてまして、今もグリムホルドには獣人族の血が濃い人達が住んでいます。……このグリムホルドにも寄ってみますか?」

「……うーん……。とりあえず、当初の予定通りボレアリスに行こう。グリムホルドに行くかどうかは、その後で考えようかな」

「分かりました!」


 道中の心配はあまりなさそうだ。

 むしろボレアリスに着いた後のことが気になる。


「今更なんだけど、レグナムグラディの王族である二人が、他国のボレアリスに簡単に入国しちゃって大丈夫なのかな?」

「それは問題ない」


 とヴァルさん。


「実は、ボレアリスからはよく武具を仕入れているので、交流は珍しくないのだ。念の為、報せも送っておいた。……それに今のボレアリスは、余程のことがないと他国との争いを起こさないだろう」

「何か特殊な状況に?」

「……ボレアリスは皇帝が治める、いわゆる帝国なんだが、現皇帝はしばらく前から覇気がなく、大人しい。あくまで、たまに行われる会談での印象だが、とても戦争を始められるような様子ではない」

「なるほど。いい時期に来たということかな」

「そうとも言えるな」


 明朝のボレアリスへの出発に備え、その日は解散になった。

 ……炎魔法を信仰するボレアリス。

 炎魔法といえば、高エネルギーで高い威力を叩き出すイメージが強い。

 ロボットの高機動化……例えばブースターで空を飛ぶなんて、夢みたいなことも実現できるだろうか。

 まだ具体的な応用案は浮かばないが、知っておいて損はない。


 ……俺とニナさんが唯一使えない、炎魔法。

 分からないことだらけだ。

 再び未知の技術と出会う日を思いながら、俺は眠りについた。

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