第18話:剣術の国
レグナムグラディ。
それは、要塞都市と言うべき場所だった。
四方を高い城壁で囲われたこの都市に入るには、城門を通るしかない。
その城門には重厚な鎧を纏い、剣と盾を携えた騎士がズラリと並んでいる。
今回はヴァルさんとレティさんが居たため、ステラマーレのような騒動にはならなかった。
それどころか、そのまま都市の中央に聳える城に案内され、豪華な一室に通されてしまった。
「父や母、兄弟らはレティの恩人である貴殿らに会いたがるだろうが、大事に発展して連日のパーティになりかねない。私から話しておこうと思うが、良いだろうか?」
もちろんイエスだと伝えると、ヴァルさんとレティさんは出ていった。
今はニナさんと二人だ。
「ドコウさん、この街の人々……。」
「あ、ニナさんも気になりました?」
「はい。エルフの血が少し濃いようです。」
俺もここまでの道中で気になった。
ほとんどヒト族と言ってもいいが、耳が少し尖っていたり、肌が白かったりと、エルフ族の身体的特徴を持つ人が多い傾向にあった。
やっぱり髪は黒くないけど。
「魔法的な特徴はヒト族に近いと感じました。恐らく木魔法を使えるものは少ない、もしくは居ないでしょう。」
「……うーん、何か歴史的な理由があるんですかね……」
そういえば、レグナムグラディはその名の通り、剣術の国だ。
ニナさんの攻撃方法は剣術に通じるところがある。
何かの共通点かもしれない。
「そういえば、ニナさんの戦い方は剣術っぽいところがある気がするんですが、合ってますか?」
「はい。私は杖に魔力を通わせ、風魔法を用いて斬撃を与えます。」
「なるほど。しかしヴァルさんとはかなり戦法が違いますよね」
「そうですね。私の師は別の流派だったようです。」
そうか、剣術と言っても一つではないのか。
……もしかして拳術も、父から教わったドワーフ流以外の流派があるのかも?
もしそうなら是非見てみたいものだ。
今はそれよりも、少し気になったことを訊いてみよう。
「魔力を通わせる、とはどんなものか訊いてもいいですか? ヴァルさんも使っていたやつですよね」
「ええ。武具によってやりやすさは変わりますが、魔力を通わせることで強度を高め、切れ味や防御力を向上させることができます。」
「やっぱり……」
「練習すればドコウさんにも出来ると思います。しかし、強度が上がるのは魔力を通わせている時だけです。ドコウさんのように物質を変えたままにすることは、普通できません。」
なるほど……鍛冶魔法とは似て非なるもの、と思っておいた方が良さそうだ。
そうだ、鍛冶ついでにもう一つ。
「さっき言っていた、武具によるやりやすさの違い。もしかして、やりにくいのはヒト族が作った武具ですか?」
「そうです。」
道理でドワーフ族の武具が、ドルフィーネの目玉商品になる訳だ。
ドワーフ村で初めて鍛冶魔法を見た時、俺はこの世界の鍛冶が前の世界のものとは違うと思った。
しかし、ドルフィーネの基盤学校で、それが全てではないことを学んだ。
炉を使った鍛冶もあるのだ。
鍛冶魔法を使えるのはドワーフ族のみ。
しかし、ヒト族も武具は必要だ。
人類の大半を占めるヒト族に供給するとなると、ドワーフ族だけでは到底足りない。
そうした需要と供給のアンバランスを解消するため、別の武具製作手段として確立された技術、それが炉を使った通常の鍛冶だ。
ヒト族もヒト族なりに技術を発展させている。
そして、ヒト族の技術はどうやら、前の世界のものに類似する点が多い。
ここからは推測だったが、さっきのニナさんの答えで確信に変わった。
ヒト族の鍛冶は金属の性質を活用する『物理的な』方法。
それに対し、ドワーフ族の鍛冶は魔力によって変質させる『魔法的な』方法。
この違いが、武具の性質に大きな影響を与えるようだ。
「ということは、ニナさんのその杖も?」
「はい。エルフ族の祖母から譲り受けたものです。」
なるほどね……。
また一つ勉強になった……と思っていたところで、扉が開いた。
ヴァルさんだ。
「……ニナ殿、非常にすまないのだが、手を貸してもらえないだろうか?」
「?」
◇
ヴァルさんに案内され、俺とニナさんは城の中庭にやってきた。
開けた場所に芝生が綺麗に整えられており、運動をするのにうってつけだ。
「話は概ね順調だ。船の手配は早速始まっているし、ボレアリスへ訪問の報せも送った。貴殿らへの感謝を示す場は、また後日、しっかり準備した上で盛大に催すことにも了承を得た」
……あれ? なんか最後のとこだけ聞いてたのと違うような?
「……だが、弟……第三王子のカスパーがな、私とレティが尊敬する程の貴殿らの力を、確認したいと言い出したのだ。恐らく貴殿らを困らせるためではなく、自らが納得し、安心したいのだと思う。このカスパーの意見に他の兄弟らも賛同してしまってな……。そこで、すまないのだが、ニナ殿にカスパーと手合わせしてほしいのだ」
「なぜ私に?」
「……ドコウ殿はちょっと規格外すぎてな……。無から岩の盾を生成する防御に、岩を操作した高速移動など、皆すぐには理解できないだろう。我々と同じく剣術の使い手であるニナ殿の方が、格上であることを理解しやすいのではないかと考えた」
「分かりました。どの程度なら良いですか?」
手加減の話だ。
「何もならずに終わるのが一番だが、恐らくそうはならない。武具はどうなっても良いので、できればカスパーは傷つけないでもらえると嬉しい」
「分かりました。」
中庭の中央には、準備を整えた騎士が待機していた。
カスパーさんだろう。
ニナさんは静かにその前に出ると、背中に携えていた杖を右手に持った。
俺が最初にニナさんを見たときと同じ、自然な構えだ。
持っているのが剣ならば。
相変わらず、身の丈と同じくらいの長杖の、宝玉側を柄として持っている。
……あまりにも自然に構えるので、これが当たり前な気がしてくるから怖い。
ヴァルさんが二人の中央、少し引いた位置に出た。
「これより、ニナ殿とカスパーの手合を始める。両者準備はいいようだな。では……始めッッ!!」
その瞬間、カスパーさんが駆けた!
ヴァルさんには劣るが、かなりの腕のようだ。——しかし、
「……くっ!」
「……。」
ニナさんはカスパーさんの剣を最小限の動きで躱し、杖を首元で止めた。
技量の差が圧倒的だ。
……一瞬で勝負が着いたように見えたが、カスパーさんは諦めなかった。
跳躍して距離を取るカスパーさん。
ニナさんがヴァルさんを見ると、ヴァルさんは頷いて応えた。
もう少し頼む、といった感じだった。
確かにこんなにあっけなくでは、納得しにくいかもしれない。
次に動いたのは、ニナさんだった。
そして、その瞬間に勝負は完全に決まった。
カランッ……
ニナさんは目で追うのがやっとの速度でカスパーさんに接近し、そのまま駆け抜けた。
気付いた時、カスパーさんの兜、剣、盾はすべて真っ二つになっていた。
……ニナさん……どれか一つで良かったんじゃ……?
兜の下に表れたカスパーさんの顔に、戦意はもうなかった。
「そこまでッ!!」
ザワザワザワ……ッ
「……。」
「ニナ殿、恩に着る」
「いえ。」
ニナさんは何事もなかったように俺の方へ歩いてくる。
……ちょっと待てよ……?
今、ニナさんが簡単に両断したカスパーさんの装備は、かなり上等なものだった。
そのニナさんが斬れなかったヒルタートルの皮膚って、結構ヤバかったんじゃ……?
「ニナさん! 凄いですっ!」
レティさんが嬉しそうに駆け寄ってきた。
なんだかちょっと誇らしげだ。
「いえ。」
「……ニナ様、ありがとうございました」
ヴァルさんに支えられてカスパーさんがやって来た。
すっきりした表情だ。
「ヴァル兄様より強い人がいるなんて信じられませんでしたが、世界は広いのですね……。ヴァル兄様とレティが付いていきたいというのも、納得できました」
「言った通りだろう。ニナ殿は我らと戦法こそ違うが、格上の剣術の達人だ」
「…………ドコウさんは、私が斬れないものを砕きます。」
「「「……!?!?」」」
あ! 面倒になって俺に振ったなニナさん!!
……三人は化け物を見るような顔を俺に向けたまま、動かなくなってしまった。
◇
俺とニナさん、ヴァルさん、レティさんは、最初に通された部屋で今後の旅程を確認していた。
明日にでもポルトヴェントに発ち、スムーズに船で出港できる予定だそうだ。
特に問題もないようなので、俺は一つ気になっていたことを訊いてみることにした。
「……ヴァルさん、ステラマーレの門では門番がニナさんの髪を見て騒ぎになった。しかしこの国の人たちは、さっき中庭でニナさんの髪を見ても、それほど驚いてなかった。……何か理由があるのかな?」
「……。」
ニナさんもヴァルさんを見る。
「……ふむ。理由があると言えばあるが……ないと言えばない」
「……どっち?」
「いや、すまない。我々は黒い髪に対して、良いとも悪いとも感じていない。ただ、知らない、見たことがない、というだけだ。ステラマーレの門番は、初めて黒い髪の人間を見て、門を通していいか判断が付かなかったのだろう。それで私を呼んだ」
「なるほど……。ヴァルさんはあの時どう考えた?」
「私は、怪しいが刺客である可能性は低い、と判断した。刺客なら、もっと目立たない見た目で来るだろう、とな」
「確かに」
「……これまでに黒い髪の話を聞いたことは?」
ニナさんが問う。
「ない。だから私は、貴殿らの行動で判断した。……この国の人間は、実力を重んじる現実主義者が多い。昼間騒ぎ出さなかったのは、そのためだろう」
「……。」
「私も最初はびっくりしたけど、すぐに良い人だって思いました!」
とレティさん。本当にニナさんに懐いている。
お姉様、とか言い出しても不思議ではない。
「ありがとう。」
ニナさんは少しホッとしたように見える。
いい仲間に巡り会えたようだ。
俺達は明日の出発に備えて眠ることにし、解散した。
……ニナさんに関する情報はほぼゼロのままだが、まだ始めたばかりだ。
そう簡単に分かるとは思っていない。
これもまた、コツコツやっていくしかないだろう。




