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第17話:王子と王女

 その日の晩、山を越え、標高が低くなった辺りで野宿となった。


「ボレアリスに向かう方法を説明させてほしい」


 焚き火を囲んで食事を取った後、ヴァルさんが切り出してきた。

 レティさんは登山の疲れのせいか、すでにヴァルさんに(もた)れて眠っている。

 ヴァルさんは、レティさんが眠るまで待っていたようだ。


「これまで話せずにすまなかった。この話は我々がステラマーレに居た理由、そしてレティが水魔法の即時発動を練習していた理由にも関係する」

「それは是非、聞かせてほしいです」

「分かった。……まず、私とレティの話になる。我々はレグナムグラディの、王族だ」

「……え?」

「私は第二王子、レティは……第一王女になる」

「王子様と王女様……?」

「ドコウ殿に『様』と言われるのは心苦しい」

「わ、分かりました……」

「できれば、敬語もやめてもらえると助かる。私は、貴殿らに(うやま)われるようなことをしていない」

「……うーん、そう言うなら……」

「助かる」


 そうして一呼吸置くと、ヴァルさんは話を始めた。


「……私の一族は、代々男が多くてな。レティが生まれるまで、王に娘はいなかった。幸いにも兄妹の仲は良く、またレグナムグラディは規律と実力を重んじる国なため、権力争いのようなものはない」

「それは、なんというか……気持ちの良い国だね」

「はは、ありがとう。……ただ、それでも第一王女というのは目立つのだ。レティはまだ若い。しかしもう少しすれば、政略結婚などを目的とした騒動に巻き込まれるだろう。……あの夜は、ドコウ殿の横で困った顔をするレティを見て、もうその時が来たのか、と思ってしまった」


 確かにあの瞬間、俺がレティさんに答えにくいことを訊いて、困らせていたな……。

 ヴァルさんからすれば、ずっと恐れていた状況だった訳だ。

 それは勘違いもするだろう。


「なるほど。理解できるよ」

「助かる。……レティがもっと幼い頃、我々兄弟は話し合い、レティを守ると決めた。『守る』と言った時、文字通り、城の中で防御を固めるイメージが湧くかもしれんが、レグナムグラディではそうは考えない。実力を重んじる我が国では、自らの身を守れる実力を身につけられるよう、育てるべきだ、と考える。それこそが本当の意味での『守る』ことだと信じている」


 立派な考え方だ。

 ますます、レグナムグラディという国は気持ちの良い国なのだと感じる。


「賛同できる考え方だ。……それで、水魔法を?」

「その通りだ。レグナムグラディが誇る剣術は、重厚な装備を用いた重剣士スタイル。小柄なレティには不向きなのだ。……そこで、レティの魔法適性を調べたところ、水に高い適正がある、と出た。これを聞いて我々は、魔法師を目指す道を選んだ」


 あの晩のヴァルさんの技は、突進からの強力な一撃を基本とする、豪快なものだった。

 レティさんが放つ姿は想像しにくい。

 ……もし出来れば、ギャップがカッコいいけど。


「……しかし水魔法は、時間をかけて大きな一撃を繰り出すスタイル。咄嗟に刺客(しかく)に対応することができないのだ……。このことに気付いた時には、レティは既に高位の水魔法師となっていた」

「やっぱり、レティさんの水魔法はかなり高レベルなんだね」

「うむ。水魔法に優れるステラマーレで、史上最年少で高位の職についた」


 水魔法の本場で史上最年少……。

 予想していたよりもずっと凄いようだな、レティさん。


「この才能、努力を不意にするのは惜しい。そう考えた我々は、水魔法を素早く打つ方法を模索し始めた。……誰もなし得たことがないのはすぐに分かった。しかし、レティの才能を信じ、挑戦することにしたのだ。レティも懸命に励んでいたが、芳しくなかった。……そんな時に、貴殿らと出会った……というわけだ」


 なるほど……。

 つまり、彼らにとっては水魔法がどれだけ上達するよりも、刺客から身を守る術を得る方が重要だった、ということか。

 それが長年の、唯一の目的だったのだ。

 俺は理解したことを頷いて伝える。


「次にボレアリスに向かう方法の話だ。前置きが長くなった。……レグナムグラディの王族専用船を使う。いつでも出港できるよう、ポルトヴェントで整備されているので、待ち時間はない。この船は文字通り、王族を運ぶために使用される船だ。そのため、私かレティを同行させてもらう必要があった」

「……ということは、俺達を送るために旅をすると?」

「貴殿らへの礼と詫びとして、そうしたい。しかし正直に言うと、船の話とは別に、貴殿らに付いていきたい理由がある」


 なんだろう?

 まだ俺達が世界を巡ることくらいしか話してないはずだけど……。


「……聞いてもいいかな?」

「もちろんだ。むしろ、聞いてほしい。……あの夜、私は決死の覚悟でドコウ殿に挑んだ。正直に言ってほしいのだが……私は勝てただろうか?」

「……」


 これは答えにくい質問だ。


「頼む」

「……では……。もしあれが本当に最高の技で、もし俺がヴァルさんの身を案じなかったのであれば、俺は負けなかったと思う」

「負けなかった、か……ドコウ殿は優しいな。ニナ殿はどう思う?」

「ドコウさんが加減をしなければ、あの技は(かわ)され、次の一撃で死んでいました。」


 冷静に、冷酷にニナさんは分析する。


「……やはり、そうか。そして仮にドコウ殿が居なかったとしても、ニナ殿、私は貴殿に負けていた」

「……。」


 ニナさんが動いたあの一瞬で見抜いたようだ。


「貴殿らに失礼な言い方かもしれないが、あの夜は私の勘違いで良かった……と思った。……もし本当に貴殿らがレティを狙う刺客だったら、私はレティを守れなかった」


 ……それもあって、一晩で冷静になったのか……。

 朝に現れたヴァルさんは、説明を聞く前から全く敵意がなかった。

 鎧と盾を置いてくるほどに。


「安堵と同時に、危機感を覚えた。それは、今後のレティのことだけではない。私自身のこともだ」


 ヴァルさんは、俺とニナさんの顔を順に見る。


「貴殿らは私が知らない世界に居る。……私はレティの独立後、私の力や立場を世の役に立てたいと考えている。それが、レグナムグラディの騎士道精神だと信じているからだ。……しかし、私が知る世界は狭すぎた。こんな状態では、大局を見失った判断をしてしまうだろう……。……迷惑であればボレアリスまででも構わない。貴殿らの(そば)で、共に世界を感じたいのだ」


 そう言ってヴァルさんは深く頭を下げた。

 レティさんを起こさないように、土下座は控えたようだ。

 ……つまりは、もっと色々経験して視野を広げたい、ということか。

 俺と同じだ。


「……分かった。ちょっと大げさな気はするけど……俺に拒否する理由はないよ。そもそも、迷惑でもない」

「感謝する!」

「……では、レティさんはレグナムグラディに?」


 レティさんは眠ったままだ。


「……もし許されるなら、レティも付いていかせてほしい。……あの夜、貴殿らが去った後のことだ。謝り続けるのを止めたレティは、沈黙した後、私に掴みかかってこう言った。『あんなに凄い人たちは見たことがない。もっと一緒にいたかったのに、もし嫌われてしまったら絶対に許さない』と。あのような剣幕のレティを、私は初めて見た」


 ……ヴァルさんが翌朝静かだった理由、俺の深読みだったかも。

 単に妹に嫌われそうになってショックを受けてただけかも。

 しょんぼりしてただけかも。


「レティは貴殿らに尊敬の念を抱き、憧れたのだ。この年頃の若者にとって、憧れは極めて強い原動力になる。……重ねての願いになることは重々承知の上で頼ませてほしい。どうかレティも連れて行ってくれないだろうか!」


 これまた重い……!

 けど、突き放すような理由はない。

 むしろ、魔力を貯める技術の発展に、協力をお願いしたいくらいだ。


「分かった。……実は、俺としてもレティさんに付いてきて欲しいと思ってたんだよね」

「ええ。」


 ニナさんも同意見のようだ。


「重ね重ね、感謝する!」


 ◇


 長い話が終わり、さて寝るか……となった時に事件は起きた。


「ドコウさん、待って。」

「どうしました? ニナさん」

「今日は私が。」


 ニナさんはそう言うと、木を生やし始めた。

 複数の木は複雑に絡み合い、あっという間に四軒の小屋になった。

 …………え。


「レティさんが疲れているようだったので。」

「……」


 俺は言葉を失い、無言で小屋の扉を開ける。

 ヒノキを思わせる、気品のある香り……!

 心落ち着く、滑らかな肌触り……!

 そして……なんということでしょう? 中に草か綿を詰めたベッドは、ふかふかした柔らかさではありませんか……!


「……」


 俺は小屋の外に出る。


「どうですか?」

「……ニナさん……今までごめん……」

「?」


 その夜、俺は極上の寝心地を噛み締めて眠った。

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