第16話:兄騎士
次の日の朝、俺とニナさんは魚を食べていた。
朝昼晩と食べ続け、この辺の魚料理屋は一通り制覇した。
ここはその中でもお気に入りの一つだ。
「……。」
黙々と食べるニナさんは無表情なのだが、不思議と幸せそうに見える。
食事の希望を聞いても魚ばかりだったし、かなり気に入ったようだ。
「あ、ドコウさん! ニナさん!」
「待たせてしまったようだ……すまない」
お、来てくれた。
レティシアさんと隊長さんだ。
昨晩、騒動の場に居た警備兵に、ここで落ち合うことを伝えるように頼んであった。
レティシアさんはいつもの白いローブ、隊長さんは帯剣しているが、鎧と盾は身に付けていない。
休暇を取ってくれたようだ。
「おはようございます、レティシアさんと隊長さん」
「……。」
ニナさんはいつもの会釈。
「あの、昨日は本当にごめんなさい! えと……あの後、私は眠ってしまったみたいで……朝起きたらドコウさんが話の場を設けてくれたって聞いて……。それでその……まだ兄に説明できていません……」
無理もない。
そもそも昨日の騒動は、ヘトヘトになるまで水魔法の練習をした後だったのだ。
「大丈夫。とりあえず、座ってください。……レティシアさんから説明しますか?」
「は、はい!」
かくかくしかじかまるまるくまくま。
レティシアさんは一昨日の晩に俺達と出会ってから、昨晩までにあった出来事を説明した。
「……何!? アレに成功した!? ……やはり昨日のは見間違いではなく……。はっ!?」
隊長さんはバッと席を立ち、床に膝をついた。
……これは土下座の構え!?
この世界にこの文化があることに驚くが、まず止めなければ!
「ちょっと待ってください隊長さん! 勘違いだったんですから、そこまでする必要はありません」
「……! し、しかし……! 妹の恩人に本気の剣を向けてしまったのだ……。 そういう訳にはいかん!」
「実は、レティシアさんに協力したのは、自分の目的のためでもあるんです。それに、昨晩は結局こちらに被害はありませんでした。だから気にしないでください」
「そ、そうか……」
席に座り直す隊長さん。
レティシアさんの説明のお陰で、ここで解決すべきことはもう解決できてしまった。
「なんにせよ、無事に誤解は解けましたね」
「改めてありがとうございます! ドコウさん、ニナさん」
「私も、感謝してもし足りない。……やはり、何かで恩を返したいのだが……。……そうだ。貴殿らは旅の者だろう? もしよければ目的地を聞いても良いだろうか。何か力になれるかもしれん」
どうしても何かしないと気が済まないらしい。
剣を向けたことに対して、というのもそうだが、水魔法の件が大きそうな感じだ。
そういえば昨日は聞きそびれてしまったが、水魔法を早く打てるようになりたかった理由は何なんだろう。
「最終的な目的地、というのは決めていません。とりあえず、東回りにぐるっと各地を巡ろうと思っています。なるべくあちこち行ってみたいですが、特に魔法学の研究が盛んな国や、歴史に詳しい国は寄るつもりです」
魔法学は俺のため、歴史はニナさんのためだ。
ステラマーレに来た目的……魔力の貯蔵にはある程度の成果が出たが、魔力量も少ないし、水を放つ魔力では岩……つまりゴーレムを動かすのには使えない。
まだまだ調査が必要だ。
「ふむ……。となると、次はレグナムグラディ、そしてボレアリスか……」
隊長さんは少し考えた後、何かを決断したように話し始めた。
「ここから東に最も近い都市は、レグナムグラディという。剣術は盛んだが、残念ながら魔法学はあまり発展していない。また、他国に比べれば新しい国なので、歴史の研究に特別秀でている訳でもない。……ここから最も近く、魔法学も発展している国は北方のボレアリスだ。この国では炎魔法が信仰されている」
「つまり、次に俺達が目指すべきなのはボレアリス、ということですね」
炎魔法の国。
ロボットにどう応用できるかはまだ分からないが、炎魔法自体に少し興味がある。
「その通りだ。しかし、この国は今我々がいる大陸とは別の大陸にある。海を渡る必要があるのだ。このための船は、レグナムグラディの東にあるポルトヴェントという港町から出ている。……しかし、定期船は貴重なため、予約制だ。これに乗るには、しばらく待つ必要がある」
「なんと……」
そんなに急ぐ旅じゃないとはいえ、ただ停滞するというのはあまり好きじゃない。
「……そこで提案なのだが、我々を旅に同行させてもらえないだろうか? ここでは詳しく話せないが、待たずにボレアリスに向かう方法がある。貴殿らの助けになれる、と誓おう」
「え? ステラマーレでの生活とか仕事とかは、いいんですか?」
「元々、ステラマーレに来たのはレティが水魔法を身につけるためだ。その目標も、昨晩、貴殿らの協力で達成された」
……うーん、ますます気になる。
「それに、我々は元々レグナムグラディの人間なのだ」
なるほど、地元民ならではの方法ってことか。
それなら地元の人に頼るのが一番……かな。
「……分かりました。ニナさんはどうです?」
「私は構いません。ありがたい話だと思います。」
よし。
俺はこの二人が悪い人ではない、と確信していた。
隊長さんとは一悶着あったが、レティシアさんを大事に思ってのことだ。
会話からも誠実さを強く感じる。
「……では、お願いしようと思います」
レティシアさんの表情がパッと明るくなる。
「嬉しいです! よろしくお願いします! ドコウさん、ニナさん!」
「ええ、よろしくね。」
ニナさんが微笑んだように見えたが、やはり錯覚だ。
この二人は何か通じ合っている感じがする。
「これで礼をすることができる……ありがとう。……私はヴァレンティンだ。ヴァルと呼んでほしい」
「あ! ずるいです兄様! 私もレティと呼んでください!」
「分かりました、ヴァルさんにレティさん。俺のこともドコウと呼んでください」
「私はニナ。」
出発は二日後となった。
二人の仕事関係の手続きと、旅の支度のためだ。
俺とニナさんは、お気に入りの魚料理屋に別れを告げに回るので忙しかった。
◇◇◇
ステラマーレを旅立ってから数日後、俺達は山を登っていた。
ステラマーレとレグナムグラディの間には山脈が走っているため、山越えは避けられない。
そこそこの険しさだが、レティさんはどうかな……?
……息が上がっている。
そろそろ休憩するかな。
「レティ、ペースが落ちているぞ」
言いつつ、ヴァルさんは片膝をつき、両腕を後ろに伸ばす。
……ん? この構えは……。
「……はぁっ……ごめんなさい、皆さん……っ」
「だらしないぞ。魔法師とはいえ、この程度の山は越えられなければ。さあ乗りなさい」
おんぶの構えだ!
この数日、いや、一緒に旅に出た初日に分かった。
ヴァルさんはかなりのシスコンだ。
口では厳しいことを色々言うのだが、行動が伴っていない。
まあ、レティさんはまだ若い。
実際、この山はキツいだろう。
ヴァルさんはたぶん20代半ば。
歳の離れた妹が心配で仕方ない、といった感じだ。
「……兄様! ……はぁっ……子供扱いは……やめてください……っ」
「そ、そうか……」
しょんぼり立ち上がるヴァルさん。
もう何度も見た光景。
……しかし、レティさんはかなりキツそうだし、このままだと嫌なところで夜を迎えそうだ。
「……よし、少しズルしちゃおうか」
俺は魔岩を生成、変質させ、四人で乗れる大きさの石板を作った。
さながら、空飛ぶ石板だ。
そして、ここに風除けを作れば……この世界では若干浮いた岩製の車の完成だ。
そう! 二重の意味で浮いている!
……。
この大きさに人を乗せて操作するには、結構な集中力が必要だ。
だが、戦闘時の速度よりは遅いし、いけるだろう。
「さあ、全員乗ってください」
「ありがとうございます。」
「これはなんだ!? ドコウ殿、説明してほしい!」
「……! ……!? ……!?!?」
何も説明していないのに疑いもなく乗るニナさん。
なぜか若干怒っているヴァルさん。
息切れと驚きで、もう言葉が出ないレティさん。
「岩だね」
それぞれを乗せ、高速で空を飛ぶ岩製の車は、一気に山を越えた。




