第13話:約束
俺はニナさんと共に平原を歩いていた。
尋ねたところ目的地はステラマーレだと言うので、一緒に行くことになったのだ。
少し話してみると、ニナさんは口数が少なく、表情もほぼ変わらないが、気難しい人ではないことが分かった。
見たことないほどの美人なので、ドキドキしてしまいそうだが、不思議と話しやすい。
高嶺の花すぎるからだろう。
「ところで、なぜヒルタートルと戦っていたんですか?」
「頼まれたからです。貴方は?」
「あ、ドコウでいいですよ。俺も同じです」
「私もニナで。」
「では……ニナさん、他にも訊いていいですか?」
「はい。」
「最後に使ったのは、木を操る魔法……ですか? 魔法学は学んだのですが、知らない現象だったので……気になってます」
「はい。木魔法、と呼んでいます。魔法学には含まれていません。」
「なるほど……」
「様々な植物を生やして操ります。」
「え、木だけではないんですか?」
「はい。形を変えることもできます。」
「それは便利……」
なんだか土魔法と似ている。
「私もいいですか?」
「あ、どうぞ。何でも訊いてください」
「あの素早い動きは?」
「ああ、あれは……」
俺は足に魔岩を生成し、岩に変えて固定する。
「こうやって生成した魔岩を岩に変質させて固め、この岩を操作して移動したんです」
「……。」
「ちょっと手を出してもらってもいいですか?」
「?」
俺はニナさんの手のひらに小さな魔岩を生成した。
「こんな感じで魔力を固めて作ります」
「こんな簡単に……。」
「良ければそれは差し上げます。あ、割れやすいので気を付けてくださいね」
ニナさんは小さく頭を下げ、魔岩を懐にしまった。
……そろそろ日も暮れてきたな。
「そろそろ休みましょうか」
「はい。」
「あの……ニナさん、炎魔法は使えますか?」
「…………いえ、使えません。」
あら、ニナさんもか……。
魔法学を習い、簡単な魔法は使えるようになったのだが、炎魔法だけはダメだった。
煙すら立たない。
まあ、他も治癒以外は戦闘に使えるレベルではないので、こんな時くらいしか気にならないが。
「……ですが、火は起こせます。」
ニナさんは懐から枯れ草と火打石を取り出し、カッカッと火種を作った。
枝は俺が持っている。
さっきのキラービーを倒した後、道を開くついでに取っておいたのだ。
◇
「なぜステラマーレに?」
食事の後、ニナさんが話しかけてきた。
ちなみに、食事は予想外の豪華さになった。
用意した干し肉をかじるだけ……と覚悟していたのだが、それを見たニナさんが果物の木を生やしたのだ!
まさか野宿で、採れたて新鮮果実を食べられるとは思いもしなかった!
「ステラマーレが最終的な目的地ではないんです。旅の目的は、世界を巡り、この世界のこと、特に技術のことを知ることです。だから、ステラマーレにしばらく滞在したら、次の都市を目指します。ドルフィーネから森を抜けて来たので、次はもっと東ですかね」
「…………。」
「……」
ニナさんは何も言わなかった。
ここまでニナさんは、自分が訊いた分だけ自分も答える、といったギブアンドテイクのやり取りをしていた。
ここで言い淀むということは、旅の目的は喋りにくい、ということなのだろう。
「さて、そろそろ寝ましょう。ちょっと待っててください」
「……?」
俺は岩で小屋を建てた。
もちろんニ軒。完全個室制。
もはや野宿の定義を疑いたくなる快適さだろう。
……よしよし、ニナさんも驚いている……はずだ。顔には出てないが。
◇◇◇
そんなこんなで楽しく歩いているうちに、俺達はステラマーレに到着した。
ステラマーレは、海に面した都市だ。
海産資源も豊富と聞く。
……一体どんな魚が食べられるのか……!
都市へと入る門をくぐる際、俺の頭は様々な魚料理でいっぱいだった。
「……止まれ」
門番に声をかけられた。
「そこのお前、フードを取れ」
ニナさんに言っているようだ。
平原を歩いているときはフードを外していたニナさんだが、今は最初に見た時のように深く被っている。
「……騒ぎになったら、すみません。」
ニナさんは小さな声で言うと、フードを外した。
「……!? ……なんだその髪は……!? 貴様らッ! そこを動くなッ! ……おい誰か! 隊長を呼べッ!!」
ニナさんと俺は門番たちの槍に囲まれてしまった。
……髪?
状況がよく分からない。
まあ、隊長さんが来るようだし、ひとまず大人しくしてみよう。
……しばらくして、上等な鎧を来た剣士がやってきた。
隊長だろう。
隊長さんは門番の後ろから、俺達……というか、ニナさんをじっと睨んでいる。
……惚れたか?
「…………」
「隊長! いかがいたしましょう?」
「……この者らは何をした?」
「いえ、何も!」
「では、解放しろ。ひとまず保留とする」
「はっ!」
隊長がこちらに一歩近づいた。
「拘束したことを詫びよう。だが、怪しい真似はするな」
それだけ言って去っていった。
……何もせずに捕まって、何もせずに解放された……よく分からん。
◇
ステラマーレは活気のある都市だった。
ドルフィーネほどではないが、たくさんの人が暮らしている。
そして……魚料理屋がアッチにもコッチにも!
今のところ寿司屋らしき店は見つかっていないが、まずは現地の料理を食べてみたいところだ。
「先程はすみません。」
「え? いえ、何もなかったですし、気にしないでください。それより、食事にしませんか? 魚料理が食べられそうですよ……! あ、ニナさんは魚、大丈夫ですか?」
「…………あまり食べたことはないですが、大丈夫だと思います。」
「では……!」
◇
ニナさんが目をあれほど大きく見開くのは初めてだった。
「美味しい……」
「ほんとに! 最高ですねえ」
さすが港町……港都市? の魚だ、あのニナさんの表情を変えるとは……!
俺も負けてはいられない。
ニナさんは意外なほどの勢いで魚料理を平らげた。
誰かと食べる食事というのは、やはり楽しいものだ。
◇
素晴らしい夕食を終えた後に向かった宿も、また素晴らしかった。
少し値は張ったが、ジーナスさんのお陰で余裕はある。
旅の疲れを癒やすべきだろう。
なんてったって、久しぶりのベッドだ……!
岩の小屋は雨風をしのげるし、モンスターや動物に襲われる心配もないしで、野宿の割には快適なのだが……なにしろ硬い!
そういえば、鍛冶魔法は柔らかい土や粘土にも変質できるのか……?
今度やってみよう。
コンコンコンッ
「……すみません。」
ニナさんの声だ。
外はもう暗いが、どうしたのだろう?
ガチャッ
「どうしました? ニナさん」
「外を歩きませんか。」
ニナさんらしくない申し出だ。
ただならぬ雰囲気に、俺は努めてにっこりと笑い、外へ出た。
◇
都市の端に、砂浜があった。
岩場も多い。
この世界の海を間近で見る最初の機会だが、夜なので真っ黒である。
満月の光を反射してキラキラしていることだけ、かろうじて分かった。
波はあるようだ。
「……ドコウさんは、この髪をどう思いますか?」
ニナさんはそれまで被っていたフードを外しながら尋ねた。
ここなら岩に隠れて周りから見えにくい。
……やはり髪の話だったか……。
ニナさんは、門での出来事を気にしているようだった。
恐らく、説明しなければならない、と考えたのだろう。
出会った時にも髪のことを訊かれた。
あの時に答えた通り、驚くほど綺麗な黒髪ロングだ。
こういう髪は前の世界でも大人気だったと認識している。
「……やはり、とても綺麗、というのが素直な感想ですが……それが何か……?」
「……。」
待とう。
波の音が聞こえる。
「……この世界に、黒い髪の人間はいません。」
「……え?」
「少なくとも数百年は、一人も見つかっていません。……私を除いて。」
それで今日の騒ぎか……。
……確かに言われてみれば、ドワーフの村はまだしも、ドルフィーネでも黒髪の人を見たことはない。
ほとんどが金髪。
あとはまちまちで、結構カラフルだが、黒髪はいなかった。
いわゆる異世界のイメージと合致していたので、全く気にしていなかった。
……しかし、そんなことがあるのか?
なぜ一人だけ違う髪色、なんてことに?
「……私は……なぜ私だけなのか知りたい……それが旅の目的です。」
「……そうですか……。自然な考えだと思います」
「やはり貴方は、そう言ってくれるのですね」
「……?」
「ドコウさんの旅は、世界を巡ると聞きました。」
「ええ、そのつもりです」
「……一緒に行ってもいいでしょうか? 私も世界を巡って、私が何者なのかを、知りたいのです。」
真っ直ぐこちらを見る桔梗色の瞳が、月明かりに光って見えた。
静かだが、強い意志のこもった瞳。
「それは願ってもない。これも何かの縁です。……一緒に世界を見て、一緒に世界を、知りましょう」
ニナさんは相変わらず無表情だが、どことなくホッとしたように見える。
「改めて、よろしくお願いします」
「はい、ありがとうございます。ドコウさん」
ニナさんは確かめるように、俺の名を口にした。
「ウォーターブラスト!!!」
その時、近くの岩場から声が聞こえた——!




