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第12話:黒

 ドルフィーネから東に歩けば恵みの森だ。

 そのまま東に直進すると、やがて左手に大きな湖が見えてくる。

 この湖は星曜湖(せいようこ)と呼ばれ、森の恵みの源だと考えられてきた。

 湖から南東に進路を変え、しばらくすると森を抜ける。

 そこからさらに延々と歩いて到着するのが、ステラマーレだ。


 俺は、ドルフィーネとステラマーレを結ぶ、恵みの森経由の交易ルートを進み、森の出口に近づいていた。

 恵みの森には、在学中に護衛の皆とモンスター退治に来ていたため、そこそこ詳しい。

 特にこの交易ルート付近はモンスター討伐の依頼も多く、来る頻度が高い。


 ……ドォンッ……

「……ん?」


 まだかなり遠いが、地響きと共に轟音が聞こえた。

 鳥たちが森の出口から真っ直ぐに、こちらに向かって飛んでくるのが見える。

 ヒルタートルが居るのだろう。

 居ることは分かった上で来ているのだから、慌てることはない。

 俺は進路を音の方へ微修正し、そのままのペースで歩みを進めた。


 ◇


 ドォンッッ……!


 轟音は鳴り続けている。

 木々に隠れて確認しづらいが、薄っすらと緑に覆われた茶色い山が、時折動いているのも見えてきた。

 あれがヒルタートルで間違いない。

 歩くだけで随分大きな音がするもんだ……と思っていたが、ひょっとすると、ただ歩いている音ではないかもしれない。

 ……誰か襲われてる?

 俺はペースを上げた。



 ドォンッッッッ!

 ……ガッ! ……ガッ!


 近づいてくると、地響きとは違う音が聞こえることに気づいた。

 そろそろ森の出口だ。

 木々の合間から見えている山の大きさから察するに、ヒルタートルはちょうど森を出てすぐのところに居るようだ。


 ガッ! ガッ! ……ガッ!

 ドォンッッ!!!


 森の出口間際、視界が開けたところでようやく目視できた。

 ちょっとした山のように大きなヒルタートルと、それに退治する亜麻色(あまいろ)のローブを深く被った人。

 その人は右手に長い杖を持っている。……のだが、それ持ち方あってる???

 杖の一端には宝玉がついており、ちょうど母が見せてくれた杖を長くしたような見た目だ。

 普通、杖といえばこの宝玉を相手に向け、魔法を放つところをイメージするだろう。

 しかし、その人は宝玉側を柄のようにして、反対側をヒルタートルに向けている。


 ガッ!


 ……殴ってる……いや、斬ってる?

 よく見れば杖の表面には風魔法が張り巡らされており、杖での一撃は斬撃に変化しているようだ。

 その人が斬撃を繰り出す度、ヒルタートルの皮膚に薄っすらと傷が入る。

 甲羅は狙おうともしない。

 硬すぎてダメージを与えられていないようだ。

 ……うーん、助太刀参上! とすべきだろうか……。

 俺が悩む理由、それは、その人が劣勢ではないからだ。


 ドォンッッ!!!

 ……ガッ!!


 その人の身のこなしは、実に見事だ。

 まるで舞でも舞うかのように、無駄なく流れる動きでヒルタートルの踏みつけ攻撃を(かわ)し、的確に関節などの柔らかそうな部位を攻撃している。

 確実に俺より手練れだ。実戦経験も比じゃないだろう。

 俺が最初に音を聞いたときから戦っているのだとすれば、相当な時間、対峙していることになる。

 しかし、その人の流麗(りゅうれい)さは疲労を感じさせない。

 もし、あの人が何かの目的でヒルタートルと戦っているのだとすれば、俺が介入することを良く思わない可能性は高い。

 その後のトラブルにもなりそうだ。


 ◇


 ガッガッガッ!!!


 その後しばらく見ていたが、事態は進展していない。

 ただ、じっくり観察して分かったことがある……たぶんあの人は女性だ。

 身長は恐らく俺より少し低いくらいだが、動きから見て、ほぼ間違いないと思う。

 ちなみに今の俺は、森の端っこの茂みに隠れ、かなり遠くから様子を(うかが)っている状態だ。

 ……なぜか言い訳したい衝動に駆られる。……覗いている訳じゃない! 真面目だ!


 ガガガッッ!!…ガッ!!!

 ドォンッッッ!!!


 ……心做(こころな)しか、杖を持った女性に焦りが見えてきた気がする。

 そりゃそうか。こんなに長く戦っていて変化がないのだから。

 ヒルタートルの攻撃が彼女に当たることはなさそうだが、戦っているからには倒したい理由があるのだろう。


 ……ザッ……


 杖の女性がヒルタートルから少し距離を取った。

 諦めたのだろうか……? しかし、そんな雰囲気ではない。

 その時、彼女が持つ杖の宝玉が淡く光り始めた……!

 どうやら奥の手があるらしいが、それならなぜ、こんなに長い間使わなかった……?


 答えは一つしか思い浮かばない。使いたくないからだ。

 どんな奥の手なのかは勿論分からない。

 しかし、恐らく何らかの重いリスクがあるのだろう。

 ……俺は、重いリスクを負おうとしている人を、ただ覗いているだけでいいのか?

 父や母、ジーナスさんたちが信じたドコウはそんなやつなのか?

 そんなわけない。


 俺は足に生成した魔岩を岩に変え、高速で操作してヒルタートルと彼女の間に立った。


「……!」

「突然すみません。横槍させてもらっても……いいですか?」

「……助かります。皮膚が硬く、私には決定打がありません。」


 やはり女性の声だった。凛とした声だ。

 彼女からすれば突然のことのはずなのに、返答はすぐにきた。


 ゴォッ……!!


 ふと見ると、ヒルタートルが『二人まとめて潰してやる!』と言わんばかりに踏みつけようとしている!

 これはチャンス!


 ゴォォン……


 俺は巨大な石柱でヒルタートルの左前足を受け止める。


「……これは土魔法……」

「ええ。では、このまま任せてください。俺、こういう系は得意なんです」


 ゴッ!!

 ………ドズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン……!!! (バキバキバキ……ッッ!!)


 左前足だけ石柱に乗り上げたカメさんの左腹を、さらに石柱で突き上げればどうなるか?

 転倒し、森に倒れ込むヒルタートル。

 山のような甲羅が横向きのまま止まる。

 こちらにはカメの裏側が見えている。

 ここなら内臓まで衝撃が伝わるだろう……!


 俺は、思いっきり魔力を放出しつつ、拳打を繰り出した!!


「ふんッ!!!」

 ドゴッ!!!!!!!


 ヒルタートルの裏面に向けて俺が放った拳は、内臓にダメージを与え……るだけでなく、その向こうの甲羅まで粉砕した!!

 森の奥で山が崩れるような音が聞こえる。

 …………あれ、これって交易ルート無事かな……?

 ひとまずヒルタートルはピクリとも動かない。

 ま、まあ……難なく勝利!


「……凄い威力ですね。」


 気づけばすぐ後ろに先ほどの女性。


「ははは、思いっきりやり過ぎたかもしれません……」


 クスッと笑ってくれた気がしたが、ローブに隠れて見えない。


「ところで、白状すると、しばらく貴女(あなた)の戦いを見ていました。相当に腕の立つ方だとお見受けします。そのため、手を出していいかどうか悩んでいるうちに遅くなり……すみません」

「構いません。視線には気づいていました」


 ウッ! 覗いてません! 真面目です!


「なぜあのタイミングで?」

「何か苦渋の選択をしたようだったので」

「……。」


 少し間が空いた後、彼女はおもむろにローブのフードを外した。

 まず目に映ったのは、長く、黒い髪。

 次に白い肌……そして、とがった耳。

 エルフ。


「ご助力頂いたのに顔を隠し、名乗りもせずに失礼しました。ニナと言います。助かりました。」


 彼女は表情をほとんど変えずに言った。

 桔梗色(ききょういろ)(青みがかった薄紫)の瞳がこちらを真っ直ぐ見つめる。


「……俺の方こそ自己紹介がまだでした。ドコウと言います。その……」

「ドワーフ族の方ですね。私はエルフです。」

「……ええ、その通りです」

「……。」

「……」

「驚かないのですね。」

「え? 何に?」

「この髪に。」

「髪? ……いや、正直、綺麗な髪だな、とは思ってますが……あ、そういう意味では、驚いてると言えるかな……」

「…………。」


 あまり感情を出さないタイプ……それはもう確定だ。

 しかし、敵意のようなものは感じない。

 母からは、ドワーフとエルフは犬猿の仲だと聞いていたが……ニナさんもあまり気にしない(たち)なのだろうか?


 ブゥンッ……!!


 その時、鳥肌が立ちそうな翅音(はおと)が周囲を覆った!


「……! キラービー……!」


 ニナさんの言う通り、キラービーだ。

 普通は、針にさえ気をつけていれば問題ない相手。

 しかし、なんだこの数!!!

 いつの間にか空が真っ黒! あれ全部キラービー!?

 ……もしかして、さっきヒルタートルを転倒させた時、巣を何個か壊したか?

 さすがにこの数で来られたらひとたまりもない!

 俺は咄嗟にニナさんと自分を、岩のドームで守った。


「……すみません、これたぶん俺のせいです」

「いえ。」


 さてどうするか……。

 色々と訓練してきた俺だが、苦手なことがある。

 範囲攻撃だ。

 拳術も土魔法も、基本的には威力重視のスタイルなので、こういった極端な一対多での有効打を持っていない。


「……有効打がないようですね。」

「……! バレましたか。その通りです」

「では、合図をしたらこの岩壁を崩してください。」

「え?」

「今度は私に任せてください。…………私、こういう系は得意なんです。」


 ニナさんは無表情のままだ。

 しかし、ちょっと楽しそうに見えた。

 俺は思わずニッと笑い、


「では、お願いします! いつでも!」

「……どうぞ。」


 バラッ!!!

 ブゥゥゥゥゥンッッッ!!!!!!!!!!


 岩のドームを崩した外の景色は、闇だった。

 しかし!


 ザシュシュッッッ!!!!!!!!!!


 けたたましい音と共に、キラービーの大群は全て切り刻まれた。

 森から、または地面から伸びた無数の枝によって。

 よく見ると、枝の一本一本が風魔法を帯びている。

 ……木を操った……!?


「……凄い。ありがとうございます。助かりました」

「いえ。……これでお相子ですね。」


 俺は、ニナさんが微笑んだように、錯覚した。

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