第11話:ドワーフ
ジーナスさんの案で俺の目的地が決まり、夕飯まで自由時間になった。
俺は、この隙に用事を一つ済ませることにした。
父に聞きたいことがあったのだ。
「父さん、ドワーフの成長について教えてほしい」
「おォ、そうか。それはそうだな」
この六年間で一番驚いたこと。
それはもちろん、自身の身体の急成長だ。
ニ年ほど前に落ち着いたのだが、今度はニ年間ほとんど成長していない。
明らかに、俺が知っている人の成長ペースと、ドワーフのそれは大きく違うようだ。
自分の身体について知っておきたいと思うのは、当然だろう。
父の説明の要点は二つ。
一つ目は、ドワーフには五段階の成長があること。
まず一段階目。生まれてから4歳ごろまで、ヒト族と同じくらいのペースで育つ。
これは精神的な成長の期間だと言っていた。
ニ段階目が、4歳から8歳までに一気に身体が完成する期間。
その後が三段階目で、しばらくほぼ成長しない期間が続く。
この極端な成長の仕方は、肉体労働を生業としてきたドワーフ族の進化の結果だと信じられているようだ。
四段階目が、ヒゲが生える期間。
この頃になると、後進の育成に努めるものが増えるという。
最後の五段階目が、非常にゆっくりと老いる期間だ。
二つ目は、ドワーフの寿命は個人によってかなり差があり、短くて200歳、長いと600歳以上生きるということ。
こんなに差がある理由はよく分かってないらしい。
「ちなみにワシは今年で273歳になるが、まだ老いはきてねェ!」
確かに父は、ヒゲこそ立派だが、老いているという感じではない。
「母さんは? 父さんよりずっと若いし、ヒゲも生えてないよね?」
「母さんか? 母さんはあァ見えてよ——」
ギンッ!!!!!
——その瞬間、時が止まったかに思えた。
そうではなく、自分が息を止めてるのだと気づいたのは、数秒の後だった。
闇よりも黒く、血よりも紅い殺気が背後(の台所)から俺を突き刺す。
否、この殺気は俺に向けられたものではない。父だ!
身体は動かない。
なんとか眼球を動かし、父を見ると、褐色の肌が青白く変色し、全身から汗を吹き出している。マズイ!!
「……ト……トーサン……ケン…ジュツ…ミテ……」
「………………ォゥ……」
消え入るような声で答えた父を支え、俺は這うようにその場を脱した。
◇
夕飯は俺と父母、そしてジーナスさんの四人で食べた。
村を上げて宴会しようという案も出たが、積もる話は尽きないだろうから、ということで村の皆が遠慮してくれたらしい。
アリアナさんも連れてこれれば良かった。
こうしていると、俺は五人家族な気がしてくる。
夕飯が落ち着いてきた頃、
「お話したいことがあります」
とジーナスさんが切り出した。
……そういえば今回のジーナスさんの目的は、父と話すことだって言ってたな……。
「ドームさんに、モンスターの討伐をお願いしたいのです」
ジーナスさんは単刀直入に用件を告げた。
ドームは父の名だ。
「珍しいな……。何があった?」
「はい。実は先日、恵みの森を東に抜けたところで、ヒルタートルが確認されました。交易ルートの付近です」
「あいつか……最後に見たのは30年くらい前だったな」
「ええ。しかも今回の個体は、どうやらあなたが前に倒した個体よりも、硬い甲羅と皮膚を持っているようです。発見した騎士団にはベテランもいたのですが、剣では傷一つ付かなかった、と言っていました」
「……それでワシか……」
「はい、族長という身で村を離れにくいことは重々承知していますが、ドームさんの拳術がないと太刀打ちするのは難しいのが現状です……」
「…………」
父は考えている。
豪快に『あァ!いいぜ!』と返事するのかと思った。
やっぱり村を守る義務がある、ということか……それなら——
「ドコウ、おめェ、ステラマーレに行くんだったよな?」
「はい」
「じゃ、おめェが倒してみるか」
「わかった!」
予想通り。
「……い……いやいや、ヒルタートルですよ? 殺意を持った山のようなモンスターです! より硬い亜種かもしれません! ドコウくんの実力がいくら凄いと言っても、まだ9歳ですよ!?」
「まだ子どもだって言いてェのか……?」
「そうです!」
「……よし、母さん、今やっちまおう」
「ええ、そうね」
「……? ……なにを……?」
そう言うと、父と母は家の奥へ、何かを取りに行ってしまった。
が、すぐに戻ってきた。
「ドコウ! もうすぐ10歳だったな! ちと早ェが、旅立っちまう前に祝わせてくれ!」
「ドコウ、これはプレゼントよ」
随分いきなりだ。
しかし準備してあったということは、急遽、というわけではなさそうだが……。
プレゼントは、ブレスレットだった。
「これまで送ったのもちゃんと着けているわね。今回のは左腕に。とうとう四つになったわね……これは一族のならわしなの」
と、母がにっこりしながら、新しいブレスレットを左腕に着けてくれる。
母の言う通り、4歳の誕生日から始まり、6歳、8歳の誕生日にもブレスレットが届いた。
全て少しずつ装飾が違い、着ける腕の左右を指示する手紙が同封されていた。
つまり、これまで俺は右に二つ、左に一つのブレスレットを着けていたのだが、左右に二つずつになったわけだ。
「ありがとう、母さん。父さんも。でも、急にどうして……?」
俺の誕生日は少し先だ。
これまでと同じようにして、ステラマーレにでも送ってくれれば良い気がするが……。
「10歳の誕生日はな、特別だ!」
「そう、ドワーフにとって、10歳は成人する歳なのよ」
「成人……大人ってこと……?」
俺の確認に頷く二人。
確かに村人は、身体的に成人に見えるだけでなく、成人として扱われていた。
身体の成長の早さだけでは、村に俺以外の子どもがいないことを説明できない。
「し……しかし、10歳は10歳。ヒト族ではまだ成人の半分にも満たない……」
文化の違いに唖然としたジーナスさんが、ボソボソと喋っている。
さっきも珍しく興奮していたし、整理が追いついていないのかもしれない。
「ガッハッハ! そんなにのんびりしてるのはヒト族くらいだ! ワシらはヒト族みてェに大人数では暮らさねェ。全員が自分で生きられなきゃならねェんだ」
「……! 初耳……でした」
ジーナスさんも少し合点がいったようだ。
あの状態から素直に飲み込める度量は、流石と言える。
「ドコウはこれから世界を回る! ヒルタートルくらいやれなきゃいけねェ! ……それによ、ジーナス。おめェ、前をよく見てみろ。おめェには、ドコウが、頼りない子どもに見えんのか?」
「……」
「ワシと母さんはドコウがドルフィーネに行くとき、覚悟を決めたぜ。……おめェも、ドコウを信じる覚悟を決めな!」
「……! そう……そうですね……! ……コホンッ! いや、失礼しました。ドコウくん」
ジーナスさんにいつもの余裕が戻ってきた。
「改めて、ドコウくん。ヒルタートルの討伐、お願いできますか?」
「任せてください!!」
俺はジーナスさんとガッ! と握手を交わした。
◇
「ではジーナスさん、アリアナさん、改めて、お世話になりました」
ドワーフの村を出発した後、俺は一度、ジーナスさんたちと共にドルフィーネに戻ってきた。
ヒルタートルが発見された場所はドルフィーネからの方が近いので、せっかくなら、というわけだ。
「このまま出発するんですか?」
「はい。ここでのんびりしたら、せっかくの気持ちが盛り下がってしまいそうで」
「それもそうですね。では、アリアナさん」
「ええ。ドコウくん、これを持っていって頂戴」
小袋だ。
見た目より重い。
「開けても?」
「もちろん」
金貨だった。
「え!? これは……!?」
「こういうものは、実の親からは渡しにくいでしょう。しかし、旅には必要です。……と言ってカッコよく渡すつもりで持ち歩いていた分に、ヒルタートル討伐報酬を足しておきました」
「報酬って……まだ……」
「私も覚悟したんですよ。細かいことは気にせず、貰ってください」
なんだかジーナスさんらしい。
素直に受け取ることにした。
護衛の皆さんにも改めて別れを告げ、俺はドルフィーネを発った。
◇◇◇
カランカランッ……
ドコウが旅立って数日後、店にローブを深く被った客が訪れた。
「いらっしゃい!」
「……」
客は店内を見渡し、あるところで目を留める。
「……これ……」
「ん? ああ、これが見たいのか? お目が高いな! これはつい一週間くらい前から置いてる新商品だ! なんとあのドワーフが作った凄い装置でな、ここを——」
ひと目で、理解した。
「いくら……」
「え? ああ、金貨10枚だが、でもあんた——」
ジャッ……
小袋。
「え! ま、まいどあ——」
「どこ……」
ひと目で、見定めた。
「あ? ああ……色んな都市や国を見て回るって言ってたが、行き先は聞いてねえ」
ジャッ……ジャッ……
小袋が二つ。
「……」
「お、おいあんたこりゃ!?」
「どうしたの……?」
口の軽い店主の、妻。
客は彼女を一瞥し、
チャリンッ
一枚。
「え? 金貨!?」
「……」
「ちょ、ちょっと!」
客は去った。
「……! こ! これ全部金貨じゃない!?」
「……あ、ああ……」
其れは特別な存在。
「……」
其れは何者にも排されぬ存在。
「……へへ……」
始祖たる存在を除いて。
「……へへへ……へへへへへ……」




