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第83話 会社から自宅謹慎を言い渡される

会社に戻ると、まるで叫び声のような大きな声がフロア中に響き渡っていた。

何事かと声のする方を見やると、斎藤さんが電話口で身ぶり手ぶりを交え、床に頭を押し付けて謝罪しているのが見えた。


「この度は、我らが不手際により、貴殿にはご不快の念をおかけし、まことに相済まぬ。この非礼、深くお詫び申し上げまする!」


想いだけは伝わったのか、電話越しの相手はそれ以上苦情を言ってこなかった。

彼女のオーバーな謝罪が、こんなところで功を奏するとは意外だった。

俺はすぐに課長のもとへ向かい、取引先での状況を説明する。

課長はその話を険しい表情で聞いていた。


「わかった。今から緊急対策会議が開かれる。そこでお前の処遇についても話されるだろう。お前は通告があるまで自宅謹慎だ」


課長に言われた「自宅謹慎」という言葉が、俺の胸に大きくのしかかった。

事の次第がどれだけ重大なのかを実感する。

俺は課長に頭を下げ、帰宅する準備を始めた。

そんな俺を見て、近藤さんや沖田が近づいてきた。


「あまり気落ちするなよ。会社も事実確認はするだろうからな。それまでは辛抱してくれ」


近藤さんが慰めるように俺に言った。

隣の沖田も必死に励まそうとしてくれる。


「そうですよ! 土方さんは何も悪くないんですから、大船に乗ったつもりでどぉんと構えていてください」


ん?

何か違う気がするが、もうそんな沖田に突っ込む気力もなかった。


「ありがとうございます。俺は大丈夫です。こうなった経緯に、少なからず自分の軽率な行動があるんですから、こういった処分になるのも致し方ないとは思っています」

「けど……」


それでも近藤さんは心配そうな顔で俺を見つめてくる。

この人はどこまで部下想いなのだろうと感心した。


「安心してください。思っている以上に俺は落ち着いているんです。いつかはこんな日が来るんじゃないかとは思っていたので」



俺はそう言って、近藤さんに弱々しい笑みを向けた。

わかっていたはずだ。

大人が未成年と必要以上に深く付き合えばどうなるか。

反社会的な人間とわかっていながら付き合いを続ければ、世間からどういう目で見られるか。

今回の件は身から出た錆としか言いようがない。

俺を心配する営業部の同僚たちを横目に、会社を出る。

その途中で、営業部の席から大村が不安そうな表情でこちらを見ているのが分かった。

あんなことがあっても、大村は俺を心配してくれている。

それがどこか嬉しかった。



家に帰っても何もやる気が起きず、俺はテレビもつけずに一日中布団の上で寝ていた。

古びた汚れた天井が視界に入る。

スマホを片手で持ち、アドレス帳を開いて、そこに記載された市子や里奈、小林の連絡先を見つめた。

あいつらとはこんなに仲良くするつもりはなかったし、ましてや連絡先を交換するような関係になるとも思っていなかった。

ずるずると付き合っていくうちに、こんなに親しく、そして身近な存在になってしまったのだ。

傍から見た俺の状況を世間がどう思うかは知らない。

それでも、市子や里奈と外に遊びに行くくらい仲良くなったのは確かだし、反社である小林と気さくに話せるまでの関係にはなった。

事情があったにせよ、既婚者である涼子とホテルに入ったのも事実で、家出してきた姪を家に泊め、結果的に同じ布団で寝ることになった。

この事実は変えられない。

俺が背負うべき責務があるのだろう。

だとしても、何も知らないあいつらにまでその責任を負わせたくはなかった。

自覚があったのに止められなかった自分が情けなく、憤りさえ感じていた。



気が付けば夜になっていた。

窓の向こうはもう暗い。

あれだけ落ち込み、何もしたくないと思っていたのに、おかしなものだ。

こんな時にも腹は減るらしい。

飯を食う気力もないはずの俺だが、生存本能だけはしっかり働いているようだった。

家の中を見て、何か食べるものはないか探した。

しかし、すぐに食べられるようなものはない。

かといって料理する気も起きず、仕方なく俺は食料を調達するために近くのコンビニに出かけることにした。

こんなことなら、帰る前に買い物をしておけばよかった。

服を着替え、財布とスマホだけ持って部屋を出る。

階段を降りたところで、ツンと鼻を衝く煙草の煙の匂いがする。

俺は胸騒ぎを感じて、その匂いのする方へ振り向いた。

そこには塀に体をもたれかけ、煙草を吸う父親の姿があった。

その姿を見た瞬間、俺の腹からマグマのような熱い怒りが込み上げてくる。

同時に俺に気が付いた父親が、煙草を床に投げ捨てて、足で踏みつぶしているのが見えた。

そして、ゆっくりとこちらに近づいてきた。


「よくものこのこと俺の前に顔を出せたな。自分が何をしたのかわかってるのかよ!」


俺がそう叫ぶと男はいつもの薄ら笑いを浮かべて答えた。


「また来るって言っただろう」


人をこんな目に合わせておいて、こいつは何を言っているのだと俺は更に睨みをつける。


「俺はもうお前の顔なんて二度と見たくねぇんだよ。こんなことして、俺がお前に金を貸すとでも思ったのか!?」


すると、男はおかしそうにはははと笑った。


「何を言ってるんだい、敏郎君。私は君の父親だよ。心配してきたに決まってるじゃないか」


心配!?

俺はその言葉が許せなかった。

こいつが何もかも仕組んで俺をここまで追い込んだというのに、なぜ心配しているなんて口にできるのか理解しがたかった。


「ふざけるな! 全部お前の所為だろう。無様な俺の姿を見てそんなに楽しいのか? そこまでしてお金が欲しいのかよ!!」


俺の言葉は男には響かなかったらしい。

男は小さな溜息をあからさまについて、人を憐れむような顔で見つめてきた。


「子供の悲しむ顔を見て喜ぶ親なんてどこにいるっていうんだい。私はね、君に気が付いてほしかったんだよ、自分の間違いを。この間も言っただろう。あの子たちと付き合うのは危険だって。敏郎は優しい子だから、困っている人を見過ごせないのはよくわかる。だからって君が犠牲になる必要はないんだ」


俺は本気でこの男の言っている意味が理解できなかった。

本心にもないことを平気で口にする男だが、その言葉がどこまで本気で、どこからが嘘なのか判別できない。

もしかすると、この男は自分が心から俺を心配しているとでも思っているのかもしれない。

そうだとしたら、狂っていやがる。


「皆ひどいよね。今まで散々君に助けてもらったっていうのに、君が窮地に立たされても手を差し伸べようともしない。みんな、自分を守るのに必死なんだ。君がやっていることはとても偉いことだよ。だけどね、世間はそれを認めようとしないんだ。今回だってそうだろう。君が清廉潔白だと主張しても、会社は聞き入れない。親切にしてきた取引先も君に牙を向ける。人間誰しも、自分が一番大事なんだ」


さっきからべらべらと人の気持ちも知らないでしゃべり続ける目の前の男が、心底癪に障った。

今すぐその忌々しい顔に拳を叩きつけてやりたい気持ちになったが、今そんなことをすれば俺の立場は余計に悪くなるばかりだ。

指が食い込むのではないかと思うくらい思い切り手を握りしめ、必死で平静を取り戻そうとする。


「でも、私は違う。私は君の肉親だからね。そんな安っぽい絆でなんか繋がれていないんだ。絶対的な関係が私と君の間にある。だから私は決して君を見捨てないよ。そんな会社とはとっとと見切りをつけて、私と一緒に新しい場所で暮らそう。いい仕事を見つけたんだ。今の私たちならきっとうまくやれる。君もこの苦しみから解放されるんだ」


その言葉で俺の怒りのストッパーは完全に外れてしまった。

誰の所為でこんなに苦しんでいるというんだ。

俺が解放されたいのは、世間から向けられる冷たい目線なんかじゃない。

この男の「親子」という支配から解放されたいのだ。

気が付けば俺は男の胸倉をつかみ、顔を近づけて睨みつけていた。

息も上がり、拳をこらえるので精いっぱいだった。


「お前の所為だろう! お前の所為で俺も姉貴もずっと苦しんでる。自分が今まで何をしてきたのか忘れたっていうのかよ。母さんは最後までお前を忘れずに苦しんで死んだ。姉貴だって未だにお前の恐怖に怯えている。今更、父親面すんな! 俺はお前のことを父親だなんて一度だって思ったことはねぇ。こんなに不幸にした母さんに謝れ!!」


そう叫んだ瞬間、男の顔がぱっと変わった。

さっきまでの笑みは消え、目の中は淀み、完全に表情を無くしていた。

その死人のような闇深い顔に俺は恐怖した。

今まで憎悪を抱いてきたのは俺の方だと思っていたのに、この男から初めて憎しみのようなものを感じた。

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