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第81話 父親と再会する

予想通り、あいつはやってきた。

会社からの帰り道、俺の家の玄関前で堂々と待ち伏せていたのだ。

もう何十年も会っていないというのに、なぜだろう。

そいつが自分と血の繋がった相手だと、肌でわかってしまう。

男は薄ら笑いを浮かべて、俺に手を振ってきた。

くたくたの青いポロシャツにチノパン姿。

足元にはボロボロのグレーシューズ。

一目で、金がないのが見て取れる。

その表情が、どこか鏡に映った自分を見ているようで、酷く腹立たしかった。


「敏郎君、久しぶり」


男は、わざとらしく親しげな笑みを浮かべた。

久しぶりに会う息子との再会を心から喜んでいるとでも言いたげに。

白々しい。

俺は吐き捨てるようにそう思い、男を睨みつけた。

再会など喜んでいるはずがない。

俺がこんな状況を予測していたことなど、こいつはとっくに承知しているはずだ。

俺は男を無視し、無言で家の中に入ろうとする。

その瞬間、男の手が俺の肩を掴み、背後へ引き戻された。

かっとなった俺は、その手を乱暴に、音を立てて振り払う。

改めて見ると、男は随分と年老いていた。

肉がなく、皺だらけの細い腕。

顔中にも深い皺が刻まれ、髪は随分と薄くなり、白髪が目立つ。

それを隠すようにバケットハットを深くかぶっていた。


「無視するなんてひどいじゃないか。父さんだぞ。久しぶりに会ったんだ。少し上がらせてくれよ」


俺の拒絶を理解しつつも、相変わらずへらへらと笑いながら話しかけてくる男に、俺は苛立ちを募らせた。


「俺はあんたと話すことはない。あんたを父親だとも思ってない」


俺がそう言い放ち、再び部屋の中へ足を踏み入れようとした、その瞬間、男の手がすっと伸び、一枚の写真を俺の目の前に翳してきた。

なんだ、と焦点を合わせると、市子と里奈、そして小林と一緒に映った画像だった。

男のしたり顔が視界の端でちらつき、それがまた気に入らなくて、俺は勢いよく男を睨みつけた。


「何のつもりだ」

「何のつもりもないよ。君のお友達の写真を見せてあげただけじゃないか」


何かを匂わせるような言い方が気に入らなかった。

姉貴の時と同じように俺を脅そうとしているのは、明らかだ。


「敏郎君、最近は友好関係も幅広いみたいだねぇ。会社の同僚の、あれは誰だっけ、そうそう、大村早苗さん。彼女とも仲良くしてもらってるんでしょう? 同僚以上のふかぁい仲みたいだし、お父さん、羨ましいよ。他にも七年前の別れた彼女と再会して、ラブホに行っちゃったみたいだねぇ。何もなかったとしてもあんなところ、彼女の旦那さんに見つかったら大変だよぉ。彼女だけでなく、敏郎君も訴えられちゃうからぁ」


こいつはどこまで調べているのだと、俺は愕然とした。

最近のことだけじゃない。

この二年ぐらいの情報は、すべて掴んでいる。


「聡子の娘の晴香ちゃん。本当に美人に育ったねぇ。おじいちゃんとしても鼻が高いよ。中学生になって随分色っぽくなったし、溺愛している叔父としては心配事も多いだろう。仲良くするのはいいけれど、今でも一緒の布団で寝ちゃうのは、さすがにやばいんじゃないかなぁ」


俺は耐えきれず、男に向かって叫んでいた。


「お前、これ以上何かしようとしたら許さねぇからな!」


そんな俺を見て、男はさらに笑みを深め、スマホを取り出して画面を見せた。

写真が出るたびに俺に見せてはスクロールする。

そこには大村さんとのデート、涼子と飲み会に行った時、晴香が俺の家に来た時の場面が映っていた。

まるで全ての物的証拠を握っているとでも言いたげに。


「ばらしたいならばらせばいい。俺はお前のそんな脅しには屈しない」


実際に会社にばらまかれたり、涼子の夫に送り付けられても困る。

しかし、そこに映っていることはまた事実なのだ。

そんなことで、目の前の男の言いなりになどなりたくはなかった。


「そんなことしないよぉ。そりゃ、この画像を見たらみんなショックは受けるだろうけど、大した問題じゃない。問題なのは、こっちでしょ?」


男はそう言って、手に持っていた写真をもう一度見せる。

あの市子たちと一緒に写っている写真だ。


「他にもあるよ。たくさんある。本当に君たちは仲がいいんだね。敏郎君にこんなにたくさんのお友達がいるなんて、父親として嬉しいよ」


ふざけるなと、心の中で叫んだ。

思ってもいないことをぺらぺらと話す男だ。

しかし、次の瞬間、男の表情が変わった。


「でもね、さすがに良くないと思うんだ。反社の人と仲良くするのは。未成年との関係も確かに問題だよ。下手したら逮捕されちゃうかもしれないからね。でも、それ以上に心配しているのは、君があの小野組の人たちと関わっちゃっていることさ。この女の子、小野組の組長の孫娘なんだろう?」


男はそう言って、写真の中の市子に指をさした。

俺は殺気にも似た怒りで、男の胸倉を掴んだ。

相手の年齢も考えず、俺は男を激しく揺らす。


「お前には関係ないだろうが! あいつらに何かしようと言うんなら、俺はこの場でお前を刺し違えてでも止めてやる!!」


俺の叫び声は、近所中に響いていた。

男もさすがに驚いたのか、慌てて俺を宥め始めた。


「やめてよ、敏郎君。そんなに怒らなくてもいいだろう。私は別に何をしようって言うんじゃないんだ。ただ、頼み事をしに来ただけなんだよ」

「頼み事? 金なら渡さねぇよ」


俺は折れずに答える。

しかし、男は顔を横に振った。


「違う違う。君にお願いしたいのは、こっち。連帯保証人のサインだよ」


男はそう言って、先ほどとは違う一枚の紙、借用書の書類を取り出し、俺の目の前に突きつけてきた。


「何言ってんだ、お前!」


俺は思わず声に出していた。

そんなの金と一緒じゃないか。

しかも、こいつはさらに闇金から金を借りようとしているのだ。


「書くわけないだろう」

「そっか、残念。仕方ないね」


男はそう言って、掴まれてくしゃくしゃになった襟元を整えると、書類や写真を鞄の中にしまった。


「今日は帰るよ。落ち着いたら、またゆっくり話そう」


男が俺の肩を叩き、通り過ぎていく。

その背中に向かって、俺ははっきりとした声で答えた。


「お前ともう話すことはない。二度と俺たちと関わらないでくれ!」


すると男は驚いた顔で振り向き、そしてゆっくりと笑った。


「また来るよ」


この男には、俺の言葉など何一つ届いてはいないらしい。

男の姿が見えなくなった途端、俺は急いで自分の部屋に駆け込み、苛立ち紛れに鞄を床へ投げ捨てた。

悔しくて、どうしようもなく暴れ出してしまいそうになる。

あいつは本当にあれらの画像をばらまく気はないのだろうか。

晴香や涼子にまで被害が及んだら——そう考えると胃が締め付けられるが、だからと言って、あいつの言いなりになっても意味がない。

あの瞬間サインをしたところで、この脅しが終わるわけではないだろうし、金は何度でもせびってくるに違いない。

借金だって、あいつは最初から返す気などないのだ。

俺はその場にしゃがみ込み、湧き上がる苛立ちを必死で抑え込んだ。



翌日、会社に出社し、俺はあいつが何を企んでいたのかをようやく理解した。

朝一番から、けたたましく鳴り響く苦情の電話。

それは、俺が担当する取引先からだった。

柄の悪い連中から嫌がらせを受けているという。

彼らは俺の名前を出し、「組長の孫娘に手を出した」などと触れ回っているらしい。

写真も見せつけ、俺と暴力団の関係をまざまざと見せつけたのだ。

俺の顔を見るなり、松平課長は俺を呼びつけ、「どうなっているんだ!」と怒鳴り散らした。

そして、彼のメールには、昨日、あいつから見せつけられたあの写真が送られていた。


「これは本当のことなのか? お前は暴力団と関わっていたのか?」


俺は一瞬、なんと答えればいいのか言葉に詰まった。

小林や市子があちら側の人間かと問われれば、確かにその通りだ。

だが、そこに利害関係など一切ない。


「確かに彼らとは知り合いで、話を交わす程度の関係はありました。しかし、そこに利害関係はありませんでした」

「お前はこいつらがそういう人間だと知っていたのか?」


そこが重要な部分なのだろう。

だが、それはそんなに大事なことなのか?

仲良くなった相手がどこに属しているか、どんな家族なのかで、人を決めつけるものなのだろうか。

たとえ俺がそう思っていても、世間ではそれが通用しないことは痛いほど分かっている。

この状況を理解した近藤さんが席を立ち、課長に告げた。


「俺たちも事情を説明しに取引先を回ってきます。電話対応は、事務部にも頼んでいいですか?」


松平課長は渋々といった様子で頷き、近藤さんを行かせる。

そして、同時に永倉君も同行するよう指示した。


「お前は沖田と一緒に回れ」


彼はそう言って俺の肩を叩き、励ますように合図を送る。

俺は小さく頷き、沖田と一緒に会社を出た。

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