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第8話 姪っ子のお誘いを承諾する

出社すると、いつものように俺は1階の自動販売機の前のベンチに座って、缶コーヒーを片手に煙草を吸っていた。

朝起きると、以前と変わらず手のひらに油性ペンで『ドンマイ BY 女神()』とでかでかと書いてあったので、シンナーで懸命に消した。

お陰で今朝からずっと右手がシンナー臭い。

電車に乗る時、いつもより人との距離が遠く感じたほどだ。

絶対ヤバい奴だと思われただろう。

そして、ついに自分に『様』を付けちゃっている女神様を、痛々しく思った。

結局、口の周りに食べカスをつけたまま、終わったしな。

そんなことを考えていると、いつものように1階から近藤さんが電子タバコを持って降りてくる。

俺は近藤さんに『よっす』と挨拶し、近藤さんも『よう』と答えた。

そして、しばらく沈黙が続いた後、俺は徐に話し始めた。


「……近藤さん、もし娘さんが40代のおっさんを連れて来て、彼氏だって言ったらどうします?」

「×す」


近藤さんは即答だった。

ですよねぇと俺も心の中で呟く。


「普通、女子高生におっさんの彼氏とかいたら、おかしいっすよね?」

「おかしいって言うか、そりゃもう、援助交際なんじゃねぇの? もしかして親戚の子がおっさんと歩いてるのを見ちゃったとか?」


近藤さんはぱぁと大きく息を吐いた。

そんな事だったらどれだけマシだったか。


「そういうわけじゃないんですよ。俺の姪っ子はまだ中学生ですし」


じゃあ何なんだと少し不機嫌そうに聞き返す近藤さん。

近藤さんに本当の事を話して、理解してもらえるとは思えない。

夢の中で女神様に世界の危機を宣告されたとか、その運命の相手が女子高生だとか、悪い夢だろうと言われて終わるだけだ。

俺だってそう思いたいけど、もう2度も同じような夢を見ているし、手には毎回落書きされるし、だんだん夢だとは思えなくなってきているのだ。

近藤さんは鼻をクンクンさせて、俺に向かってなんか臭くないかと聞いてきた。

ごめんなさい。

たぶんそれは、俺の今朝のシンナーの臭いです。

ただ、よく考えたら、俺の姪っ子と相手の女子高生の年齢はそう変わらないのかと改めて実感した。

姪っ子が俺と変わらない歳の男を連れてきたら、どう思うんだろう?

年齢的に考えたら、沖田とか当てはまりそうだけど、想像しただけでものすごく腹立たしかった。

そのタイミングで、沖田が現れ、元気よく挨拶してくる。


「おはようございます、近藤さん、土方さん!」


俺はそんな笑顔満面な沖田を見て、吐き捨てた。


「■ね!」

「朝からなんすか、土方さん。あんまりじゃないですかぁ」


沖田は泣きそうな顔で訴えてくる。

事情を知らないのだから当然だ。

後ろから近藤さんも宥めてくる。


「おいおい、さすがに朝からその言葉は可哀想だろう。気持ちはわかるが」


わかるのかと逆に突っ込みたくなった。



今朝からずっと、俺の頭は整理がつかなかった。

昨日のデートの失敗も、女子高生への告白も忘れようと決めていたのに、これでは忘れられない。

仕事も手につかないし、どうしたらいいんだ。

そんな時、大村さんがお菓子の箱を片手に近付いて来る。


「土方さん、これって、くさっ!」


大村さんも手で鼻を抑えて、顔を遠ざけた。

やはり俺の右手からはまだシンナーの臭いが消えていないようだ。

俺はありがとうございますと言って、箱から1つお菓子をもらった。

どこかの取引先からの差し入れだろう。

そんな俺に大村さんはこっそり耳打ちしてくる。


「また、食事に誘ってくださいね」


俺はその言葉を聞いて、どきんとする。

目の前の大村さんは照れくさそうに笑っていた。

もうこれは絶対うまくいくと確信した。

しかし、頭によぎるのは運命の相手が女子高生であるという事実だ。

ここはもう、世界の危機とか無視し、この機に乗じて、大村さんとの仲を深めるべきではないのか?

はっきりと世界の危機がどういうものか聞いていないし、本当はたいしたことではないのかもしれない。

ちょっとしたパンデミック的なことが起きて、右往左往するだけなら、無視してもいいのではないのか?

それにそもそも恋の成就と世界危機が全く繋がらない。

それが連動することなど普通はありえないことだ。

これはきっと何かの間違いだろうと思うことにした。

そもそも夢の中の話だし、あの女神様だってかなり怪しいし、俺が深く考える必要はない。

きっとこれは俺と大村さんを繋げるきっかけとなっただけだ。


そう思いながら、携帯に目を移すとメッセージが届いていることに気が付いた。

開いてみると、姉貴からのメッセージだった。

今度姪っ子の誕生日を祝うから、遊びに来てほしいということが打ち込まれていた。

もう姪っ子も中2だ。

誕生日会という年でもないだろうに。

しかも姪っ子が誕生会に一人でも多く呼んで、プレゼントを少しでも多く貰う魂胆なのは見え見えだった。

それでも可愛い姪っ子の頼みだ。

俺は即時に『了解』と送った。


俺は姉貴ともその子供、甥っ子と姪っ子とも仲が良かった。

俺自身、結婚していないし、子供もいないから、こいつらが自分の子供の代わりみたいなものだ。

特に姪っ子の晴香はるかは赤ん坊の頃から世話しているし、俺にもよく懐いていた。

甥っ子の勇志まさしももう高校生になって、生意気にも俺に対して大人びた話し方をしてくる。

俺はすっかり兄さんという立場らしい。

さすがに恋愛相談とかはされたことはないけど、人生相談ならいくらでも受けてきている。

父親には話せない話でも、少し離れた俺なら話しやすいことだってあるのだろう。

そして、晴香に関しては未だに甘えん坊で、俺を見るとすぐに抱き着いて来た。

年頃になのだし、俺との距離を考えて欲しいところなのだが、それもまた嬉しく思ってしまう。

晴香は俺には何でも話してくるし、自分から電話をかけてくることもあった。

姉貴と喧嘩して、家出してきた晴香を俺の家に泊めたことも何度もある。

それぐらい、俺と晴香の間には隔たりがなかった。

お陰で他の男よりも、若い子に対して免疫があるのかもしれない。

晴香の事を娘と思うように、若い女子はやっぱり娘とか妹とかそれぐらいにしか思えない。

それに、晴香に彼氏が出来たって言うだけでもやきもきするのに、それが俺のようなおっさんと聞いたら、そりゃあ、近藤さんじゃないけど相手に何をしでかすかわからない。

それぐらい、俺にとっては甥っ子も姪っ子も可愛い存在なのだ。

そういう意味で言えば、あの女子高生だってもう少し態度を改めてくれたら、妹ぐらいには思える。

しかし、彼女?

冗談じゃない。

俺は女子高生みたいな乳臭いガキには興味ないし、そういうのを好んで楽しんでいるおっさんどもも許せない。

そんな俺が女子高生と間違っても、付き合うことなどないのだ。

ここは世界さんとやらには諦めてもらい、危機を受け入れてもらおう。

もしかしたら、それが大地震かもしれないし、大津波かもしれない。

隕石が落ちることだって想定できるだろう。

願わくはその時までには大村さんと両想いになって、最後の時をロマンチックに過ごしたいものだ。

大村さんとならどんな危機でも乗り越えていける自信がある。

ただ、不安要素があるとしたら、彼女の息子、将だ。

将は小4にして既にどこか達観としているところがある。

あんな小学生を許せるわけがない。

もし俺が大村さんの旦那になって、将の新たなお父さんになった時は、あいつのあの捻くれた根性を叩き直そう。

それがあいつのためでもある。

あんな姿を大村さんに見せたら、きっと気絶するぞ。

頭でごちゃごちゃ考えている間に、時間はとっくに経っていた。

今日は顧客との約束があることを思い出して、俺は急いで鞄を持ち会社を出た。

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