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第75話 営業部に新しい時代が来る

屋上に上がるなり、近藤さんは頭を抱えて叫び始めた。


「ああ、俺は課長になんてこと言っちまったんだぁ。今年のボーナスの査定に響くじゃねぇか!」


あんなに格好良く啖呵を切ったのに、結局後で後悔する姿に少し呆れてしまうが、そういうところが近藤さんらしかった。


「評価なんて気にしないんじゃないんですか?」


俺は少し意地悪になって聞き返した。

すると近藤さんがむっとした顔で俺を見返してくる。


「ばぁか。そんなもん、売り言葉に買い言葉だよ。気にしねぇサラリーマンがいるかよ。ああ、また母ちゃんに怒られる……」


まぁ、最終的な近藤さんの落としどころはそこなんだよな。


「いいじゃないですか。実際、いつかは松平課長と向き合わなきゃならない時期が来たでしょうし、現実問題、営業の在り方も考え直さなきゃならないのも確かでしょ?」

「そりゃそうなんだけどよぉ。もっと穏便にってか、波風立てずに行くつもりだったんだけどなぁ。たださ、松平課長のあの、俺のやり方が正しいみたいな態度がずぅっと気に入らなくてよ、いつかはぎゃふんと言ってやりてぇって思ってたんだよ。だから、勢い余って、あんな言葉が出ちまった」


近藤さんとは本来そう言う人だ。

周りに気を遣うし、争いごとは嫌う。

不穏な空気が漂えば、場を明るくしようと努めるタイプで、だからこそ俺は先輩として近藤さんを信頼しているし、尊敬もしているのだ。


「しっかしまぁ、まさか金髪パンクファッションで抗議に来るとは思わなかったけどなぁ。正直、このまま会社に顔も出さずに辞めると思ってたぜ」


近藤さんはそう言って、俺の隣にいる、着替えてメイクも落とし、すっかり髪型が以前のようになった永倉君に話しかけた。

金髪だけはそのままだった。


「最初はそのつもりでした。でも、土方さんにいろいろ言われて、確かにこのまま一方的に僕がいけなかったんだみたいに終わるのは腹立たしかったんですよ」


永倉君は口を尖らせて答える。

どうやら今回の騒動、俺にも原因があるようだ。


「いいんじゃねぇの。お前の人生だしな。俺たち世代はさぁ、何かと我慢ばっかしてきた時代だろう。上司の言うことには逆らわず、愛想笑いと一つ返事。それで今の上司どもが勘違いしたのもあるんだよなぁ。松平課長の場合は、世代的には俺らと変わんないんだけどさぁ、その上の世代のやり方とマッチしちまったからよぉ、更に過信したって感じはあるよな」

「確かにそうですね。俺たち自身が保身に回りすぎて、今の世代の子たちがやりにくいのもあるとは思います。俺たちだって、会社のことを思ってそうやって来たんですが、下の世代ができるってことはなかなか複雑ですよね」


俺は近藤さんのぼやきに賛同する。

働き方改革について、真剣に考えないといけないのは俺たちのような中間にいる世代なのかもしれない。

それに、本来俺の年齢を考えたら、もう少し上の立場にいてもおかしくないんだよなぁ。


「浮島社長も浮島社長だよなぁ。何もない時は問題ないんだけどよ、自分のところの業績が悪くなると、すぐにうちに当たろうとすんだよ。うちみたいな弱小企業なら何言ってもいいって思っているところは、俺もずっと気に入らなかったからな」


近藤さんは腕を組み、昔のことを思い出すようにうんうんと頷いた。

そういえば、浮島食品加工会社を引き継いだのは近藤さんからだった。

近藤さんは松平課長が広報部に異動するときに、ほぼ全ての営業先を引き継がされたんだっけ。

この人もなかなか苦労してきたのだなと実感した。


「そう言えば、沖田はどうした?」


近藤さんは周りを見渡しながら尋ねた。


「近藤さんがお昼を買わせに行かせたんでしょ?」


俺はすっかり、自分が沖田に指示したことを忘れていた近藤さんに突っ込んだ。

ああ、そうだったと近藤さんは軽く頭をさすって笑った。

そして、そのタイミングで沖田が駆け足で屋上に上がってきた。

手には大量の袋を持っている。


「買ってきましたぁ!」


沖田は嬉しそうな表情のまま、息を切らして、俺たちの前で袋を広げた。

そして、近藤さんから注文された海老たまサンドを手渡す。

近藤さんはそれを受け取って、近くのベンチに座った。

次に、永倉君が沖田に近づき、袋の中からアボカドチキンを見つけるとサイドメニューのドリンクとスープを取って移動する。

会社の先輩をここまで使いこなす永倉君を見て、別の意味で感心した。

俺と言えば、つい気を遣ってしまって、注文せずに適当に選んで買ってくるように言ったのだ。

俺は沖田の顔を見て、尋ねた。


「俺のサンドイッチはどれだ?」


すると、沖田が満面の笑顔で、俺に紙にくるまれたサンドイッチを手渡す。


「俺オリジナルの高たんぱく高品質野菜マシマシサンドを注文してきました!」


宣言通り、野菜がこんもりと入っていて、タンパク質豊富そうなチキンがぎっしりと詰め込まれていた。

ソースはかかっておらず、代わりにパンの上には白い粉がかかっていた。


「あ、せっかくなんで俺のおすすめ、プロテインもブレンドしておきましたよ」


沖田は俺にウィンクを飛ばし、親指を立てて言った。

やはり沖田に自由に選ばせるのは間違えだった。

そんなに高そうなものは何も入っていないのに、永倉君のアボカドチキンの倍の値段がするらしい。

俺は永倉君の隣に座り、その沖田スペシャルサンドを頬張った。

食べながら、プロテインの粉って溶かすもので、ふりかけるものではないよなと改めて感じていた。

よくよく考えるとこうして永倉君と一緒に飯を食うのも初めてな気がした。

いつも一人で机に座って手作り弁当を食べていたから、こういうのもどこか新鮮だった。

俺は横目で永倉君を見ながら、話しかけた。


「永倉君、意外と金髪似合うな」


これは俺の素直な感想。

永倉君は元々美形だし、俺にはよくわからないが、今女性に人気のK-POPアイドルのようにも見えなくもない。

驚いた顔を見て、一瞬また、デリカシーがないとか言われて怒られるかと思ったが、そうではなかった。

永倉君は吹き出すように笑い、俺に言った。


「なんですか、急に。変なこと言わないでください」


永倉君の笑顔はとても可愛らしく、まるで女の子の様だった。

こういう顔をいつもしていたら、会社でも孤立せずに人が集まってくるのになと思った。

本当に勿体ないやつだ。

こうしているとようやく永倉君も営業部の仲間になれた気がして、少し嬉しくなる。

と、同時に頭の中に営業部に来たがっている斎藤さんのことを思い出した。

屋上の入り口から熱い目線を感じるので、嫌な予感がしながらも恐る恐る顔を向けてみると、そこには羨ましそうな顔をした斎藤さんがこちらを睨んでいた。

まだ、営業部の問題は解決しているわけではないらしい。



そして、夏。

夏と言えば、なんだろうか。

学生の頃までは、夏休みとか海とかスイカとか、いろいろ浮かぶものがあったが、社会人になって思い浮かぶのは暑さと一週間足らずの盆休みぐらいだろう。

実家のない俺が行くところと言えば、姉貴のところだったが、今年は遠慮することにした。

だからと言って、貴重な長期休みをまさかこんな奴らに奪われるとは思わなかった。


「兄貴ぃ、プールですよ! 楽しみですねぇ」


小林は俺の肩を掴み、嬉しそうに話しかけてきた。

そして、俺たちの前を歩く女子高生二人がこちらに振り向いてくる。


「せっかくの夏休みなのに、なんのイベントもないなんて可哀そうだと思って、うちがお市に提案してあげたんだから、敏郎はうちに感謝してよね」


里奈は俺に感謝しろと言わんばかりの笑顔を向けてきた。

俺としては、たまの休みぐらい、家で思う存分だらだらしたかったが、どうやらそれは許されないらしい。

ひとまず俺は、里奈に心にもない感謝の言葉を伝えた。

それでも里奈は満足だったのか、嬉しそうに鼻歌を歌いながら歩いている。

そして、突然小林が二人に聞こえないよう俺の耳元で囁いてきた。


「今日は貴重っすよぉ。お嬢の水着姿が見れるんすから」


その言葉に一瞬、吹き出しそうになって、盛大に咳をした。

そんな俺を何事かと思い、市子が睨みつけてくる。

市子への思いを自覚しながらも、本人たちの前では気にならないふりをしていたというのに、さすがに水着の話をされると意識せずにはいられない。

確かにこれまで、市子の水着姿なんて想像すら出来なかった。

プールみたいな人の多いところも好まないだろうし、露出もしたがらないタイプだと思っていたからだ。

しかし、断じて見たくないはずはない。

想像ではなく、実物を見たいに決まっている。

だが、そのせいで、俺が市子に特別視しているのがばれるのは避けたい。

どうか、この気持ちが市子に気づかれませんように。

俺は信用できない神にすら縋るような気持ちで心の中で祈った。

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