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第69話 女神様に宣言する

俺は夢の中にいた。

微かに、真上から女性のすすり泣く声が聞こえる。

それは、心を揺さぶられるような悲しい声だった。


「もう……、もう……、終わりよ……」


女性の声に反応し、俺はゆっくりと瞼を開いた。

身体が宙に浮いた状態で、雲の中にでもいるかのような淡い光に包まれて……て、いつもより暗くない?

周りが薄暗いことに気づき、俺は慌てて体を起こした。

そして目を凝らしながら、女神様を探す。

気がつけば、俺のすぐ横で体を丸めて泣いていた。

こんな女神様の姿なんて見たことがないと驚いてしまう。

どう声をかけていいのかも分からず、俺は数秒間黙って女神様の背中を見つめていた。

すると、女神様が険しい表情で振り返り、俺を睨んで叫んだ。


「なんで、すぐに慰めに来ないのよ!!」


ああ、やっぱりいつもの女神様だと実感する。


「で、今日はなんで泣いているんですか?」


俺はひとまず、今の状況を尋ねることにした。

女神様は袖のひらひらしたところで涙と鼻をかんで答える。


「……私は、世界に絶望したの。こんな悲しいことってないわ。そうでしょ? 努力が報われないなんて、悲しすぎるじゃない」


彼女はそう言って、再び頬に大粒の涙を流した。

この人の造形は美しく、泣き姿も絵になるのだが、中身が伴っていないのだ。

それに、女神様の涙は強力である。

彼女のその言葉を聞くと、なんだか大村さんの思いに応えられない自分のことを言われている気がして、顔を背けたくなった。

今までにないくらい彼女は頑張って俺にアピールしてくれている。

大村さんは俺にはもったいないくらい綺麗な人だし、優しいし、気配りのできる、まさに理想の女性だ。

何の不満もないはずなのに、なぜ俺は彼女の気持ちに答えられないのだろう。

俺はつい、そんなことを考えてしまうのだ。

同時に、大村さんの爪の垢をこの女神様に飲ませてやりたいと思ったりもした。

大村さんの方がよっぽど女神の素質がありそうだ。


「一体、何があったんですか? もしかして、もう世界の危機が動き出してしまったんですか?」


もしかしたら、以前女神様が話していた世界の危機が、ついに訪れようとしているのかもしれない。

その回避の方法が俺の恋の成就だと聞いたが、俺はまだ運命の人とは結ばれていない。

そして、その運命の人も大村さんではなく、女子高生の市子なのだ。

もし、あの時、俺が告白する相手を間違わなければ、運命の人は大村さんになっていたのだろうか。

そして、神様の一押しがあれば、俺は大村さんに対し、こんなに躊躇ったりはしなかったのかもしれない。

しかし、神様が勧めるから相手を選ぶというのも、何か違う気がした。


「違うわよ! そんなことどうでもいいの! 私はね、私の努力が認められないのが納得いかないって言ってるの。最近ね、なかなか実績が上がらない、報告書が遅いって上がひどく怒ってくるのよ。私、何度あなたと面談したと思う? しかも宣言してから一年近く経つの。こんなに待ってくれる心広ぉい神様なんて私くらいしかいないわよ。なのに、なんなの、あいつら! 本当に分かってない!!」


何に怒ってるんだよ、この人……。

俺は呆れて声も出なかった。

世界の危機がどうでもいいとか、神様が言っていいのか?

しかも、認められたいのは自分の努力って、どこまでエゴイストなんだよ。

実績が上がらないのは俺の責任もあるかもしれないけど、報告書が遅いのは自分の責任ではないのか?

そもそも、こんなに心が広いって、神様ってそんなに度量が小さいものなのか?

女神様と話すといつも天界についての認識が変わる気がする。

ってか、神様ってサラリーマンなんだよな。

親近感は湧くけど……。


「それはすいませんでした。とはいっても、恋は仕事とは違いますから、実績を上げろと言われても簡単じゃありませんよ」


俺は女神様に逆ギレされないよう、改めて事情を説明した。

俺だって、そんなに簡単に願いが叶えば苦労はない。


「いいのよ。あんたが全部悪いっていうわけじゃないから。責任は天界にもあるわ」


珍しく俺を庇う女神様を見て、驚愕のあまり言葉を失った。

女神様にも人の心があったのかと思うと同時に、この人の中身は人間以下だったんだなと実感した。


「上の奴ら3、敏郎が7の割合で悪いわね。私って、本当に悲劇……」


おい! 俺が7割って多すぎやしないか。

しかも、自分には責任ないのかよとツッコミたくなったが、女神様の逆ギレを恐れて口を閉ざす。

更に俺の謝罪を期待してか、彼女は手を振りながら俺に言った。


「いいの、いいの。言わなくても分かってるから。そもそも、敏郎にこんな使命を与えた天界に問題があるんだわ。こんなイケメンとは言い難い40過ぎた、これといった特徴もない平々凡々な男に、世界の運命を託すとか言っちゃってる時点で頭おかしいのよ。敏郎が恋を成就させる? そんなの赤子がバク転するよりも難しいから。しかも、女子高生って、笑うしかないわね。聞いた話だとそれなりに美人だって言うじゃない? まぁ、私には敵わないとは思うけど。今まで全くモテなかった男がよ、いきなり20歳以上年下の美少女と両想いになれって、過酷な天命を下されたもんよ。夢を見させるのは自由だけどね、それが夢だって気づかせるのも天界の役目だと思うのよね。本気にしちゃったら、それはそれで可哀想だと思うの」


かなり口の悪い女神様に華麗なシャイニング・ウィザードをかましてやりたいという欲望を抱えつつも黙って聞いていた。

市子との恋愛が無理なのは俺が一番分かっている。

運命の相手が大村さんだったらどれだけ良かっただろうか。

しかし、今になって分かるのは、やはり運命の相手は彼女ではなかったということだ。

きっと神様の下した天命だとか使命だとか関係ないのだと思う。

それにしても、この女神様は本当に世界の危機から人類を守る気はあるのだろうか。

誰よりも成就を願わなければいけない女神様が、一番運命とやらを信じていない気がする。

それに、この人、俺みたいな人間をバカにしすぎていないか?

絶対、世の独身男性を敵に回したと思う。


「無理を承知でお願いしているのは分かってるの、私も。敏郎には過酷なことをさせていると思うわ、ごめんなさい……」


いや、謝るところそこじゃないと思う。


「でもね、仕方がないのよ。私たちも運命を自由に操れるわけじゃないから。敏郎にはやれるだけやってもらうしかないわね。私は諦めても、あんたは諦めないでよね。だって、また私が怒られるでしょ?」


もう、この人の言っていることはむちゃくちゃだ。

しかし、逆にこの人がまともなことを言っているところも見たことはない。

それに、神様に言われたとか、運命がどうこうとか、そういうのが大切なんじゃないと思う。

きっと大事なのは俺の本当の気持ちだ。

今まで俺は里奈や将君にもそう伝えてきたくせに、自分ではできていなかったんだ。

それが情けないと感じていた。


「すいませんけど、俺、運命とやらの責任なんて取る気はありません。世界の平和のためだからって、俺は他人が決めた人生を歩む気なんて全くないです。俺の生き方は俺自身で決めます!」


俺ははっきりと女神様に告げた。

女神様もこれにはさすがに驚いている。


「待って。マジで言ってんの、それ」

「マジのマジの大マジですよ。俺はこれ以上天界の指図は受けません。俺は俺の信じる生き方をします。だから、自分の責任は自分でとってください」


俺は今まで女神様に言えなかった言葉を、やっと言えた気がした。

こんなことをすれば、彼女がいつものように逆ギレするのは分かっていた。

けど、これ以上、自分にまで嘘はつけない。

もう、他人の示す運命なんてものに惑わされたくないのだ。

女神様は必死に俺を呼び止めようとしたが、俺は止まらなかった。

きっとここから離れて、遠くに行けばこの夢からも目覚められる。

そう信じて、俺は駆け出した。


「ちょっと、私はそしたらどうしたらいいのよ」


女神様の叫び声が遠くで聞こえる。

俺は走りながら叫んだ。


「知りませんよ!そんなの自分で考えてください!!」


俺はかなりの大声で叫んだと思う。

それと同時に目が覚めた。

そして、目の前に見えた姿は近藤さんや他の同僚たちの覗き込む顔だった。

忘れていたが俺は今、社員旅行の真っ最中だったのだ。

そのタイミングで女神様はよくも俺を呼び出してくれたものだと思う。

近藤さんは俺の顔を見下ろしながら聞いてきた。


「それで何を考えろって?」


やっぱり寝言が口に出ていたのだと気づき、俺は恥ずかしさのあまり、そのまま布団に顔を埋めた。

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