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第61話 その男の言動に俺は激怒する

その反応に、男は俺から手を離した。


「将。こいつはお前の知り合いなのか?」


男の問いかけに、将君は小さく頷いた。

すると男も何かを察したのか、先ほどの険しい表情を和らげ、何か思い出したように俺を指さした。


「もしかして、こいつが例の早苗の同僚か?」


その言葉に、俺の眉がぴくりと動く。

なぜこの男は大村さんの名前を呼び捨てにするのかわからない。

しかも、「例の」という言い方が気に食わなかった。

その質問に、将君はゆっくりとした口調で答える。


「そう。彼が土方さん。今の母さんの恋人です」


正確には恋人ではないけれど、ここでそれを否定するのは違うと思った。

そして、将君は俺の顔を見て、目の前の男を紹介する。


「この人は、僕の父親です」


その言葉に続いて、男もにこやかな笑顔で、改めて自己紹介してきた。


「初めまして。早苗の元夫で、将の父である大鳥謙介おおとりけんすけと申します。いつも早苗がお世話になっております」


大鳥と名乗る男の言葉に、俺は苛立ちを覚えた。

この男が大村さんの元夫だとは信じられない。

あの穏やかな大村さんと、まるで似ても似つかない男だ。

しかし、将君にはどこか面影がある。


「ここで話すのもなんですし、近くのファミレスにでも入りませんか? 元々そのつもりだったんです」


彼はそう言って、隣にいた将君に同意を求めた。

将君も静かに頷いた。

いつもの様子と違い、やけに大人しく感じる。

そしてその様子に、俺はひどく違和感を覚えた。

俺は「わかりました」と返事をし、そのまま二人の後に続いた。

そして、ファミレスに着くと、三人で席に着き、大鳥さんは将君に好きなものを頼むように言い、それから俺に顔を向けた。


「実はね、かねてよりあなたのことは将から聞いていたんですよ。早苗に新しい恋人ができたと。早苗自身は何も言っておりませんでしたがね。ですから、一度お会いしてみたかったんです。早苗の今の男がどんな奴なのか、興味もありましたから。しかし、あいつは相変わらず自主性ってやつがないようだ。人生の選択も男の選択も、他人任せ。あいつ、最初のデートに息子を連れて行きませんでしたか? 自分の男すら自分で決められないから、息子に決めさせるんです。情けないやつでしょ?」


その男の無神経な言葉に俺は苛立っていた。

こんな失礼な男は今までにも会ったことがない。


「大村さんは別に他人任せなわけではありません。将君のことを一番に考えているから、彼をデートに同席させているんです。大村さんなりの心配りなんだと思います」


俺がそう答えると、大鳥さんはおかしそうに笑った。


「だからって最初のデートから息子を連れていくやつはいないでしょう。あなただって最初は非常識だと思ったはずだ。あいつはああいう女なんですよ。何も考えていないというか、自分で考えられないというか。このまま息子を任せておくのも考えものです」


俺は怒りを必死に堪えるように机の下で握りこぶしに力を入れた。

どうして大村さんがこの男と別れたのか、この瞬間理解できた気がした。

本人がいないからと言いたい放題だ。

隣にいる将君も我関せずといった顔で、メニューばかりに目を向けていた。

俺が苛立っていることに気がついたのか、男は再び笑って謝ってくる。


「これは申し訳ない。今の恋人はあなたですからね。元夫の私に知ったような口を利かれると不愉快でしょう。しかし、あなたもあいつと結婚すればわかるはずだ。あいつは思うほど、扱いやすい女じゃない」

「扱いやすいって――」


どこまでも癇に障る男だ。

俺は顔を上げて、大鳥さんを睨みつけた。


「土方さん。私は何もあなたに早苗と別れろと言いたいわけじゃない。あいつと離婚してから、もう五年になります。私は再婚し、妻もおり、子宝にこそ恵まれておりませんが、それなりに幸せな生活を送っているんです。あいつには一ミリも未練はない。しかし、将は違う。こいつは俺の息子でもあるんです。息子のことはずっと気がかりでした。あいつは将に十分な教育もしてやれないどころか、遅い時間まで家で一人にさせている。わかっているんですよ。一人親がどれだけ大変で、子供を育てるのがどれだけ難しいかも。生活費のために正社員として朝早くから夜遅くまで働いていて、余裕はないんでしょう。しかし、そんなの子供の一生には関係ない。余裕がないなら手放すべきだ」

「何が言いたいんです!」


俺は大鳥さんの信じられない言葉に目を見張った。


「あなたは早苗と結婚する気はあるんですか?」


突然の質問に俺は言葉を失った。

その言葉を恋人でもない俺が即答できるわけがない。


「できれば、あいつのためにも結婚してやってほしいと思ってるんですよ。でなきゃ、あいつはいつまでも将を手放せない。あいつはただ、寂しいだけなんです。誰か側にいて寂しさを埋めてくれる存在を求めているだけだ。それを今は息子で埋めている。それでは将があまりにも不憫だ。将にはそれ相応の環境や教育を与えてやりたい。これは親心として当然でしょ?」

「そんなわけないでしょう! 大村さんは誰よりも将くんを愛しているんです。だから、側にいたい。最後まで成長を見守りたいと思うのが普通だ。寂しさを埋めるために依存しているわけじゃない!!」


大鳥さんははっと鼻で笑ってみせた。


「そんなの赤の他人のあなたにわかるはずがない。私はあいつと10年以上共にしてきた。あいつの考えていることなど手に取るようにわかる。あいつはね、そんな理想的な母親なんかじゃないですよ。それにね、親子関係なんてどんなにきれいごとを言っても依存関係でしかない。だからこそ、私はその呪縛から将を開放してやりたいんです。こいつにはもっと多くの選択肢を持たせてやりたいし、多くの世界を見せてやりたい。けど、あいつと一緒だとそれもできないんだ。だから、私は近々息子を引き取ろうと思っているんですよ。そのためにも、あなたには協力してほしいんです」

「協力? 何言ってんですか? 将くんを引き取るなんて、大村さんが許すわけない」


その言葉に大鳥さんは驚いている様子だった。

そして、次の瞬間、何かを理解する。


「……なるほど、あなたは聞かされていないんですね。今の早苗の状況」

「大村さんの状況?」


ええと彼は少し嬉しそうに頷く。


「あいつは今、子育てをしている余裕はないんですよ。あいつの母親がね、長いこと病院に入っていて、痴呆もかなり進んでいるようだし、毎日介護で手一杯だ。弟はドラ息子でね、母親に借金まで肩代わりするようなどうしようもない男なんですよ。当然、家の手伝いをするような奴じゃない。早苗は毎日、介護や借金に追われていて、今じゃ育児放棄同然だ。それにこぶつきじゃ、再婚だって難しいだろう? 今ならきっと親権を奪い返せる。そう思ったんですよ。まさか、恋人にそんなことも話していないとは、つくづくあいつはひどい女だ」


彼はくくくと笑いだす。

俺は我慢ならなくなって、拳でテーブルを殴った。

これにはさすがに大鳥さんも将君も驚いていた。

俺だって、大村さんの事情を初めて聞かされて戸惑っている。

しかし、今の俺は彼女の友人であって恋人のわけではない。

そんな話を彼女がする義理はないんだ。

それでも、その彼女の大変さに気づいてやれなかった自分が腹立たしかった。

そして、別れた妻のことをそこまで散々言えるこの男にも嫌悪感を抱いていた。


「どんな状況であろうと、大村さんが将くんを手放すことはない! あんたみたいな人の気持ちがわからないやつこそ、子育てなんて向いてないんじゃないのか? 俺は相手が状況が悪いとか、条件が悪いとか言う理由で手放したりしない。守り抜くと一度でも決めたら、どんな状況だって守り抜く。それが愛ってもんだろう」


彼はついに目を見開いて、大声で笑った。

何がそんなにおかしいのかわからない。


「愛! そうですか。あなたもそういう人種だったんですね。なら、あいつともお似合いだ。どうぞ、末永くあいつを守ってやってください。しかし、将の親権については別だ。あなたが今後、あいつと結婚して、借金を返済し、将に十分な教育を与えられる環境にでもしない限り、私は戦い続けます。それが親の役目って奴ですからね」


俺はその場に居たたまれなくなって、席を立ちあがった。

そして、店を出ていこうとする。

その直後、将君の顔を見たが、彼は相変わらずメニューを見るばかりで俺の顔すら見ようとしなかった。

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