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第59話 動物園で大村さんにドキドキさせられる

大村さんが俺の隣に座ってきて、二人で楽しそうにしている将君を遠目から見守っていた。

彼のどこか子供らしい笑顔に、俺はなぜか安心感を覚えた。

大村さんもほっとしたのか、優しい表情で彼を見つめている。


「今日は誘ってくれてありがとうございます。将のあんな楽しそうな顔、久しぶりに見た気がします」


俺はその言葉につい振り向いてしまった。


「え?」

「あの子、最近何か悩んでいたみたいで、少し元気なかったんです。でも、私を心配させまいと、本当のことは何も話してくれないから不安で。でも、今日こうして土方さんと三人で動物園に来て、あの子の楽しそうな姿を見たら、来てよかったって思うんです」


やはり、大村さんは将君の母親なのだなと思った。

彼は決して口に出さなくても、母親は息子の不安な気持ちに気づいている。

そして、それもまた口には出さず、彼のために静かに見守っている。

大村さんは将君にも年相応のプライドや意地があるとちゃんと知っているのだ。

俺は、小さく笑って答えた。


「心配いらないですよ、将君なら。しっかりしていますし、何よりもお母さんが大好きですから。男ってどうしても、マザコンになりがちなんですよね。そのくせ、甘えるのが下手なんです」


その言葉を聞いて、大村さんは一瞬驚いたものの、すぐに声に出してくすくす笑った。

自分で発言しながら、少し恥ずかしい。


「そうなんですか?」

「認めたくはないんですが、男にとって母親の存在は大きいんですよ。簡単に忘れられないというか、無下にはできないというか……。だから大丈夫です。彼はきっと大村さんを悲しませるようなことはしません。大村さんは彼を信じて、見守ってあげてください」


俺はそう言って、ベンチから立ち上がり、餌をやる将君に近づいて言った。

少し格好をつけすぎたかもしれないと照れくさくなる。


「将君、俺にも餌分けてくれよ」


俺はそう言って将君に掌を差し出した。

しかし、彼は不快そうな顔で俺を睨みつけるばかりだ。

そして、そっと俺の足元を指さして言った。


「土方さん、今あなた、大量に兎の糞を踏んでますよ」


そう言われて、俺は慌てて自分の足元を見た。

そこには確かにコロコロとした黒い球のようなものが広がっており、見事に靴の底にこびりついている。

将君はそんな俺の姿を見て、したり顔で笑っている。

すると、後ろの方から大村さんの叫び声が聞こえた。

何事かと振り向くと、彼女は懸命にスカートを手で押さえながら、顔を真っ赤にして声を上げていた。

よく見ると彼女の後ろには独特な顔をしたヤギが、大村さんの白いスカートを紙か何かと間違えているのか食べようと咥えていた。

おかげで彼女のスカートはふくよかな白い太ももが見えるほどの高さまで上がり、まるで令和のマリリン・モンローと例えたくなるほどの色気のある光景だった。


「お、大村さん!?」


俺は慌てて彼女の後ろにいるヤギから、彼女のスカートを引き離した。

大村さんは真っ赤な顔を手で覆って、恥ずかしそうに固まっている。

俺としてはなかなかの目の保養だったけれど。

そんな俺の心を見透かしてか、将君が俺の顔を覗き込み、呆れた表情を見せた。


「土方さんもただの男ってことですね。母さんはすぐこういうドジを踏むので、息子としては気が抜けません」


彼はそう言って、やれやれと首を振った。

息子としての苦労は、大村さんを見ているとわかるような気がする……。

俺は気持ちを切り替えるために、大村さんに提案した。


「次に行きましょうか。そういえば、俺、ハシビロコウ見たかったんですよ。ハシビロコウって、バードハウスにいるんだっけ?」


俺はそのままふれあい広場を離れて、バードハウスに向かおうとした。

正直、ハシビロコウなんて興味なかったけれど、最近たまたまテレビで見て知ったので、この場を離れる口実として使ったのだ。

将君も構わないと、手に持っていた残りの餌をウサギたちに与えて、俺の後についてきた。

俺は手に持っていたパンフレットを見つめながら、バードハウスの場所を確認していた。

すると、そんな俺の手を将君が掴んで、先導するように歩く。


「バードハウスはあっちです!」


彼は俺の腕を引っ張って足早に歩きだす。

そして、大村さんの方へ振り返って声をかけた。


「お母さんも、急いで!」


彼はそう言って、もう一つの掌を母親に差し出した。

意味を悟った大村さんは一瞬躊躇ったようだが、すぐに小走りで近づいて将君の手を取った。

まさにその光景は本物の家族のようだ。

こんな子供っぽいこと、将君が好んでするとは思わないから、おそらく母親のためのサービスと言ったところだろう。

大村さんも恥ずかしがりながらもどこか幸せそうだ。

そんな姿を見ると、俺もなんだか照れくさくなった。


そして、俺たちは少し離れたバードハウスまで向かい、二重ドアを超えて、鳥たちが自由に飛び回るバードハウスの中に入った。

中には見たこともないいろんな鳥が自由に飛び回っていた。

俺の目的のハシビロコウもいたが、思ったよりも顔が大きくて、足が長い。

可愛いというよりなんとなく怖かった。

動くわけでもなくじっと止まって、こちらを睨みつけているだけだった。

というか、当の本人は睨みつけている意識すらないのかもしれない。

やはり、実物を見ないと本物の迫力は伝わらないものだなと思った。

近くにいる鳥もどことなく目つきが鋭いし、嘴も堅そうだ。

そんな時、後ろから大村さんが俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

何事かと思って振り返ってみると、妙な違和感を頭の上に覚えた。

そして、しばらくするとそれは解けたアイスのように滴り落ちてくる。

そんな俺を大村さんは唖然として見ていた。


「……ごめんなさい。言うのが少し遅かったみたいです」


彼女は恐る恐る俺に近づいてきて告げた。

予測は出来ている。

俺の頭にそこそこデカい鳥の糞でも落ちてきたのだろう。

それを見た将君が影で笑っているのが見えて、俺は複雑な気持ちになる。


「僕はもうしばらく鳥を見ていたいから、母さんたちは外で土方さんの頭についた糞を取って来たらいいよ」


彼なりの気遣いなのだろう。

最初は躊躇っていた大村さんだが、俺の頭を見て仕方ないと苦笑した。


「わかった。でも、将は勝手に別の場所に行っちゃだめよ。お母さんたち、出口の前の椅子に座ってるから、見終わったらすぐに出て来てね」


将君はわかったと頷いて、ちゃっかり俺にウインクを投げかけてくる。

なんて憎たらしいがきだと思いながらも、俺たちは彼の言葉に甘えて、バードハウスを出て、近くのベンチに座った。

そして、大村さんは鞄からポケットティッシュを取り出し、俺の頭を拭いてくれる。

今気が付いたのだが、今日は天気がいい所為か少し暑く、大村さんは薄着だった。

上着は腰に掛け、半袖の胸元は少し開いており、胸の谷間がわずかに見えた。

大村さんは日本人の平均と比べても随分大きい方だと思う。

俺の頭の糞を拭くたびにその豊満な胸が小刻みに揺れる。

また、袖から伸びる白く丸い二の腕も柔らかそうで、色っぽさを感じずにはいられなかった。

俺は必死に目をそらし、意識しすぎないように心がける。

このままだととんでもないところに俺の貴重な体力が注がれそうだ。


「よし、取れました」


彼女はそう言って俺に笑いかける。

その顔が近く、俺たちは慌てて距離を取った。

意識するなと言う方が無理だ。

俺はついこの間、彼女から告白されたばかりなのだから。

しかも、今は息子の将君もいない。

紛らわそうとしても、気をそらすものが見つからなかった。

すると、大村さんの方から照れくさそうに話しかけてきた。


「きょ、今日はとっても楽しかったです。土方さんには息子のことも気を使ってもらって、嬉しかったんです」


彼女の顔は相変わらず真っ赤だ。

俺の激しい鼓動もなかなか静まりそうにない。


「いや、別に俺は……」

「土方さんって、子供の扱いにも慣れていて、その、子供好きな男性って素敵です」


彼女は頬を染めながらも上目遣いをして、囁くような声で俺に言った。

そのとろっとした甘い言葉と、「素敵です」の単語に一瞬意識が飛びそうになった。

こういう時にその仕草はずるいと思う。

俺が赤面して何も言えなくなっていると、目の前に無表情のまま立ちすくむ将君の姿が見えたので、俺は叫び声をあげてしまった。

こいつは全部、わかっていてわざとやっているのではないかと思えてしまう。

母親に見せないように微かに口の端を上げているのがまた、憎たらしかった。

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