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第58話 大村さんの息子と三人で動物園に行く

「それでなぜ、僕が母さんとあなたのデートに付き合わないといけないんですか?」


動物園の中で大村さんの息子、将君が批判的な瞳で俺を見つめてきた。

俺は苦笑しながら答える。


「いや、だから、また前みたいに一緒に出掛けたりしませんかって言われて、それなら休日に将くんを連れて、動物園なんかどうですかって俺が提案したんだよ」

「全く、理解できません」


そりゃそうだよなと思った。

あの日、大村さんから以前のようにプライベートでも付き合いたいという提案があったため、以前のように仕事帰りや休日に食事をする約束をした。

これはあくまで知り合いというか、友達から始めましょうみたいな展開で、付き合っているわけではない。

しかし、大村さんにあそこまでの告白をさせてしまった手前、初回から夜のディナーとは行けず、休日の昼間に二人きりではなく、将君も一緒に動物園に行こうと提案したのだ。

別に動物園でなくても遊園地や水族館でも良かった。

とにかく、喋れなくても気まずくならない場所に行きたかったのだ。

それに、将君が一緒だと大村さんも安心して休日を過ごせると思った。


「つまり、僕をだしに使ったってことですね」


将君の鋭い目線が俺の心を抉る。

小学生ながらも見事な洞察力だと思う。

今だってわざと大村さんにソフトクリームが食べたいとお店に行かせ、俺と二人きりになって話しているのだ。

大村さんは将君がここまで達観した考えを持った子だということを知らない。

他の小学生のように純粋で子供らしい男の子だと思っている。


「だしって、そんなつもりはないよ。君がいた方が大村さんも心から楽しめると思ったんだ。当然、将君も楽しんで欲しくて、動物園を選んだつもりだけど」


俺の言葉に将君ははっと鼻を鳴らした。

このしぐさが全く小学生らしからない。


「別に構わないんですけどね。お互いに利用し合おうと提案したのは僕のほうですから。それより、小学生なら動物園で喜ぶって、どんだけ短絡的な発想なんですか。もし、僕が動物アレルギーだったり、動物嫌いだったらどうするつもりだったんですか?」

「いや、それなら大村さんから断るでしょ? 大村さんからも将君が動物好きだって聞いているから、動物園にしたんだけど」


その言葉に、将君は少しだけ不快な表情を見せ、顔を背けた。

そして、小さな声で答える。


「それは、その方が安心すると思ったからです。僕が興味を持つものが何もないって言ったら母さんが心配するじゃないですか。動物なら嫌いじゃないですし、健全な趣味かなと思いまして」


子供らしからぬ発言だが、これも大村さんに気を使って発言したのだろう。

将君はどこまでも大人だ。

しかし、将君といい、市子といい、今の若い子は大人になるのが早すぎる気がする。

もっと子供らしく、年齢相応の感情や思考を持ち合わせてもいいのではないだろうか。


「でも、嫌いじゃないんだろう? なら、今日は余計な事は忘れて、一緒に楽しもうぜ。実は俺も久々の動物園に少し興奮してるんだ」


「ふふん」と鼻を鳴らし、俺はそう話した。

子供の頃、厳しい祖父のせいで遊園地にはなかなか行けなかったけれど、姉貴と何度か動物園に行ったものだ。

本当はもっと遊園地や水族館にも行ってみたかった。

またこうして、別の場所に三人で一緒に行けたらと思う。


「ってか、動物園って独特の臭いがしますよね。いくら動物が可愛いからって、この臭いに不快になる小学生も多いんじゃないですか? 正直、こんな場所でランチを食べようとは思いませんけどね」


なんて可愛くない発言なんだと思う。

確かに動物園っていろんな動物の匂いがして臭いけど、それも動物園の醍醐味ではないだろうか。

しかし、最近の潔癖症な小学生たちには受け入れづらいというのも分からなくはない。


「そんなこと言いながら、お母さんにソフトクリーム頼んでたじゃないか。食べたかったからお願いしたんだろう?」


すると、将君は大きく首を横に振った。


「まさか。普段は僕、あまり甘いものは食べないんです。だから、一口食べたら母さんにあげるつもりです。土方さんの分も買ってきてもらっているので、あなたは遠慮なく食べてください」


どこまでも可愛げのない言葉だが、将君なりに俺たちを気遣っているのは分かる。

何よりも大切な母親のためなのだろう。

そう思うと、さすが大村さんの息子で、優しい性格をしている。

その時、大村さんがソフトクリームを二つ持って戻ってきた。

途中で躓きそうになり、一瞬ヒヤッとしたが、「ごめんなさい」と笑いながら謝る大村さんの笑顔を見ると、どこか安心した。。

将君は言った通り、ソフトクリームを一口だけ食べ、母親に譲った。

もう一つのソフトクリームを食べながら、彼は本当に甘いものが好きではないのだなと思った。

俺は昔から甘いものも辛いものも大好きだけどな。


「他に見たいもの、ある?」


大村さんは将君の前で動物園の地図を広げ、訪ねる。

するとしばらくの間考えた後、指をさして答えた。


「僕、ここに行きたい!」


それは動物園の端にある両生爬虫類館だった。

こんな場所で何を観たいのだろうか。


「将君は爬虫類が好きなの? ワニとか蛇とか」


俺の何気ない質問に将君は大村さんから見えない角度で冷ややかな目線を向けた。

俺は何か間違った発言でもしたのかと心配になる。


「爬虫類はワニや蛇だけじゃないですよ。あそこには珍しい魚やカエル、コウモリなんかもいるんです。今日は、メキシコドクトカゲを見に来ました。いつもは暗い場所に隠れて見れないんですけど、時々顔を出してくれるんです」


彼は急に笑顔になって答える。

動物園なんて大したことないみたいなことを言いながら、随分と詳しいじゃないかと思う。


「メキシコドクトカゲは体長約50センチから70センチと少し大きめで、ここでしか見れない珍しいトカゲなんです」

「へえ、将君ずいぶんと詳しいんだね」


俺は半ば嫌味で言ったつもりだったが、将君は満面の笑顔を向けて答えた。


「はいっ! 僕、動物大好きなんで!!」


さっきと言っていることが全然違うじゃないかと心の中で叫んだ。

すると、大村さんが付け加える様に答える。


「動物園には将とよく来るんです。だから、いろんなことを覚えちゃって」

「はい。ここにはここでしか見られない動物が沢山いるんですよ。コモンツパイやハイイロジェントルキツネザル、アイアイなんかもそうです。後で見つけたら教えてあげますね」


将君はそう言って優しく笑いかけた。

コモンツ……、なんだっけ。

聞き覚えのない、覚えるには長い名前がいくつも出てきた。

しかもどんな動物なのか想像もできない。

ただ、アイアイだけは童謡で聞いたことがある気がした。

俺たちはそのまま爬虫類館へ行き、いろんな生き物を観た。

さすがに大型のワニや蛇には圧倒されたが、ゲテモノと思われがちなカエルやトカゲもこうして動物園で見るの案外かわいい。

残念ながら、将君の目的のデカいトカゲは今日も岩陰に隠れてしまって尻尾の一部しか見れなかったが、ほかにも貴重な動物を色々見れた気がする。

そして、休憩がてらにふれあい広場に行き、ウサギやモルモットなどを触らせてもらった。

将君には動物の餌も買ってあげたので、彼の周りには大量の動物たちが集まり、彼は戸惑いながらもどこか嬉しそうだった。

こういうところはまだ、子どもなのだなと実感する。

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