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第51話 新入社員にはついていけない

早速、永倉君の指導係としての生活が始まった。

仕事の量も仕事内容も今までと変わらない。

単純に新入社員に仕事を教えるという責務が増えただけだ。

別に俺だって余裕があった訳ではないし、正直、新人に仕事を教えるなんて面倒くさい。

それでも俺は愛想よく永倉君に話しかけた。

「永倉君、おはよう。今日は午後から挨拶回りに同行してもらうから、君もついてきてね。午前中は昨日お願いした資料作成の続きをお願いできるかな」

すると、永倉君は椅子に座ったまま、顔だけをこちらに向けて言った。

「あ、資料作成はもう終わっています。挨拶回りは今日なのですか? そういうことは事前に連絡をください。こちらにも準備がありますので」

ぴきぴきと俺の頭の血管が脈打つ感覚を覚えた。

先輩に話しかけられて、座ったまま話を聞くのはまだ許容範囲だとしても、せめて体ぐらいはこちらに向けるべきじゃないか?

しかも、資料作成が終わっているなら、なぜ報告に来ない?

終わってから一体何をしていたんだ?

更に、「事前連絡をよこせ」とは、まるで俺とこいつの立場が逆転したような言い草だよなぁ!

そう叫びたい気持ちを必死に抑え込み、俺は黙って席に着いた。

そして、次に永倉君に頼む仕事を探し始めた。

新人に任せられる仕事など、そう多くはない。

探す時間そのものが無駄に感じられるのに、それでも彼を遊ばせておくわけにはいかないから、無理やり仕事を作り出すのだ。

俺はこういう面倒な仕事が嫌で、今まで新人指導は避けてきた。

しかし今回は、他に適切な人材がいなさすぎて逃げられなかった。

更に言えば、その新人が遠慮深く、愛想が良ければまだ救いもあったのだが、返事は生意気だし、とにかく話し方が淡々として事務的だ。

可愛げの一つも感じられない。

最近の若者は皆、こんなものなのか?

昼休みになると、俺は近藤さんと外食へ行くことにした。

新人の永倉君を誘わないのも気が引けたので、昼休みの準備を始めた彼に声をかけた。

「俺たち、今から昼飯食いに行くけど、永倉君も来るか?」

すると、永倉君は相変わらず無表情で答えた。

「いえ。昼食は既に購入しているので、僕は休憩室で食べます。あと、そういう気遣いは必要ありません。休憩中はなるべく誰とも話したくないんで」

はぁ!?

俺は怒鳴り上げたい気持ちをぐっと堪えた。

折角先輩が昼飯に誘ってやっているのに、礼もなく、しかも気遣い無用とは何だ。

そもそも、昼休みは他の社員とコミュニケーションを取れる最大の機会だ。

永倉君が煙草を吸うタイプでもなさそうだし、昼休みまで誰とも話さないとしたら、一体いつ会話をするというんだ。

俺がイライラしていると、空気を読めない沖田が俺と近藤さんを見つけて声を掛けてきた。

「なんすかぁ。皆さんで昼ご飯っすか?俺も混ぜてくださいよぉ」

この何ともウザい沖田の態度でさえ、永倉君を目の前にすると可愛く感じるのはなぜだろうか。

俺はため息をついて、永倉君の前を離れた。

すると近藤さんが心配そうに話しかけてきた。

「永倉はなんて?」

「そのような気遣いはいらない、だそうです」

「なんだそりゃ?」

近藤さんも永倉の反応には驚いているようだった。

俺も溜息しか出ない。


俺たちは会社を出て、ビル街の歩道を歩きながら話した。

「なんかすげぇ曲者が入ってきたみたいだなぁ。事務の方でも朝から大騒ぎらしいぞ?」

「大村さんには同情しますよ。俺の方も、どう扱っていいのか手を焼いてて……」

「そうだろうなぁ。そういえば、沖田の時の指導係は誰だったっけ?」

近藤さんの質問に、俺は記憶を呼び起こしていた。

そして、思い出す。

俺だ。

俺は頭を抱えながらその場にしゃがみ込んだ。

「ああ、なんで俺の下に就く奴はこんなんばっかりなんですかね?」

「そりゃもう、宿命だろう」

近藤さんは振り向き、失笑しながら答えた。

俺は不幸という名の星にでも生まれてきたのだろうか?

「俺は久々の新人にワクワクしますけどねぇ。芹沢課長がいなくなっても実質人数は減らないんでしょ?なら、楽になるってことじゃないんすか?」

沖田の割にはまともな意見だが、そうとも言い切れない。

このまま永倉君があの調子なら、仕事の負担は減らないだろうし、最悪、早々に退職する可能性もある。

そうなったら、その評価は俺に回ってくるんだぞ。

本当に勘弁してほしい。

俺はあいつを引き留める自信もないし、気力も湧かない。

「今の若い奴らなんて、俺ら中年にとってはもはや宇宙人みたいなもんだ。あんまり、気に病まずに気楽にやれよ。辞める奴は勝手に辞めるし、辞めない奴は辞めない。そんなもんだろう?」

近藤さんの言葉に俺は納得した。

確かにそうだ。

俺が努力したところで辞めていった奴は辞めたし、沖田のように仕事が全然できないのに、残る奴は残る。

それを俺のどうこうで変えられるわけでもないのだ。


昼食を終えてオフィスに戻ると、俺は早速永倉君に声をかけることにした。

彼は自分の机で空の弁当箱を広げながら、イヤホンで音楽を聴いている。

そんな永倉君に俺は話しかけた。

「永倉君、午後になったらすぐ会社を出るから準備しておいてね。あと、取引先への手土産に菓子折りを持って行くから、出かける前に総務に取りに行ってくれる?」

俺が優しい口調で言うと、永倉君は無言で自分の腕時計を指さした。

時刻は12時55分。

それがどうしたのだろうかと彼の顔を見る。

永倉君は小さくため息をつき、やっと片方のイヤホンを外して口を開いた。

「まだ昼休みが終わってないので、仕事の話はしないでください。就業時間外です。それと、総務に菓子折りを取りに行くのも、就業開始後で構いませんよね? 僕は決められた時間しか働かないと決めてますので」

一体何様の意見だ。

確かに今は休憩時間で就業時間ではない。

しかし、だからといって話しかけるなとか、指示された仕事は始業時間になってからでいいとか、何を考えているんだと思った。

言いたいことは分かる。

勤務時間以外は一切働きたくないのだろう。

しかし、そういう意見は少しでも社会人経験のある社員が言うべきセリフだ。

なぜ新人のこいつがそれを頑なに守るんだよ。

このまま彼を置いて営業回りに行こうかとすら思った。

しかし、彼の顔合わせも兼ねているのだから、それでは全く意味がないのだ。

俺は「分かった」と言って席に着いた。

そして、就業時間になると同時に立ち上がり、課長に声をかけた。

掲示板の自分のネームプレートを裏返し、「外回り」とペンで書き添えた。

そして、同じようにするようにと永倉君に促す。

彼はそれを黙って真似た。

本来なら菓子折りも一人で総務部に取りに行ってほしかったが、俺が見本を見せないと動きそうにないので、「次からは自分でやってくれよ」と一言付け加えてやって見せる。

そして、営業先へ向かおうと駅に向かうと、永倉君は道の真ん中で立ち止まった。

「土方さん、車には乗らないんですか?」

俺は険しい顔をしたまま振り返った。

「はぁ?」

「だって営業って会社の車で行くのが普通ですよね。それともタクシーを使うんですか?」

それを聞いて、俺は再び深い溜息をついた。

車だとかタクシーだとか、一体どんな大手の話を想像しているんだか。

「タクシーなんて使うわけないだろ。電車だよ、電車。行ける場所までは自分の足で回るんだよ」

それを聞いた永倉は信じられないという表情を浮かべた。

こいつは営業に一体どんなイメージで捉えていたのだろうか。

「社用車の使用は事前に予約が必要なんだ。二台しかないからな。基本、一台は社長専用だから、俺ら営業部が自由に使えるのは一台だけだ。それもどうしても必要な時しか使えない。公共交通機関で通える範囲は電車やバスを使うのが基本なんだよ」

俺は不満そうな顔の永倉君にそう言ってやった。

すると、最後に彼は顔を上げて質問した。

「交通費、経費で落ちるんですよね?」

心配するのはそこなのかよと心の中で突っ込んだ。

今どきの若者の考えはやっぱり理解できない。

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