第5話 久しぶりのデートに右往左往する
デートなんて何年ぶりだろう?
そんなことを考えながら、俺は待ち合わせの場所に立っていた。
デートの日取りが決まり、家に帰ってタンスを開けてみたら、まともな私服がないことに気が付いた。
スーツはヨレヨレ、私服はボロボロって、どれだけ気が抜けてんんだよと、自分で自分を突っ込みたくなる。
だから、土曜日は久しぶりに買い物に出かけた。
服をどこで買えばいいのかわからず、百貨店とか行ってみたけど、店の中に入るのでさえ憚られる状況で、結局誰もが利用している大手の洋服店のマネキンの服装をまねして買った。
昔はもっとファッションとかトレンドとか気にしていたのに、いつの間にかそんな事にも無頓着になって、ずっと家では意味も理解していない英語がプリントされた、いつ買ったかもわからないTシャツとパンツ一丁で生活している。
誰かが家に来るわけでもないし、休日にどこかに出かける気もなく、それで充分だった。
たまに買い物に出る時は、その辺に投げているジーパンを履いて誤魔化す。
家にいる恰好と殆ど変化はないが、スーパーで知り合いに会うとは思えないし、買う物もだいたいいつも変わらない。
今までの俺は特に意味のないルーティンで生活していた。
だから、このデートは俺にとって久しぶりの一大イベントなのだ。
そして、必要以上に緊張している自分がいる。
「遅くなってごめんなさい」
そんな声が聞こえて、俺は振り返った。
「いえいえ、俺も今来たところなんで……」
俺はありきたりなセリフで返そうとしたが、そこにいたのは大村さんではなかった。
その人物は俺の横を通り抜け、奥にいる別の人に話しかけていた。
待ち合わせあるあるだ。
長らくデートの待ち合わせなんてしていなかったため、こういうことがあることも忘れていた。
俺が落ち込んで深いため息をついていると、今度は俺の名前が呼ばれる。
「土方さん?」
大村さんは不思議そうな顔をして俺を見つめていた。
隣には一部始終を見ていたであろう大村さんの息子が俺の顔を見ながら、口を押えて笑っていた。
本当にこれは恥ずかしい。
けれど、当の本人である大村さんは気が付いていなかったらしく、なぜ俺が何に落ち込んでいるのかわからない様子だった。
「大村さん! こんにちは」
気持ちを切り替えて、俺は彼女に挨拶する。
彼女も笑顔で返してくれた。
「今日はお誘いいただきまして、ありがとうございます」
やっぱり彼女の笑顔には癒しを感じる。
そして、隣にいた息子を俺に紹介してきた。
「私の息子の将です。今日はよろしくお願いします」
彼女はそう言って、息子に挨拶をするように声をかけた。
息子はまっすぐ俺の顔を見て、自己紹介をした。
「大村将です。小学4年生です。よろしくお願いします」
とても行儀のいい息子だった。
一瞬俺を見て笑っていたあの姿が嘘のようだ。
「俺は土方敏郎だ。よろしくな、将君」
俺は少し屈んで息子に挨拶した。
息子は俺の名前を聞いた瞬間、ふっと笑って見せたがすぐに元の表情に戻る。
「では、行きましょうか?」
俺は身体を起こし、大村さんにそう話しかけた。
彼女もええと返事をして、ついて来る。
今のところは特に問題はないようだ。
デートなんて久しぶりすぎて、正直どんなところでランチしていいかわからなかった。
俺はグルログで評判のいい店を探して、子供でも入りやすいレストランを選んだ。
店選びは最初のデートの要だ。
変な店を選んでしまうと、一気に相手の興味を失わせてしまう。
最初のデートで女は笑顔を向けながら、自分が付き合うにふさわしい男なのかの見定めを行うのだ。
だから、初日に失敗など絶対に許されない。
しかも、俺には大村さんの息子という追加された課題もある。
難易度は昔よりずっと上がっていた。
「ここです。入りましょう!」
俺は店を指さして、中に入った。
そして、店員に声をかけ、今日予約を入れていることを伝えた。
しかし、予約の記録がないらしく、店員は困った表情をする。
俺ももう一度グルログの予約がちゃんと出来ているかをチェックした。
予約が完了していることには間違いなかったが、その画面を横から見た店員が声を上げる。
「それ、うちじゃないです。3件隣りですよ」
その声は後ろにいる2人にも筒抜けだった。
大村さんは困った表情をし、息子は顔を隠して笑っていた。
今、この店に入る時、『いつも行っている店なんですよ』みたいな常連の顔をして入ったのに、一見さんだとバレたのがものすごく恥ずかしい。
それ以上に予約を入れていた店を完全に間違えている自分を、今すぐ穴に埋めてやりたかった。
すいませんと謝って、俺は改めて予約を入れた店に向かう。
そこではちゃんと俺の名前で予約が入っていた。
若干落ち込み気味な俺を慰めるように大村さんは話しかけた。
「さすが土方さんが選んだ店ですね。とてもお洒落でお料理も美味しそう」
もうそれすら俺には嫌味に聞こえていた。
しかし、勝負はここからなのだ。
勇気を振り絞って誘ったデート。
息子も見ている手前、頼りになる男というところを証明しなければならない。
そんなことを考えていると、大村さんがすっと席を立って、お手洗いに行ってきますと声をかけてきた。
俺はどうぞと快く通して、いきなり息子と2人きりになった。
なんだか微妙な空気が流れる。
俺は何とか場をもたせようと息子に話しかけた。
「将君、小4だっけ? 学校楽しい?」
ありきたりな質問だったが、それ以外思いつかなかった。
それに最近の小学生が何に興味あるかなんて、俺は知らない。
すると、息子はにこやかだった表情を一変させて、無表情になった。
「おじさん、別に僕に気を遣う必要ありませんよ」
息子はそう言って、運び込まれてきた水を一杯飲んだ。
この代わり映えした様子に俺は驚く。
既に表情も仕草も、小学生には見えない。
「将君? それどういう意味かな?」
俺は状況がいまいち読み込めず尋ねる。
息子は大きなため息をついて答えた。
「こういうの初めてじゃないんですよ。母さんが僕を連れて男の人に会うの。だから、僕としては慣れているというか、あんまり気にしないようにしています」
やけにしっかりした子だった。
しっかりしているというより、少し冷めた子だった。
しかも初めてじゃないって、大村さんは意外とやり手の女性なのだろうか?
そう考えると、少しがっかりした。
あの余裕も、場数のせいかもしれない。
「おじさん、全然女慣れしてないって感じですね。予約したレストランも間違えるし、服もそれ最近買ったものですよね。タグ付いたままですよ」
俺は慌てて確認した。
確かにタグが付いたままぶら下がっている。
小学生に何もかも見透かされている俺って、どうなのだろうと情けなくなった。
「ああ見えて母さんは必死なんですよ。僕の父親となってくれる男性を探すの。だからこうして食事に僕も同席させて意見を聞くんです。僕としては別に父親とか欲しいなんて思った事はないし、実の父親にも何の感情も抱いていません。だから、母さんがいいと思う相手を選べばいいとは思っているんですけど、どの人も母さんの立場を利用したゲスな男ばっかりで、うんざりでした」
そういうことかと、俺もやっと納得した。
初日から息子を連れてくるなんて、リスキーな事をするにも理由があったのだ。
大村さんは自分の相手を探しているんじゃない。
息子の父親となってくれる相手を探していたのだ。
そして俺も、その候補の一人になったということらしい。
「でも、土方さんは今までの中で一番マシな気がします。服はダサいし、ヘアスタイルもどことなく古臭いし、選ぶ店もセンスないし、いかにも女性に人気のなさそうな人ですけど、母さんにはそのぐらいが丁度いいと思っています。母さんは天然なところがあって、男を見る目が無いからすぐに騙されるんですよ。今まで紹介された男は、皆女性に慣れている奴ばっかで、当然僕の事も邪魔にしか思っていませんでした。今回も期待はしてなかったんですが、会社の同僚だっていうし、今までの相手より信用は出来るかなと。だから、協力してあげてもいいですよ。土方さん!」
彼はそう言って、作り笑顔を投げかけてきた。
俺は意味もわからず、困惑するしかなかった。