第44話 晴香の虐めを訴えに行く
後日、晴香の件で担任教師と話す機会を持つことになった。
最初は義兄さんと姉貴の二人で話を聞きに行く予定だったが、義兄さんは仕事の都合で行けなくなり、急遽俺が姉貴に同行することになった。
姉貴は緊張しているのか、学校に向かう間も顔色が悪く、不安そうにしていた。
当然、俺も不安には思っていたが、本当に辛いのは晴香自身だ。
俺があの日、迎えに行ってから晴香はずっと調子が悪く、学校を休んでいるらしい。
晴香が学校に行けなくなった原因は恐らく俺にもあるだろう。
その責任を感じていた。
担任教師は時間前には玄関で俺たちを待っていてくれた。
来客用スリッパが用意されていたので、俺たちは靴箱に靴をしまい、それを履いて二階の応接間に向かった。
そこには既に副担任の女性教員も待っていた。
「お時間を取っていただき、ありがとうございます」
姉貴はそう言って深々と頭を下げた。
俺も後ろで合わせるように軽く頭を下げた。
担任教師は「構いませんよ」と手を振って、俺たちを椅子に案内した。
そして、お互いが向き合ってから話が始まる。
「晴香さんはその後、調子はいかがですか?頭痛がひどいと伺っていましたが」
担任教師が、晴香の話題を切り出した。
「そうなんです」と姉貴は頷き、答えた。
「大したことはないと思うんです。病院にも行ったんですが、ただの片頭痛だろうって言われて。今はお薬を飲んで、休ませています」
姉貴はそう言った後、「すみません」と頭を下げた。
どうして姉貴がそこまで担任教師に申し訳なさそうにしなければならないのだろうか。
傍から見ている俺の方が次第にイライラし始めていた。
「仕方ないですよ。それにこの時期にはよくあることなので、そういった理由で休む生徒さんも少なくないんですよ。晴香さんにはまた調子が良くなったら、学校に来てほしいとお伝えください。焦らなくても大丈夫ですよ」
担任教師はそう言って笑う。
だが、何か違うと思った。
担任だって、本当は知っているはずだ。
晴香が学校に行かないのは、ただの頭痛のせいじゃない。
虐められているから、学校に行きたくないんだ。
「先生は晴香の頭痛の原因、本当はわかっていらっしゃるんじゃないですか?晴香がクラスで今、どんな扱いを受けているかご存じですよね?」
俺は担任と姉貴の間に割って入るようにして聞いた。
担任は一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「どのような扱いとおっしゃいましても、私が把握しているのは晴香さんがとても大人しくて真面目な生徒だということです。積極的に誰かに話しかけるタイプではありませんので、少し孤立しやすいかもしれませんが、特に問題があるようには感じませんよ」
その担任の、まるで他人事のような飄々とした言葉に、俺は激しい怒りを覚えそうになっていた。
「問題ないわけないだろう!晴香はおたくの生徒に虐められてるんだよ!以前は普通に話せてたクラスメイトに、ちょっとしたことで無視されるようになって、立場が悪くなった晴香の状況に乗じて、気持ち悪いからかい方をする男子生徒もいるんだ!そんな状況に晴香はもう耐えられなくなって、学校に行けなくなったんだよ!それなのに、担任のあんたが晴香をただの大人しい生徒だって決めつけて、この話を勝手に終わらせようとするな!もっとちゃんと問題意識を持てよ!」
俺の怒鳴り声に、隣で座っていた姉貴も驚いていた。
担任もさすがにこの態度には一瞬、目を見開いて驚いたようだったが、すぐに冷静な表情に戻った。
「落ち着いてください。ええ、確かあなたは晴香さんの叔父御さんでしたね。姪御さんのことをご心配なのはよくわかります。しかし、ここで大人たちが騒ぎ立てても仕方ありませんよ。中学生という年頃は色々と複雑なんです。ちょっとしたことがきっかけで仲違いなんてよくあることです。しかし、その度に虐めだなんだと大人が騒ぎ立てたところで、結局やりづらくなるのはお子さんたちなんです。今は時間が解決するのを待って、我々は静かに見守るのが一番良いのではないでしょうか?お互いに距離を置いて、冷静になれば解決することも多いんですよ」
この教師は何を言っているんだと思った。
時間が解決してくれるだと?
今は静かに見守れ?
そんなことで本当に解決するのかよ。
「中学生の人間関係が複雑なのはわかってます。きっとこんないざこざはしょっちゅう起きてるんでしょうね。先月は誰かが、先々月は別の誰かがいじめのターゲットにされて、一時的にからかわれたり中傷されたりする。まるでゲームみたいに、子供たちはこの学校生活を楽しんでるんでしょう。俺たち大人はそんなやり取りをただの子供の遊びだって思ってても、いじめられた本人たちは深い傷を負ってるんです。トラウマになる子だって、いるかもしれない。これが原因で自分の考えを言えなくなる子だって出てくるかもしれない。それを一時的なものだからって、放っておいていいんですか?問題解決を時間に任せるだけで、本当に解決すると思ってるんですか?」
その言葉に、担任教師は一瞬言葉を失った。
すると、それを見計らったように隣の副担任が口を開いた。
「私たちだって、別に問題意識がないわけじゃありません。できれば生徒同士、仲良くしてほしいんです。でも、彼らだって人間ですから。私たち大人が頭ごなしに叱ったところで、生徒の意識が変わるわけじゃない。むしろ、大人が介入することで虐めがエスカレートすることもあるんです。だから私たちは、騒がずに冷静に見守って、明らかに危険な行為を見つけたら注意する。今はそれしかできないんです」
これは教師の本音だろうと思った。
明らかにわかりやすい嫌がらせなら、教師も動けるだろう。
しかし、晴香の虐めはそういうものじゃない。
教師の前でわざと悪口を言ったり、騒いだりする生徒は少ないだろう。
嫌がらせの多くは、大人の目の届かないSNS上で行われているのかもしれない。
それをわざわざ探し出してまで、俺たち大人は介入できないのだ。
「それでも――」
俺はさらに声を荒げた。
事情を理解できたからって、ここで黙ってるわけにはいかないんだ。
教師は晴香の味方なんかじゃない。
彼らは生徒全体、学校全体の体面を守ろうとしてるだけで、本当に晴香の味方になってやれるのは家族だけなんだ。
その家族が世間体を気にして、格好つけてどうするんだよ!
「俺は晴香が苦しんでいるなら、見捨てるわけにはいきません。虐められている子が学校に行きたくないのは、当然のことでしょう。それを学校側が尊重する姿勢はおかしいと思うんです。『無理に来なくてもいい』、じゃないですよね。学校に行きたくないようにしているのは、虐めている生徒と、見て見ぬふりをしているあなたたち教師でしょう。なのに、原因をまるで虐められて学校に行きたがらない生徒にあるかのように言うなんて、俺は絶対に納得できません。この状態に、黙っているわけにはいかないんですよ!」
俺は立ち上がって、この腰抜け教師二人に怒鳴りつけた。
姉貴はずっと押し黙っていたが、ついに声を上げて泣き出してしまった。
教師二人は複雑な表情のまま、押し黙っている。
彼らが何を考えているのか、見当もつかない。
もしかすると、俺のことを部外者のくせに騒ぎ立てる迷惑な人間程度にしか思っていないのかもしれない。
それでも、俺は絶対に引き下がるつもりはなかった。
彼らが晴香の虐めと、クラスのこの異様な状況に正面から向き合おうとするまで、訴え続けると心に決めた。
なぜなら、生徒の親が学校に対してできることなど、結局これくらいなのだから。
そして、そのせいで俺が変な人間だと、モンスターペアレンツ扱いされようと、構わないと思った。