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第43話 市子に晴香の本心を指摘される

晴香を追いかけるのはもうやめた。

姉貴に連絡を入れ、自宅へ戻ることにした。

晴香を苦しめたくて、わざわざ学校まで会いに行ったわけじゃない。

なのに、どうしてだろう。

晴香と話そうとすればするほど、彼女を傷つけてしまう気がした。

晴香の泣き声が頭から離れず、心にもやもやを抱えながら歩いていると、家の前に見慣れた女子高生が立っていることに気づいた。

彼女は俺を見つけると立ち上がり、手に握りしめていた合鍵を見せてきた。

その時、俺は市子に合鍵を貸したままだったことをようやく思い出した。

市子は律儀にも、わざわざ俺に鍵を返しに来てくれたらしい。

「小野、悪いな。今日はお前、一人か?」

俺は市子に近づき、そう声をかけた。

市子は俺に合鍵を渡すと、呆れた表情で見上げてきた。

「私だけよ。私を信用してくれるのは嬉しいけど、他人に合鍵を渡すなんて軽率すぎ。敏郎はもう少し危機感を持った方がいいわ」

市子の言葉はもっともだと思い、俺は小さな声で「そうだな」と答えた。

元気のない俺の様子に気づいた市子は、心配そうに俺を見つめた。

「晴香ちゃんの件、まだ解決してないんだ。敏郎のことだからまた余計なことに首を突っ込んで、怒らせたんでしょ?」

まるで今までの一部始終を見てきたかのような市子の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。

そんな俺の顔を見て、市子はさらに呆れた表情になった。

「図星?敏郎って本当に懲りないわよねぇ。人のことを心配してあげるのはいいことだけど、行き過ぎたサポートはかえって迷惑になる時もあるのよ。特に女子中学生なんて一番繊細な時期なんだから、乙女心の何たるかも知らないおっさんが、知った気になってアドバイスなんてしたら最悪よ」

俺は市子の言葉に何も言い返せなかった。

市子の言う通り、俺は晴香のことが心配なあまり、出すぎたことをしてしまった。

しかも、晴香の気持ちも考えずに安易な慰めをして、彼女を怒らせた。

お手上げ状態の俺は、これ以上一人で考えても埒が明かないと思い、少しでも理解してくれるであろう女子高生の市子に、これまでの事情を全て話した。

俺が話し終える頃には、市子の顔はひどく歪み、軽蔑にも似た表情を浮かべていた。

なぜそこまで市子に蔑まれているのか、俺には理解できなかった。

「ここまでくると天晴だわ。誰が見たって明らかじゃない。晴香ちゃんは敏郎が好きなのよ。それに気づいていないの、多分、敏郎だけだから」

その言葉に俺は仰天し、目を大きく見開いた。

「はぁ!?俺と晴香は、叔父と姪だぞ?そんな近しい間柄で、恋愛なんてあるわけないだろう?」

その言葉を聞いた市子は、露骨に大きなため息をつき、俺を見下すような目で言った。

「晴香ちゃんには同情するわ。あれだけわかりやすくアピールしてるのに、家族だから恋愛なんてありえない、みたいな態度を取られたら、誰だって傷つくと思うわ。その上、『家族だからお前の味方だ』なんて言われたら、相手を罵倒したくなるくらい腹が立つでしょうね。敏郎は本当に、そういうところが全然わかってないのよ」

市子の言葉に、俺はぐうの音も出なかった。

確かに俺は今まで、晴香がどんな態度を取ってきても、家族だから、姪だからと受け流してきた。

晴香が言うことは全て家族内でのジョークだと思っていたし、慕ってくれているのも、俺が近しい親戚だからだと思い込んでいた。

俺としては兄貴のような、父親のような存在として接してきたつもりだったが、晴香にとってはそうではなかったのだ。

前回の元カノのこともそうだし、晴香のこともそうだし、どうして俺はここまで鈍いのだろう。

こと恋愛のことになると、俺は視野が極端に狭くなるようだ。

「お前はいつから気づいていたんだ?晴香が俺のことを男として好きだって」

俺が落ち込んで沈んでいた顔を上げ、そう尋ねると、市子は逆に驚いた顔を見せた。

「そんなの最初からよ。初対面から私たちに敵意むき出しだったでしょ?あんな独占欲の塊みたいな態度を取られて、気が付かない方が奇跡よ」

俺は、自分はそこまで鈍感だったのかと、さらに落ち込んだ。

すると、市子はそんな俺の背中を叩いて、珍しく慰めてきた。

「起きてしまったことは仕方がないじゃない。今からでも付き合い方を変えることね。中学生って日常にも恋愛にも敏感な時期なのよ。こっちが大したことないと思うことでも、彼女たちにとってそれは大きいことだったりする。そういった配慮が出来れば、きっとまたもとのように話してくれるようになるわよ」

市子が優しいことに若干の違和感を覚えながらも、その言葉を肝に銘じて心に深く刻み込んだ。

そして、今後の晴香との付き合い方について考えていた。

そんな時、不意に市子が質問してきた。

「……敏郎はどうなの?晴香ちゃんが敏郎のことを好きだって知って、彼女に対する気持ちは変わった?」

その質問に、俺はすぐに返答せず、しばらく言葉を咀嚼するようにゆっくりと考えた。

そして、静かに首を横に振った。

「変わらない。俺にとって晴香はやっぱり可愛い姪っ子でしかないからな。例え、血の繋がらない人間だとしても、俺が晴香の気持ちを受け入れることはないと思う」

俺の返答が意外だったのか、市子は不思議そうな顔で俺を見ていた。

そんな風にじっと見られると、だんだん恥ずかしくなってきた。

「そう……。敏郎も案外、ちゃんとした答えが出せるのね」

「どういう意味だよ?」

市子の意外だという言葉に、俺は思わず反応した。

確かに俺は優柔不断なところもあるけれど、誠意をもって人と接しているつもりだ。

「そのまんまの意味よ。敏郎は鈍感だから気づいていないかもしれないけど、その優しさが人を傷つける時もあるのよ。人間って、人に嫌われたくないからつい相手に甘い態度をとってしまいがちだけど、逆にそれが複雑な人間関係を生んだりするの。時にはさ、厳しい言葉も必要な時ってあるのよ。例え、嫌われたとしてもね……」

そう言って、市子は寂しそうに笑った。

確かに、それを実感したことは何度かあった。

里奈が虐待を受けていて、それを助けるかどうか悩んでいた時や、涼子に一緒に逃げようと言われた時、二人を傷つけたくなくて一瞬躊躇った瞬間はあったけれど、それはかえって彼女たちのためにならないし、俺のためにもならないことだと気付いた。

相手にとって求める答えを出すことだけが、優しさというわけではない。

俺以上に市子はそれを痛感しているのだろう。

「今日はありがとな。いろいろ聞いてもらって、助かったよ。遅くなったし、送っていく」

俺はそう言って、市子を送ろうと歩き出すと、市子はそれを制止した。

「大丈夫。一人で帰れるから」

「でも、お前の場合は……」

まだ明るいし、普通の女子高生なら心配などいらないのかもしれない。

しかし、市子は特別だ。

人気のない道を一人で歩くのは、普通の人よりも危険なはずだ。

「小林には連絡してあるから、すぐに合流すると思うわ。心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫だから」

彼女はそう言って、背を向けて帰り道を歩いて行った。

市子も普通の高校生であるのに、どこか達観していて、高校生にしては落ち着きすぎている。

大人びていることはいいことかもしれないけれど、俺には少し寂しい気がした。

市子だって、里奈や晴香たちのように感情を思い切り表に出したい時もあるだろうけど、彼女の立場から考えると、それが難しいのだろう。

俺は市子が見えなくなるまで見送り、そのまま家に戻った。

そして、もう一度姉貴に電話をした。

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