第39話 女子高生にとんでもないところを目撃される
休日の朝、誰かが俺の家のチャイムを連打してきた。
俺は眠たい瞼を擦りながら、布団をずらし起き上がる。
ずれたパンツから覗く腰を爪でばりばり搔きながら、大欠伸をした。
「こんな朝から誰だよぉ」
俺はそう言いながら玄関の扉を開ける。
すると、そこには元気よく挨拶する里奈といつも通り冷静な市子がいた。
「とっしろぉ!新年の挨拶に来たよぉ」
里奈の朝から元気のいい姿を見て、呆れてながらも笑ってしまった。
二人の後ろにはお馴染みの小林も立っていて、にやにやと笑いながら俺に手を上げて挨拶していた。
「兄貴!明けましておめでとうございやす!」
こいつは真冬だというのに、サングラスをかけ、ダウンのジャケットとマフラーはしているものの、足元は相変わらずの半パンとサンダルだ。
それでよく寒くないものだと思う。
その前にはマフラーで顔を隠し、少し恥ずかしそうにしている市子の姿があった。
「里奈が敏郎のこと気になるってうるさいから、小林と連れて来ただけ。別に私は新年早々あんたの顔なんて見たくなかったけどね」
市子はふんと鼻を鳴らして、横を向いた。
なんだよ、そのツンデレ発言。
それを聞いた里奈が、気になってないと市子に必死に否定していた。
まぁ、どっちでもいいんだけど。
「そりゃ、ご丁寧にどうも。しかし、こんな朝早くから来なくても……」
俺がそう言うと、市子は呆れた表情で答えた。
「朝早くって、もう10時過ぎてんだけど?」
そう言われて、頭を掻きながら部屋の中の掛け時計に目を向ける。
確かに10時をとっくに過ぎている。
昨日、ほとんど寝られなかったから、こんな時間になっていることにも気が付かなかった。
って、どうして俺は眠れなかったんだっけ?
そうぼんやりと考えていると部屋の奥から眠たそうな声が聞こえる。
「……としちゃん?どうしたの?」
晴香が片方の肩をむき出し状態にして布団から起き上がって来た。
昨日の夜、晴香がぴったりと体を寄せてきたので、布団もほぼ重なり合っていた。
その瞬間、俺は真っ青になる。
当然、市子や里奈、そして小林の視界に入っていて、淫らな恰好の眠たそうな顔をした少女に注目していた。
一瞬、何とも言えない沈黙が続く。
「……誰?」
晴香はまだ寝ぼけているのか、眩しそうな顔で市子たちを見ていた。
もう俺は三人の顔が見られない。
そして、最初に聞こえたのは市子の蔑んだ低い声だった。
「……変態」
それに続くように、里奈も呟く。
「……最低ぇ」
言われると思っていました。
最後に小林の顔を見ると、やつの顔すら真っ青になっていた。
「あ、兄貴……。俺、兄貴は熟女派だって信じてたのに、いつ幼女に転進したんですか!?」
そっちかぁ!と声を張りそうになる。
「幼女でもねぇだろう。あれは姪の晴香だよ。昨日たまたま泊まりに来ただけで……」
俺が必死に言い訳をしようとしたが、あまり意味をなさないようだ。
「たまたま?幼女が泊まりに来る?」
市子の侮蔑するようなその目は変わらない。
この世のものとは思えないほど醜いものを見ているような目だ。
「だから、幼女じゃねぇよ。あれでも中学二年生」
「もっとやばいじゃん!なに女子中学生を家に連れ込んでんの!?」
今度は必死になった表情の里奈が訴えてくる。
「だぁかぁらぁ、姪っ子なんだって。親戚の子がたまたま遊びに来たんだよ。あんな恰好だけど、なんもしてねぇよ」
「何もしてないって状況じゃないでしょう、これ!しかも、叔父と姪って近親相姦じゃん!マジ犯罪じゃん!ありえない。見損なったわ、敏郎!!」
里奈も完全に軽蔑した顔で俺を見ている。
そして、ついには市子が口を開いた。
「警察!小林、今すぐ警察を呼びなさい!!」
「ええっ!!俺がサツを呼ぶんすか!?」
極道の娘が組員に警察呼ばすってどんなけシュールなんだよと思いながらも、これに関しては全力で止めなければいけない。
警察なんて呼ばれたら、俺、姉貴夫婦に顔向けできなくなる!
「ちゃんと事情を話すから、三人とも落ち着いてくれよ!」
するとついには晴香まで三人の前に現れ、勢いよく俺の腕に抱き着いてきた。
「としちゃんの恋人でぇす。あなたたちは何?」
晴香は敵意むき出しの笑顔を向け、ついに三人は言葉を失った。
「で、そんな言い訳がたつと思ってんの?」
俺は市子と里奈、小林の前で正座をさせられ、問い詰められていた。
俺の頬には市子一撃のビンタの跡がくっきり残っている。
「本当なんだってば。晴香からもちゃんと説明しろ。このままだと俺、本当に警察に捕まって帰って来れなくなるぞ?」
俺は横にいる晴香に告げる。
「わぁ、それは困る」
と言って、晴香は自分のスマホを取り出し、一枚の画像を見せた。
そこには、姉の家族と俺が一緒に旅行に行った時の写真だ。
こうして見ると、俺たちが親戚であることが明らかだった。
しかし、だからと言って三人の疑いは晴れない。
「それはいいとして、親戚でも問題よ。中学生にもなった姪と同じ布団で寝るなんて、常識がなさすぎる!」
もう完全に市子の説教が始まっていた。
市子は一応、俺が晴香に何もしていないという主張を信じてくれているようだが、怒られて当然だ。
「……すいません」
俺が素直に謝ると、今度は隣で座っている晴香が市子に突っかかった。
「としちゃんを虐めないで!としちゃんはそこらにいる下品なおやじとは違うの。そもそも、あなたは何なの?急に人の家に上がり込んできて、超偉そう!!」
「っ!?」
晴香の発言に、市子は言葉も出なくなったようだ。
晴香……、もうこれ以上ことを大きくしないでくれ……。
「偉そうって、あんた……」
「だってそうでしょ?私はとしちゃんの家族。でも、あなたたちは赤の他人じゃない。それなのに人の家庭に口出してさ。図々しいと思わないの?」
完全に晴香は女子高生二人を敵に回していた。
俺はもうどうしていいかわからない。
頼むから、晴香は黙っておいてくれ!
今度は里奈まで痺れを切らして、晴香に怒鳴り上げてきた。
「あんたねぇ!おかしいのはあんたの方だからね!」
「おかしくないもん。家族が一緒の布団で寝て何がいけないのよ」
「家族って言っても敏郎は叔父なんだよ。父さんとは違うの。あんたも中学二年にもなるならそんくらいの常識理解しなさいよね」
「そんなのあなたたちが勝手に決めた常識じゃない。一緒の布団で寝てたからって何があるわけでもないし、あなたたちみたいな穢れた世界で私たちを見ないで!」
もうここは晴香の口をどうにかして塞ぐしかなかった。
俺は晴香の口を無理やり手で押さえて、力づくで頭を下げさせる。
「本当に非常識だったよ。不快なものを見せちまってすまない。でも、本当に何もないんだ、信じてくれ……」
俺は誠意を込めて頭を下げた。
市子は呆れながらも、里奈と顔を合わせ答える。
「敏郎のことだから、この子の我儘を受け入れて泊めたんだろうけど、誤解されても仕方がないことだからね。中学生はもう立派な女性なの。いつまでも子供扱いしちゃだめ!わかった?」
市子の言葉に俺はごもっともですと頭を下げ続ける。
「本当だよ。敏郎じゃなかったら、うち、気持ち悪くて、絶交していたと思う」
その里奈の言葉に、女子高生からの軽蔑の眼差しと絶交という言葉の重みをこの時初めて痛感した気がした。
その横で悲しそうな表情をし続ける小林もいた。
「これはさすがに兄貴でも弁解できませんぜ……」
小林にしてはまともな言葉を投げかけてくる。
それだけのことを俺は三人に見せてしまったと言うことだろう。
「あんなに俺に熟女シリーズのDVD貸してくれたのに、やっぱり女子中学生が好きだったなんて、もう言い訳にもなんねぇ!!」
まだそのネタ引きずってたのかよと心の中で突っ込んだ。
この小林の期待を裏切らない発言に、この時初めて救われた気がした。